「CSUN 2025」参加レポート📝:アクセシビリティの世界潮流と誰ひとり取り残さないサービス設計のヒント💡
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GovTech東京は、多様なパートナーと共に都と区市町村を含めた東京全体のDXを効果的に進める新たなプラットフォームとして、2023年に東京都庁の外側に設立された組織です。
行政DXを推進する際に、ただ既存の業務をデジタルに置き換えるのではなく、誰もが情報に平等にアクセスできることが大切だと考え、UI/UXやアクセシビリティに関する取り組みを行っています。
アクセシビリティに関して、前回は「行政のアクセシビリティ向上施策」と題して、アクセシビリティを意識するようになったきっかけやGovTech東京でのアクセシビリティに関する知見を共有する取り組みについて紹介しました。
今後、行政分野でのアクセシビリティをより推進していくため、わたしたちは2025年3月に開催された、アクセシビリティと支援技術に関する世界最大級のイベント「CSUN Assistive Technology Conference 2025」(以下、CSUN)[1]に参加してきました。今回の記事では、CSUNに参加して得られた気づきや知見、これから行政でのアクセシビリティを進めていくための考えをお伝えします。
CSUN会場の様子
カンファレンス概要
CSUNは、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校が主催する今年で40回目を迎える歴史あるカンファレンスです。2025年3月10日から14日まで、アナハイムのマリオットホテルで開催され、約120団体が出展、5,000名近くが参加していました。
会場に一歩足を踏み入れると、まさに「誰もが参加できる」という理念が体現された空間が広がっていました。車椅子ユーザーやスクリーンリーダー利用者、手話通訳者、そして様々な企業の開発者や研究者まで、多様な参加者が互いに敬意を持って交流している光景は圧巻でした。
5日間を通して約370ものセッションが開催され、参加者のニーズに合わせた形で手話通訳や文字の書き起こしによるサポートが提供されていました。文字起こしは、二次元コードを読み取ることで参加者のスマートフォンでも確認できる仕組みになっており、聴覚障害者だけでなく、英語を母国語としない我々のような参加者にも大きなメリットとなりました。
【参考】会場でのアクセシビリティの工夫
特徴的な工夫 | 画像 |
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参加者へ経路を誘導する透明なテープが設置され、視覚が不自由な方でも移動しやすい工夫がなされていた | ![]() |
ジェンダーレストイレが会場内に用意され、多様な性に配慮したトイレが設置されていた | ![]() |
主要セッションと技術トレンド
どれも興味深いセッションや展示でしたが、その中でも3つの観点で気になったものを紹介します。
①AI×アクセシビリティ
世の中の潮流にも沿うように、今年はAIとアクセシビリティの融合に注目が集まっていました。
「AIがアクセシビリティの世界に革命を起こしている」と言っても過言ではないと実感した場面が各所で見られました。展示ホールでは、複雑なコードを一切書かずに、ボタン一つでウェブサイトのアクセシビリティ問題を発見・修正できるツールが複数のブースで紹介されていました。
例えば、あるAIツールは、ウェブサイトをスキャンするだけで「このヘッダーは色のコントラストが不十分」「この画像に代替テキストがありません」といった問題を即座に指摘し、改善案まで提示をしてくれます。
また、Microsoftのセッションでは、Copilotの衝撃的な調査結果が発表されました。ニューロダイバージェントまたは障害のある生活をしていると自認する316人のCopilotユーザーのうち、85%が「Copilotは職場でのインクルージョンを支援する」と回答している結果が示されていました[2]。例えば、視覚障害のある方がCopilotを使って「この画面に何が表示されているか説明して」と尋ねるだけで、複雑な画面内容を理解できるようになったという事例が紹介されていました。
AIの力で、これまで膨大な時間とコストがかかっていたアクセシビリティ対応が、より効率的に、そしてより正確になろうとしています。
②EAA(European Accessibility Act)の施行
今年、世界のアクセシビリティに関する基準が大きく変わります。
「2025年6月28日」—この日付を覚えておいてください。EAA(European Accessibility Act:欧州アクセシビリティ法)は、2019年に採択されたEUのアクセシビリティに関する法律で、今年6月28日にEU加盟国で正式に施行されます[3]。
「でも日本企業には関係ないでしょ?」と思われるかもしれませんが、実はそうではありません。欧州向けに製品やサービスを展開している企業はすべて対象となります。
EAAについて簡単に言うと「デジタルサービスを提供するなら、障害のある人も使えるようにしなさい」という法律です。具体的には、ECサイト、広告、電気通信サービスなどが対象となります。
EAAと似た法律に「WAD(Web Accessibility Directive)」がありますが、WADがEUでの公共機関のウェブサイトやアプリに対象を限定しているのに対し、EAAは民間企業のサービスにまで適用範囲を広げています。
カンファレンスでは、「対応していないと訴訟リスクがある」という現実的な警告とともに、「アクセシビリティ対応は新たな顧客層の開拓につながる」というポジティブな側面も強調されていました。
EAAの施行は単なる欧州の出来事ではなく、グローバルなアクセシビリティに関する基準の変化を象徴しています。
EAA・WAD・WCAG等、各基準の関係性(セッション投影資料をもとに筆者作成)
③ドキュメントのアクセシビリティ
「ウェブサイトはアクセシブルなのに、提供されているPDFは全く読めない…」こういった組織も多いのではないでしょうか?ドキュメントのアクセシビリティは見落とされがちな情報格差だと思います。
特に行政機関にとって、申請書や報告書などのPDFドキュメントは市民とのコミュニケーション手段として欠かせません。しかし、その多くが視覚障害者やディスレクシア(読み書き障害)の方々にとってアクセスできない壁となっているのです。
「PDFのアクセシビリティって、通常のウェブサイトとは違う独自の対応が必要なんです」と専門家は説明します。PDFには「タグ付け」と呼ばれる、文書の論理構造を定義するプロセスが必要となります。これがないと、スクリーンリーダー(画面読み上げソフト)は「この部分は見出し」「これは段落」といった要素や構造について区別ができず、情報を正しく伝えることができません。
他にも、文書のタイトルや言語設定などの「プロパティ」を適切に設定することや、紙の文書をスキャンした場合はOCR処理(文字情報をデジタルに変換)を行うことが重要です。
PDFのチェック方法に関しては、様々なツールが紹介されていました。無料のものとしてはPAC2024やCommonlook Validator、有料のものとしてはAdobe Acrobat Pro、axesPDF、CommonLook、GracklePDFなどがあります。(一部、日本語対応していないものもありました。)
「最初は難しく感じるかもしれませんが、Word文書を作成する段階から適切な見出しスタイルを使うなど、ちょっとした心がけで大きく改善できるんですよ」とパネリストは語っていました。
アクセシブルなドキュメント作成は何も特別なことではなく、「良い文書作成の基本」でもあるのです。
ツールにより、PDFを読み込むと各要素・構造が認識され、必要に応じて修正も可能となる。
今後のアクション
カンファレンスで得た知見をもとに、以下のような取り組みが重要であると考えています。
- 内部向けのアクセシビリティに関する啓蒙活動(ワークショップや講演の開催等)
- 既存のウェブサイトの再点検
- ドキュメント(PDFやWord等)に関するアクセシビリティチェックの導入
- 当事者参加型のユーザビリティテストの実施
これらのアクションは、GovTech東京の中期経営計画で示されている「サービス品質の変革」に直結します。行政は、行政しか提供できないサービスがたくさんあります。そのため、どんなサービスでもアクセスできない人がいるということはあってはならないと思います。アクセシビリティ対応は一度きりのプロジェクトではなく、継続的な取り組みが必要のため、上記に挙げた具体的な取り組みにより、誰一人取り残さない行政サービスの品質向上に向けて取り組んでいきたいと考えています。
※早速、団体内で出張報告を実施しました!(4/18)
約20名の参加者に対し、アクセシビリティの重要さや具体的な実践例を知っていただけました
おわりに
カンファレンスを通じて最も印象的だったのは、DXの推進とアクセシビリティへの対応が必ずしも連動していないという現実でした。様々な国の事例を聞くと、DXが進んでいても、予算やリソースの制約からアクセシビリティの優先度が下がり、結果的にアクセシビリティ対応が遅れている例が少なくありません。
法整備が進み、訴訟リスクを抱える国ではアクセシビリティ対応が進んでいる一方で、法的枠組みが整っていない国では対応が遅れている傾向があります。例えば、アメリカでは2024年だけで4,000件以上のアクセシビリティ関連訴訟が発生[4]しています。
GovTech東京の中期経営計画に照らし合わせると、アクセシビリティ向上は当たり前品質でのサービス提供に向けた取組強化であり、真の意味での「誰一人取り残さない」サービス提供の基盤となります。同時に「内製開発力の獲得」によって、自らアクセシビリティに関する課題を解決できる持続可能な組織として、課題を把握しながら継続的な改善を実現することが重要となります。
カンファレンス会場では海外の専門家だけでなく、日本国内でアクセシビリティやユニバーサルデザインを推進している方々とも出会う機会がありました。日本では法的強制力は比較的弱いものの、行政サービスとしての質を高めるために、行政組織だけでなく、民間企業とも協力をしながら、官民でより積極的なアクセシビリティ対応が求められています。
カンファレンス参加後に改めて様々なWEBサイトを見直すと、まだまだ改善の余地があることに気づかされます。この経験を活かし、真に誰もが利用できる行政サービスの実現に向けて行政DXとアクセシビリティの推進に取り組んでいきたいと思います。
(P.S.)
本記事は、CSUNに一緒に参加したsuzukiさんと一緒に執筆しました🙏
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CSUN Assistive Technology Conference:https://web.cvent.com/event/2c5d8c51-6441-44c0-b361-131ff9544dd5/summary ↩︎
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AI Data Drop: How AI Breaks Down Barriers to Inclusivity:https://www.microsoft.com/en-us/worklab/ai-data-drop-how-ai-breaks-down-barriers-to-inclusivity ↩︎
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European Accessibility Act:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX%3A32019L0882 ↩︎
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2024 Digital Accessibility Lawsuit Report Released: Insights for 2025:https://blog.usablenet.com/2024-digital-accessibility-lawsuit-report-relased-insights-for-2025 ↩︎
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