「バイブワーキング」のすすめ
はじめに
日々の業務の中で、私たちは多くの時間をドキュメント作成に費やしています。もちろん、記録や情報共有のためにドキュメントは重要です。しかし、もし、その作成プロセスがもっと効率的になり、本来集中すべき思考や創造的な活動、あるいは本質的なコミュニケーションにもっと時間を使えるとしたら、どうでしょうか?
近年、AI技術は目覚ましい進化を遂げ、私たちの働き方を根本から変える可能性を秘めています。その可能性の一つとして、本記事では 「バイブワーキング」 という新しい働き方のコンセプトを提案します。このアイデアは、エンジニアリングの世界で語られることがある「バイブコーディング」から着想を得ています。
この記事では、「バイブワーキング」とは具体的にどのようなものか、なぜ今この働き方が可能なのか、そしてどのように実践できるのかについて、私たちのチームでの経験も踏まえながらご紹介します。まず、着想元となった「バイブコーディング」について簡単に触れておきましょう。
「バイブコーディング」とは?
「バイブコーディング」(Vibe Coding)は、近年のエンジニアリングコミュニティの一部で語られることがある考え方です。明確な提唱者や統一された定義があるわけではありませんが、おおむね以下のような特徴を持つアプローチとして語られることがあります。
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厳密な仕様書や計画よりも、チーム内の暗黙知や対話、「雰囲気(Vibe)」を重視する。
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変化に強く、柔軟かつ迅速な開発を目指す。
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特に、変化の速い環境や探索的な開発プロセスで有効とされることがある。
「バイブワーキング」とは何か?
この「バイブコーディング」の考え方をヒントに、私たちは「バイブワーキング」を提唱します。これは、一言で言えば 「AIが、人間からの指示や学習データに基づき、主体的にアウトプット生成を進める働き方」 です。ここでのポイントは、人間が直接手を動かす作業を極力減らすことにあります。理想的には、人間は口頭で話しながら思考を整理し、それをAIに指示として与えるだけで、AIが具体的なアウトプットを作成してくれる状態 を目指します。
従来の働き方では、アイデアを形にするために、まず構成案を考え、文章を書き、体裁を整え…といったドキュメント作成のステップを踏むのが一般的でした。しかし、バイブワーキングでは、このプロセスをAIが担います。
例えば、新しい企画を立案する場面を考えてみましょう。従来なら、ブレインストーミングで出たアイデアの断片、関連する市場調査データ、ターゲット顧客のペルソナなどを元に、企画書の構成を考え、文章を練り上げる必要がありました。
バイブワーキングの世界では、これらの断片的な情報や思考プロセスをAIにインプットします。「このターゲット顧客向けの新しいサービスの企画案を、これらの要素を含めて、3つの異なる角度から提案してほしい。各案にはメリットと懸念点を添えて。」といった指示を与えるのです。AIはこれらの情報を統合し、構造化された企画案のドラフトを複数提示してくれます。人間はそのドラフトを確認し、さらにアイデアを深めたり、方向性を修正したりすることに集中できます。
これは単なるタスクの自動化ではありません。重要なのは、AIに「何を作りたいか」という意図や目的、必要な構成要素を的確に伝えることです。人間が思考し、判断し、方向性を示す役割は変わらず重要ですが、その思考を具体的な形(ドキュメント)にするプロセスをAIが主体的に担うのです。
私たちのチームでは、「自分でドキュメントを書く時間を極力ゼロにする」 ことを目標に、バイブワーキングを実践しています。もちろん、完全にゼロにするのは現時点では難しい場面もありますが、意識的にAIを活用することで、ドキュメント作成にかかる時間は劇的に削減できています。
なぜ今「バイブワーキング」なのか?
この「バイブワーキング」という働き方が現実味を帯びてきた背景には、主に以下の二つの要因があります。
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AI技術の飛躍的な進化:
近年、大規模言語モデル(LLM)をはじめとするAI技術は、驚異的なスピードで進化しています。特に、Googleの最新のGemini 2.5 Proのようなモデルは、長文の理解能力や複雑な指示への対応能力が格段に向上しました。これにより、単に文章を生成するだけでなく、文脈を理解し、構造化された、より意図に沿ったアウトプットを生成することが可能になってきています。これらの技術進化が、AIによる主体的なアウトプット生成を現実的なものにしています。
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生産性向上への強い希求:
変化の激しい現代において、企業や個人には常に高い生産性が求められています。限られた時間の中でより多くの価値を生み出すためには、従来の方法にとらわれず、新しいテクノロジーを積極的に活用していく必要があります。ドキュメント作成のような、思考プロセスを形にする定型的な部分はAIに任せ、人間はより高度な思考、判断、創造性が求められる領域に集中する。これは、生産性を飛躍的に向上させるための有効なアプローチと言えるでしょう。
これらの背景から、「バイブワーキング」は単なる理想論ではなく、実現可能で、かつ導入メリットの大きい働き方として注目すべき時期に来ているのです。
「バイブワーキング」の実践方法
では、具体的にどのように「バイブワーキング」を実践すればよいのでしょうか。私たちのチームでの経験から、以下のステップが有効だと考えています。
ステップ1: 優れたアウトプットをAIに学習させる
AIに「良いお手本」を教えることが、質の高いアウトプットを得るための近道です。過去に作成した質の高いドキュメントや、理想とするアウトプットのサンプルをAIに提示します。「この企画書のような構成で、今回のアイデアをまとめてほしい」「この報告書フォーマットで、分析結果を出力してほしい」といった具合です。これにより、AIは目指すべきアウトプットの質や形式を理解します。
ステップ2: AIに効果的なプロンプトを生成させる
良いアウトプットを得るためには、AIへの指示、すなわち「プロンプト」が鍵となります。しかし、効果的なプロンプトをゼロから考えるのは簡単ではありません。そこで、AI自身の能力を活用します。ステップ1で提示した「理想のアウトプット」や、生成したい内容の概要をAIに伝え、「このアウトプット(または類似のアウトプット)を生成するための最適なプロンプトを作成してください」と指示するのです。
例えば、「先ほど学習させた[理想のアウトプットの例]のようなプロジェクト提案書を、[今回の具体的な情報]に基づいて作成したい。そのための効果的なプロンプトを提案してください。」といった具合です。AIは、必要な情報、考慮すべき点、指示の形式などを含んだプロンプト案を提示してくれます。これにより、人間はプロンプト作成の手間を大幅に削減できます。
AIが生成したプロンプトを使えば、特定のタスクを効率化する準備が整います。これをさらに発展させ、一連の作業をチーム内のワークフローとして定義することも可能です。ワークフローへと組み込むことができれば一気に効率化の幅が広がります。
ステップ3: AIにプロンプト自体を改善させる
ステップ2でAIが生成したプロンプトが、最初から完璧とは限りません。より効率的に、より質の高いアウトプットを得るために、プロンプト自体をAIに改善させるアプローチも有効です。
実際に生成されたアウトプットと、その生成に使ったプロンプトをAIに提示し、「このアウトプットを得るために、このプロンプトは適切でしたか? もっと効果的なプロンプトは考えられますか?」「より簡潔で、意図が正確に伝わるプロンプトに修正してください」といった問いかけをします。AIはプロンプトの改善案を提案してくれるため、継続的にプロンプトの質を高め、AIとの連携を最適化していくことができます。
「バイブワーキング」を始めるための第一歩
「バイブワーキング」を始める上で、特別なスキルや大規模なシステムは必ずしも必要ありません。重要なのは、まず考え方を変え、積極的にAIに触れてみることです。
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「今やっている作業をゼロにする」という発想を持つ:
まず、「この作業は本当に自分でやる必要があるのか?」「AIに任せられないか?」という視点で日々の業務を見直してみましょう。「ゼロにする」という意識を持つことで、AI活用の可能性が見えてきます。
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プロンプトから始めてみる:
最初から完璧なワークフローを構築しようとすると時間がかかります。まずは、特定のタスクに対して効果的な「プロンプト」を作成することから始めましょう。最近のAIは高性能化しており、優れたプロンプトがあれば、それだけで多くの作業を効率化できます。「Don't Repeat Yourself (DRY)」の原則を意識し、「これは前にも同じようなことを書いたな」と感じる作業があれば、それはプロンプト化の良い候補です。(そして、そのプロンプト作成自体もAIに任せられないか考えてみましょう)
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アウトプットへの「こだわり」を一旦手放してみる:
「AIが生成したアウトプットは質が低いのでは」「自分の意図通りにならないのでは」といった先入観から、AI活用に踏み切れないケースがあります。しかし、案外AIは期待以上の仕事をしてくれることもあります。まずは完璧を求めすぎず、「AIに任せてみる」という姿勢が大切です。生成されたものを叩き台として、修正や改善を加える方が、ゼロから自分で作るより遥かに効率的な場合が多いです。
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最新AIツールの「素振り」を行う:
AIができることは日々驚くほど増えています。最新のツールや機能に積極的に触れてみること、いわば「素振り」を行うことが非常に重要です。無料プランや試用期間などを活用し、「まずは触ってみる」「何ができるか試してみる」という 好奇心を持ってAIに向き合う姿勢 が、バイブワーキングへの第一歩となります。この「素振り」を通じて、AIの可能性を肌で感じ、自身の業務にどう活かせるかのヒントを得ることができるでしょう。
まとめと今後の展望
AI技術の進化は、私たちの働き方を大きく変えようとしています。「バイブワーキング」は、その変化を前向きに捉え、AIをパートナーとして活用することで、生産性を高め、より創造的な仕事に集中するための新しい働き方の提案です。
もちろん、全ての仕事をAI任せにできるわけではありませんし、人間の思考や判断、最終的な品質担保の重要性は変わりません。しかし、AIにアウトプット生成プロセスを主体的に担わせることで、人間はより本質的な課題に取り組む時間を確保できるようになります。
「ドキュメントを書く時間がない」から、「ドキュメント作成はAIに任せて、私たちはもっと本質的なことを考えよう」へ。
まずは、あなたの身近な業務から「バイブワーキング」を試してみてはいかがでしょうか。AIと共に、新しい働き方の扉を開きましょう。
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