10BASE-T1Sについての備忘録
はじめに
この記事では、主に車載用途で注目されているEthernet規格の一つである「10BASE-T1S」について、その基本的な知識を整理し、解説します。
より詳細な情報や技術的な背景、最新の動向について深く理解したい方は、記事の末尾に記載している参考文献も併せてご参照いただくことをお勧めします。
10BASE-T1Sとは?
10BASE-T1Sは、車載ネットワーク向けに設計されたEthernet規格の1つです。従来のCAN(Controller Area Network)やLIN(Local Interconnect Network)といった通信規格が担っていた役割を補完、あるいは置き換える形で、より高速で効率的な車載ネットワークの実現を目指して開発されました。
名称に含まれる「T1」は1対のツイストペアケーブル(SPE: Single Pair Ethernet)を使用することを示し、「S」は短距離(Short Reach)向けであることを意味しています。自動車内に搭載される多数の電子制御ユニット(ECU: Electronic Control Unit)間の通信に利用され、ワイヤーハーネス(自動車用電線束)の軽量化やコスト削減に貢献することが期待されています。
主な特徴
10BASE-T1Sの主な特徴は以下の通りです。
通信速度と方式
- 通信速度は10Mbpsです。
- データが双方向で同時に流れる全二重通信と、送受信を切り替えて行う半二重通信の両方に対応しています。
ケーブル
- 1対(2本)の非シールドツイストペア(UTP)ケーブルを使用します。これにより、従来のEthernetケーブル(例:100BASE-TXで一般的な4対8線)と比較して、大幅な軽量化と省スペース化が可能です。
コスト
- 安価なケーブルを使用できるなど、システム全体のコストを抑えられるように設計されています。
接続形態
10BASE-T1Sは、2つの接続方法をサポートしています。
Point to Point接続
- 2つの機器を1対1で直接接続する方式です。
- ケーブル長は少なくとも15mをサポートします。
- この接続ではPoDL(Power over Data Line)に対応しており、データ用のケーブルで同時に電力を供給することができます。これにより、別途電源線を用意する必要がなくなり、さらなる軽量化や省スペース化に繋がります。
マルチドロップ接続(バス型接続)
- 1本の共通バスライン上に、複数の機器(最大8ノードまで、規格上はより多くのノードも可能ですが、実用上はPHYの実装に依存します)を接続できる方式です。
- バスの総延長は少なくとも25mをサポートします。
- この接続形態では、通信方式は半二重通信のみに限定されます。
- PoDLには対応していません。
データ衝突を回避する仕組み:PLCA
マルチドロップ接続では、複数の機器が同じ通信線を共有するため、同時にデータを送信しようとすると「衝突」が発生し、通信が正常に行えなくなる可能性があります。この問題を回避するために、10BASE-T1SではPLCAという仕組みが採用されています。
仕組み
- PLCAは、「ラウンドロビン方式」に基づいた衝突回避メカニズムです。
- 各機器には固有のID番号が割り当てられます。
- ID 0を持つマスターノード(またはコーディネーター)が「ビーコン」と呼ばれる信号を送信することで、通信サイクルが開始されます。
- その後、各機器は自身のIDの順番が来たときのみデータを送信する権利を得ます。これにより、送信タイミングが調整され、衝突を防ぎます。
公平性
- PLCAにより、すべての機器に公平な送信機会が与えられ、通信のリアルタイム性が確保されます。
- データを送信する必要がない機器は、自身の送信機会をスキップ(Yield)することで、バスの占有時間を最小限に抑え、ネットワーク全体の効率を高めます。
代替案
- PLCAを実装しない場合でも、従来のEthernetで用いられるCSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access with Collision Detection)方式によって衝突を検出し、再送処理を行うことも可能です。ただし、リアルタイム性や帯域保証の観点からはPLCAが推奨されます。
車載での主な使用例
10BASE-T1Sは、従来のCANでは帯域が不足するような用途に適している。
- ライティング:高機能なLEDヘッドランプや社内のアンビエントライトの制御
- センサー:近距離ソナーや各種環境センサーの接続
- アクチュエーター:ドアウィンドウやシートモーターなどの制御
- オーディオ:スピーカーやマイクの音声データ伝送
まとめ
10BASE-T1Sは、1対のツイストペアケーブル(SPE) を使用し、10Mbps の通信速度を実現する車載向けのEthernet規格です。主な目的は、自動車内の配線(ワイヤーハーネス)を軽量化し、コストを削減することにあります。
Point to Point接続とマルチドロップ(バス型)接続の2つの形態をサポートし、特にマルチドロップ接続ではPLCAという衝突回避技術により、複数のデバイスが効率的に通信できます。Point to Point接続ではPoDLによる電力供給も可能です。
従来のCANやLINでは対応が難しかった、より多くのデータを扱うセンサー、アクチュエーター、ライティングシステムなどへの適用が期待されており、車載ネットワークの進化を支える重要な技術の1つと言えるでしょう。
参考
Discussion