デュー・ディリジェンス(DD)と生成AI
ある企業に対して投資やM&Aを検討するにあたって、多くの場合、デュー・ディリジェンス(DD)という検討プロセスが存在します。例えば、M&Aのプロセスにおいて、DDは2つ目の工程として位置づけられています。
- オリジネーション(Origination) どのような企業を提携・買収のターゲットとするか戦略を立案し、実際に企業を発掘し接触する工程です。
- DD(Due Diligence) 候補に挙がった企業が適正か見極める工程です。適正か、というのは、財務的な観点だけでなく、ビジネスとしての将来性や企業文化等も含まれます。
- PMI(Post Merger Integration) M&A後に新たなシナジーを創出する施策を実行していく工程です。
このコラムでは、Diliという米国スタートアップを紹介しながら、DDにおいてLLM(大規模言語モデル)が活用できるのではないかというテーマについて考察していきたいと思います。
Dili
米国に、Diliというスタートアップがあります。Y Combinatorという有名なアクセラレータープログラムに採択され、今後の成長が期待される一社です。
Diliは、買い手と売り手が交渉する過程で発生する手動のプロセスを、LLMを活用して高速化するソフトウェアを提供しています。CEOを務める Stephanieはベンチャーキャピタルファンド出身で、自身が投資する立場で手作業プロセスに苦労していた経験があります。より具体的には、売り手がデータルームに格納した開示データを注意深く読み、ドキュメント間の整合性や、ファクトチェック、計算ミスがないか、等を確認していきます。一般的に、このプロセスには数日~数週間、大規模な案件で確認すべきドキュメントが多い場合は数ヶ月かかることもあり、大変な業務とみなされています。
Diliはこうしたプロセスを、可能な限り自動化することを試みています。例えば、以下のようなことが実行できます。
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データルームの自動分析
データルームに格納されたさまざまなファイル(PDF、Word、Excel等)を自動的に分析し、何かまずい点がある場合はハイライトします(Diliはこれを「Red Flag」と表現しています)。 -
データの比較
上記のような「まずいところの発見」だけではなく、会社としての強み・弱みを客観的に把握するために、Dili上で比較分析をすることができます。比較対象となるのは大きく2つで、1)過去にDili上で分析したことがある企業のデータ、2)外部パートナーが公開する情報(例えば、Pitchbook・Crunchbase・LinkedIn等が公開している)です。例えば、今回検討している企業の1顧客あたりの粗利益が、過去に検討した類似企業に比べてどの程度高いか、あるいは在籍メンバーのキャリアが他の企業に比べてどれくらい豪華か、等の比較もできるでしょう。
DDにおけるスピードの価値
繰り返しになりますが、DDはさまざまな側面から行われます。財務数値はもちろん、所属メンバーが過去に発行している研究論文の重要性、主要取引先との契約内容(例えば、売掛金回収期間がどの程度に設定されているかは、キャッシュフローサイクルに大きな影響を与えます。)こうして見ると、多種多様なフォーマットの大量のデータを参照する必要があることがわかります。論文・契約書(契約書といっても、法律・購買・雇用等、いくつもあります)・特許書類・ソフトウェアアルゴリズム・etc、見ようと思えばキリがありません。
一方で、こういったディールというのは水物で、時間をかけ過ぎれば違う投資家が出資・買収の機会を奪われることもあります。売り手にとって意思決定のスピードというのは重要で、できれば早く出資・買収の決定をしてもらいたいものです。そのため、買い手は常に、分析の「深さ・広さ」と「速さ」のバランスをとりながら検討を進めることになります。DiliのようなAI技術を活用することで、これまで二律背反的だった 「深さ・広さ」と「速さ」を両立できるかもしれない、という点で期待されています。
考察
ところで、先ほどDiliがRed Flagを発見する、と紹介しましたが、なぜその点がアピールされているのか、もう少し深掘って考察したいと思います。
身近な投資を例に考えてみましょう。「人への投資」という文脈で、誰かを採用するというシーンを考えます。この際、候補者をさまざまな観点から分析します。ソフトウェアエンジニアであれば、現時点でどの程度コーディング能力が高いのか、過去にどのような開発案件に携わってきたか、本人は今後どのようなキャリアを希望しているか、勤務地はどうか、等。採用に関わったメンバーが候補者を高く評価し、一次面接・二次面接・最終面接と進んでいったとします。ところが、最終面接直前に、誰かが偶然、ネット記事で「過去に候補者が重大なコンプライアンス違反を犯して報道されたことがある」ということがわかりました。その場合、過去は過去、現在は現在、と割り切って通過させる場合もありますが、多くのケースにおいていったん選考がストップするでしょう。となると、一次面接・二次面接にかかったコストは結果に結びつかないことになります。
M&A検討にも同じようなことが当てはまります。「クリティカルなRed Flagは、全てのポテンシャルを帳消しにしてしまう可能性がある」のです。いくら収益性も技術力も高い会社でも、資本構成に問題があれば関わらない方が良い場合もあります。あるいは、いくら豪華なメンバーが揃っていても、ウリにしている技術が実は大したことない可能性もあります。
DDにおけるLLMの活用というアイディアは、「スピード」と「網羅性」という一見すると二律背反を解消するアイテムとしてLLMを捉える、という学びに抽象化できます。DDに限らず、世の中には「できる限り慎重に、幅広い観点から分析したほうがいい」一方で、「速くしないと誰かに機会を奪われてしまう」というシーンがいくつもあります。先ほどは、企業が候補者を採用するという想定でイメージを書きましたが、逆も然りで、候補者が企業をDDするということも当然考えられます。その際、相手が意思決定に必要な書類を開示する義務があるかどうか、がLLMのポテンシャルを活かす鍵になります。
💬 Comment
DDとLLMを組み合わせるという発想は発展途上ではありますが、M&Aだけでなくベンチャーキャピタル投資や協業のシーンでもその将来性を感じさせられます。この切り口はLLMの活用例の中でも非常に具体的に感じられます。関心のある方はぜひディスカッションしましょう!
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