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Montamo:技能労働者の高速トレーニングとAI活用

2024/06/07に公開

2023年12月、ドイツ・ベルリンに本社を構えるMontamo(モンタモ)というスタートアップが210万ユーロ(約3億円)の資金調達を発表しました。Montamoは、世界的にクリーンエネルギー需要が高まる中で、ヒートポンプ(化石燃料を燃やさずに空気中の熱エネルギーを集めて空調や給湯等に使う技術)や太陽光発電システムの設置ができる技術者の育成を行う企業です。同社は実際にベルリンにトレーニングセンターを構え、特に移民に対して6~8週間の育成プログラムを提供しています。

一見すると、単なる技術者育成企業に見えますが、Montamoは自社を「テック企業」と明言しており、(テクノロジーによって早い成長スピードを求める傾向のある)ベンチャーキャピタルも出資しています。
そして、あえてこの記事でMontamoを取り上げたのは、同社のビジネスモデルに生成AIのポテンシャルを大いに活かすことができると感じたためです。Montamoはいったいどのような背景でこの事業を行っているのか、そしてそれが生成AIとどう関わり得るのか、考察していきたいと思います。

Montamoが解決する課題

JETROによると、近年ドイツではヒートポンプ市場が急拡大しています。2022年は前年比50%増となる23万6,000台が出荷されたそうです。ドイツ連邦政府は、再生可能エネルギーの利用促進に積極的で、2024年以降は新規設置する暖房機の65%以上を再生可能エネルギーで稼働させるために、毎年50万台のヒートポンプ導入を目標に掲げています。早晩、ガス・灯油ベースの暖房機器を原則禁止となります。

市場の追い風を受けて、ドイツ大手のViesmann等のヒートポンプメーカーは業績を伸ばし、増産対応・人材採用に積極投資を進めていますが、ユーザーはヒートポンプは購入してすぐに稼働させられるわけではなく、設置工事を必要とします。

画像: “Branchenstudie 2023 | Bundesverband Wärmepumpe (BWP) e.V.” (https://www.waermepumpe.de/presse/news/details/branchenstudie-2023)

家庭用の場合、日頃からDIY(それもよっぽど専門的なDIY)に勤しんでいる人を除いて、専門業者に設置をお願いすることになります。ところが、肝心の施工業者が深刻なレベルで不足している、という事態がドイツで発生しています。

実は、この現象はドイツだけでなく、日本でもすでに見られ始めています。ここ数年、ヒートポンプに限らず、専門技能労働者不足が顕在化し始め、筆者も「工事を実施したくても技能労働者不足でできない」という声を多数の聞いています。

設置工事のような専門技能をドイツ語で「Handwerk」と言います。日本語に直訳すると「手工業」ですが、我々が一般的に「手工業」という言葉からイメージする「手で布を織る」「1品1品丁寧に陶器を焼く」ような活動に限らず、B2Bにおける工事・工作・修理も含まれます。Montamoの創業者であるAlexander Bohm氏とOle Schaumberg氏は、「私たちはHandwerkへの熱意を高め、この職業を”セクシー”にしたいと考えています。」と述べ、ドイツ中で発生している技能労働者不足問題を解決しようとしています。また、ヒートポンプに限らず、太陽光発電システムのような再生可能エネルギー関連システムは、歴史がそれほど長くないこともあり、全般的に技能労働者が不足しています。

Montamoは技能労働者不足をどう解決するか?

こうした課題に対して、Montamoは、「主に移民向けに、6~8週間の集中トレーニングプログラムを提供し、スピーディな人材育成を行う」という形で解決を試みています。

ところで、人材不足という課題に対してスタートアップが真っ先に考えるのは「マッチング」というアイディアです。例えば、日本にも建設職人のマッチング(助太刀)、恋人のマッチング(Pairs)、専門知識のマッチング(ビザスク)のように、たくさんのマッチングサイトがあります。一方、マッチングサイトが機能するのは、あくまで「人材が偏っているだけであって、全体の供給量は需要の大きさをカバーしている」ことが前提となります。もし全体の供給量自体が不足している場合は、「ロボットによって業務を自動化する」か「人間を育成する」しか、今のところは選択肢がなさそうです。

手工業分野におけるロボット自動化は非常にハードルが高く、筆者の見立てでも、少なくともあと十数年はかかりそうな印象です。一方、各国における技能労働者不足は待ったなしの状況まできており、Montamoのような人材育成が注目を浴びているようです。Montamoの初回ラウンドにおけるメイン投資家であるProject Aというベンチャーキャピタルは、 “Closing the blue-collar workforce gap: Our Investment in montamo” というエッセイの中で、いかにブルーカラー人材育成が重要なのか語っています。エッセイの中から該当箇所を抜粋します。(原文をChatGPTで日本語に翻訳)

https://insights.project-a.com/closing-the-blue-collar-workforce-gap-our-investment-in-montamo/?_ga=2.122741131.1261056282.1704561533-1851857480.1704561533

ドイツは、青年労働者における技能労働者の顕著な不足に直面しています。この不足は、高齢化する労働力(現在のドイツの青年労働者の50%が今後10年以内に退職する予定)、ベビーブーマー世代以降の人口減少、大学教育を選択する若者の増加傾向(ドイツの高校卒業生の46%が高校卒業後すぐに高等教育を受けており、2010年の37%と比較して増加)など、複数の要因によって引き起こされています。

この状況は、その職種への需要の高まりによりさらに悪化しています。ドイツは今後数年間で数十万人の技能労働者不足に直面する見込みです。特に、化石燃料による暖房からネット・ゼロ暖房への転換を達成するために、約60,000人の設備工事労働者が不足すると見積もられています。

この転換には、2024年から年間50万台のヒートポンプを設置することが求められます。この状況を具体的に理解するために、2023年4月に公開されたサーモンドのレポートによると、彼らは2022年6月以降約1,000台のヒートポンプを設置し、当時週に約80台のヒートポンプを設置しており、設置作業員450人を雇用していました。

Montamoは”テック企業”なのか?

Montamoは自らをテック企業と自負しています。その背景には、Montamoがデジタル技術を活用した施工方法をトレーニングしていること、そしてトレーニングも現場トレーニングに加えてオンライン学習アプリを積極的に用いていることが挙げられます。また、Montamoでトレーニングを受けた技能両者はMontamoから派遣される形で顧客の工事を請負いますが、技能労働者は専用モバイルアプリで業務を統合管理することになっており、デジタルツールによる業務効率化が徹底されます。

Dynagon Newsletterで過去にピックアップしたSquintやMaintainXはいずれもモバイル業務アプリによって業務効率化・高付加価値化を図っていましたが、Montamoもそのような構想を持っていることが窺えます。

生成AIとトレーニング

Montamoのホームページでは明言されていませんが、「人材育成」は生成AIと最も相性が良いテーマの1つです。具体的にどのように相性が良いのか、Dynagon Newsletter Vol. 2023 w49でご紹介した「Squint」というスタートアップが開発する、ARと生成AIを融合させた技術承継プロダクトを参考にご説明します。


画像: “Squintホームページ”より (https://www.squint.ai)

1. マルチモーダル対応が可能

2023年を通じて生成AIが遂げた進化の1つとして「マルチモーダル対応」が挙げられます。ChatGPTリリース直後からテキスト理解に強みを見せていたLLMは、2023年を通じて画像・動画・音声を横断した意味理解力を高めました。現場でLLMが使われる場合は、やはり画像・動画との組み合わせが1つのポイントになると思われます。Squintのプロダクトは、動画を撮影するだけでARオブジェクトやテキストが簡単に生成できる、という仕組みになっていますが、Montamoの技能トレーニングでも「AR活用」は明言されており、今後スタンダードになっていく可能性があります。

2. 多言語翻訳が容易

Montamoが技能トレーニング対象に据えるのは、「移民」がメインです。というのも、ドイツ国内で技能労働者の道を志す若者が減少傾向にあるためです。ドイツは東欧・中欧・中東からの移民が豊富な国であり、それぞれの言語は異なります。そういった労働者の現場教育において翻訳が果たす役割は大きいでしょう。筆者自身、ChatGPTを翻訳サービスとして使う機会は多く、体感的にはこれまで使ってきたどの翻訳サービスよりも使い勝手が良いと感じています。

3. Personalized Q&A

この機能が、教育文脈で生成AIがもたらすインパクトとして最も大きいかもしれません。従来の教育は、複数の新人労働者に対して1人のコーチが指導するのが一般的でしたが、生成AIの登場によって「AIがマンツーマンコーチになる」可能性が高くなりました。正しい作業手順や過去のトラブル内容をデータベースに保存しておくと、新人の質問に対して、生成AIがデータベースから根拠を引用して回答生成を行います。これはRAG(Retrieval Augmented Generation)という技術を活用します。

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