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ナラティブとゲーム

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ナラティブは“体験の起源”である

ゲームにおける「ナラティブ」とは何か。これは長年にわたり、学術界やゲーム開発者の間で論争の的となってきたテーマである。本書ではまず、ナラティブとストーリー(物語)を峻別し、ナラティブがいかにしてゲーム体験において意味を生み出す起源的な構造であるかを明確にする。

本章で主張する立場は明確である。体験が意味を得るのはナラティブが存在するからである。ナラティブとは、時間軸やプロットを生む“前提の構造”であり、ゲームという媒体が他のメディア(映画、小説)と決定的に異なるのは、時間軸を“作り出す”ことができる点にある。


1. ナラティブとストーリー:構造と役割の違い

概念 概要 媒体特性 時間軸との関係
ナラティブ 世界観・背景・設定・出来事の潜在的構造 ゲーム、環境、空間設計 時間軸の“前に”存在する
ストーリー 時系列に沿った出来事やプロット 小説、映画、脚本 既定された時間軸
シナリオ ストーリーを具現化した台詞・演出・分岐構造 ゲーム、映像作品など 時間軸を表現する記述構造

ナラティブとは、単なる物語やストーリーとは異なる。それは**「何が起きたか」ではなく、「どのような前提のもとで、起き得るのか」を規定する**存在である。

例:銃のない時代のナラティブ

たとえば、“まだ銃が存在しない世界”というナラティブを設定したとする。このナラティブにおいて、ピストルを手に取って銃撃戦を行うといったゲームプレイは意味を持たない。なぜなら、世界の前提構造がそれを許していないからである。したがって、プレイヤーがどのような体験をするか(=ゲームプレイ)は、あくまでナラティブの上に構築される。この順序性はきわめて重要である。


2. ナラティブとゲーム:映画・小説との違い

ゲームと他メディアのもっとも本質的な違いは、時間軸が既定されていないことである。小説や映画は、冒頭から結末までを順に経験するリニアな体験を前提としている。一方でゲームは、プレイヤーの選択や行動によって時間軸そのものが生成される

特徴 映画・小説 ゲーム
時間構造 線形(固定) 非線形(生成)
語り手 作家・脚本家 プレイヤー(共同語り手)
構造設計 ストーリーに沿って設計 ナラティブから構造が派生
プレイヤーの役割 受動的鑑賞者 能動的な構築者

この非線形性ゆえに、ナラティブはゲームの設計において“起点”として存在しなければならない。時間軸を後からデザインすることはできても、“世界そのものの前提”をあとから変更することはできない。したがって、ナラティブは体験の下支えではなく、体験の発生源そのものなのである。


3. ゲーム研究におけるナラティブ論争の経緯

ナラトロジー vs ルドロジー

2000年代初頭、ゲーム研究において「ナラトロジー(物語研究)vs ルドロジー(遊び研究)」の論争が起きた。前者は「ゲームを物語として読み解く」立場、後者は「ゲームをルールとインタラクションの体系として分析すべき」という立場である。

この対立に対して、ヘンリー・ジェンキンスは「ゲームは物語そのものではなく、物語的可能性を持つ空間である」とし、次のような分類を行った:

  • 誘発的な空間:神話や歴史的背景を思わせる舞台設定が、プレイヤーの想像を喚起する
  • 埋め込まれた物語:環境やログに隠された断片情報
  • 演じられる物語:プレイヤーの行動によって成立する
  • 自発的に生まれる物語:システムとの相互作用によって偶発的に生成される

本書の立場:プレイヤーは“語り手”である

ゲームはプレイヤーがナラティブに基づいて世界を動かすことで、“その瞬間の物語”が生まれる。よって、ナラティブはプレイヤーの選択と行動に“意味の文脈”を与える構造であり、それがなければ体験は単なる操作で終わってしまう。


4. ナラティブとゲーム体験の構造(図解)

この図解は、ゲーム体験がどのように構造化されているかを示しています。

  1. ナラティブ(構造・前提・世界観):ゲームの出発点となる概念的土台です。これは単に物語があるということではなく、「どのような世界か」「何が許され、何が不可能か」といった論理的・文化的な構造を定義します。たとえば“魔法が存在する中世風世界”というナラティブは、プレイヤーが火を使う魔法を使う体験を許容しますが、“現代の現実的軍事社会”というナラティブではそれは成立しません。

  2. ルール・制約 / 世界設定・美学要素:ここではナラティブに基づいて、具体的なシステム的な枠組みや世界観が構築されます。たとえば「この世界では飛行魔法が使える」というナラティブがあれば、それに基づくジャンプや浮遊システムが設計されます。また、視覚的なデザインや音楽などの演出も、この層でナラティブと一致させることで没入感が増します。

  3. プレイヤーによる行動・選択(ゲームプレイ):実際にプレイヤーが操作を通じて世界に干渉する段階です。ここではプレイヤーの行動そのものが、すでに設定されたルールとナラティブの中で意味づけられます。たとえば「敵を倒す」というアクションも、それが「復讐」「正義」「生存」のどれなのかはナラティブによって変化します。

  4. 時間軸(ストーリー、体験)として構築される:プレイヤーの行動が積み重なることで、世界に出来事が起こり、結果として時間軸が生まれます。これがストーリーです。つまり、ストーリーは事前に用意された筋書きではなく、ナラティブとプレイヤーの行動によって構築される“結果”です。


5. 結論:ナラティブはゲーム体験の“源泉”である

ゲームにおけるナラティブは、ストーリーの補助要素でも装飾でもない。ナラティブこそが、体験を意味あるものにする前提であり、ゲームデザインの出発点である。時間軸(ストーリー)は後から構築可能だが、世界観(ナラティブ)は先に存在していなければならない。これは映画や小説との決定的な違いであり、ゲームをユニークなメディアたらしめる本質的要素である。

次章では、このナラティブを設計するとは何か、そしてそれをどのようにしてゲーム体験へと落とし込むかを論じていく。

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