オンライン投票はなぜ『難しい』のか
日本で公職選挙が近づいてくると、「202X 年にもなって投票所に行く必要があるなんて」とか「オンライン投票もいまだにできないなんて」みたいな声をよく聞きます。 [1]
法にも技術にも詳しくない一般の人がそう思うのは自然なことでしょう。オンライン投票ができれば、少なくとも若年層の投票率にはいい影響があるかもしれません。しかし「現代的で民主的な選挙」の要件をしっかり満たしてオンライン投票を実現するのは、実は技術的にも容易ではありません。
「現代的で民主的な選挙」の要件とは、どういうものでしょうか。現在の技術でオンライン投票を実施すると、その要件はどのように毀損するのでしょうか。私たちはその要件を、本当に理解しているでしょうか。
本記事は、「現代的で民主的な選挙」の要件を振り返り、そこから導かれる「オンライン投票のなにが『難しい』のか」をできるだけ明確にする試みです。そして、議論をその先へ進めるための前提を踏み固めることを目指しています。ソフトウェアやネットワークの技術者がオンライン投票について議論するときに、せめて前提を共有して建設的な議論につなげることが、この記事のゴールです。
「そんな要件は部分的にあきらめてでもオンライン投票に踏み切ったほうが、全体としてメリットが大きいのではないか」という議論もあります。これはもちろん議論に値するテーマですし、実際に議論されてもいます。しかし、その議論はこの記事からはスコープ外とします。
筆者はソフトウェア・エンジニアの職にはありますが、オンライン投票についての専門家ではありませんし、法律の専門家でもありません。記事には誤りも不足もあると思います。詳しい方にはぜひご指摘をいただき、追記・修正を加えながら記事をメンテナンスしたいと思っています。ご協力をいただければ幸いです。
本記事は、できるだけ客観的な内容を蓄積する文書としてメンテナンスしたいと考えています。一部には筆者の推量による記述や筆者個人の意見も含まれますが、それらはなるべくそうとわかるように記述したつもりです。 [2] 筆者の推量を補足、または否定する文献等をご存じの方は、ぜひ教えて下さい。
ただし、本記事のコメント欄などでご自身の政治的な思い・信念・信条について議論を始めることはご遠慮ください。ご自身の信念などについてご意見を表明したいときは、本記事のコメント欄ではなく、ご自身の責任でご自身のブログなどでご自身の記事を公開してください。炎上などによって対処が困難になった場合は、本記事の維持・管理を放棄し、場合によっては削除します。
「電子投票」「ネット選挙」
最初に、関連する用語を整理しましょう。
インターネットを用いたオンライン投票を指して「電子投票」と呼んでいる記事などを見かけることがあります。しかし 2024 年時点の日本の公職選挙において「電子投票」という言葉が意味するのは、「オンライン投票」とは別のものです。
2024 年 5 月現在、日本の公職選挙における「電子投票」は、「電子投票法」 [3] [4] に定められた「投票所で電子機器のタッチパネルや押しボタンを押して投票する方法」を指します。 [5]
公職選挙以外の一般における「電子投票」や日本以外における "Electronic voting" [6] は、オンライン投票を指すことも多いです。しかし、日本の公職選挙におけるオンライン投票の話をしたい場合、「電子投票」と呼ぶのは避けて「オンライン投票」・「インターネット投票」などと呼ぶほうが、意図がスムーズに伝わるでしょう。
また、「インターネット『投票』」ではなく「インターネット選挙」「ネット選挙」という言葉もあります。これらの言葉は、おもに「インターネット選挙運動」 [7] を指すようです。これらもオンライン投票 (インターネットを利用した投票行為) とは呼び分けたほうがいいでしょう。
秘密投票
「現代的で民主的な (公職) 選挙の要件」はいくつも考えられますが、その最も重要な要件のひとつが「秘密投票」または「投票の秘密」 [8] (英: "Secret ballot" [9]) です。ほとんどの現代的な民主主義国では、秘密投票が公職選挙の必須要件になっていると考えていいでしょう。
国際連合で 1948 年に採択された「世界人権宣言」 [10] にも、以下のように明記されています。
The will of the people shall be the basis of the authority of government; this will shall be expressed in periodic and genuine elections which shall be by universal and equal suffrage and shall be held by secret vote or by equivalent free voting procedures.
"Universal Declaration of Human Rights" [10:1] の Article 21.3 から引用)
人民の意思は、統治の権力を基礎とならなければならない。この意思は、定期のかつ真正な選挙によって表明されなければならない。この選挙は、平等の普通選挙によるものでなければならず、また、秘密投票又はこれと同等の自由が保障される投票手続によって行われなければならない。
(外務省による「世界人権宣言(仮訳文)」 [11] の第二十一条 (3) から引用)
世界人権宣言以外の各種国際条約も Wikipedia などから見つけることができます。
「選挙 原則」などで検索すると「選挙の五大公理」 [12] というのも出てきます。ここにも秘密投票は含まれています。 [13]
秘密投票とはなにか? なぜ重要か?
「秘密投票」とは、具体的になんのことでしょうか?
Wikipedia の「秘密投票」 [8:1] にもあるとおり、一言でいえば「各人の投票内容を明らかにすることなく秘される」投票方式です。「明らかにすることなく秘される」とは、投票行為の最中だけではなく、投票行為が済んだあと、開票が済んで結果が確定したあとであっても、選挙人 (投票者) と投票内容を紐付けできてしまうことを認めない、ということです。
秘密投票の「明らかにすることなく秘される」は、生半可なものではありません。現代的な民主主義国の多くでは、あらゆるレベルで大きな労力とコストを割いて、秘密投票を守っています。それはなぜでしょうか?
美濃部達吉による「選挙法詳説」の解説を以下に引用します。
投票には公開主義と祕密主義との別が有る。公開主義は、投票は國家的公務であつて之を爲すにも公明正大であるべく祕密の蔭に匿れて爲すべきではないといふ思想に根據を有するもので、我が國に於いても明治二十二年の最初の選擧法には記名投票主義を取り、選擧人は投票用紙に自己の住所氏名を記載し捺印すべきものとせられた。代書投票も許されて居た。貴族院の伯子男爵議員の選擧に付いては、最初から引續き貴族院の廢止に至る迄投票の公開主義を取つて居た。
投票の公開主義にも勿論相當の理由は有るのであるが、總て人事に關する投票には動もすれば個人的な私の感情が混入し易く、投票の祕密が保たれなければそれが私交の上に影響し、選擧人が自由意志に依つて投票することが不可能となる虞が有ると共に、公開主義は又投票の買収其の他の不正行爲に因り投票の約束を爲した者が其の約束の果して守られたや否やを證據立てる手段ともなり、不正行爲を保護する嫌が有り、此等の理由に因り、選擧法は明治三十三年の改正以來は常に投票の祕密主義を取り今日まで固く其の主義を嚴守して居る。新設の参議院議員竝に地方公共團體の議會及び長の選擧に付いても同様である。
(「選挙法詳説」 [14] 第三章「選擧の執行」 (二)「投票の祕密主義」 一〇〇頁から引用)
これを要約すると、秘密投票が守られないと以下のような懸念がある、とされています。
- 個人の投票内容が他者に知られると、その個人の人間関係に影響する。すると、その個人の投票における純粋な自由意志を阻害するおそれがある。
- 個人の投票内容が他者に知られると、その内容を、票の買収や脅迫のような不正行為の「証拠」 (買収したとおりに投票したことの証拠) として利用されるおそれがある。
- 仮に買収を受けても、秘密投票が守られているならば、買収どおりに投票しなくてもバレない。つまり、仮に買収を受けても買収に従う必要がない。こうして秘密投票は、買収などの不正行為をするインセンティブを実質的に失わせる。
- 逆に秘密が守られない投票は、買収のような不正行為そのものを保護してしまうとも見える。
「オンライン投票ではうしろから銃を突きつけられて投票させられるのを避けられない」なんて議論を、旧 Twitter などでよく見かけます。それは嘘というわけではなく理屈では実際そうですし、ウクライナのヘルソンではロシアによってそれに近いことが本当におこなわれもしました。 [15] [16] とはいえ 2024 年現在の日本で、本当に「銃を突きつけられて投票させられる」なんて想像するのはちょっと難しい、という人が多いのではないでしょうか。
ですが、そんないかにも大変な脅迫 [17] を、権力者は本当にやる必要すらありません。誰が誰に投票したのかさえわかってしまえば、投票が済んだあとでも、なんなら開票も済んだあとでも、いつでもいくらでも脅迫 (報復) できるだけの「権力」を、権力者は持っているのですから。
なんだったら、投票先を本当に把握する必要すらないのです。選挙人 (投票者) に「自分が誰に投票したかバレているのではないか」という疑念さえ抱かせてしまえば、多くの選挙人は勝手に「忖度」した投票をしてくれるでしょうから。
たとえばウクライナのヘルソンの例で、仮にあなたがヘルソンの住民だったと想像してみてください。この住民投票が、あんなロシア兵を同行させるような「雑な」直接の脅迫はなく、一見すると投票の秘密を守っているように見えたとしても、それでもあなたは実際に「独立に反対」と投票できるでしょうか。侵攻をおこなった側であるロシアが主導した住民投票でそんな票を入れても、あなたやあなたの家族の身は大丈夫だと、心から思えるでしょうか。万が一にも「投票内容がバレていたら」という懸念を少しでも抱いたら、「独立に賛成」と投票してしまう方も多いのではないでしょうか。
直接の脅迫がなくても、そんな圧力を感じてしまうのです。こんなあいまいな圧力でさえ脅迫として機能してしまい、現実的な影響が生じて、公正とはいいがたい状態になりえるのが選挙です。そう考えると、「公正な選挙」というのがどれほど繊細な綱渡りの上にあるのか、見えてくるのではないでしょうか。
さらに、もう少し身近に感じられそうなたとえをしましょう。もしあなたの職場でこんなことがあったらどうでしょうか。
俺とあいつの働きぶりは同じようなものだと思ってたんだけど、このあいだ、あいつだけ昇給したらしい。不満に思っていたら、「去年の選挙で、社長 (または組合とか) が支持してる○○党に投票したやつだけ昇給したらしいぞ」なんて噂話が流れてきた。
噂話ですからね、検証なんかしようがありません。仮に上層部を問い詰めたところで、「そんなわけないだろ」っていわれるに決まってます。
まあさすがにそんなことはないだろうけど。いや、でも、そういえば、再来月にまた選挙があったっけ。もし○○って書いて箱に入れるだけで昇給するんだったら…。別に俺の一票くらい…。
「自分の投票は誰にもバレないはずだ」と客観的に明らかでないかぎり、疑念だけでも、投票行動はこのように影響を受けてしまいます。秘密投票とは、「投票者が安心して自分の意志のみによって投票先を選べる」ために、多くの人々が労力やコストをはらって、ギリギリでどうにか維持しているものなのです。わずかな疑念の余地がはさまるだけでも、「投票者が安心して自分の意志のみによって投票先を選べる」状態は、容易に崩壊してしまいます。
この記事ではこれから説明していくことですが、この秘密投票の保護を徹底することがオンライン投票では難しいと考えられています。秘密投票だけがオンライン投票実現の障壁ではありませんが、秘密投票はその最大のものといわれています。 [18] [19] [20] [21] [22] [23]
そこで本記事では、秘密投票に絞って議論を進めます。まずは、既存の投票方式で秘密投票を守る努力がどのように払われているのかを振り返ります。
ところで、「どうしても不安な人に対しては、オンライン以外の選択肢として、秘密投票が保証された投票方法を残しておけばいいだけじゃないか。自分はオンラインで投票したいんだ」と思ったでしょうか? そのときには、職場の噂話がこう変わるだけでしょう。
「去年の選挙で、社長 (または組合とか) が支持してる○○党に オンラインで 投票したやつだけ昇給したらしいぞ」
投票所方式による秘密投票の実現
2024 年 5 月現在、日本の選挙人 (投票者) は、選挙の当日に自ら投票所に行って投票するのが原則です。これを投票当日投票所(本人)投票主義と呼び、秘密投票の多くの部分はこの投票所方式によって担保されています。
選挙人は、選挙の当日、自ら投票所に行き、投票をしなければならない。
(公職選挙法第四十四条 [24] から引用)
また、選挙人は原則として、選挙の当日、自ら投票所に行って投票しなければなりません。
(「選管事務の教科書 第三次改訂版」 [25] 第四章「投票」 p.58 から引用)
まず、投票所方式で秘密投票がどのように守られているかを振り返ります。 [26]
投票所
投票所に投票に行ったことがある方は知っていると思いますが、多くの場合、投票所となる部屋は以下のような配置になっています。
投票所の配置
この部屋の構造、設備の配置、ここにいる人々の配置、それ自体が、秘密投票を保護する重要な役割を担っています。
投票管理者・投票立会人
各投票所には、投票管理者が一人と、投票立会人が二人以上いなければならない、と定められています。
投票管理者
引用中の強調や参照は本記事の筆者によります。
投票管理者は、投票事務の最高責任者で、選挙人が正しく投票できるようにするとともに、投票事務が公正に処理されているか、投票所内の秩序が十分に保たれているかなどに注意しなければなりません。投票管理者の具体的な職務は、投票所の開閉、投票用紙の交付、不在者投票の受理・不受理の決定、投票箱の開閉、仮投票の許容、投票所内の秩序保持などです。
投票管理者は選挙ごとに置かれ、市町村の選挙管理委員会が選挙権を有する者の中から選任します(令和元年の公職選挙法改正により、資格が緩和されました)。 〔公職選挙法第三十七条 [27]〕 市町村の選挙管理委員会が投票管理者を選任したときは、その者の氏名等を直ちに告示しなければなりません。 〔公職選挙法施行令第二十五条 [28]〕
(「選管事務の教科書 第三次改訂版」 [25:1] 第四章「投票」 p.62 から引用)
各選挙ごとに、投票管理者を置く。投票管理者は、選挙権を有する者の中から市町村の選挙管理委員会の選任した者をもつて、これに充てる。
(公職選挙法第三十七条 [27:1] から引用)
市町村の選挙管理委員会は、法第三十七条第二項又は前条第一項の規定により投票管理者又はその職務を代理すべき者を選任した場合には、直ちにその者の住所及び氏名(二人以上の投票管理者又は二人以上の投票管理者の職務を代理すべき者に交替して職務を行わせることとしたときは、これらの者の住所及び氏名並びにこれらの者が職務を行うべき時間)を告示しなければならない。
(公職選挙法施行令第二十五条 [28:1] から引用)
投票管理者は、各選挙ごとに置かれ、その選挙の投票に関する事務を行います。具体的には、投票用紙の交付、代理投票の許容、選挙人の確認、投票箱の開票管理者への送致、投票所の秩序維持などです。投票管理者は、その選挙の有権者の中から、市区町村の選挙管理委員会によって選任されます。
(総務省「選挙管理機関」 6. 投票管理者 [29] から引用)
投票立会人
同様に、引用中の強調や参照は本記事の筆者によります。
投票立会人とは、投票管理者のもとで、投票事務の公平を確保するために、公益代表として投票事務に立ち会う重要な役割を果たす人です。
市町村の選挙管理委員会は、選挙ごとに選挙権を有する者の中から、本人の承諾を得た上で、2人以上5人以下(期日前投票所については2人)の投票立会人を選任し、選挙期日の3日前まで(期日前投票所については選挙の公示または告示の日)に、その旨を本人に通知しなければなりません。 〔公職選挙法第三十八条 [30]、第四十八条の二 [31] (5)〕
投票立会人が2人未満の場合に行われた投票は無効になるので、投票を開始する時刻になっても投票立会人が2人に満たないときは、投票管理者が投票立会人を補充選任することになっています。 〔公職選挙法第三十八条 [30:1] (2)〕
(「選管事務の教科書 第三次改訂版」 [25:2] 第四章「投票」 p.64 から引用)
市町村の選挙管理委員会は、各選挙ごとに、選挙権を有する者の中から、本人の承諾を得て、二人以上五人以下の投票立会人を選任し、その選挙の期日前三日までに、本人に通知しなければならない。
投票立会人で参会する者が投票所を開くべき時刻になつても二人に達しないとき又はその後二人に達しなくなつたときは、投票管理者は、選挙権を有する者の中から二人に達するまでの投票立会人を選任し、直ちにこれを本人に通知し、投票に立ち会わせなければならない。
(公職選挙法第三十八条 [30:2] から引用)
投票立会人は、投票事務の執行に立ち会い、公正に行われるよう監視します。具体的には、投票手続きの立ち会いや投票箱の送致・立ち会いなどを行います。その人数は、2人以上5人以下(期日前投票立会人は2人)です。
(総務省「選挙管理機関」 8. 投票立会人 [32] から引用)
有権者からの選任
投票管理者や投票立会人が「選挙権を有する者の中から選任される」のが重要なポイントです。投票管理者や投票立会人は、公職にある権力者自身や、その管理下にある者が指示を受けて役目にあたっているわけではありません。有権者 (一般市民) が自分たちで選挙に立ち会い、自分たちで選挙を管理・監視している、ということです。
つまりこれを読んでいるあなたも、選挙権さえあれば、投票立会人になる権利もあるわけです。少し検索すれば、さまざまな自治体の選挙管理委員会が投票立会人を募集しているのを見つけることができます。 [33]
投票管理者・投票立会人との距離
投票所において、投票箱・投票記載所と、投票管理者・投票立会人との間には、一定以上の距離が置かれるのが通常です。これにはもちろん、選挙人が投票用紙に記載する内容が、投票管理者や投票立会人から直接には見えないようにする目的があります。
投票所の配置 (再掲)
筆者は距離について明確な基準となる法令を見つけることができませんでしたが [34] まず公職選挙法第二百二十八条 [35] において、被選挙人を認知しようとすることは明示的に禁止されています。また公職選挙法施行令第三十二条 [36] には「投票所において (中略) 他人がその選挙人の投票の記載を見ること (中略) がないようにするために、相当の設備をしなければならない」とあります。
投票所(共通投票所及び期日前投票所を含む。次条及び第二百三十二条において同じ。)又は開票所において正当な理由がなくて選挙人の投票に干渉し又は被選挙人の氏名(衆議院比例代表選出議員の選挙にあつては政党その他の政治団体の名称又は略称、参議院比例代表選出議員の選挙にあつては被選挙人の氏名又は政党その他の政治団体の名称若しくは略称)を認知する方法を行つた者は、一年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。
(公職選挙法第二百二十八条 [35:1] から引用)
市町村の選挙管理委員会は、投票所において選挙人が投票の記載をする場所について、他人がその選挙人の投票の記載を見ること又は投票用紙の交換その他の不正の手段が用いられることがないようにするために、相当の設備をしなければならない。
(公職選挙法施行令第三十二条 [36:1] から引用)
同時に、投票管理者や投票立会人は、投票の記載を見ないままに、投票のプロセスに不正がないことは監視・確認しなければなりません。「一定の距離を開ける」という単純な工夫がこれらを両立させ、以下の要素を同時に成立させる、なかなか巧妙な設計になっています。 [37]
- 立会人に特別な知識や技能がなくても、
- 立会人が投票の記載・投票用紙の内容を覗き見ることのないまま、
- 立会人は投票が一定の手続きに沿っておこなわれていることのみを確認することで、
- 一定の不正がないことを遠目に担保できる。
つまりこの「距離」をはじめ、投票所の構造、設備の配置、ここにいる人々の配置こそが、投票所全体を一つの「場」として、秘密投票を最大限に保護するシステムたらしめています。権力者ではない一般市民による「手続きの監視」によって、特に権力者に「投票内容が監視」されないように守っている、と見ることができます。
投票箱とレシートフリー
このように投票管理者・投票立会人による適切な監視がされた投票所で、投票用紙に記載をし、その内容が他の人に見えないように投票用紙を投票箱に放り込んだら、あなたと投票の記載内容を結びつける情報はもうどこにも残っていません。あなたがなにを投票用紙に書いたのかはもう誰にもバレません。これであなたは自由です。
この「投票プロセスの経過の情報が、投票行為の証拠にならない」性質、その結果として「ある投票者がどの候補者に投票したのか、投票の直後から、他の誰も知ることができない」性質を「レシートフリー (receipt-free; 無証拠性)」 [38] [39] と呼ぶそうです。この性質は、秘密投票を守るために非常に重要なものです。
投票所から投票用紙を持ち帰ってはならない、外部から投票用紙を持ち込んではならない、投票用紙には候補者の名前以外の記載をしてはならない、などの禁止事項は、レシートフリーを保証するためにあります。 [40]
ここでは「投票者の『自由意志』であっても、証拠を持ち出せない・持ち出すことが許されないことになっている」ことが重要です。たとえば「希望さえすれば投票用紙を持ち帰っていい」ことになっていると、それをもとに不正な監視の下で投票用紙に記入させることができてしまい、買収のような不正行為が成立してしまいます。それをさせないため、そして有権者を守るために、そうした行為が不可能な仕組みにしたり、一部の行為は禁止にしたりする必要があるのです。 [41]
2021 年、岐阜県白川町議選で投票用紙を 1 人に 2 枚交付した可能性があることがニュースになっていました。たとえばその余分に交付された 1 枚が未記入のまま持ち帰られると、それを起点として秘密投票の侵害が連鎖する可能性があります。 [42]
また 2024 年 5 月現在、「投票所で写真を撮る」ことについて日本の法律では明確な禁止はないらしいのですが、各選挙管理委員会や投票所で、投票管理者が「やめて」と「お願い」をしています。 [43] 投票者自身の「自由意志」による撮影であっても、自分の投票用紙の記載を写真に撮っていいことになっていると、「○○と書いた投票用紙の写真を証拠として撮ってこい」という買収・脅迫が成立してしまいます。 [44]
ちなみに「投票用紙に候補者の名前以外の内容を書く」のような、投票所の投票立会人には知りえない不正もあります。このような不正は、開票時に無効票として処理される、という手続きにして整合性をとっています。開票所にも、別に開票管理者・開票立会人がいます。
有権者自身による選挙の監視
ここで前述の「投票管理者や投票立会人は選挙権を有する者の中から選任される」を思い出してください。これが意味するのは、秘密投票・選挙の健全性は、究極的には私たち有権者 (一般市民) 自身の相互監視によって実現している、ということです。
監視を業務として考えると、カメラなどを使って集中管理でやってしまったほうが、効率はいいはずです。設備費を考慮に入れても、多くの人の時間を食いつぶすより経済的かもしれません。それでも私たちは、この「非効率な」投票所方式を採用し続けていますし、それは多くの現代的な民主主義国で同様です。なぜでしょうか?
これは「特定少数の人間が広い範囲の監視権限を掌握する」状況を極限まで避け、権力者が選挙の監視に介入する余地をできるだけ減らそうとしている、と見ることができます。
仮定: 特定少数による監視
仮に「特定少数の人間が広い範囲の監視権限を掌握する」となにが起こるのか、「悪意を持った権力者」の立場に立って考えてみましょう。
まず、権力者として投票の秘密を破りたければ、権力者自身が監視の権限を掌握する「特定少数」の役目に就いてしまう、というのが簡単です。立会人を身内で固めてしまえば覗き見くらいできそうですし、隠しカメラも設置できるかもしれません。さらに実際には見ていなくても「見ているんだぞ」と思わせるだけで、脅迫として十分な効果を発揮します。
または、直接の関係者を投票管理者・立会人に就けなくても、監視業務が「効率化」され、少人数で集中管理されていたら、つまり「特定少数の人間が広い範囲の監視権限を掌握」していたら、権力を使って「特定少数」を買収なり脅迫なりしてしまえばいいのです。あとは同じことですね。
ひとたび投票管理者・立会人や選挙管理委員会が「権力者の身内」になってしまえば、それが不正選挙に結びつくのはあっという間です。かつて日本でも、投票所と選挙管理委員会ぐるみで起こった不正選挙というのが実際にあったようです。 [45]
広い範囲の監視権限が特定少数の人間に集中すればするほど、同じことを大規模にやれるようになります。逆に、選挙管理委員会を地域ごとに分け、選挙区を分け、投票所を分け、各地で同じようなことを「非効率に」やっている現行の仕組みのもとでは、その一部だけを買収しても選挙結果全体に影響を与えるのは難しくなります。
有効な脅迫をおこないたい「悪意を持った権力者」は、それだけ多くの選挙管理委員会・選挙区・投票所で買収をしなければならず、対象が広がれば広がるほど口止めも簡単ではなくなるわけです。これは、監視権限を分散させることで不正がスケールしづらいようにしている、という見方もできるかもしれません。
有権者自身による相互監視は「非効率」ですが、不正を防ぎ、秘密投票を守るために、日本にかぎらず多くの国や地域で続けられています。
すべての選挙人による相互監視
「有権者自身による選挙の監視」のための仕組みは、いろいろなところに仕掛けられています。たとえば、投票立会人は投票所に「二人以上」いなければならない、というルールもありました。これはもちろん、一人の投票立会人はもう一人 (以上) の立会人を監視する役目もある、ということです。
また、投票立会人にならなくとも、私たち一般の選挙人も少しずつ監視に参加しています。というのは、私たちが投票所に行って投票している間、立会人自身が妙な行動を取らないか、もし他の選挙人が妙な行動を取ったら立会人がそれをちゃんと止めるのか、私たちはずっと見ているからです。
一部にガチ勢もいる [46] 「零票確認」 [47] [48] も、有権者自身による監視の一つです。投票所での投票開始前に、投票箱にカメラが仕掛けられていたり、二重底になっていたりしないか、有権者自身が確認しているわけです。
選挙の仕組みは、このように選挙人がなんらかの形で選挙の監視に参加できるように作られています。有権者自身による選挙の監視は、「権力者や政権に干渉されることなく、選挙の健全性を自分たち有権者自身で維持する」という有権者の意志のあらわれともいえます。
公職選挙において、私たち有権者は「権力者が作ってくれた『選挙というサービス』」を受けているのではありません。私たち自身が、選挙という仕組みの健全さの維持に少しずつ参加していること、そうであってはじめて健全な公職選挙を今後も保てるのだということを、ぜひ頭に置いておきましょう。「民主」主義ですから。
投票当日投票所以外の方式
2024 年 5 月現在、日本でも「投票当日投票所本人投票」以外の方式による投票が、いくつか認められています。期日前投票、不在者投票、在外投票などです。 [26:1] これらはどうなっているのでしょうか。
期日前投票
選挙は、選挙期日(投票日)に投票所において投票することを原則としていますが(これを投票当日投票所投票主義といいます)、期日前投票制度は、選挙期日前であっても、選挙期日と同じ方法で投票を行うことができる(つまり、投票用紙を直接投票箱に入れることができる)仕組です。
(総務省「投票制度」 1. 期日前投票制度 [49] から引用)
「期日前投票」制度は、平成 15 年 (2003 年) の公職選挙法改正により新たに公職選挙法第四十八条の二 [50] に定められました。
それ以前からあった「不在者投票」制度 (後述) の種類のうち、「選挙人名簿に登録されている市区町村での投票」をほぼ置き換える仕組みとして始まりました。旧「選挙人名簿に登録されている市区町村での投票」もまだ廃止はされていませんが、ほとんどの有権者が利用しなくなったものと考えられています。 [51] [52]
期日前投票ではない不在者投票制度では、投票所・投票箱方式ではなく「二重封筒」方式 (後述) を利用します。選挙人による封入・署名から開票時の開封作業まで、選挙人にとっても選挙の手続きにかかわる人にとっても、手続きが非常に煩雑で手間のかかるものでした。
期日前投票では、投票所方式とほぼ同様の投票所が設置されます。投票箱、投票管理者や投票立会人もほぼ同様に配置されます。これによって投票手続きが簡単になり、より多くの人が投票当日以外に投票できるようになりました。 [53]
各地の選挙管理委員会が、「期日前投票のための」投票立会人を特に募集しているのも見つかります。
期日前投票でも零票確認はおこなわれます。ただし、期日前投票ではその期日前投票所における投票期間を通して同じ投票箱を用いるため、零票確認は初日のみとなるようです。 [54]
期日前投票が一度始まると、投票日当日まで夜間も投票箱を管理し続けないとなりません。そのため、選挙の真正性 (票のすり替えなどへの耐性) に関しては、開票まで常に人の目がある投票当日投票と比べて、わずかに脆弱かもしれません。
しかし期日前投票は投票所方式なので、選挙人と投票用紙の内容を紐付ける情報はどこにも残らず、少なくともレシートフリーは達成されます。秘密投票に関しては投票日当日と同等のレベルが保たれていると考えられるでしょう。 [55]
ただし、期日前投票は数日間におよぶため、投票管理者は期日前投票の期間中、期日前投票所の閉鎖、投票箱の施錠、投票録の作成などを毎日行うこととなります。また、市町村の選挙管理委員会への投票箱の送致は、期日前投票期間の最終日に投票箱を閉鎖した後に行われます。このとき、投票立会人が投票箱の送致に立ち会う必要がない点も、選挙期日の投票の場合とは異なります。
(「選管事務の教科書 第三次改訂版」 [25:3] 第四章「投票」 p.69 から引用)
ちなみに期日前投票では、期日前投票をおこなったあと、投票日当日より前に、他市町村への移転、死亡等の事由が発生して、投票日当日における選挙権を失っても、引き続き有効な投票として扱われます。 [52:1]
これは期日前投票が投票所・投票箱方式であるため、その選挙人の投票用紙をあとから発見して無効にすることが、原理的に不可能だからですね。つまりレシートフリーの副作用ともいえます。特定の票をあとから無効化したり上書きしたりするのは、原理的にレシートフリーと両立しないのです。
不在者投票
仕事や旅行などで、選挙期間中、名簿登録地以外の市区町村に滞在している方は、滞在先の市区町村の選挙管理委員会で不在者投票ができます。また、指定病院等に入院等している方などは、その施設内で不在者投票ができます。
(総務省「投票制度」 2. 不在者投票制度 [56] から引用)
「不在者投票」制度 (前述) は、大正 14 年 (1925 年) の衆議院議員選挙法改正 (いわゆる普通選挙法) において導入され、それから現在までに以下のような種類の不在者投票が認められています。 [57]
- 選挙人名簿に登録されている市区町村での投票
- 前述のとおり、これは期日前投票制度によってほぼ置き換えられた
- 選挙人名簿(在外選挙人名簿)に登録されている市区町村の選挙管理委員会以外での投票
- 病院・施設等における不在者投票
- 船員が、指定港において投票をする場合
- 船員が、船舶内で投票をする場合
- 郵便投票
- 特定国外派遣組織に属する選挙人等による国外からの不在者投票
- 洋上投票
- 南極地域調査組織に属するもの等によるファクシミリによる不在者投票
在外選挙 (在外投票)
仕事や留学などで海外に住んでいる人が、外国にいながら国政選挙に投票できる制度を「在外選挙制度」といい、これによる投票を「在外投票」といいます。在外投票ができるのは、日本国籍を持つ 18 歳以上の有権者で、在外選挙人名簿に登録され在外選挙人証を持っている人です。
(総務省「投票制度」 4. 在外選挙制度 [58] から引用)
「在外選挙」 (在外投票) 制度は、平成 10 年 (1998 年) の公職選挙法改正によって 2000 年 5 月以降の国政選挙に対して導入されました。 2005 年までは比例代表制への投票に限られていましたが、在外日本人選挙権訴訟 [59] において、「比例代表制にしか投票できないことは日本国憲法に反する」とする違憲判決が確定し、その後 2007 年 6 月から選挙区への投票もできるようになりました。意外と最近のことなのです。
在外投票をおこなうには、事前に「在外選挙人名簿」への登録を申請しておく必要があります。地方選挙は在外選挙の対象になっておらず、国政選挙のみが対象ですが、登録申請先は「中央」選挙管理会のような国の機関ではなく、出国前最終住所地の地方の選挙管理委員会です。 [60] [61]
二重封筒方式
2024 年 5 月現在、不在者投票と在外投票では、投票箱を用いません。秘密投票の担保のために投票箱の代わりに用いるのが、「二重封筒」と呼ばれる方式です。 [62]
選挙人は、記入した投票用紙をまず「無記名の内封筒」に入れ、その内封筒を「記名の外封筒」に入れて提出します。開票の際は、外封筒の記名と選挙人名簿と照らし合わせてから内封筒を取り出し、他の選挙人の内封筒と混ぜてどれが誰の内封筒かわからないようにしてから、中の投票用紙を取り出して集計に回します。
不在者投票で二重封筒を使用する理由は、投票の秘密を守るためです。外封筒には署名をしますが、内封筒はなにも記載されていない無地を使います。
開封する際には、外封筒から内封筒を取り出し、他の内封筒と混同し誰の投票封筒かわからないようにしてから、内封筒から投票用紙を取り出します。
このように二重封筒にすることにより、投票の秘密が守られるわけです。(「桜川市公式ホームページ | FAQ ~よくある質問集~」 [63] から引用)
二重封筒方式は特に新しいものでも日本特有のものでもなく、アメリカ合衆国の郵便投票など、各国各地で古くから使われています。 [64] [65]
二重封筒方式は投票所方式と違って、レシートフリーではありません。二重封筒の状態は、内封筒の投票内容と、外封筒の記名が、紐付いたままです。二重封筒の状態から中身を盗み見る機会さえあれば、誰が誰に投票したかはわかってしまいます。たとえば最初にあげた例の一つ、ウクライナ国内においてロシアが主導して住民投票がおこなわれた場合、二重封筒方式で投票する気にはなかなかなれないでしょう。
もちろんそんなことが起きないように、二重封筒方式でも秘密投票を担保するべく、日本の公職選挙では大きな労力がかけられます。投票時には「投票の秘密が破られないように監視してくれる立会人」に相当する人が投票の種類に応じてそれぞれつきますし、開票時には別々の開票担当者が別々の作業場所で外封筒と内封筒の開封をするはずです。開票作業を監視する開票立会人も、有権者の立場からつくはずです。
投票所方式では投票箱に投入した瞬間からレシートフリーが達成されるのに対して、二重封筒方式では投票から開票までにかかわる人をすべて「信頼」し、二重封筒の開票作業が終わって、ようやく秘密投票を守れるのです。秘密投票の保護レベルにおいて、二重封筒方式は投票所投票箱方式よりも少し弱まっているといわざるをえないでしょう。
それでも二重封筒を使うのは
筆者はしっかりした文献にあたれていないのですが [66] 秘密投票の保護が少し弱まるにもかかわらず、一部で二重封筒方式を採用している理由は、以下のように説明できるでしょう。
- 投票箱方式の投票所に行くことが困難な人でも、「投票権を行使できない」状態は許容できない。 [26:2]
- 投票所・投票箱方式では、一定以上の人数が近い期間にまとめて一箇所に投票に来ると見込まれる。一箇所に集中するからこそ、一定以上の人員が管理者や立会人として投票所に常駐できる。そのコストに見合わないケースでは、現実的に投票所方式を選べない。
- 投票全体に対する二重封筒方式の割合が十分に小さければ、悪意ある権力者が二重封筒方式の脆弱性を突いて投票の秘密を破って得られる利益が、破るコストに見合わない。結果として、権力者が投票の秘密を破るインセンティブは薄くなる。
内閣官房情報化統括責任者補佐官などを務めた楠正憲さん [67] のツイートを、参考に引用します。
総合すると、日本では「有権者が投票権を行使できること」が最も優先され、次に「秘密投票の保護」が、それらに続く形で真正性の保証や利便性を考慮する、という優先順位で投票制度が設計されている、ということのようです。
これはそれなりに合理的な優先順位だと筆者は思っていますが、ここには人によって違う考え方もあるかもしれません。
他国の特徴的な投票方式
ここで、日本以外の投票方式の中で特徴的なものに触れておきます。
Ångerröstning: 「後悔」投票
スウェーデンでは Ångerröstning [68] [69] と呼ばれる投票方式が採用されています。日本語では「後悔投票」などと訳されます。 [70]
Ångerröstning はスウェーデンの期日前投票制度の一部で、投票箱ではなく二重封筒方式でおこなわれます。つまり、内封筒は無記名とし、外封筒にのみ記名します。
一般的な二重封筒方式はそれで終わりですが、スウェーデンの Ångerröstning では、期日前投票した人が投票日当日にも投票所に行って、そこでも投票箱に投票できます。投票がすべて終了したあとの開票作業では、まず期日前投票の有無を確認します。期日前投票済みであれば、外封筒の記名を確認し、その選挙人が投票当日投票所でも投票済みだとわかれば、二重封筒は開けずに破棄します。
つまり投票当日投票所投票で期日前投票を「上書き」できる、期日前投票後に「やはり別の候補者に入れるべきだった」と「後悔」したら、やり直しができる、という制度が Ångerröstning です。「選挙人と投票内容の紐付けが投票当日まで残っている」という二重封筒方式の弱点を、逆手に取った手法と見ることもできるかもしれません。
オンライン投票の現実・実現
「オンライン投票はなぜ『難しい』のか」と銘打っておきながら、ここまでずっと既存の投票方式の話ばかりしてきました。それは公職選挙の「秘密投票」という要件が、いかに重要で難しいものかを説明するためでしたが、ここからようやくオンライン投票の話題に入ります。
オンライン投票・インターネット投票の話となると、さも日本が世界各国より遅れているかのように煽って話すタイプの人々がいます。しかし 2024 年 5 月現在においても、地方選挙でなく国政選挙で、全国民を対象に、オンライン投票を実施している国は、全世界でエストニアしかない、というのが現実のようです。 [71] [72] [73] [74] [75]
一部地方などに制限したり、条件を絞ったりして、オンライン投票を試験的に実施している・実施したことがある国は、エストニア以外にもいくつかあります。しかしその数の少なさは、それだけオンライン投票が『難しい』ことを示唆している、ともいえそうです。
オンライン投票と投票の秘密
オンライン投票を実現するには、秘密投票のためにも、投票の改ざんなどを防ぐためにも、もちろん安全な通信方式 (プロトコル) や暗号がなくてはなりません。そのための研究も、古くから数多くおこなわれています。しかし、本記事ではそういった技術には立ち入りません。それ以前のところに大きな問題があるからです。
有権者が「オンライン投票」に求めるものは、普通に考えれば「インターネット経由で、手元にある自分の端末で、どこからでも投票できる」でしょう。
仮にですが、たとえば「専用の自称『オンライン端末』が設置された投票所に行く必要がある方式」を「これがオンライン投票だ」といわれても、それで納得できる人は少ないでしょう。
しかし「手元にある自分の端末で、どこからでも投票できる」だけで、プロトコルや暗号以前の問題で、秘密投票を守ることがとても難しくなるのです。まず、投票所方式でどうしていたか思い出してみましょう。
「どこからでも投票できる」ということは、「投票の秘密が破られないように監視してくれる、同じ有権者の立場の立会人、がいない環境」で投票「できて」しまう、ということです。投票できてしまうということは、脅迫や買収を受けた中で投票させられてしまうこともありえる、ということです。
極端にいえば、勤務先が権力者に「買収」されたら、「勤務先で、投票日に会議室に集められ、『はいそれでは皆さん、今ここで皆さんのスマホから○○党の候補者に投票してください。見てますからね。違う候補に投票したら、どうなるかわかりますね?』」ということが起きてしまう、ということです。 [76]
これがプロトコルや暗号以前の問題だ、ということはおわかりいただけると思います。「技術的に」「難しい」というのは、こういうことです。 (特にソフトウェア・ネットワークの) 「技術」で、この問題は解決できるでしょうか?
投票所方式というのは古臭く見えるかもしれません。完璧でもありません。しかし、思った以上には「よくできて」いるのです。
エストニアの i-Voting
エストニアは 2024 年 5 月現在、国政選挙で全国民を対象にオンライン投票を実施している唯一の国です。エストニアの公職選挙では "i-Voting" と呼ばれるオンライン (インターネット) 投票が 2005 年からおこなわれています。 [77] [78] [79] [80] [81] [82] [83]
オンライン投票が話題になると、エストニアは必ずといっていいほど引き合いに出されます。エストニアのオンライン投票方式はよく考えられてはいますが、しかし銀の弾丸というわけではありません。やはり秘密投票を一部犠牲にしているのです。
「手元にある自分の端末で、どこからでも投票できる」ことの大きな問題は、「投票の秘密が破られないように監視してくれる、同じ有権者の立場の立会人、がいない環境」で投票させられてしまう可能性があることでした。この問題に対してエストニアの i-Voting では、前述したスウェーデンの Ångerröstning のような仕組みを援用して緩和を試みています。
エストニアの i-Voting は、いわゆる期日前投票の一形態として投票当日より前におこなわれ、その期間内であれば再投票ができるようになっています。さらに投票当日に投票所で投票箱に投票することで、最終的な上書きができるようになっています。それによって「脅迫された環境でオンライン投票をさせられても、あとでやり直せるようにすることで、脅迫のインセンティブを薄れさせた」状況を実現しているわけです。 [84] [85]
オンライン投票と Ångerröstning の組み合わせはなかなかよくできていますが、完璧というわけではありません。 Ångerröstning をもとにした i-Voting は、つまり電子化した二重封筒方式です。二重封筒方式が持つ秘密投票の脆弱性は i-Voting でもそのままです。そもそも「選挙人とその投票内容の紐付け」がどこかに残っていなければ、前の投票を上書きできません。残っている情報には、常に破られるリスクがあります。 [86]
この時点で i-Voting はレシートフリーではないのです。投票のあとからでも二重封筒の保護が破られれば、誰が誰に投票したのかはわかってしまいます。誰が誰に投票したのかわかってしまえば、その情報を、少なくとも次の選挙を見越した脅迫 (報復) に利用できてしまいます。
レシートフリーなレベルの秘密投票はあきらめつつも、物理的な投票所を含む投票のやり直しという最終防衛線を用意することで「直接的な脅迫や買収を受けた中で投票させられてしまう可能性」だけはどうにか緩和し、エストニアの事情 (後述) を勘案すれば「妥協できなくはない」線で折り合いをつけた、というのがエストニアの i-Voting の実態だと考えていいでしょう。
つまりエストニアにおける実現例を考慮に入れても、世界におけるオンライン投票の現状は以下のようなもの、ということになります。 [87]
- 単純なオンライン投票では、直接的な脅迫や買収の影響下で投票させられる危険があり、投票の秘密を守ることができない。
- その対策としてエストニアでは Ångerröstning を援用したが、それではレシートフリーは担保できず、秘密投票の保護レベルは下がってしまう。選挙人と投票内容の紐付けが漏洩した場合、次の選挙を見越した脅迫や買収を予防しきれない。
エストニアの事情
そんな妥協をしてまでエストニアが全国的なオンライン投票を実現させたのは、「そのほうが利便性が高いから」「そのほうが先進的だから」のような単純な理由ではなさそうです。
たとえばですが、ロシアの脅威に対する安全保障上の自衛手段として (多少の妥協をしてでも) オンライン投票を含めた電子政府の実現に踏み切った、と説明する意見があります。 [88] [89]
旧ソ連は崩壊したが、隣の大国ロシアの脅威がゼロになったわけではない。エストニアは現在も「いつか再び国土が支配されるかもしれない」という危機感を強く抱いている。それは政府だけではなく、国民にさえも根付いている。
当然、政府はそうなることは望んでいないが、たとえ国が侵略されて物理的に「領土」がなくなったとしても、国民の「データ」さえあれば国家は再生できる、というのが政府の考えだ。事実、エストニアは、国のあらゆるデータを国外の大使館にて保管する「データ大使館」という構想を進めており、2018年にはルクセンブルグに最初の拠点が開設される。
物理的に領土が占領されて政府が機能しなくなったとしても、インターネット上にソフトウェアとしての政府があれば、IDカードを持った国民がそこにアクセスすることで、エストニアという国として機能することができる。まさに、これが「Government as a Service」の思想である。そして、この思想こそが国が目指すべき国家安全保障の究極のゴールだと同国政府の前CIOも語っていた。
(「エストニアの「電子政府」を可能にした3つの成功要因」 [90] より引用)
2005 年当時、ロシアの脅威は「ゼロになったわけではない」というレベルだったかもしれず、もしかすると「さすがにそうはならないだろう」「考えすぎでは」くらいに思われていたかもしれません。しかし 2022 年にウクライナで実際に起きてしまったことを考えると、この意見の現実味は増しています。
もちろん理由はこれ以外にもあるでしょうし、この説明も正しくないかもしれません。しかし少なくとも、単に「便利だから」だけでは済まないさまざまなメリットとデメリットを比較・検討した上で、それでもエストニアにおいてはリスクを受け入れてでもメリットのほうが大きいという計算があって、オンライン投票に踏み切ったのだろう、と想像するのは難しくないかと思います。
二重封筒方式とオンライン投票
二重封筒方式の電子的な再現によって Ångerröstning をも再現し、それによって「脅迫や買収を受けた中で投票させられてしまう」という秘密投票の致命的な危機だけは緩和したものの、そのかわりレシートフリーによる「強い」秘密投票の保護はあきらめた、というのがエストニアの i-Voting でした。
2024 年 5 月現在、世界でただひとつ全国的にオンライン投票を実運用するエストニアが採用しているのが、レシートフリーをあきらめた二重封筒方式だというのは、無視できない大きな現実です。
さて、ここで二重封筒方式について思い出してみましょう。
二重封筒方式は特に新しいものでも日本特有のものでもなく、アメリカ合衆国の郵便投票など、各国各地で古くから使われています。
と前述したとおり、非電子的な二重封筒方式は古くから使われています。だったら、電子的な二重封筒方式を新たに採用してもリスクは変わらないのでは? という疑問があるかもしれません。
筆者はこの点についてもしっかりした文献にあたれていないので私見になるのですが [91] やはり前述した以下の点が鍵になるのではないかと考えています。
投票全体に対する二重封筒方式の割合が十分に小さければ、悪意ある権力者が二重封筒方式の脆弱性を突いて投票の秘密を破って得られる利益が、破るコストに見合わない。結果として、投票の秘密を破るインセンティブが薄くなる。
つまり、有権者の大多数が (電子的にせよ非電子的にせよ) 二重封筒方式を使うようになると、この前提が崩れます。すると権力者の方には、どうにかして秘密投票を破ってやろうというインセンティブが生まれてしまいます。
日本でも、後述のアメリカ合衆国でも、すべての人がいつでも気軽に (既存の) 二重封筒方式を利用できる制度にはなっていません。それにはこういう背景があると考えられます。
アメリカ合衆国の場合
2020 年のアメリカ合衆国大統領選挙 [92] では、新型コロナウイルスのため、普段は対象を絞って限定的に運用される郵便投票 (二重封筒方式) の制限が多くの州で緩和されました。その結果、郵便投票による投票が大幅に増加しました。 [93]
前大統領 [94] が「郵便投票をしないで投票所に行こう」という呼びかけをしていたことは記憶に新しいでしょう。前大統領が選挙後に主張している「大規模な票のすり替え」レベルの不正は、筆者個人としてはさすがに眉唾だと思っています。 [95]
一方で、有権者の大多数が二重封筒方式を使うことに秘密投票への脅威が無いわけではない、ということも一般論としてはいえると思います。 [96]
エストニアがメリットとデメリットの比較・検討の末にオンライン投票を採用したように、この 2020 年の選挙でも、郵便投票のデメリットと新型コロナウイルスというデメリットを比較・検討して (一時的に) 前者を取った、という見方ができるでしょう。オンライン投票の議論でも、このようなメリットとデメリットの比較という観点が重要になるのではないでしょうか。
日本の事情と議論
ここでようやく、日本の事情に立ち返ってみます。いろいろな観点の議論があると思うのですが、申し訳ないことに筆者が知見を持つ関連分野は多くありません。ひとまずここでは、あくまで筆者の私見として、前述のエストニアとアメリカ合衆国の議論を重ねてみたいと思います。
安全保障
まず、エストニアのような安全保障上の喫緊の必要性があるか、です。
私見になりますが、オンライン投票についていえば否なのではないでしょうか。周辺国の状況を考えると、もちろん「日本は 100% 平和」とはいえないと思います。しかし、もっと危ない状態にあるロシア周辺国を含めたとしても、オンライン投票についてそこまで踏み込んだ国はエストニアくらいしかありません。
そもそも、安全保障上の理由でエストニアと同じ戦略を取るのなら、オンライン投票以外にいろいろな準備 (データ大使館 [90:1] とか) を同時に進めておかないと成立しません。中途半端にオンライン投票だけを導入すれば、かえってリスクが増大する側面もあるでしょう。
アメリカ合衆国の郵便投票
アメリカ合衆国の郵便投票について、先の 2020 年の選挙は新型コロナウイルス起因による特殊な状況だったので、一般化は難しいでしょう。それでも一般論としていえるのは、アメリカ合衆国は国土が広く、特に地方部では人口密度が低く、投票所の運営も投票所に人が集まるのも、日本ほど容易ではない、という事情です。
「投票所が遠くて行きにくい」というようなケースは、アメリカ合衆国に比べれば、日本では少ないように思います。期日前投票所の継続的な設置も、それが大変な地域はもちろんありますが、それでもアメリカの地方部よりは…、と感じるのが正直なところです。
政治家主導のオンライン投票
前述のように、「オンライン投票が進まないのは、○○党が古いからだ、政治家が年寄りばかりだからだ、オンライン投票にして若者が投票するようになると○○党に不利になるからだ」のような意見を、旧 Twitter などでよく見かけます。しかしオンライン投票では秘密投票の保護が弱まることが知られている中で、政治家がオンライン投票の導入を主張すれば、どのように見られるでしょうか。
特に政権を担う「権力者」の立場でオンライン投票を推進すれば、その真意はさておき、「私たち権力者は『投票の秘密を弱めてあなたの一票をこっそり覗き見したい』と考えているのだ」と捉えられても不思議はないわけです。ひとたびそんな意図があると勘ぐられれば、対抗勢力から格好の攻撃材料にされるのが目に見えていますから、政治家の立場で「オンライン投票の導入」を主張するのはそんなに簡単ではないのではないでしょうか。
直近の導入は
もちろん他にもさまざまな議論があります。しかし筆者個人としては、今の日本で、秘密投票への脅威を受け入れてまで全国的・全面的なオンライン投票を導入するのは、ちょっと性急・勇み足かなあ…、というのが正直な意見です。
しかし逆に、現行の投票方式の中に、既に二重封筒方式が使われていて、投票全体に対する割合が十分に小さく、メリットがデメリットを上回る「部分」があったらどうでしょうか。そのような「部分」でオンライン投票を実施すれば、リスクはほぼ変わらないのに、大きなメリットを得られるかもしれません。幸いかどうかはさておき、そういう「部分」はいくつかあります。
代表的な例が、在外選挙 (在外投票) です。
在外選挙におけるオンライン投票
2021 年の第 49 回衆議院議員選挙 [97] では、衆議院の解散から投開票日までの期間があまりに短く、各自治体・選挙管理委員会と各国・地域の在外公館、投票用紙の郵送と返送などが間に合わなかったり、ギリギリになったり、という問題が多発したようです。 [98] [99]
つまり在外選挙には、以下のような特徴があります。
- 在外選挙では既に二重封筒方式が使われている。
- 投票全体に対する在外選挙の割合は十分に小さい。
- 在外選挙には「投票権を行使できない状態」という最優先で解消すべき問題がある。
- そして、その問題はオンライン投票によって相当に改善が見込まれる。
ということは、在外選挙でオンライン投票を実施することには十分な合理性がありそうです。
実際、在外選挙にオンライン投票 (インターネット投票) を導入する計画も、既に進んではいたようです。先ほども引用した楠さんの、別のツイートを参考として引用します。
ちなみに筆者自身も、少しイギリスに住んでいた間に、一度だけ在外公館投票に行ったことがあります。そのとき住んでいたのが「ロンドンまで出られなくはないけどロンドン市外」という微妙な位置だったこともあって、これはそれなりに面倒な行程でした。 [100]
しかも在外公館までわざわざ出向いたところで、投票箱に投票できるわけではなく二重封筒方式なんですね。投票用紙を封筒に入れ、それをさらに自分の名前を書いた外封筒に入れてから、窓口で係の人に提出するんですよ。「え…これ渡して本当に大丈夫なの? っていうかこれならもう最初からオンラインで投票させてくれよ」と思ったことは今も覚えています。
二重封筒方式の体験
ただ、特に「エストニア方式のオンライン投票でいいじゃん」と思っている方には、ぜひ一度は二重封筒方式による投票を体験してみてほしい、と筆者は思っています。「この窓口の人がこの封筒を開けるだけで、自分が書いた内容がバレバレじゃん。しかも外封筒には自分の名前がそのまま書いてあるじゃん。これ渡して本当に大丈夫なの?」という気持ちを、物理で味わえます。 [101]
それが、エストニア方式のオンライン投票の「中」で、電子的に起きることです。一度は体験してみると、思うことがあるかもしれません。
今後の期待と展望
筆者が理解しているかぎりですが、オンライン投票の現状は以上のようなものです。そして日本において選挙権を持ち、政治参加する私たちが、オンライン投票に対して取りうる選択肢は、以下のようなものだろうと筆者は考えています。
- (小さな改善はありうるとして大枠では) 現状の投票所方式を維持する。
- (秘密投票への脅威を正しく周知した上で) なんらかのオンライン投票を導入する。
- (なんらかの技術的ブレイクスルーを達成して) 安全なオンライン投票を実現する。
最も重要なのは、これは「誰かすごい人が作ってくれる・誰かエラい人が決めてくれる」ことでは「ない」ということです。これは、私たち有権者が自分で考えなければならないことです。 [102]
本記事の前半でも記述したとおり、現行の投票所方式の健全性・秘密投票からして、すべての有権者・選挙人みずからによる監視をとおして実現され、また、それによってのみ実現できるものです。
権力を一極集中させないために、「民」が束になる営みこそが選挙です。ひとたび「特定少数の人間が広い範囲の監視権限を掌握」すれば、権力者がその特定少数の人間を買収・懐柔するだけで、選挙の健全性・秘密投票は崩れてしまいます。
いわんやオンライン投票においてをや。
こと 3. に関して、この Zenn の記事を読んでいるということはおそらくソフトウェアやネットワーク関係の技術者・研究者であろう人たち・私たちは、オンライン投票に直接貢献しうる技術を専門として扱っています。
「オンライン投票マダー?」と、政治家とか社会とかに文句をつける前に、有権者という立場と、専門家の一種という責任から、やれること・やるべきことがあるのではないかと、筆者は考えます。
筆者自身も、若造だった二十年近く前には無責任に「オンライン投票マダー?」と考えていました。しかし先輩方にいろいろ教えていただき、認識を改めた、ということがあります。そんな筆者にも、同業者や後進に対してできることが少しはあるんではなかろうかと、ひーひーいいながら慣れない分野の調べものをして、本記事をまとめました。
貢献には、他にもいろいろな形がありえます。たとえば「お前のような素人がまとめたこんな記事なんか信用できん。お前のいう課題もこうすれば技術的に対処できるだろ」という考えがある方は、ぜひ設計と実装に挑戦して、それを公開してみてください。論文のような形にして、学会発表したり arXiv.org に公開したりブログなどにしたりするとなおいいでしょう。
この課題は、いろいろな分野の研究者が世界中でずっと検討している課題です。もしこの記事で紹介したような課題を完璧に解決するオンライン投票システムを実現できたら、ノーベル賞の候補になってもおかしくないと筆者は誇張抜きに考えます。 [103]
本記事が、特にこの分野における将来の建設的な議論に少しでもつながったら、もし、それどころか世界のどこかで技術的ブレイクスルーにつながったりしたら、望外の喜びです。
付録
Q&A
Q&A と題してはいますが、筆者はコメント等でいただいた質問に個別にお答えするだけの知見は持ち合わせてはいません。ここでは Q&A の形式だけを採用して、上で説明しきれなかった内容について補足したいと思います。 (筆者が旧 Twitter などで見かけた意見や疑問をベースにしてはいます。)
マイナンバーカードがあれば大丈夫なんじゃないの?
選挙人が本人であることの確認にはマイナンバーカードも使えるでしょうし、それはまあやったらいいのではないでしょうか。
ですがマイナンバーカードを使っても、本記事で主に議論している「あなたが投票した内容が他の誰にもわからないようにする」ことの役には、特に立たないでしょう。
暗号化をしっかりやれば、電子二重封筒の中身を盗み見られることなんてないんじゃないの?
もちろん暗号化は必須ですが、その電子二重封筒も最終的には開票するので、二重封筒を開票できる鍵はなにかしらの方法で管理していなければなりません。その鍵は誰の責任で管理すればいいでしょうか。仮に筆者があくどい権力者だったら、まずはその鍵の管理者を脅迫・買収することから考えます。もちろん複数の管理者に分散して管理することもできるでしょうか、それが数人程度なら「特定少数の人間」の範疇です。買収・脅迫くらいできてしまうでしょう。
もちろんエストニアの i-Voting でも、さすがに開票の鍵だけで票から選挙人をただちに「逆引き」できるようになっているわけではありません。それでは「二重封筒」の模倣にすらなっていませんからね。乱数や公開鍵暗号を組み合わせて、単純な逆引きはできないようにはなっています。しかしそれも、開票鍵の管理者を分散させるのと同様、買収・脅迫が必要な対象人数を広げるくらいの効果でしかなく、選挙人と投票内容の紐付け自体をこの世から消去できるわけではありません。
極論かもしれませんが、たとえば仮に 2022 〜 2024 年現在のロシアで「すべての投票は (物理の) 二重封筒でおこなう」なんていわれたら、そこでなにがおこなわれるかは想像に難くないでしょう。オンライン投票でもそれは同じです。
その意味で、結局はあつかいが「物理的な二重封筒に近い」のです。二重封筒状態の票が数多く集まれば集まるほどに、どうにかしてその中を覗き見て選挙人の買収・脅迫に使いたい、という権力者のインセンティブが高まる図式も同様です。二重投票方式を大規模に運用するかぎり、権力者の強権レベル 対 鍵の管理者の分散レベル、という綱引きを、将来に渡って続けなければなりません。
暗号の力で、もう少しいい感じのところまでは迫れるのかもしれません。筆者は暗号分野の専門家ではないので明確な解は持たないのですが、素人でも鍵の管理者になれるのか、鍵はどういう形で管理するのか、のようなアナログな点も含め、鍵の管理者が真の意味で「特定少数の人間」にならないための技術は、そんなに自明ではなさそうだな、と思います。 (もちろん、誰かがそういった研究もしているものとは思いますが。)
オンライン試験みたいにカメラで周りに人がいないことを確認できればいいんじゃない?
選挙システムに関する課題を考えるときは、まずは「仮にあくどい権力者だったらなにができてしまうか」を考えるといいのではないでしょうか。
仮に筆者があくどい権力者だったら、そのカメラ・映像システムの製作者・管理者を買収・脅迫します。
メタバースとか VR の世界だったらできるのでは?
現実世界にはすべての物体を管理・掌握する存在は (いわゆる神様を仮定するのでもなければ) いませんが、メタバースや VR のシステムにはシステムの管理者がいます。
というわけで、仮に筆者があくどい権力者だったら、手っ取り早く、そのメタバースのシステム管理者を買収・脅迫します。
ブロックチェーンとか活用できないの?
どうなんでしょうね。ブロックチェーンに関して筆者はほぼ素人なので、正確な回答はできませんが、「みんなが監視に参加する」という側面においては、たしかに現行の投票所方式などと類似する点がなくもないのかもしれないなあ、とは思います。
一方で、そもそもブロックチェーンに投票内容を入力するよりも以前、つまり投票する時点で「脅迫や買収を受けた中で投票させられてしまう可能性」に対して、ブロックチェーンは特に助けにはならない、という点は無視できないのではないでしょうか。すると結局のところ二重封筒方式にしなければならないことにかわりはなく、それならブロックチェーンを使っても使わなくてもあまり変わらないのでは、という気がします。
このあたりは Shin'ichiro Matsuo 先生による解説 [38:1] に詳しいかと思います。
また、投票所方式における「距離」に相当する、「投票の記載を見ないままに、投票のプロセスに不正がないことは監視・確認する」ための仕組みは、シンプルなブロックチェーンとは少し違いそうな気はしますね。とはいえ、この点は解決の余地がありそうですし、既に解決した問題かもしれません。 (筆者は不勉強にして存じませんが)
ゼロ知識証明あたりを使えばいけるのでは?
ブロックチェーンなどの延長線で考えるなら、そのゼロ知識証明あたりの技術がどこかで出てくるだろうなあとは思います。しかし、その「ゼロ知識証明を用いたオンライン投票」において、投票用端末 (たとえば選挙人のスマートフォン) のユーザー・インターフェースはどうなるのか、というのを筆者にはいまいち想像できていません。
画面に表示された候補者から選んだり、候補者名を入力したりする投票インターフェースであれば、脅迫のもとに投票させられてしまう問題は解決していません。すると結局は二重投票方式にして、選挙人と投票内容の紐付けをどこかに保持しておかなければならないことに変わりはありません。
投票画面を見られても秘密が漏れない、なんらかの間接的な情報しか入力しないような投票インターフェース (たとえば選挙人がなんらかの事前情報をもとに脳内で計算をした結果のみを入力するとか) であれば、その問題は解決するかもしれません。しかし「はたしてそんなユーザー・インターフェースが万人向けたりうるのか」という点に、大きな課題があるように筆者には思えます。
「こういう実装・研究があるよ!」という具体的なものをご存じの方は、ぜひ紹介記事などを公開していただければと思います。
リスクを受け入れられる人だけオンライン投票すればよくない?
「自分の票は見られてもかまわない」という人だけでもオンライン投票すればいいじゃないか、と考える人も多いでしょう。
投票の秘密をかならずしも保護しきれないオンライン投票が認められた中で、ひとたび独裁的な「あくどい」強権政権が誕生してしまったらどうなるか、考えてみましょう。 2024 年 5 月現在、世界にはそういう独裁的な政権の例がいくつもありますから、幸か不幸か想像はしやすいでしょう。
その政権を支持する人は、自分の票を見られてもかまわないと思っているので、気にせずオンラインで投票する人が多くなるでしょう。そのほうが楽ですから。一方でその政権を支持しない人は自分の票を見られたくないので、投票所で投票する人が増えるでしょう。
その政権ができて最初のうちは、ちょっと傾向が偏るくらいで済むかもしれません。ですが政権が長期化するほど、選挙を繰り返すほど、その偏りが広がっていくことは想像に難くありません。投票所に行って投票した人に「見られてもかまわない投票ならオンラインで済ませるはずだ。わざわざ投票所に行くってことは、お前は反政権だな」というレッテルが貼られるのは、そんなに遠い話ではないでしょうから。
それでもあなたはそんなレッテル貼りにも屈せずに投票所に行って、どうにか反政権側に投票したとしましょう。それでもし「あいつは反政権だ」とうしろ指を指されても、あなたは投票所に行って投票したのだから「自分が反政権側に投票したという証拠は無いはずだ」といえるはず…だったかもしれません。
…その投票箱に投じられた数少ない票は、すべて反政権側への票だった、という結果でさえなければ。
選挙における不正・違反行為をちゃんと取り締まればいいだけでは?
警察や公安など人を取り締まる組織というのは、基本的には権力を背景にした力です。そのときの権力者の影響をゼロにはできないでしょう。権力者が「自らを有利にするための自らの不正・違反行為に対する捜査」を、おとなしく許すでしょうか。
早い話、たとえばもし 2024 年現在のロシアの現職の大統領が選挙不正をしていたとしても、ロシアの警察がそれをしょっぴくわけがないだろう、というのは誰にでも想像できるわけです。
ロシアみたいな極端な強権はさすがに例外すぎでは?
人間なんて十年もあれば変わるでしょう。少なくとも、変わらないことを保証する方法はありません。
一方で、強権というのは一朝一夕に成立するわけではありません。一つ手に入れた「ちょっと強権できる」立場を足がかりに、別の勢力を懐柔し、買収し、脅迫し、少しずつ強権を強めていった結果として、あれが生まれてしまうわけです。
選挙というのは、一般的には「よりよい (マシな) 代表・政策を選ぶ方法」と説明できますが、同時に「ヤバい方向に行きそうな、強権を手に入れそうな権力者を、そこまで行き着く前に、クーデターの暴力とかが必要になる前に、どうにか平和的に引きずり下ろす」手段の一つでもあります。つまり民主主義のためのセキュリティの一種なんですね。引きずり下ろされそうになった結果として暴動を煽るようなことを本当にやらかした元大統領 [104] すら現実にいたわけで、「ちゃんと引きずり下ろせる」ことはとても大事です。
もちろん民主主義のためのセキュリティはそれだけではなく、秘密投票はあくまで多層防御のうちの一層に過ぎません。権限の分離、司法の独立、言論の自由など他のセキュリティもあるので、秘密投票一つがおろそかになればただちに強権が生まれるわけではないでしょう。しかし同時に、間違いなく重要な一層でもあるのです。
ソフトウェアやネットワークのセキュリティだってそうじゃないですか。外から一つ突かれただけで一発で全権掌握されるような脆弱性なんて、そうそうありません。一発でそこまではたどり着かなくても、一つの脆弱性を突いてまずは侵入し、そこからさらに別の脆弱性を突いて権限昇格し…、と地道な攻撃を一歩一歩続けて、強い権限の掌握に至るわけです。だからこそ、それに対抗するソフトウェアやネットワークの専門家は一つ一つの脆弱性対応をおろそかにせず、常に多層防御の状態を維持しようとしています。
正式に憲法を改正して自分自身の在任期間を延長しちゃった大統領 [105] [106] とか国家主席 [107] が現れたのを見て、現代において最終的にそこまで掌握できちゃうんだ、というのは驚くべき発見でしたが…、いやあれはアカンやろ。しかしこれも別の見方をすれば、彼らが「最初からそれだけの強権を持っていた」わけではないことの傍証だと見ることもできるでしょう。彼らが最初からそれだけの強権を持っていたのなら、わざわざ憲法を改正する必要すらなかったでしょうから。あれも、強権掌握のために多層防御をはずす (最後に近い) 一歩としておこなわれたのだ、と考えられるでしょう。
「強権」がそうやって「地道に」掌握されていったことの裏を返せば、あれを対岸の火事として他人事にしておける国は、世界のどこにもないのです。
試してみて上手くいかなかったら戻せばいいんじゃない?
選挙が「上手くいかなかった」場合とは、どういう場合でしょうか。投票率が低かった場合でしょうか。支持したいと思える候補者がいなかった場合でしょうか。自分が支持する候補者が当選しなかった場合でしょうか。
特に強権と秘密投票の文脈において「選挙が『上手くいかなかった』場合とはどういう場合か」と考えると、それは「大多数が『こいつは引きずり下ろすべきだ』と思っていたのにその意志を投票に反映できなかった」場合でしょう。
一度そうなってしまったら、それを「戻す」ことは、現実に可能でしょうか?
候補者個人への投票ではなく政策への直接投票ならいいのでは?
これについては筆者は正直まったくの素人でして、明確に主張できる意見を持ち合わせていません。どうなんでしょうね。
既存の権力者が自らの利益につながる政策に誘導して、その政策に対する権威付けに利用する、くらいのことはもちろん考えられます。ですから、このような投票に即座に法的拘束力を持たせたり、政策の正当性に対する根拠として用いたりするのは、ちょっとあやういだろう、とはいえると思います。
そうすると、マイナンバーカードなどで一人一票を担保するのはいいとしても、とりあえずは「一人一票が約束された Twitter アンケート」程度の位置付けがせいぜいかなあ、というのが筆者の感想です。
または投票の秘密が守れないことを大前提にというか逆手にとって、むしろ顕名にして、既存のいわゆる「署名運動 [108]」や直接請求制度に近い位置付けとして考える、というのは一案かもしれません。頻回の署名運動が手軽にできたとしたら、すくなくとも議論の促進にはなるでしょうし、それはもしかしたら意味があることかもしれませんから。
顕名ということはもちろんレシートフリーどころではなく、そのまま「証拠」が残るということであり、ということは買収だってやりたい放題なんですが、それは既存の署名運動でも同じことではあるので。 (「千円あげるからここに名前書いてよ」というのが、その適法性はともかく、それこそ証拠を残さずにできてしまう、という意味で。)
ただ、これもやはり筆者はまったくの素人でして、なにかさらによくない副作用があってもおかしくないとも思います。これはあくまで「筆者個人の印象」でしかありません。これは筆者のような技術屋より、むしろ政治学や歴史学の専門家の意見を聞いてみたい、と思っています。
投票所での投票でも不正ができないわけではないでしょ?
そうですね。上でも触れていますが、もちろん投票所での投票だって完璧なわけではありません。不正も、実際に一部で起こっていないわけではありません。
不正という観点で、投票所での投票がナイーブなオンライン投票に比べて最も違うであろう点は、「一つ二つの不正はできてしまうかもしれないが、不正を用いて全体・大半を奪取することはかなり難しい」こと、そして前述したとおり「有権者ひとりひとりが少しずつでも監視に参加する」ことです。
乱暴に言えば、国政投票なら全国に数万ある [109] 投票所の大半でなんか怪しいことをしてるやつがいた、ということになったら、さすがに誰かが見ているんだからどこかでバレるでしょ、そして一箇所でバレれば全国で追及することもできるでしょ、ということです。不正の範囲を広げれば広げるほど、それを見る「目」も増えます。そうして増える「目」が、不正が起きる前に止める抑止力にもなります。
それはもちろん、完璧ではありません。あなたが誰かの不正を気にしなかったり見なかったことにしたりすれば、不正は見逃されてしまいます。あなたが見ていないところで起こる不正を誰かがちゃんと監視していてくれる保証も、残念ながらありません。
ですが同時に、悪意ある権力者がすべての「監視」を一度に乗っ取ることも、また不可能です。「ちゃんとした強力な『監視』システムを『誰か』に作ってもらって選挙を『守って』もらえば」とか思っていると、その『監視』システムやその『誰か』を、買収や脅迫であっさり乗っ取られて終わりです。「完璧な第三者」を期待してみんなが寄りかかれば、その第三者が格好の買収・脅迫・攻略対象になるだけです。自分がなんの関与もできないシステムが乗っ取られて投票の秘密が破られ、自分の意志を投票に反映することもできなくなるよりは、完璧ではなくてもみんなががんばればよくなるだけまし、とも考えられるのではないでしょうか。 [110]
これは結局、「民」は自分の身を自分で守るしかないという、ある意味では身も蓋もない話でもあります。誰もが「『誰か』が『守って』くれるんでしょ」と思っていれば、結果的に誰も守ってはくれません。逆に自分も含めてみんなが「選挙を守って民主主義を守ろう」と思っているのなら、自分がみんなを守ることができ、みんなが自分を守ってもくれます。
こどものころに、絵本の「スイミー」 [111] を読んだことがあるかたは多いのではないでしょうか。イメージとしては、あの「大きな魚のふりをした小さな魚の群れ」にたとえられるかもしれません。これはまさに、以下のように前述したとおりです。
権力を一極集中させないために、「民」が束になる営みこそが選挙です。
また別のたとえとして 2019 年 - 2020 年の香港における、いわゆる「水革命」民主化デモ [112] を挙げることができるでしょう。あの水革命における "Be water" [113] [114] を、「革命」が必要になる前に平和的に実施できるのが、「有権者ひとりひとりみずからが『監視』に参加する選挙」です。
しかしそのためには少なくとも、有権者ひとりひとりが公正な選挙を保つという意志を持たなければ実現できない、という自覚を、それぞれが持つ必要があります。
結局、筆者はオンライン投票に反対なの?
こういう記事を書いていると、筆者は「オンライン投票に絶対反対のヒト」のように思われがちなんですが、別にそういうわけではないんですよ。投票に行くの、めんどくさいはめんどくさいですからね。安全にできるんだったら、そりゃ家からポチポチして早く終わらせたいに決まってます。
だからこそ、この記事を読んでいるあなたに対しても「だからオンライン投票などやってはいけないのだ」のようなことを言うつもりはありません。「こうすればできるのでは」のような議論を止める気はまったくありませんし、議論はむしろぜひやってほしいとも思っています。それは、上でもこう書いたとおりです。
貢献には、他にもいろいろな形がありえます。たとえば「お前のような素人がまとめたこんな記事なんか信用できん。お前のいう課題もこうすれば技術的に対処できるだろ」という考えがある方は、ぜひ設計と実装に挑戦して、それを公開してみてください。論文のような形にして、学会発表したり arXiv.org に公開したりブログなどにしたりするとなおいいでしょう。
筆者がこの記事をとおして最も伝えたいことは、多くの人に、「選挙というものについて『自分ごと』として考えてほしい」「選挙という仕組みや運営それ自体について興味を持ってほしい」「選挙を『誰かがやってくれること』と第三者に投げっぱなしにせずに自分が貢献する課題として考えてほしい」ということです。
そして、あなたは誰かが用意してくれる選挙というイベントに参加する「お客さん」ではなく、あなた自身が選挙というシステムの安全性を守る仕組みの一部なのだということ、おろそかにすればそれはあなた自身に跳ね返ってくるのだということです。 [115]
また、オンライン投票の実現・実装を考えたいという人には、まずこの記事で書いてきたようなリスクについても、広く理解が進む前にうやむやにして勢いで導入させてしまおうとするのではなく、知見を誠実に公開し、利害得失を明示的に議論の俎上に載せ、議論を深めながら、「民主的に」進んでほしいと思います。
そして、有権者ひとりひとりの「公正な選挙を保つという意志」を実装として反映する、という視点をぜひ忘れないでおいてください。つまり「すべての有権者ひとりひとりが、投票するだけの『お客さん』ではなく、選挙の安全や投票の秘密の維持に少しずつ参加・貢献する仕組み」ですね。いくら完璧に見えるシステムを作ったって、実現・実装するあなた自身や運用をする人、その家族、評判、その人たちへのお金の流れ、税務など、あなたを買収・脅迫できる要素は、システムの「外」にいくらでもあります。
「民」は選挙システムの「発注者」でも「お客さん」でもありません。既にして選挙というシステムの「中の人」です。そして、あなたが「オンライン投票の実現・実装を考えたい」のだとして、あなた自身も選挙システムの「受注者」ではありません。あなたもあくまで大勢いる有権者と同じように「中の人」 (の一人) です。すべてを抱え込んだ完璧な閉じたシステムを作ろうとするのではなく、同じ有権者を正しく「巻き込む」仕組みを、ぜひ考えてみてください。
-
「○○党が古いから、政治家が古いから、オンライン投票にすると○○党に不利になるから、オンライン投票が進まない」みたいな主張は、旧 Twitter あたりでもよく見かけるやつですね。 ↩︎
-
「さも客観的な事実かのように書いてあるけど、これは筆者個人の意見や憶測ではないのか」という記述がありましたら、ぜひお知らせください。 ↩︎
-
e-Gov: 地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律 ↩︎
-
Wikipedia (ja): 地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律 ↩︎
-
"Universal Declaration of Human Rights" (December 10, 1948, United Nations) ↩︎ ↩︎
-
「世界人権宣言(仮訳文)」 (外務省) ↩︎
-
もっとも、この「選挙の五大公理」については、そのすべてが公職選挙の要件として国際的に認知されているわけではなさそうです。選挙の五大公理とは、普通選挙、平等選挙、直接選挙、秘密選挙、自由選挙、だそうですが、世界人権宣言に書かれているのは普通選挙、平等選挙、秘密選挙のみです。他の二つに沿わない公職選挙をやっている国は先進国にもけっこうあり、たとえばフランス・オーストリアの上院選挙やアメリカ合衆国の大統領選挙は「直接選挙」の対になる「間接選挙」ですし、「自由選挙」と対になる「強制選挙 (義務投票)」をやっている国は数多くあります。 ↩︎
-
『「ヘルソン住民投票なら停戦交渉停止」とウクライナ大統領』 (2022 年 4 月 24 日、産経新聞) ↩︎
-
『ウクライナ「住民投票」、ロシア兵が戸別訪問で編入の賛否を「集計」と現地住民』 (2022 年 9 月 24 日、イギリス BBC) ↩︎
-
大変な脅迫というか、「雑」な脅迫というか…。 ↩︎
-
Ashley Belanger: "3 Questions: Ron Rivest on trusting electronic voting systems" (February 26, 2020, MIT News) ↩︎
-
シャーロット・ジー: 『スイスの電子投票システムで「票のすり替え」ができる重大欠陥』 (2019 年 3 月 13 日, MIT Technology Review) ↩︎
-
鈴木 亨: 「インターネットが政治を変える日---暗号技術による電子投票の未来(前編)」 (2000 年 7 月 4 日、日経クロステック) ↩︎
-
鈴木 亨: 「インターネットが政治を変える日---暗号技術による電子投票の未来(後編)」 (2000 年 7 月 5 日、日経クロステック) ↩︎
-
Mike Orcutt: 「民主主義を破壊したい? インターネット投票でどうぞ」 (2016 年 8 月 18 日, MIT Technology Review) ↩︎
-
「ネット投票は実現するのか!?従来の選挙を一変するオンライン選挙の可能性」 (2019 年 3 月 27 日, NEC) ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法第四十四条 ↩︎
-
選挙制度実務研究会編 「選管事務の教科書 第三次改訂版」 (2019 年、国政情報センター) ↩︎ ↩︎ ↩︎ ↩︎
-
「現行の投開票の仕組み・投票しにくい状況にある選挙人の投票環境向上・選挙における選挙人等の負担軽減、管理執行の合理化 (PDF)」 (2019 年、総務省資料) (2019 年の記事からリンクがあり、また PDF のメタデータには 2017-12-22 09:20:37 作成 / 2017-12-22 10:19:32 更新とある (本記事コメントより情報提供)) ↩︎ ↩︎ ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法第三十七条 ↩︎ ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法施行令第二十五条 ↩︎ ↩︎
-
総務省: 選挙管理機関 6. 投票管理者 ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法第三十八条 ↩︎ ↩︎ ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法第四十八条の二 ↩︎
-
総務省: 選挙管理機関 8. 投票立会人 ↩︎
-
もっとも、投票立会人の選任プロセスは各地の自治体・選挙管理委員会ごとに異なっており、選挙管理委員会によっては「それはちょっと透明性に欠けるのでは…」という例も少なくはないようです。これはこれで問題かとは思います。 ↩︎
-
投票所における距離の設定について明確な基準となる法令などをご存知の方は、ぜひ教えてください。 ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法第二百二十八条 ↩︎ ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法施行令第三十二条 ↩︎ ↩︎
-
物理的な距離による投票所の設計は、現代人類の認知能力の限界をうまく利用して実現されている、という見方もできるかもしれません。もし Augmented Human のような人間の能力を直接拡張する手法が広く一般に普及すると、投票所方式が秘密投票の保護として機能しなくなっていく将来はあるかもしれませんね。 ↩︎
-
Shin'ichiro Matsuo: 「投票ブースの役割とオラクル問題:インターネット選挙とレシートフリー」 (2020 年 7 月 6 日) ↩︎ ↩︎
-
Receipt-free という概念を最初に提唱した Josh Benaloh, Dwight Tuinstra: "Receipt-free secret-ballot elections" (STOC 1994) を忠実に解釈すると Receipt-free は「選挙人が自身の投票内容を第三者に証明できない」ことのみをその定義としていますが、本記事の後段では「開票者に悪意があれば見えてしまう」状態も Receipt-free ではないとしており、これは Receipt-free の解釈を若干拡張しているともいえます。ですが、ただでさえややこしい本記事が、新しい定義を持ち出すとさらにややこしくなりそうなこと、また STOC 1994 の論文は「投票システム側がいくら投票の秘密を担保していても選挙人が証拠を持ち帰れてしまったらダメだよ」というのが趣旨であり「開票者に見えてしまう」のは Receipt-free の前提条件とも解釈できることから、本記事では Receipt-free という用語を若干拡張した定義のまま用いることとしました。 ↩︎
-
大石 格: 「買収の秘策は「白票送り」」 (2016 年 6 月 15 日、日本経済新聞) ↩︎
-
next49: 「投票用紙の撮影が禁止の理由は票の売買・投票先の強制防止のためでしょ?」 (2013 年 7 月 20 日) ↩︎
-
「投票用紙を1人に2枚交付、2回ミスしたか 白川町議選」 (2021 年 8 月 23 日、岐阜新聞) ↩︎
-
「誰に投票したか、証拠撮影させた? 過熱する沖縄知事選」 (2018 年 9 月 22 日、朝日新聞) ↩︎
-
投票用紙への記入は鉛筆なので、写真を撮ったあとで消しゴムで消して書き直してからの投票はできるんですが…。 ↩︎
-
小池 新: 『「私のしたことは間違っていたのでしょうか?」参院補選での選挙違反を告発した女子高生…一家を待ち受けていた“重すぎる報酬”』 (2021 年 6 月 20 日、文春オンライン) ↩︎
-
宮原れい: 「参院選で「零票確認ガチ勢」のツイートが盛り上がる 朝5時ごろから並ぶ一番乗りの“ガチ勢”たちが楽しそう」 (2019 年 7 月 21 日、ねとらぼ) ↩︎
-
e-Gov: 公職選挙法施行令第三十四条 ↩︎
-
投票制度 1. 期日前投票制度 (総務省) ↩︎
-
選挙の当日に次の各号に掲げる事由のいずれかに該当すると見込まれる選挙人の投票については、第四十四条第一項の規定にかかわらず、当該選挙の期日の公示又は告示があつた日の翌日から選挙の期日の前日までの間、期日前投票所において、行わせることができる。 (公職選挙法第四十八条の二) ↩︎
-
期日前投票制度の概要・メリット (総務省) ↩︎ ↩︎
-
期日前投票制度の創設について (総務省) ↩︎
-
Wikipedia (ja): 零票確認からですが、よりよい参照先をご存じの方はぜひ教えていただけたらと思います。 ↩︎
-
「その期日前投票所で期日前投票をしたのが一人しかいなかった」のような状況だとそうでもありませんが、それは「その投票所で投票日当日投票をしたのが一人しかいなかった」でも同様です。 ↩︎
-
投票制度 2. 不在者投票制度 (総務省) ↩︎
-
筆者の力不足により、すべては網羅できていないかもしれません。 ↩︎
-
投票制度 4. 在外選挙制度 (総務省) ↩︎
-
注: 1994 年 5 月 1 日以降に出国した人であれば。 ↩︎
-
在外選挙くらいは中央で管理したほうがさすがに楽そうにも思えますが、これもやはり権限を特定少数に集中させないための意図的な設計なのかもしれません。 (これは特に出典のない筆者の想像です) ↩︎
-
この二重封筒方式自体やその歴史を解説した文献とか、どなたかご存じないでしょうか。 ↩︎
-
桜川市公式ホームページ | FAQ ~よくある質問集~ 【生活・手続き】 | Q. なぜ、不在者投票では、二重の封筒を使うのですか? ↩︎
-
参照先たりうる文献など、ご存じの方はぜひ教えてください。 ↩︎
-
「後悔投票」と訳している記述がいくつか見つかりますが、これがどのくらい一般的な日本語訳なのかまでは筆者にはわかりませんでした。とりあえず ånger は regret や remorse に対応 し、そして röstning は voting に対応 するようですが。 ↩︎
-
水野 秀幸: 「世界のインターネット投票(前編) ~オンライン選挙を進める国々の動向」 (2020 年、株式会社 情報通信総合研究所) ↩︎
-
船津 宏輝: 「世界のインターネット投票(後編) ~オンライン選挙を進める国々の動向」 (2021 年、株式会社 情報通信総合研究所) ↩︎
-
"Internet Voting" (December 17, 2013, National Democratic Institute) ↩︎
-
「ネット投票 なぜできない」 (2018 年 5 月 30 日, NHK) ↩︎
-
湯淺 墾道: 「インターネット投票の実現に向けた検討状況について (PDF)」 (2018 年、地方自治情報化推進フェア2018 J-LISセミナー) ↩︎
-
今の日本で、そんな状況を想像することは難しいかもしれません。しかし残念ながら、そんなことが起きても不思議ではないと内外から思われている国や地域は、世界にいくつもあります。特に、何年も民主主義的な選挙が実施されていたのに最近それを奪われた香港やミャンマーの人たち、そして外から奪われつつあるウクライナの人たちにいわせれば、「失うのはあっという間です、民主主義を大切にしてください」ということになるでしょう。私たちが権力者を民主的に選び続けるためにも、世界人権宣言を振り返っても、秘密投票をないがしろにはできません。 ↩︎
-
"i-Voting – the Future of Elections?" (March 6, 2019, e-Estonia) ↩︎
-
Kalev Aasmae for Estonia Uncovered "Online voting: Now Estonia teaches the world a lesson in electronic elections" (2019) ↩︎
-
高木 泰弘: 「エストニアに住む日本人が見た電子投票の実態と課題──ネット経由で本当に透明性を保てるのか」 (2020 年, ITmedia) ↩︎
-
"Internet Voting in Estonia" (National Democratic Institute) ↩︎
-
中井 遼: 「エストニアにおけるインターネット投票導入に係る法改正の議事・投票記録」 (PDF) (2018 年、北九州市立大学法政論集) ↩︎
-
「エストニアのインターネット投票について(勉強会の開催を検討中です)」 (2019 年 6 月 2 日、一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会) ↩︎
-
『第1回「インターネット投票の勉強会」を開催しました』 (2019 年、一般社団法人 日本・エストニアEUデジタルソサエティ推進協議会) ↩︎
-
湯淺 墾道: 「エストニアの電子投票」 (PDF) (2009 年、九州国際大学 社会文化研究所紀要) ↩︎
-
岡田 大助: 「選挙過程におけるICTの憲法上の限界と可能性」 (PDF) (2013 年 3 月 1 日、千葉大学教育学部研究紀要) ↩︎
-
いわゆる「地政学上のリスク」というやつだと思うのですが、この言葉もいろいろ複雑な背景があるようなので、直接的に使うのは少し避けています。 ↩︎
-
この節も含めて本記事のドラフト版をひとまず通して書ききって (2022 年 2 月 22 日) 「あとは少しずつ推敲しながら詳しい人にレビューしてもらわないとな」などと一段落した気になっていたら、ロシアがウクライナへの攻撃を始めて (2022 年 2 月 24 日) しまいました…。それからウクライナはおろか、ロシア国内でさえさらに民主主義が失われていく様子を見るにつけ、現代はいろいろな面で民主主義の危機なのだと感じざるをえなくなっています。 ↩︎
-
別府 多久哉: 「エストニアの「電子政府」を可能にした3つの成功要因」 (2018 年、フォーブス ジャパン (Forbes Japan)) ↩︎ ↩︎
-
参照先たりうる文献など、ご存じの方はぜひ教えてください。 ↩︎
-
『米国の「郵便投票」を知る 選挙日後に届いた票のカウントも』 (2020 年 10 月 15 日, CNN.co.jp) ↩︎
-
あったのだと信じる人もいるでしょうし、一定数は本当にあったかもしれませんが、その点についてここで議論するつもりは筆者にはありません。もちろん、そういった不正を防ぐためにも、アメリカ合衆国の選挙でも有権者の立場から投票・開票立会人が入ります。そこには前大統領の支持者からも入れるし、入っていたはずでもあります。 ↩︎
-
秘密投票へのリスク以前の問題として、郵便投票があまり大規模になると開票のオペレーションが破綻する、という話もありますが。 ↩︎
-
「衆院選在外投票、間に合わない恐れ 東京・港区選管、用紙発送遅れ」 (2021 年 10 月 18 日、毎日新聞) ↩︎
-
『「投票間に合わない」「早くネット投票を」 衆院選の在外投票、海外邦人ら不満の声』 (2021 年 10 月 28 日、朝日新聞GLOBE+) ↩︎
-
しかし当時から在外の郵便投票は信用ならなさそうだったので、筆者は公館まで行く方を選びました。 ↩︎
-
2024 年現在の日本であえて二重封筒方式の投票をするのは、おそらく超めんどくさいのですが。現代の日本には「期日前投票所での期日前投票」があるので、現実的に選べるのは、「選挙人名簿(在外選挙人名簿)に登録されている市区町村の選挙管理委員会以外での投票」を申請して、居住地外に行って投票する、という手順になるような気がします。 ↩︎
-
筆者個人の意見としては、技術者としては「3. (なんらかの技術的ブレイクスルーを達成して) 安全なオンライン投票を実現する」ができたらいいなとは思いつつ、簡単ではないので、今後も相当な期間は「(小さな改善はありうるとして大枠では) 現状の投票所方式を維持する。」かな、と考えています。しかし、他の人が「(秘密投票への脅威を正しく周知した上で) なんらかのオンライン投票を導入する。」を選ぶことが間違いだとは思いませんし、それが正しく議論された上で日本全体の選択になるというなら、それもありかもしれないとも思います。ただしそれには、少なくとも背景にあるリスクを正しく周知し、理解が進んだ上で選ぶことが最低条件だとも思っています。 ↩︎
-
コンピュータ・サイエンスにノーベル賞はありません。しかし何年かに一度は「民主主義の実現に強く貢献した」活動に対してノーベル平和賞が授与されています。 2021 年のノーベル平和賞もそうですね。今の投票所方式と同じレベルで秘密投票を担保するオンライン投票をもし実現したら、それが民主主義への超巨大な貢献でなくてなんだというのか、と筆者は信じます。 (それ以前に、おそらくこの課題がコンピュータ・サイエンスや暗号、数学のアプローチのみによって解決することはないだろう、という気が直感的にはしています。それも「授与されるとしたら『コンピュータ・サイエンスの賞』ではないだろうな」と筆者が想像する理由の一つです。) ↩︎
-
「ロシア憲法裁、プーチン大統領の任期を2036年まで延長可能とする憲法改正案を承認」 (2020 年 3 月 23 日、日本貿易振興機構) ↩︎
-
「ロシアの改憲投票、78%が賛成 プーチン大統領は2036年まで続投可能」 (2020 年 7 月 2 日、イギリス BBC) ↩︎
-
「中国、習主席の任期制限を撤廃へ 2023年以降も」 (2018 年 2 月 26 日、イギリス BBC) ↩︎
-
「参議院選挙 全国の投票所 1000か所以上減少 統廃合増える」 (2022 年 7 月 2 日, NHK) ↩︎
-
もっともこれは「全を守るために一をあきらめる」的な見方もできる意見なので、現役の権力者・政治家のみなさまにおかれましては、言いづらいことと思いますが。 ↩︎
-
'"Be water": Hong Kong protesters learn from Bruce Lee' (November 13, 2019, NHK World) ↩︎
-
倉田徹: 「香港「逃亡犯条例」改正反対デモ――香港の「遺伝子改造」への抵抗」 (2019 年 8 月、アジア経済研究所) ↩︎
-
この記事について見かけるコメントで最も残念なのは、だれかに丸投げしているだけで、結局は自分ごととして考えるつもりがないものです。 ↩︎
Discussion
大変面白い記事でした。
今の投票所の仕組みをメタバース内に再現できたとしたら秘密投票も可能になるのではないかなと妄想しました。
オンライン投票が可能になる未来に期待しています。
たいへんためになる記事でした。
在外投票限定のオンライン投票は、割合が十分に小さいからこそ可能性が出てくるものですが、逆に、割合が小さいものにコストを割いて新たな方法を整備する必要があるのか、という議論も出てくるでしょう。投票機会の保障は重要で、コストカットよりも機会保障に傾けて評価すべきだとは思いますが、それでも、アナログな方法が既に確立している中で、メリットとコストが釣り合わないような気もします。デジタル庁が発足したばかりで迷走している現状もありますし。
過去現在、この日本でも投票先の買収と村社会的強要は現実に行われていて、身近な人から持ちかけられると直接訴えることも難しい状態になるでしょう。そしてこの違反への直接の個人に対してはともかく、組織(政党、企業、宗教、組合、町内会等)に対するペナルティがほぼないのが現状です。
ただし、現状のスタイルではその買収強要の個人への結果の不確定さが担保されることで、やる側は手広く仕掛けることになり、発覚しやすくなる副作用がでるし、あと、やり方のほうも一応軟化してあるものにはなっている、と思っています。
もし、どこでもオンライン化により個人が確実に指定の投票先に投票したことが保証される、となると、今行われている買収強要のスタイル自体もより強硬なやり方に変わることが予想できます。
デジタル化、オンライン化が進むにはその都度、起きうる副作用に対応するために、その前に現行ゆるゆるな法律や刑罰のほうも合わせてより厳格にすることが必須ではないのでしょうか。
Receipt freenessについて
レシートフリーの説明に違和感があったので調べました。
Receipt-freeを提唱したBenaloh and Tuinstral (STOC 1994) の場合、receiptは``a receipt which can be used to prove to a third party that a particular vote was cast''として定義されています。買収・強制により指定した投票を効果的に行わせるためには、買収・脅迫の相手が確かにその内容で投票したかを確かめる必要があります。なので、receipt-freeの定義は、(開票前であっても)第三者に投票内容を証明出来ないになると考えられてます。
さて、エストニアの電子投票では、ざっくりいうと投票者は投票アプリを通じて、投票内容を記した暗号文 (c = Enc(公開鍵,投票内容;乱数))と暗号文Cに対する自身の署名を付けて、集票サーバー送ることになります。(Pereira 2021の2章の内容を参考にしています)
レシートフリーでないことの説明として、
と書かれていますが、署名があるだけではCを投票したことが証明できても、Cの投票内容が証明できず、レシートフリーでないことの説明にはなっていないように思えます。
エストニアの投票アプリの場合、投票後に投票idと暗号化に使った乱数が表示されるそうです。このため、投票者は検証アプリを通じて、自身の投票内容が登録されたか、および、自身の投票内容を確認することが出来ます。そのため、第三者もc = Enc(公開鍵,投票内容;乱数)となることをチェック出来るので、乱数がレシートの重要な構成要素になっています。
その他
複数人が集まらないと復号出来ない公開鍵暗号があるので、それを使うと緩和できると思います。
xagawa さん、
コメントありがとうございます。だいぶ時間が経ってしまいましたが Benaloh and Tuinstral [STOC 1994] を簡単に読んでみました。
私の理解ですが、この [STOC 1994] では「『選挙人 (a voter) が望んでも』 (選挙人が主体) 投票内容の証拠を持ち帰れない」ための仕組みを議論の主な対象としており、そのためここでは "receipt-free" を「『選挙人が』第三者に対して (自己の) 投票内容を証明出来ない」と定義している、ということではないでしょうか。
一方で (電子的でも非電子的でも) 二重封筒のような「『開票側が』悪意のもとにあれば選挙人と投票内容の紐付けを見ることができてしまう」仕組みは、そもそも [STOC 1994] の議論以前の問題であり、その前提の外にある、と理解しました。 ( ≒ 投票の秘密の保護が十分でないことは明らかなので [STOC 1994] の中では特に議論されていない)
その意味で、本記事が「『開票側が』悪意のもとにあれば選挙人と投票内容の紐付けを見ることができてしまう」仕組みを指して「レシートフリーでない」と説明しているのは、たしかに用語として正確ではないですね。
同時に、「『開票側が』悪意のもとにあれば選挙人と投票内容の紐付けを見ることができてしまう」ことで投票の秘密の保護が十分でなくなることの問題、つまり「『開票権限を持つ人』を『信頼』する仕組み」の脆弱性自体は変わっていない、と認識しています。
そのため記事全体の主旨は変わらないと思いますが、用語の問題はうまく直せるなら直したいですね…。とはいえ小手先の用語の追加で全体が複雑になってしまうのも避けたいため、ひとまずは脚注で、おおもとの receipt-free の定義と本記事のズレについて補足しておきたいと思います。
ですね。数理上はそのあたりが解決の一助になりそうな一方、その「複数人」を具体的にどう設計するのか (何人いればいいのか、その「複数人」の担当範囲 (投票所ごとに組を分けるのかとか) をどうするのか、暗号やコンピュータの素人でも実務上その役を果たせるのか、などなど) というところまで考えると、もう少し考えることがありそうな気もしています。
現行の投票制度における立会人の確保やレシートフリーの仕組みなど、前提となる現行の投票制度の説明も含めて、ためになる記事でした。
「現行の投開票の仕組み・投票しにくい状況にある選挙人の投票環境向上・選挙における選挙人等の負担軽減、管理執行の合理化 (PDF)」 の資料ですが、Google Chromeで開いた時に、右上のメニューからドキュメントプロパティを見ると以下のように作成日時の表記があるので、資料の公開日時として記す事が可能かもしれないと思いました。(日時を記すように修正してほしいというわけではなく、自分が気づいた事としてコメントしました。)
RuinDig さん、
あ、なるほど作成日時がありましたか。ありがとうございます。
作成日と実際に資料を用いた日が一致しているとはかぎらないので (一般的には後者を公開日としてあつかうので) そのまま「公開日」にはできないかなとは思う一方、だいたいの時期を推定する情報としては十分ですね。更新のタイミングで付記しておきたいと思います。
前提の1つで非常に高い壁があります
現在の日本では国単位で個人の情報を総括する仕組みがなく
個人の照会をするときに都道府県単位になっています
たとえば紛らわしい名前を書いたときの判断は各県の公職選挙管理委員会によって最終的な判断がされいます
国が最終判断していないのです
この壁を超えるためには、マイナンバーなどで国が一括して国民をひもづける仕組みを強化する必要があります
まっとうな人間に取ってマイナンバーは何も不都合がないものですが、脱税や副業などをやっている人、きれいな金を持っていない人、公安などと停滞してる組織や政党が大反発しています
そして、これは個人情報の管理や非常事態条項にも関わってくるので憲法もからんできます
憲法改正と、一括して国民を把握する機構、が最初の分厚い壁です
大変詳細で興味深い記事ありがとうございます。
こちらの文章ですが「秘密が守られる投票」の誤植でしょうか?
ocadaruma さん、
「『秘密が守られない』投票では『不正行為を実質的に認めてしまう』 = 『不正行為を保護する結果になってしまう』」なので、記事の表現で合っているのではないかと思います。
(わかりやすい表現ではないなあとは思うのですが、「選挙法詳説」やその他書籍の表現を踏襲しています)
ああなるほど、「買収のような不正行為に対する防衛」と読んでしまっていたのですが、そのまま「買収のような不正行為を保護」ということですね。
ならば合っていますね、ありがとうございます!
確かに曖昧に取れる表現になっちゃってますね…。修正を検討しますね。
全く同じテーマを扱ったブログがあるのでご参考までに紹介しておきます。
内容は米国科学振興協会の公開書簡の翻訳です。
オンライン投票は現時点でも予見可能な未来でも「実現不可能」である
いただいていたコメント周りの修正と、ちょっと Q&A の追加をしました。
Q&A をもう少しだけアップデートしました。
表現の変更や Q&A の追加、参考文献の整理など、若干の加筆修正をおこないました。
日付が変わる前にもう少し更新しました。 (差分が気になる方は、ソースになっている GitHub のリポジトリなどご覧ください。恒久的に公開状態にしておくかはわかりませんが…)
月が変わらない 6 月のうちに、最後に Q&A をもう 2 つ追加しました。
この記事の中での一番のポイントだと思ったのが
この部分だと感じました。
オンラインにしたとき、不正を検証しようとするには「特別な知識と技能がないとできない」システムになってしまうことです。
間違いやミス(不正)というのは必ず人間が起こします。
何か間違いやミスが起きた時には安全(公正)側に動作する「フェイルセーフ」の考え方が選挙システムにも必要不可欠だと思います。
素晴らしい力作、大変参考になりました。
オンライン投票が実現していない理由について、ネットで検索してもピンボケな解説が氾濫する中、秘密投票が実現しないことが問題だ、という解説をどこかで書こうと思っていたところ、完璧な論考をして頂きまして、ただただ舌を巻いております。
周辺の技術やら、自分の考え等も踏まえて、オンライン投票が不可(私は言い切ってます)の旨を、私も書いてみました。その中で引用させていただいております。