生成AI導入の壁はプロンプトではなかった。非エンジニアが直面した「6つの認知ギャップ」と処方箋
こちらの記事はDSKアドベントカレンダーの3日目です!
社内に生成AIを展開したとき、ユーザーから返ってきた質問はこうでした。
「ローカルって何ですか?」
その瞬間から、「理想と現実」の反復横跳びが始まりました。
私は普段、お客様向けに生成AIの活用提案(Gemini / NotebookLM / Gemini Enterprise 等)を行いつつ、同時に自社の社内展開にも取り組んでいます。
エンジニアや開発に近い皆様からすると、生成AI導入の障壁といえば以下のようなものを思い浮かべるかもしれません。
- プロンプトエンジニアリング
- ハルシネーション対策
- RAG の精度向上
しかし、実際に非エンジニアの現場に展開してみると、技術以前の 「嘘でしょ、そこで引っかかってたの?」 というギャップに何度も足を取られました。
本記事は、現場のユーザーが「プロンプト以前」でつまずく原因と、それをどう乗り越えたかを 「6つの認知ギャップ」 として整理したものです。
🎯 前提:ターゲットと環境
対象読者
- 「社内に生成AIを広めろ」と言われたエンジニア・情シス・DX/AI推進担当
- 生成AIの 「現場定着」 で毎回つまずいている人
- 「なんでこのレベルを説明しないといけないんだ…」と心が折れかけている人
前提環境
- 筆者のメインツール:Gemini / NotebookLM / Gemini Enterprise
- 視点:エンジニアではない層への「現場定着」
🧭 6つの認知ギャップ一覧
本記事では、現場で見えたギャップを次の3つのチャプター、計6つに整理しました。
| カテゴリ | ギャップの内容 |
|---|---|
| Ch.1 インターフェース | ① ファイルの「居場所」が共有されていない |
| ② プロンプトが「指示」ではなく「検索」になっている | |
| Ch.2 期待値 | ③ 決定論ツールだと思っている |
| ④ AIの「視界」が理解されていない | |
| Ch.3 心理・価値観 | ⑤ 「何に使えばいいか」が自分では決められない(Can’t の壁) |
| ⑥ 「仕事を楽にしたくない」(Won’t の壁) |
Chapter 1. インターフェースのギャップ
ギャップ1:ファイルの「居場所」が共有されていない
🤔 なぜ起きるか:SaaSネイティブ世代の台頭
スマホやSaaSネイティブにとって、ファイルは「フォルダで管理するもの」ではなく、「検索して画面に出すもの」 になっています。
- ディレクトリ構造を意識したことがない
- ローカル/クラウドの区別をしたことがない
- 「目の前に見えている画面のものを、そのままAIにも渡せるはず」と思っている
💊 処方箋:専門用語を封印し、操作を完全に「視覚化」する
専門用語を排除し、言葉ではなく「画」で見せます。
- ❌ NG: 「ローカルのファイルを読み込ませてください」
- ⭕ OK: 「この資料をAIに渡してください」
具体的な対策
- スクリーンショットで操作手順を明示する
- 最初のトレーニングでは、全員で同じファイルを渡すハンズオンを実施する
ギャップ2:プロンプトが「指示」ではなく「検索」になっている
🤔 なぜ起きるか:「検索」から 「指示」 への転換不足
- 私たちの頭の中:Instruct(指示)
- ユーザーの頭の中:Search(検索)
このギャップがある限り、プロンプトのコツを説明しても伝わりません。
💊 処方箋:テンプレートで「指示の型」を体感してもらう
「具体的に書いて」と頼むのではなく、穴埋め式のテンプレートを配布します。
[DSK社]との[60分]の[会議のアジェンダ]を作成してください。
[添付ファイル or 貼り付けたテキスト]も参考にして、[自己紹介、新製品の説明]を含めてください。
[アジェンダ]は表を使わず箇条書きで書いてください。
# テキスト
(ここにテキストを貼り付け)
これを社内ポータルなどで共有しておくと、
- 最初はコピペだけで使い始められる
- 使ううちに、「AIは検索窓ではなく、指示書を渡す相手なんだ」という感覚が育つ
注意:これはあくまで「補助輪」です
コピペはずっと続けてもらうためのものではなく、あくまで「成功体験」を生むための補助輪です。コピペで便利さを知ったうえで、「もっとこういう風にしたい」と、補助輪を外して自分で走り出すことが目的です。
Chapter 2. 期待値のギャップ
ギャップ3:決定論ツールだと思っている
🤔 なぜ起きるか:「正解が出る機械」という思い込み
多くの人が、無意識にAIを「人間をはるかに超えた知能を持ち、正解を出すロボット」のように見ています。その結果、
- ハルシネーション(もっともらしい嘘)も「自分の方が間違っているかもしれない」として受け取る
- 出力が変わると「不具合」「不安定」と感じる
- 責任の所在をAIに丸投げしがち
という認知ギャップが生まれます。
💊 処方箋1:感覚を書き換える「比喩」を使う
「確率論で動いています」と説明しても、正直ピンときません。そこで、説明のときはこう言うようにしています。
AIはなんでもできる魔法の杖ではなく、「隣の席に座る部下」 だと思ってください。
毎回微妙に違う案を出してきますし、たまに知ったかぶりもします。
その中から良いものを選び、間違いを直してあげるのは、上司であるあなたの仕事です。
これを最初に合意しておくと、
- 「答えがブレる=許容範囲」「だからこそ人間が確認する」という流れに持ち込みやすくなる
- 「AIに任せっぱなし」は職務放棄である、という感覚を共有しやすくなる
💊 処方箋2:役割分担を明文化する
比喩だけで終わらせず、運用ルールに落としました。
| 役割 | 内容 |
|---|---|
| AIの役割 | 下書きを作る、アイデアを出す、パターンを列挙する |
| 人間の役割 | 内容をチェックする、判断する、最終的な責任を持つ |
ドキュメントやトレーニング資料には、上記の内容を含めています。
ギャップ4:AIの「視界」が理解されていない
🤔 なぜ起きるか:「ブラウザという同じ窓」の罠
ユーザーにとっては、Yahoo! JAPAN も社内ポータルもGmailの画面も、すべて「ブラウザ」の中で同じように見える世界です。そのため、「自分が見えている画面は、AIにも見えているはず」という誤解が自然と生まれます。
もしAIが、本当にログイン済みの社内サイトに勝手にアクセスできるとしたら、それは完全にインシデントです。
💊 処方箋:AIの「視界」を説明する
以下の3層を説明し、AIが見えるのは「レイヤー1」と「レイヤー3」だけであることを説明しました。図解してあげると、よりわかりやすいでしょう。
- レイヤー1: インターネット上の公開情報(誰でも見られる)
- レイヤー2: ログインが必要な社内ポータル・会員サイト(AIからは見えない)
- レイヤー3: ユーザーがAIに直接渡した/許可した情報(ファイル添付・Google Workspace連携機能など)
あわせて、「上手く読み込めない」ときの方法も伝えています。
- 社内ポータルのURLを「そのまま」貼らない
- 要約させたいときは
- テキストをコピーして貼る
- あるいはPDFとして書き出してから添付する
Chapter 3. 心理・価値観のギャップ
ギャップ5:「何に使えばいいか」が自分では決められない(Can’t の壁)
🤔 なぜ起きるか:「考える余白」は多忙な現場にとってコスト
忙しい現場にとって、「自由に使っていいよ」は、ほぼ「何もしなくていいよ」と同義です。
- 自分の業務を棚卸しする
- どこがAIで代替できそうか考える
- 試しにプロンプトを書く
これらはすべて「思考コスト」であり、残業の合間にやるには重すぎるタスクです。
💊 処方箋:スプーンで口まで運ぶ「職種別ユースケース集」
「考えさせる」プロセスを一旦諦めて、コピペで終わるレベルまで落としました。
- 全社員向け: 議事録を整理し、箇条書きにするプロンプト
- 営業向け: 謝罪メールを丁寧に書くプロンプト
- 企画向け: 壁打ち相手になってもらうプロンプト
など、職種別のユースケース集を作成し、閲覧・コピペが出来る状況にして置きました。
「文言をほぼそのままコピペすれば動く」状態にしたことで、
- 「とりあえず一回使ってみる」までの心理的ハードルが下がる
- 「コピペで楽になった」という小さな成功体験が生まれる
- そこから「自分なりに少し書き換えてみる」に自然と進む人が出てくる
という流れが生まれました。
ギャップ6:「仕事を楽にしたくない」(Won’t の壁)
🤔 なぜ起きるか:価値観と職業的プライドの問題
ここまでくると、もはやスキルの話ではありません。
- 仕事観
- 安心感の源泉
- 自己効力感(自分は役に立っていると感じられるポイント)
といった、かなり深いレイヤーの話になってきます。生成AI導入は、ある意味で人の「仕事観」に介入する行為でもあり、全員に一律で同じ価値観を押し付けるのは無理だと痛感しました。
💊 処方箋1:全社一律を目指さない
この価値観ギャップを前に、方針を変えました。
- 無理強いしない: 拒否感が強い層には、無理に使わせない
- アーリーアダプターを支援する: 「楽をしたい」「変わりたい」という意欲がある層に集中投資する
- 成果で語る: (活用しているチームの「残業が減った」「企画の通るスピードが上がった」といった事実を積み上げる)
まずは「変わりたい人」と一緒に走り、その背中を見せることに絞りました。
💊 処方箋2:「使わない自由」と「守るべきライン」を分ける
とはいえ、セキュリティや情報リテラシーの観点では、全員に共有してほしいラインもあります。そこで、
- 使う/使わない: 基本的には個人とチームに委ねる
-
守るべきライン: 以下のような点はガイドラインを設定し全員に教育する
- 社外秘情報の扱い方
- 社外向けツールに入力してはいけない情報の定義
- AIに任せてはいけない判断領域
というように、「活用の度合い」は自由だが、「最低限のリテラシー」は全員で押さえるという線引きを行いました。
🚀 さいごに
「そこからか〜!!」と叫びたくなる日々ですが、それは裏を返せば 「そこから一緒に歩める」 ということでもあります。
私たちが当たり前だと思っている「デジタルリテラシー」を一度アンインストールして、隣の席に座り直してみる。
そうすることで見えてきたのは、リテラシー不足だけではなく、我々の「現場への業務解像度の低さ」でもありました。
結局のところ、最強のプロンプトエンジニアリングとは、AIに対する命令文の最適化ではなく、隣の同僚への 「ここ、面倒くさくない?」 という、人間臭いコミュニケーションなのかもしれません。
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