なぜ私たちは「緊急ではないが重要」な技術学習に挫折するのか?
この記事は?
早速ですが、皆さんに質問です。
「買ってはみたものの、最後までやり切れていない技術書、本棚に何冊積んでありますか?」
はい、ドキッとした人も多いと思います。私もドキドキしながら書いています。
その本を買った時は多少なりともやる気があったはずなのに、最初の何ページかをパラパラとめくってみた以来、結局手付かずで積んでしまっている。
そんな本が何冊も入った本棚を眺めると、「宿題をやり残したまま迎えた夏休み最終日」とか、「明日早朝に提出のレポートが手付かずのままスマホを触っている深夜2時」とかの日の感覚を思い出して、憂鬱になってしまいますよね。少なくとも私はなります。
私自身、このような状況を打破するために色々と試行錯誤してみました。その結果、今は技術書の積み残しをかなり無くせるようになりましたので、試行錯誤の過程で得た知見を皆さんに共有したいと思います。
結論
当記事の趣旨は以下の通りです。
モチベーションが高いうちに、「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」を完了させよう。
それでは、よろしくお願いします。
「緊急ではないが重要」な技術学習は大事
まず前提として「積んだ本は、本当に読まないといけないのか?」を確認してみたいと思います。
名著『七つの習慣』では、タスクを「緊急性」と「重要性」の二軸で分類した上で、「緊急ではないが重要」なタスクに取り組むことが人生の成功の秘訣であると主張しています。
これを、技術学習に当てはめて考えてみたいと思います。
まず「緊急」な技術学習とは何か。これは「目の前の業務を遂行するために必要な技術学習」があてはまります。
この場合は、「モチベーションがない」とか悠長なことは言ってられません。仕事として振られた以上、やらないとマズイことになってしまいます
また、(職場環境にもよると思いますが)業務遂行に必要な学習である以上は、業務時間内に学習を行えるケースも多いと思います。これは裏を返せば、決められた時間内に学習を終了させなければならないということでもあるので、尚更だらだらとはやってられません。
やらざるを得ない状況に追い込まれれば、大概の人はなんだかんだできます。つまり、緊急性の高い技術学習の本を積むことは原理的に起こらないので、積んでいる時点で少なくとも緊急性は低い、ということになります。
次に「重要」な技術学習とは何か。「重要」をどう定義するかは人それぞれの価値観が出るところですが、分かりやすいのは「エンジニアとしてのキャリアアップにつながるか」、もっと有り体にいえば「将来の収入アップを見込めるか」という尺度でしょう。
先の緊急性という軸と組み合わせると、「緊急かつ重要」、すなわち「目の前の業務をこなすために必要でありながら、自身のキャリアアップにもつながる」というケースについては、今回あまり深く考える必要ありません。緊急である以上、強制的にやらざるを得ないからです。
検討すべきは、「緊急ではないが重要」なケースでどう対応すべきか、です。
「もっと収入をのばしたい」「もっとモダンな技術を扱える現場で働きたい」「もっと面白いプロダクトに関わりたい」のような上昇志向があるならば、目の前の業務で得られるスキルだけでも不十分かもしれません。あくまで目の前の仕事というのは、「自分がやりたい仕事」ではなく「会社があなたにやってほしい仕事」であるので、それが自身の描いたキャリアビジョンに貢献する経験値になるかどうかは、結果論に過ぎないからです。
つまり、主体的に自身のエンジニアキャリアをデザインしたいと思うのであれば、「緊急ではないが重要」な技術学習に取り組んでいくしかない、ということです。
ここで最初の「積んだ本は本当に読まないといけないのか?」に戻ります。以上の話を踏まえると、私の答えは「自身のキャリアアップにとって重要な本なら読むべきで、そうでない本なら読まなくていい」となります。
われわれの本棚に入っている本の中には、意外にも「重要」ではない本も紛れていたりします。
例えば、Amazonでセールしていたから買った、みたいな本は「重要」ではない可能性が高いです。「重要」な本がたまたま安く売っていた、ならよいのですが、「え!定価5000円の本が、今なら半額!これは買わなきゃ!」と考えて買った場合、それは 「お得な買い物をできた満足感」という瞬間的な快楽を得るために買っているだけだったりするので、よく考えると「重要」ではなかったりします。
事実、この手の本は積んでしまいがちです。私はこのことに気づいてから、「セールされていること」を理由に技術書を買うのは止めるようにしています。
もし、その本が「重要」ではないことに気づいたら、取り組むことを素直を諦めた方が無難です。人に譲るか、BOOKOFFで売ってしまいましょう。
「積んでいる技術書になんとか手をつけていこう」という考え方では、積読が解消されることは一生ありません。そうではなく、「自身のキャリアにおいて重要だからこの技術書に手をつけよう(=重要ではない本はすっぱり諦めよう)」という方向に意識を切り替えていくことが大切です。
モチベーションは揮発する
さて、真に検討すべき課題が「いかにして積読を解消するか」ではなく、「いかにして緊急ではないが重要な技術学習に取り組むか」であることを整理した上で、後者の課題を深掘りしていきます。
ずばり、「緊急でも重要でもない」技術学習に挫折してしまうのはなぜでしょうか?
答えは、それに取り組む強制力が働かない故にモチベーションの持続が難しいから、でしょう。
おそらく、最初は少なからずモチベーションがあったはずです。最初からモチベーションがゼロなら、そもそも取り組み始めてすらいないはずです。ただ、そのモチベーションは瞬間的なものでしかなく、対象書籍を最後までやりきるまでは持続できなかった、というのが実状かと思います。
人によっては、「自分はモチベーションを維持できない意思の弱い人間なんだ」と自己嫌悪に陥ってしまうかもしれませんが、そういった方はここで発想の転換が必要です。
それは、「そもそも人間は、モチベーションが高い方がイレギュラーな状態である」という考え方です。
人間を含めたほとんどの生物は、恒常性(ホメオスタシス)に縛られています。本能的に変化を嫌うし、何か新しいことに取り組むのは常に面倒くさいと感じます。昨日と同じことをして今日も生き延びられる方が、生命維持コストが安く済みます。
モチベーションというのは、「恒常性(ホメオスタシス)に逆らって何らかの新しい取り組みを行おうとするエネルギー」と言い換えることができます。ただ、そもそもモチベーションなんてものを持たなくても生きていけるなら、その方が無駄なエネルギー消費をしなくて済むはずです。人間はモチベーションが低い状態の方が、むしろ通常運転なのです。
「自分はモチベーションを維持できない意思の弱い人間なんだ」と思っている人は、問題の箇所を見誤っています。「モチベーションが続かないのが問題」なのではないのです。「モチベーションが続くことを前提にした学習計画をたてていることが問題」なのです。
モチベーションはいずれ揮発する。まずその事実を受け入れ、その上で「モチベーションが高いイレギュラーの状態の内に何をすれば、モチベーションが低くなった自分がそれに継続して取り組めるのか」を考えるべきなのです。
大雑把な俯瞰視点の地図を描く
それでは、「緊急ではないが重要」な技術学習において、モチベーションが高いうちに行うべきことはなんでしょうか?
答えは、「大雑把な俯瞰視点の地図を描く」です。これが、この記事の趣旨になります。
例えば、ある一冊の技術書を学習したいと考えたとします。このとき、「冒頭の一行目から順番に読んでいく」というのはアンチパターンです。最後まで辿り着く前にモチベーションが底をつきてしまいます。
まずは行うべきなのは、パラパラと全体を流し見して、「だいだいこんなことが書いてあるんだな〜」というざっくりとした全体像をつかむことです。
もう少し掘り下げると、以下のポイントを押さえられると、全体像が分かったような腹落ち感を得られます。
-
著者な何を目的としてこの本を書いたのか?
- 「はじめに」と「おわりに」を読むと分かります。
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各章の役割や関係性はどうなっているか?
- 全体を流し見した上で「目次」を読むと、著者がなぜこのような章立てにしているのかがある程度見えてきます。
- また、「ここは重要な箇所だから丁寧に読んだ方がよさそう」「ここはappendixだからいったんは読まなくてもよさそう」といった重要度の傾斜も見えてきます。
-
この本は、なぜ自分にとって「重要」なのか?
- 以上を踏まえた上で、本書が本当に取り組むべきものであるのかを改めて考えます。
- やっぱり「重要」ではなさそうと思ったなら、その時点で学習を諦めます。
RPGでもそうですが、たとえ大雑把であったとしても、ダンジョンの俯瞰視点の地図があれば攻略はぐっと楽になるはずですよね。
部屋が全部で何個あるとか、ボスまでの道のりの長さはどれくらいとか、この部屋は今はよらなくてもいいとか、そういった情報があるだけでも心理的なハードルは全然違うはずです。まずは、ここを目指しましょう。
とはいえ、「大雑把な俯瞰視点の地図を描く」というのは、結構体力を使います。「本に対して常に一歩引いた視点を持ちながら、書かれている情報の構造を整理していく」という、極めて主体的な読書姿勢を求められるからです。
だからこそ、「大雑把な俯瞰視点の地図を描く」という体力の使う作業を、モチベーションが揮発していない最初の段階に終わらせてしまいましょう、というのが私の主張です。
「大雑把な俯瞰視点の地図を描く」を成功させるキーワードは、精度よりスピード、です。最初から厳密な地図を描こうとすると、地図を書き終える前にモチベーションが揮発して挫折します。
完璧主義を捨ててください。多少間違えていたとしても後からいくらでも修正が効くので、とにかく「最後までやりきる」ことを最優先にしてください。
そして、「大雑把な俯瞰視点の地図」が手に入ったら、その後から地図の精度を徐々にあげていく作業に入ります。大枠が出来上がっている地図にたいして、少しずつ詳細な情報を書き足していくイメージです。
具体的には、文章を順番通り読んでみたり、ハンズオンに則って手を動かしてみたり、といった作業になります。事前に全体像を把握しておいたおかげで学習の心理的ハードルが大きく下がり、低モチベーションでも継続しやすい状態になっているはずです。
まとめると、
- モチベーションが高い内に、「大雑把な俯瞰視点の地図」を描き切る
- その後モチベーションが低くなったら、「地図の詳細」を少しずつ書き足す
私はこの2ステップを意識するようにしてから、「緊急ではないが重要」な技術学習の挫折率が大きく下がりました。
かつては骨太な分厚い技術書にひよりがちでしたが、今は「体力使うのは最初だけ」「一発で全部を理解する必要はない」「重要なところだけでも押さえればよしとしよう」と思えるようになり、完全な積み残しを避けられるようになりました。
実践例
最後に、ここで提案した学習の2ステップを私がどのように実践しているのか、もう少し具体的に書いていこうと思います。
「この本、勉強しよう!」と思い立ってから、以下のような流れで進めていきます。
- 休日の可能な限り長い連続した時間を、スケジュール上に確保する
- 徹底的に学習環境を整える
- 確保した時間を使って「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」を終える
- 平日の隙間時間に「詳細を地図に書き足す」をちょっとずつ行う
1. 休日の可能な限り長い連続した時間を、スケジュール上に確保する
まず真っ先に、「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」のための学習時間をスケジュール上に確保します。
「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」は、必ずまとまった時間で一気に仕上げる必要があります。日を跨いでしまうと、「この間どこまで進んだんだっけ?」ということを思い出すコストが発生してしまう上に、モチベーションが揮発してしまうリスクも高まります。
どれぐらいの時間を確保すればよいのか、は当然これから学習しようとしている対象の難易度・ボリュームによります。仮に、それなりに骨太な書籍に手をつけようとしているのであれば、1日10時間、をひとつの目安にしています。
10時間というのは、休日1日を使って現実的に捻出できる限界値かなと思います。同時に、体力・集中力の限界でもあると思います。
皆さんの各々の都合によっては、休日に10時間という時間の捻出は難しいというケースも多いと思います(小さいお子さんが家にいる等)。あくまで10時間は目安であるので、ここの時間の長さは、対象の難易度・ボリュームや、各々の都合に合わせて調整してください。
大切なのは、連続した学習時間を確保すること。隙間時間を寄せ集めるというアプローチでは上手くいかないです。
2. 徹底的に学習環境を整える
「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」はかなりの集中力を要します。少しでも気が散る要因があるなら事前に取り除いておきましょう。
スマホがあるとついつい気になってしまうので、別の部屋か玄関に置くようにします。
PCのメールやslackの通知も、いったん全てオフにします。
今回の学習に関係ないあらゆるものを机の上から排除します。他の技術書は全て本棚にしまい、Nintendo Switch はクローゼットにしまいます。
「集中できる環境を整えよう」では、まだ甘いです、「その本の学習の以外で、時間をつぶせるものが何もない」くらいの状況まで持っていくようにします。圧倒的なシングルタスクとして学習に没頭できる環境構築を心がけるようにします。
3. 確保した時間を使って「大雑把な俯瞰視点の地図の作成」を終える
ここまで準備を整えたら、あとはやるだけです。
仮に10時間を学習時間として確保した場合であれば、10時間の中で「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」というゴールに辿り着かなければなりません。
「10時間勉強をがんばる」というスタンスで取り組んだ勉強と、「10時間で○○を達成する」というスタンスで取り組んだ勉強では、同じ10時間でも意味合いが大きく異なります。前者の10時間は期間でしかありませんが、後者の10時間は期限になります。
学習のために確保した時間を期限と認識することができれば、擬似的な締切効果が働くことで、よりモチベーションを維持しやすくなります。
学習時間を期限にするためには、完了状態を定義できる目標の設定が必要です。今回のケースでは「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」がこれに該当しています。
そして、「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」という目標を達成できたなら、必ずしも10時間も勉強する必要はありません。早めに切り上げてしまって問題ありません。
「10時間勉強をがんばるつもりが、5時間しかできなかった」となると落ち込みますが、「制限時間10時間に対して、5時間でゴールまで辿り着けた」となれば、それはむしろ喜ばしいことです。期限より早く宿題を提出して怒る先生はいません。
「10時間勉強をがんばる」という努力が挫折しがちなのは、完了状態を定義できる目標の設定がなされていないからです。10時間が単なる期間になってしまうことで、そもそも「がんばる」インセンティブが働かないような構造になってしまっているのです。
補足: もし締め切りに間に合わなかったら
中には、「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」というゴールに辿り着くことができないパターンもあるでしょう。
設定した時間で間に合わなかったとか、途中で体力・集中力が尽きてしまったとか。理由は色々考えられると思います。
この場合に大切になるのは、なぜゴールまで辿り着けなかったのか、を自分なりに分析することです。
今の自分には難易度が高すぎた、思っていたほど「重要」な内容ではなかった、昨日の睡眠時間が足りなかった、途中で邪魔が入ってしまった、休憩の取り方に問題があった、等々。
この工程は、PDCAサイクルにおけるC(Check)に相当します。反省できる箇所をひとつでも多く見つけ、次に成功させるヒントに昇華させてください。
4. 平日の隙間時間に「詳細を地図に書き足す」をちょっとずつ行う
さて、休日に「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」が完了できたら、以降はこの地図の精度を少しずつ上げていく作業に入ります。
「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」工程では、精度よりスピード、を優先すべきとしました。そのため、読み飛ばした箇所、あまり理解し切れていない箇所が多く残っているはずなので、穴を埋めていくような感覚で学習を行なっていきます。
「詳細を地図に書き足す」工程は、必ずしもまとまった時間を取る必要はありません。平日の隙間時間にちょっとずつ進めていきます。
「大雑把な俯瞰視点の地図を作る」よりも、ラフな気持ち取り組んでいきます。必ずしもスケジュールとして時間を確保する必要もないし、机の上に Nintendo Switch があっても大丈夫です。
「詳細を地図に書き足す」がラフに取り組めるのは、全体像が見えていることにより心理的ハードルが下がり、それに取り組むために必要なモチベーションが小さく済むからです。
もし、「毎朝出勤前の1時間は朝活をする」みたいな習慣が身についているのであれば、その中で「詳細を地図に書き足す」を行えると大変グッドです。
さいごに
ここまで読んでいただきありがとうございました。少しでも「自分もこのメソッドでやってみようかな!」と思っていただく方がいれば幸いです。
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最後に宣伝です。先日、実務未経験からの転職を応援する Rails × Next.js × AWS 開発のチュートリアル本をリリースしました。
未経験転職を目指した勉強というのは、「緊急ではないが重要」な勉強に該当します。モチベーションの活かし方を知っているかどうかで、学習継続の成功率は大きく変わります。
もし、この本があなたの人生において「重要」な一冊かも、と思っていただけたならば、ぜひ当記事のメソッドを活用する一例として取り組んでもらえたらと思います。
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