在宅ワークで生産性は下がるのか 反事実を対象とする RCT(ランダム化比較実験)
9/16、米アマゾン・ドットコムが、世界の社員に週5日の出社を義務化した。アマゾンは従業員を19年から22年のコロナ禍の間に、約80万人から160万人に増やしている。表向きでは、在宅勤務により企業文化に緩みが出ているので、その引き締めを図るためだとしている。
ここで、在宅ワークによって生産性は下がるのかをみていきたい。もちろん、アマゾンは企業文化の緩みを理由に出社を義務化したので、生産性における検証はアマゾンとは関係がない。ただし、米国の大手が出社を義務付けたことにより、日本にもその波が来る可能性があるので、そのための判断材料として頂きたい。
結論から言うと、週3日の出社でも生産性は維持されるという研究結果が出ている。この研究は米スタンフォード大学や香港中文大学などが実施したもので、英科学誌「ネイチャー」に掲載されている。内容は以下の通りである。
中国の旅行予約サイト「トリップドットコム」の事務職員とIT職員の計1612人を対象に、2021年8月から22年1月までRCT(ランダム化比較試験)を実施。参加者を2グループに分け、片方のグループに平日5日間の出社を指示、もう片方のグループに週3日出社する指示を出した(水曜、金曜が在宅)。
結果、完全出社と週3日の出社で、仕事の生産性に有意な違いはみられなかった。具体的には、各従業員におけるパフォーマンスの評価や昇進率、書いたソースコードの行数などに差異がなかった。また、パフォーマンスの評価の下位項目である「イノベーション」「リーダーシップ」「開発」「遂行力」などの全9要素でも同様の結果が出た。
また、勤務では離職率が低いことも分かった。期間中に週5日の出社のグループでは7.2%が離職したが、週3日のグループでは4.8%と3分の2にとどまった。
このRCT(ランダム化比較試験)について少し掘り下げておきたい。RCTとは、研究の対象者をランダムに複数のグループに分け、特定の介入の効果を検証する科学的研究方法であり、臨床試験でよく使われる手法だ。この比較方法は、特定の介入の効果を調べる際に、その介入を行わなかったらどうなるかを検証できる点が優れている。この「〇〇をしなかったら、起こっていたかもしれないこと」を反事実と呼ぶ。
RCTによって、直感的な判断を覆した例を一つ挙げる。
アメリカはアフリカの子供達に対して、学力の向上を目標に、教科書を無料で配布していた。配布された学校では、テスト成績が向上する結果が得られた。これを聞くと、教科書の配布には効果があったと思うかもしれない。しかし、この結果には、反事実である「教科書を無料で配布しなかった場合」の結果が抜けているのだ。そこで、ある学者のグループがRCTを行ったところ、教科書を無料配布した学校の成績は、配布しなかった学校の成績と変わらないという結果が出た。原因は、教科書が英語で書かれていたため、アフリカの地方の子供達にとって第3言語である英語は理解しづらかったのである。RCTの比較によって、アフリカへの無意味とも言える開発援助のプログラムがあることが明らかになった。
話を元に戻す。RCTによる在宅ワークでも生産性が落ちないという結果は、在宅ワークを今後も取り入れたいと考えている会社にとって、適切な判断材料となるだろう。私も普段はリモートで仕事をしており、生産性が下がっているとは感じられない。むしろ、同僚に話しかけられたり、不用な飲み会に参加させられることがないので、出社してる時より仕事に集中できている。出社義務の波は、太平洋で温帯低気圧(波なので温帯低気波)になって欲しいと願う。
参考文献
日本経済新聞「週3出社でも生産性維持、離職率も3分の2に 米大研究」2024年9月23日
日本経済新聞「Amazon、社員に週5日出社義務付け 米巨大テックで初」 2024年9月17日
Webサイト:ランダム化比較試験、無作為化(比較)試験、RCT:https://ez2understand.ifi.u-tokyo.ac.jp/terms/terms_03/#:~:text=「ランダム化比較試験」と,高い試験とされる。
失敗の科学 マシュー・サイド
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