DXのゴールと本質的思考 - 守るものと変えるものをどう見極めるか
DXのゴールは 「業務と経営の構造を再設計し、継続的に改善できる状態を作ること」。
具体的には:
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業務の可視化と一貫性
– 受注 → 生産 → 出荷 → 会計までがデータでつながり、全体が見える状態
– 部分最適ではなく全体最適 -
データが意思決定の武器になること
– 単なるレポートじゃなく、データモデルに基づいて改善余地を発見できる
– 「勘と経験」から「根拠ある判断」へ -
変化に強い業務基盤を持つこと
– 市場の変化や顧客ニーズに合わせてプロセスを組み替えられる
– システムが柔軟に追随できる -
AIと自動化を役割分担して、人間の意思決定を補助できること
– AIが向いている処理:膨大で複雑なデータからパターンや予測を導く(例:品質不良の原因分析、需要予測、日報の自動要約)
– 自動化で十分な処理:定型的な繰り返し作業を機械に任せる(例:在庫と受注の突合、定期レポート作成、納期遅れアラート)
– 人間の役割:AIや自動化が出した結果を踏まえ、本質的な問い——「何を守り、何を変えるか」——に集中する
👉 要するに「効率化」で終わるんじゃなくて、自社が変化し続けられる仕組みを手に入れること がゴール。
ただし前提として、会社として5年先、10年先どうなりたいかというビジョンがあることが大前提。
「効率化したい」「便利になればいい」というだけなら、それはDXでなくていい。
無理にDXと呼ばずに「効率化」と割り切った方が、現場も混乱しないし健全。
競争優位性=「変化への対応力」
- 市場・技術・顧客ニーズは必ず変わる
- 一度のシステム刷新で優位性を確保できるわけじゃない
- 大事なのは「変化するたびに業務を作り替えられる能力」
ただし「変化=善」ではない
- 変化すればいい、という話ではない
- 変化の方向を誤れば、組織を弱体化させるリスクもある
- だからこそ 「何を守り、何を変えるか」 を判断する思考が必要
👉 まとめると:
- 経産省が言う「競争優位性」=変化し続けられる基盤
- ただし、変化そのものは必ずしも良いとは限らない
- ゴールは「変化できる力」+「正しい変化を選ぶ力」
何を守るか
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企業の価値観・アイデンティティ
– 「うちが他社と違う理由」
– 顧客が信頼している本質的な部分(例:品質第一、納期遵守、アフター対応など) -
変えてはいけない業務ルール
– 法令遵守や会計原則など
– 安全性・トレーサビリティ(食品・医薬・製造など必須領域) -
強みの源泉
– 得意先との関係性
– 独自ノウハウや技術力
– この部分を変えてしまうと競争力そのものが失われる
何を変えるか
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非効率なやり方
– Excelや紙、属人化している業務
– 「やり方」レベルの変革は迷わず変える -
顧客ニーズに合わなくなった部分
– 例:オンライン化に対応できない営業プロセス
– 例:グローバル展開に合わない国内専用ルール -
変化が強みになる部分
– 製品ラインナップの拡張に対応する仕組み
– 新しい分析手法や自動化を取り入れられる柔軟性
判断の軸
- 「この仕組みを守ることで顧客価値や会社の信頼が保たれるか?」
- 「この仕組みを変えることで事業の成長や未来の競争力につながるか?」
- 「変えるコストと得られる価値は、経営の方針や資源配分に照らして妥当か?」
👉 守る部分は 「会社としてのアイデンティティ・顧客との信頼・法令遵守」。
👉 変える部分は 「業務のやり方・時代遅れの仕組み・新しいニーズへの対応」。
つまり、「何を守り、何を変えるか」 の判断は単なる現場の都合ではなく、
会社の存在意義・事業戦略・経営方針と結びついた意思決定 であるべき。
ここを外すと、部分最適や単なる効率化で終わってしまい、DXの本質には届かない。
守る部分を明文化する
- 「顧客がうちを選ぶ理由は何か?」を言語化する
– 納期を守り抜く姿勢
– 品質を保証する仕組み
– 現場対応のスピード感 - これらを「変えてはいけない核」として整理し、経営方針や事業戦略と一体化させた上でシステム要件や業務フローに埋め込む
👉 例:納期遵守が強みなら、受注時点でリードタイムを自動判定し、在庫・進捗をリアルタイムに見える化する仕組み を導入して、経営が掲げる「信頼の維持」を現場レベルで担保する
変える部分を特定する
- 「今のやり方では未来の成長を阻んでいる部分」を洗い出す
– Excel依存/紙運用 → データが分断され、分析やサービス展開を阻害
– 二重入力 → 顧客接点にスピード感を出せない
– 属人化 → 人材育成や事業拡張の足かせになる - その中で「変えれば新しい強みになる部分」を選び、事業成長につながる仕組みに作り替える
👉 例:属人化している受注処理をワークフロー化し、短納期オーダーを誰でも処理できる体制を築く
👉 例:在庫のExcel管理をリアルタイムシステムに置換し、欠品を未然に防ぎ、即納可否を顧客に提示できる仕組みに変える
👉 例:紙ベースの品質記録をデジタル化し、顧客に「トレーサビリティ保証」という新しい付加価値を提供する
実際の取り組み例
小ロット短納期を確実にする
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受注情報の即時共有
– 投資: 受注管理と生産計画の連携開発(500〜1,000万円規模)
– 効果: 受注→計画登録が即時化、短納期対応率向上 -
在庫・仕掛品の見える化
– 投資: 在庫システム+QR運用(数百万〜)
– 効果: 欠品遅延を30〜50%削減 -
キャパシティ管理
– 投資: 設備カレンダー機能追加(数百万〜)
– 効果: 短納期オーダー判断が即時可能、残業削減
👉 納期遅延件数の半減、成約率+15%、残業コスト削減
納期予測を顧客に示す
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計画と実績の突き合わせ
– 投資: 実績入力端末+進捗管理(数百万〜)
– 効果: 遅延検知を数日前倒し -
予測ロジックの導入
– 投資: BI/AI活用(数十万〜数百万)
– 効果: 納期遅延予測精度 70〜80% -
顧客向けポータル
– 投資: Webポータル構築(500万〜1,000万)
– 効果: 問い合わせ半減、継続取引率+10〜15%
DXを達成するための思考プロセス
DXは「効率化」で終わるものではなく、変化を繰り返し続けられる組織になること がゴール。
そのために必要なのが、意思決定を支える「思考プロセス」。
1. なぜ変えるのかを問う
- 単なる便利さの追求ではなく、事業戦略や顧客価値にどうつながるか を明確化する。
- 「現場が困っているから」だけでは不十分。
– 困りごとの解消自体は正しくても、それを直すコストが事業価値に跳ね返らないなら、あえて解消しない選択もある。
– 逆に小さな不便でも、利益率改善や新規市場開拓につながるなら優先して投資する。
👉 ゴールは「困りごとを解消すること」ではなく、事業変革につながるものを見極めること。
2. 費用対効果を定量化する
- 投資額(システム導入・人材育成・データ整備など)は、ざっくりでも根拠をつけて数値化する。
- 効果も「数字でイメージできる形」にする:
– リードタイムを1日縮めれば在庫が〇百万円減る
– 在庫を△%減らせば資金繰りが〇千万円改善
– 成約率を+5%上げれば売上が〇百万円増える - ROIや回収期間は「絶対の答え」ではなく、方向感を示す目安として出す。
👉 大事なのは「便利になる」ではなく、数字で事業に効くかどうかを語れること。
ROIごっこにならないために、面倒でも数字に出す
- 根拠を書き添える:数字の裏に「過去データから試算」「直近実績を基に」と一言入れる。
- シナリオで出す:1本のROIじゃなく「楽観・中立・悲観」のレンジを見せる。
- やらない場合と比べる:投資しなければ「残業コスト〇百万円増」「失注率+◯%」といった悪化コストを示す。
👉 ROIの数字を出すこと自体が目的じゃない。数字をどう読むかで投資の優先度が決まる。
3. 実行可能性を評価する
正直、技術的に作れるかどうかなんて二の次。
一番の問題は、旗を振る人がいるかどうか。
これまで大きなプロジェクトをやったことがない会社が、DXをやれって言われても、誰も前に立たなければそこで頓挫。
だからこそ最初に「誰が責任を持って進めるのか」を決めない限り、計画やシステムの話をしても意味がない。
- 専任を置けるのか、それとも経営が直接旗を振るのか
- 兼務でやるならどこまで時間を確保するのか
- 小さく試す範囲を決め、成功体験を積ませるのか
👉 実行可能性とは「システムを作れるか」ではなく、旗を振る人がいて、会社が動けるかどうか。そこを外したら全部机上の空論になる。
旗振り役がいない場合の現実的な動き方
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経営に引っ張り出してもらう
– 最低限、経営層が「この人に任せる」と名前を出して責任を持たせる。
– 経営が「旗振り」を放棄してたら、その時点でDXはやらない方がマシ。 -
外部に仮の旗振りを立てる
– コンサルや外部パートナーに一時的に旗を持たせる。
– ただし丸投げではなく、社内で必ず“次の旗振り役”を育てることが条件。
– これをやると、社内から不満がでるかもしれないので、要注意 -
小さなチームで勝手に始める
– 公式に任されていなくても、現場で「まずこれだけ変えてみた」という動きをつくる。
– 成果を見せれば「じゃあ正式に進めてみるか」という流れを作れることもある。
4. 小さくやる=終わらせない計画を持つ
「まずは小さくやろう」と言っても、切り取った改善が“点”で終わると意味がない。
大事なのは 小さくやる前に、それが全体のどこにつながるのかをイメージしておくこと。
例:
- 将来は全社の納期管理を統合したい → その一歩として1ラインの進捗見える化をやる
- 全社の承認フロー改革を狙っている → その入り口として出張申請だけを電子化する
ただしここで落とし穴になるのが、計画づくりに時間をかけすぎること。
緻密なロードマップを作るよりも、「この小さな一歩はどんな未来につなげたいのか」を概要で示せればOK。
👉 ポイントは、計画を理由に動きを止めないこと。
小さく始めながら、その先に広げる絵をざっくり持つ——そのバランスが大事。
5. 反復可能性を考えておく
小さな成功を出しても、その場限りのメンバーだけでやったことだと横展開できない。
特に他部門に広げたいなら、展開先のキーパーソンを最初から関与させておくことが大事。
- 全部署を巻き込む必要はない
- ただし将来必ず影響を受ける部門からは、代表者を1人でも入れておく
- その人が「うちは事情が違う」と言わせない布石になる
さらに、反復を本当に可能にするには 人材育成計画 が欠かせない。
- 最初の成功の段階で「次の展開を担う人」に経験を積ませる
- 教育やマニュアル化を後回しにせず、最初から並行して進める
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素養のない人をアサインしても育たないし足を引っ張るだけ
– 最低限「学ぶ意欲がある」「数字や仕組みに向き合える」人を選ぶこと
– もしその部門に適任がいなければ、他部門から引っ張ってきてでも担い手を用意する
👉 反復可能性は仕組みの設計だけじゃなく、誰を育てながら一緒に始めるかで決まる。
最初から展開と育成を意識して、かつ 適性のある人材を確保すること が成功を左右する。
旗振り役・キーパーソンに求められる条件
DXを進めるうえで一番重要なのは、人選。
旗振り役が「判断を避ける人」なら、その時点で詰む。
求められる条件は:
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決断と責任を持てる
– 判断を先送りにせず、「やる/やらない」をその場で決められる
– リスクを理解しつつ、責任を引き受ける覚悟がある -
社内での信用がある
– 経営と現場、両方に通じて「この人が言うなら」で通る立場 -
事業全体を理解している
– 部門ごとの業務ではなく、事業の仕組み(受注→生産→出荷→会計→利益)を理解している
– 変更が顧客価値や利益にどう効くかを判断できる -
数字で語れる
– 感覚ではなく、リードタイム・在庫金額・受注率などの数字で会話できる -
適性がなければ置かない
– 適任がいなければ、他部門からでも引っ張る
👉 必要なのは、事業を理解して決断できる人。
「判断から逃げない人」を旗振り役に据えることが、DXの成否を左右する。
まとめ
DXの思考プロセスは単なる管理手法ではなく、
「変化を繰り返し続けられる組織」へと進化させるための意思決定の型。
- なぜ変えるのかを問う
- 費用対効果を定量化する
- 実行可能性を評価する
- 成功の最小単位を定める
- 反復可能かを検証する
👉 ゴールは「効率化」ではなく、変化を続けられる仕組みを持つこと。
補足)DX自己診断チェックリスト
A. 全体レベル(組織全体)
1. 方向性・ビジョン
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自社の 中期経営計画やビジョン におけるDXの位置づけが明確になっている
→ 経営計画の文書や社内共有資料に「DXを通じて何を達成するか」が記載されているか。単に「デジタル化を進める」ではなく、「新規市場参入」や「利益率向上」など具体的表現があるかを確認。 -
DX施策の目的が 事業戦略の具体的な目標(例:新規市場開拓、利益率改善)に紐づけられている
→ 施策ごとに「このDXがどの戦略ゴールに貢献するのか」が線でつながっているか。もし「ただ便利だから導入」という状態ならNG。 -
DXのKGI(最終成果指標:例 売上総利益率○%)が定義されている
→ DX全体として、最終的にどの数値を動かすのか(売上・利益・市場シェアなど)を明示できているか。なければ「効果不明の投資」になりやすい。
2. 推進体制
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DX推進の横断チームが存在し、経営層が関与している
→ 単なる情報システム部門や現場任せではなく、経営・現場・システムの三者が関わるチームがあり、意思決定に経営層が入っているか。 -
施策ごとに責任者と評価者(経営側)が明確化されている
→ 「誰が責任を持つか」「誰が成果を評価するか」が明文化されているか。責任者=実行担当、評価者=経営層や部門長であることが望ましい。
3. 成果検証と展開
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全体のDX施策ポートフォリオが管理されている
→ 複数の施策が「一覧化」され、進捗・投資・効果が見える化されているか。個別施策のバラバラ管理になっていないか。 -
各施策の成果が事業KGIにどの程度寄与したかを定期的にレビューしている
→ 「KPIは達成したが、KGI(全体成果)への貢献は小さい」などを評価しているか。会議体が存在し、レビュー頻度が決まっているか。 -
成果を出した施策が 横展開 or 標準化 されている
→ 一部門だけの成功事例で終わらず、マニュアル化・システム化・教育に反映されているか。他部門でも再利用できる状態になっているか。
👉 判定基準
- ビジョン不在 → 「施策の積み木」止まり
- ビジョンと施策がつながっている → 「戦略的DX」
B. 個別施策レベル(施策ごとの評価)
1. 施策の有効性
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施策の目的が 事業ビジョン/KGIに直結するKPI として設定されている
→ 「在庫削減」「リードタイム短縮」などが、最終的に「利益率改善」「キャッシュフロー改善」といったKGIにどう寄与するか定義されているか。 -
目的とKPIが経営層に承認されている
→ 「現場が勝手にKPIを決めた」ではなく、経営層が承認した形跡(会議議事録・承認文書)があるか。
2. 計画段階
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投資額が算出されている
→ 初期費用・運用費用を含めた投資総額を明示できるか。 -
効果が数値化されている(例:リードタイム短縮20%)
→ 定性的な「便利になる」ではなく、具体的数値(時間削減・在庫削減額など)で効果を表現しているか。 -
ROIまたは回収期間が定義されている
→ 「投資回収まで何年かかるか」を計算できているか。効果が曖昧なら、この時点で赤信号。
3. 実行段階
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スケジュール、担当者、予算が明確になっている
→ WBS(作業分解構造)やロードマップがあり、誰がいつまでに何をやるかが示されているか。 -
実行状況が定期的にレビューされている
→ 月次・四半期ごとに進捗レビューがされているか。遅延や課題が表に出せているか。
4. 成果段階
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KPIが目標値を達成した(Yes/No)
→ 「達成したか否か」がはっきり評価されているか。途中で目標が曖昧化していないか。 -
達成が事業KGIへの貢献として評価された(Yes/No)
→ KPI達成=自己満足で終わらず、「事業成果につながったか」が評価されているか。 -
未達の場合、原因分析と対策が文書化されている
→ 失敗をそのまま放置せず、原因(要件不備、教育不足など)を分析し、改善案を残しているか。
5. 定着段階
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成果が業務標準に組み込まれている
→ 新しい仕組みが業務手順書やシステムに反映され、例外運用がなくなっているか。 -
他部門や他案件に横展開されている
→ 成功事例が社内に共有され、他部門にも広がっているか。単発成功ではなく、全社の文化になっているか。
👉 判定基準
- 「実行」まで=活動はある
- 「成果」達成=実効性あり
- 「定着」=事業変革につながっている
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