誰でも簡単⁉️👀 絵文字ができるまで😃👍
こんにちは!サイボウズ株式会社フロントエンドエンジニアの おぐえもん(@oguemon_com) です。
先日開催された社内イベントCybozu Frontend Day 2023にて私が発表した絵文字の仕様策定に関する紹介を、当時の時間的制約から泣く泣く割愛した内容を加えた上で文章の形にまとめました。
また、情報は全て2023年8月1日現在のものです。
はじめに
今や「ぴえん🥺」や「おじさん構文」などの様々な形で老若男女を問わず私たちの生活・文化に深く根ざしている絵文字。ところで、そんな絵文字たちにも生みの親がいることを意識したことがありますか?
例えばこちらの絵文字にも生みの親がいます。
🥱は、Jay Petersさんが2017年9月に提案しました。
Jay Petersさんの職業はニュース編集者。決してデザイン事務所やGAFAなどのエンジニア・デザイナーではありません。
このように、誰でも新しい絵文字を提案することができます。
この記事では、そういえば広く知られていない絵文字にまつわる色々をご紹介します。
- 絵文字ができるまでの流れ
- 絵文字の提案方法
- 提案の通過率
絵文字(Emoji)とは
絵文字とは、文字通り絵で表現された文字のことで、😀🥺💦💕🏠💻🌊👿🐱💢などがその例です。海外ではEmojiと呼ばれており、日本語が由来の万国共通語になっています。
ちなみに、似た概念の顔文字(\(^o^)/など)はEmoticonと呼ばれていて両者は区別されています。
文字コードにおける絵文字の歴史は古く、日本では1959年に野球ボールの絵文字(⚾️)が協定新聞社用の文字コード(CO-59)に登場します。その後、1999年にNTTドコモのフィーチャーフォン(ガラケー)に絵文字が登場し、ケータイ文化を中心に絵文字が広がっていきます。
そして、2010年には業界標準規格のUnicode 6.0にEmojiが追加され、端末間の互換性が大幅に向上するとともに世界中で絵文字が使用されるようになりました。
PC・スマホで使われる絵文字は、今やUnicodeの規格で定められているEmojiがデファクトスタンダードです。ですので、以降ではUnicodeのEmojiについて扱います。
Emojiの仕様策定機関
EmojiをはじめとするUnicodeの仕様はUnicodeコンソーシアムが策定しています。
Unicodeコンソーシアムは数多くの会員で構成されていますが、仕様策定への議決権を持つのは、年5万ドルの会費のFull Members(1票)と、年2万ドルの会費のSupporting Members(0.5票)の2種類の会員です。
Full Membersは、Adobe社やairbnb社、NETFLIX社、GAFAなどの大企業10社で構成されています。そして、Supporting Membersは、バングラデシュ政府やオマーン政府などの3団体で構成されています。
Unicodeの仕様策定のなかでもEmojiの仕様の候補案はEmoji分科会(Emoji Subcommittee)が策定します。Emoji分科会の座長はGoogle社のデザイナーであるJennifer Danielさんで、彼女もまた過去に数多くのEmojiを生み出しています(🥹🫠🫥🥲🫡など…)。
Emojiができるまでの流れ(🫚を例に)
新しいEmojiの作成は、誰かが新しいEmojiの提案書(Proposal)をEmoji分科会に提出するところから始まり、世界中のデバイスで使えるようになるところがゴールです。
ここでは、UnicodeのEmoji仕様の最新版であるEmoji 15.0で追加された今一番新しいEmojiの1つ、🫚(生姜の根)を例にして、Emojiができるまでの流れを追っていきます。
もし手元のデバイスで「🫚」←ここに生姜が表示されていない方は、OSのバージョンが古い可能性があるのでアップデートしましょう。iPhoneならばiOS16.4から使用可能です。
1. 提案書の提出
生姜のEmojiの必要性を感じたJohannes Erbさん、Pascal Fiedlerさん、Paulina Schumannさんの3名が2021年5月5日に連名で提案書(Proposal for Emoji: GINGER)を提出しました。
提出された提案書の一部
採択されたEmojiの提案書は基本的にUnicodeコンソーシアムのドキュメントとして公開されています[1]。この提案書も例外でなく、以下のリンクから確認できます。
2. Unicodeコンソーシアムによる仕様策定
提案書がEmoji分科会による審査を通過すると、仕様化に向けた議論や調整がはじまります。以下はその一部です。
Emoji案の登場
2021年10月4日、Unicodeの技術会議であるUTC169にあわせて、Emoji分科会の2021年Q4レポートが公開され、当時の次期仕様であるEmoji 15.0における追加Emoji候補案が登場しました。
文字コード案の付与
2021年11月15日時点のEmoji Candidates (Provisional)には、Emojiの候補に文字コードなどの案が加えられています。この候補案は、PRI #435[2]として2022年4月10日までフィードバックを受け付けていました。
名称の修正
2022年1月25日、Unicodeの技術会議UTC170にて、Emoji分科会の2021年Q4レポートが公開。いくつかのEmoji候補案に対して名称の変更などの修正を推奨する旨が記載されていました。
ここで、🫚はGinger(生姜)からGinger Root(生姜の根)に改められました。これは、ginger
には「赤毛の人」「赤毛の〜」といった意味があり、混同のおそれがあるとの指摘が寄せられたからです[3]。
Unicode 15.0仕様書の作成とパブリックレビュー
Emoji 15.0などを含めたUnicode全体の新仕様であるUnicode 15.0の仕様書が作成され、パブリックレビューが行われました。
2022年2月から7月にかけて行われました。公開レビューには2段階あり、2〜4月にアルファレビューが、6〜7月にベータレビューが行われました。ベータレビュー用の開始時点で、文字の名称などが確定します。
Unicode 15.0仕様書のリリース
2度のパブリックレビューを経て仕上がったUnicode 15.0の仕様書は、2022年9月13日にリリースされました!これで新しい仕様を使えるようになりました。
Unicode 15.0のリリースを知らせる記事には、🫚をはじめとする新しいEmojiの追加についても触れています。
3. 各ベンダーによるEmojiの実装とリリース
UnicodeコンソーシアムがUnicodeの仕様を定めても、Apple社やGoogle社などのベンダーが自身のソフトウェア製品・サービス(iOS、Android、Facebookなど)に仕様通りの実装を追加しなければ世界中の人たちは新しいEmojiを使うことができません。
Unicode 15.0のリリースを受けて、ベンダー各社はEmojiの実装と公開を正式に進めていきます。
例えばApple社の場合、2023年2月16日にiOS16.4のベータ版をリリースして、開発者向けに新しいEmojiを公開。そして、2023年3月27日にiOS16.4の正式版をリリースして、ついにiPhoneユーザーが🫚を使えるようになりました!
他にもGoogle社やMeta社(Facebook)、X社(X / Twitter)などもそれぞれのデザインの🫚を実装してリリースしました。
この時点で、🫚は提案書の提出から2年近く経過しています。このように、Emojiができるまでには長い年月がかかります。
Emojiの提案方法
Emojiの提案は、次の2ステップで誰でも簡単に行うことができます。
- 所定のフォーマットのPDFで提案書を作成
- 提案書をUnicodeコンソーシアムのEmoji分科会に送付
今は新しいEmojiの提案書を受け付けていませんが、2024年4月から受け付けを再開する予定です。
これから述べる採択条件の話を含め、Emojiの提案については次のガイドラインにまとめられています。
Emojiの採択の条件
Emojiの採択にはたくさんの条件があります。
条件はOKな条件(Selection Factors for Inclusion)とNGな条件(Selection Factors for Exclusion)に二分されます。ここではそれぞれの条件の一部を紹介します。
OKな条件
あることが望ましい条件です。決してどれか1つでも不満足ならアウトというわけでなく、総合的に評価されます。
Usage level
簡単に言うと、多くの利用が見込めるかどうかです。提案書では主に次の4つの観点でエビデンスを示せます。
1. Frequency
高頻度で使われるかどうかです。ガイドラインでは、次のサービスを用いた調査結果を示すことを必須としています。
サービス | 備考 |
---|---|
Google Search | 7.5億件が目安 |
Bing Search | 2,500万件が目安 |
Google Video Search | 7,500万件が目安 |
Google Trends: Web Search | elephantとの比較結果を示す必要がある🐘 |
Google Trends: Image Search | elephantとの比較結果を示す必要がある🐘 |
2. Multiple usages
1つのEmojiで複数の使い方ができるか、Emojiが顕著な比喩的に参照されたり、何かの象徴性を持っているかどうかです。
例えば、🔥は「火」だけでなく「進行中」や「熱意」などの表現にも使えます。
3. Use in sequences
他のEmojiと組み合わせて使うことができるかどうかです。
例えば、💦🧼🤲で「手洗い」を表現できますし、🗑🔥で「燃えるゴミ」を表すことができます。
4. Breaking new ground
要は、Emojiの新境地を切り開く新規性があるかどうかです。
例えば、掃除を示す🧹のEmojiがある現状において「掃除機」のEmojiを提案することは新境地の開拓とは程遠いです。
既存のEmojiで表現できない概念を象徴できるものが望まれます。
Distinctiveness
Emojiが明確に識別できるものであることが望まれます。
- それを認識するのに特別な知識が必要でないこと
- たとえ携帯電話の画面に映る小さなアイコンであっても識別できること
などがポイントです。
Compatibility
既存サービスの絵文字に対する互換性のために提案されたものかどうかです。
例えば、🤔(考える顔)はGmailの絵文字THINKINGから移植されました[4]。
Completeness
一揃いのEmojiの中で欠けているものを補っているかどうかです。
例えば、🦂(サソリ)は12星座の中でEmojiから欠けていたので提案されました[5]。
NGな条件
あるとダメな条件です。必ずしも一発アウトではないものの、これらの条件を満たすと採択されにくくなります。
Petitions or “frequent requests”
それが請願だったり、頻繁にリクエストされるものであってもダメです。「みんなが求めている」という主張は十分な信頼性がなく、提案の根拠として弱いわけです。
🌭(ホットドック)や 🌮(タコス)は、署名キャンペーン[6][7]がキッカケで提案されましたが、これは請願されたから採択されたのでなく、提案書の客観的根拠が認められて採択されました。
Overly specific
示しているものが細かすぎるものです。
例えば、🏨(ホテル)が存在する中での🏩(ラブホテル)、🐪(ラクダ)が存在する中での🐫(フタコブラクダ)は詳細すぎますよね。
Already representable
既にあるEmojiで意味を表現できるものです。例えば、手洗いをしているEmojiの案は、前にも出てきた💦🧼🤲で「手洗い」を表現できるのでこの項目に該当します。
Logos, brands, other third-party IP rights, UI icons, signage, specific people, specific buildings and landmarks, deities
日本語にすると次の通りです。
- ロゴ
- ブランド
- その他の第三者の知的財産権
- UIアイコン
- 標識
- 特定の人
- 特定の建物やランドマーク
- 神々
この基準に照らし合わせると、例えば次のようなEmojiはNGです。
- ⏯️ (再生・停止ボタン)や ⏪️(早戻しボタン) → UIアイコン
- ⛔(立入禁止)や 🚸(通学路) → 標識
- 🗼(東京タワー)や 🗻(富士山)、 🗿(モアイ像) → 特定の建物やランドマーク
Transient
一過性のものや、流行りのものは、たとえ現在使われていても将来も使われる見込みが少ないので採択されにくいです。
例えば、📟(ポケベル)や📼(ビデオカセット)は、かつて多用されていたアイテムですが、今やほとんど使われていません…
Region flags without code
Unicodeの地域コードを持たない地域の旗は採択されません。
国旗をはじめとする地域の旗のEmojiは、その国家・地域がUnicode region codesに登録されたときに自動的に追加されるようになっています。
Variations on direction
既存のEmojiに対して方向が違うだけのものです。
👉に対する👈👆👇、🤜に対する🤛などがそれです。
とはいえ、2023年リリース予定のEmoji 15.1では、複数の方向を持つEmojiのセットを追加する予定があり、Emoji分科会はEmojiの向きの違いが生み出す表現の可能性に注目し始めているようです。
Includes text
テキストが含まれているものです。その文字の言語利用者以外に通じにくいからです。
例えば、🈯️ 🈴 🈺 🈁 🈳のようなものです。
Emojiの提案の通過率
Emoji分科会は、過去にリクエストされたEmojiと、その審査結果を公開しています。
ここには1231件のリクエストが掲載されていますが、そのステータスの内訳は次の通りです。
ステータス | 件数 | 割合 | 備考 |
---|---|---|---|
Declined | 803 | 65.2% | 拒否 |
Declined, Duplicate Proposal | 58 | 4.7% | 拒否(重複) |
Under Consideration | 7 | 0.6% | 検討中 |
Expired | 109 | 8.9% | 期限切れ |
Prioritization Pending | 41 | 3.3% | 優先順位の関係で保留中 |
Released as Emoji | 213 | 17.3% | Emojiとしてリリース済み🎉 |
このように、採択されたEmojiの数は、提案されたEmojiの約17%に過ぎません。なかなかの狭き門であることが判ります。
例えば、DeclinedされたEmojiの案の中には次のようなものがあります。
- 3D printer
- bamboo[8]
- Electric Bass
- Hairbrush
- Head louse(アタマジラミ)
- Jam
- Koi(錦鯉)
- Prison
- Programming
- SAUSAGE
- VR Headset
過去2年間にDeclineされたEmojiは再審査の対象になりません。もし新しいEmojiの提案をするなら、過去の提案内容を確認して、同じようなものがないか確認しましょう。
まとめ
私たちが使用している絵文字の代表格であるUnicodeのEmojiは提案者に制約がないので、「このEmojiはワシが作った👴」と言えるチャンスが誰にでもあります。
しかし、Emojiの採択にはさまざまな条件があり、提案されたEmojiのうち採択されるのはごく一部(2割以下)です。さらに採択されるまでには2年前後の長い年月がかかるので、「このEmojiはワシが作った👴」と言うには険しい道のりを歩む必要があります。
ちなみに、「NGな条件」のところで、既存のEmojiを例としてたくさん列挙しました。今の条件では高確率で拒否されるこれらがなぜEmojiとして存在しているのか。それは、Emojiの仕様が最初に策定されたとき、機器間の互換性を重視して、日本の携帯電話をはじめ当時あった絵文字をそのまま採用したからです。
こうした背景から、現在に至るまでEmojiの種類や絵柄には日本の文化や言葉に根ざしたものが数多く存在しています。
🎌🗾👹👺🙈🙉🙊👾💮🍢🍲🍣🍥🍡🍵🍶📛🔰🗻🗼🌊🎋🎍🎎🎏🎐🎑🎴🏮🧮🚄🚅🈁🉐🈯️🈲🈺🈁🈳…
このように、日本がEmojiに対して持っている先行者利益のようなものを享受して、日本ならではなEmojiをたくさん使っていくのも面白いかもしれませんね。
おまけ
🗿(モアイ)のEmojiは、2016年にリリースされたEmoji 3.0まで、イースター島のモアイ像(Moai)のEmojiでなく、日本のモヤイ像(Moyai)のEmojiだったのをご存知でしょうか?
モヤイ像は、モアイ像をモデルにした伊豆諸島名物の石像のことで、渋谷駅前に佇んでいるものが有名です。
渋谷駅前のモヤイ像
2009年に提出された提案書には、「MOYAI * Japanese stone statue like Moai on Easter Island」と明記されています。
Emoji Symbols Proposed for New Encodingより
モヤイ像のEmojiは、auの携帯電話で利用できたEZweb絵文字に収録されたのがはじまりで、その後、他種端末への互換性のためUnicodeのEmojiに採用され、全世界で利用できるようになりました。その後、Emoji 4.0からはMoaiという名称に変更されています。
日本の絵文字がEmojiに与えていた影響の大きさを伺い知ることができる興味深い事例です。
-
PRI = Public Review Issues ↩︎
-
I humbly request that you add a hotdog symbol to the emoji set, and furthermore ketchup shall not be used in the making of this hot dog emoji. ↩︎
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竹が拒否された一方で、🎋(Tanabata Tree)というEmojiがあります。 ↩︎
Discussion