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XChainDataGen:クロスチェーンデータ分析の新たな扉を開くフレームワーク

2025/03/26に公開

XChainDataGen:クロスチェーンデータ分析の新たな扉を開くフレームワーク

この記事は以下の論文をもとに書かれています。
https://arxiv.org/abs/2503.13637

TL;DR

ブロックチェーン間の相互運用性が急速に発展する中、それを研究するためのオープンなデータセットが存在しないという課題に対して、XChainDataGenというフレームワークが登場しました。このツールは11のブロックチェーンにまたがる1100万件以上のクロスチェーントランザクションを分析し、セキュリティ、コスト、パフォーマンスのトレードオフを明らかにしています。この記事では、XChainDataGenの概要と、それが明らかにしたクロスチェーンプロトコルの比較分析について解説します。

ブロックチェーン相互運用性の現状と課題

最近、ブロックチェーン技術を触っていると「相互運用性」という言葉をよく耳にするようになりました。Ethereum、Avalanche、Arbitrumなど、様々なブロックチェーンが存在する中で、それらの間でデータや資産をスムーズに移動させる必要性が高まっているんですよね。

例えば、EthereumのL1(レイヤー1)は高いセキュリティを提供する一方で、トランザクション処理速度が遅く、ガス代(手数料)が高いという問題があります。そこで登場したのがL2(レイヤー2)ソリューションで、Base、Arbitrumなどが該当します。これらは処理速度が速く手数料も安いのですが、L1とL2の間でデータや資産を移動させる「橋渡し」が必要になります。

この「橋渡し」の役割を果たすのが「クロスチェーンブリッジ」と呼ばれるプロトコルです。しかし、これらのブリッジの性能やセキュリティを比較・分析するためのオープンなデータセットが存在しないという大きな課題がありました。

「どのブリッジが一番安全なの?」「どれが一番速いの?」「手数料はどれが安いの?」

こういった疑問に対して、データに基づいた答えを出すことができなかったんですよね。

XChainDataGenの登場

そんな中で登場したのが「XChainDataGen」というフレームワークです。これは、様々なブロックチェーンからクロスチェーンデータを抽出し、クロスチェーントランザクション(cctxs)のデータセットを生成するツールです。

XChainDataGenの主な特徴は以下の通りです:

  1. モジュール式で拡張可能なアーキテクチャ: 現在9つのクロスチェーンブリッジをサポート
  2. コマンドラインインターフェース: extract(抽出)とgenerate(生成)の2つのアクションが可能
  3. 構成ファイルによる初期化: データベース構成、データベースモデル、ブリッジ構成、RPC構成などを定義
  4. Extractor: 指定されたブリッジ、時間間隔、ブロックチェーンからデータを抽出
  5. Generator: 抽出されたデータに基づいてクロスチェーントランザクションを構築
XChainDataGenの基本的な使用例
// データの抽出
xchain-data-gen extract --bridge cctp --from 1672531200 --to 1704067200 --chains ethereum,avalanche

// クロスチェーントランザクションの生成
xchain-data-gen generate --bridge cctp

このツールを使って、研究チームは2024年の過去7ヶ月間に11のブロックチェーンに展開された5つのクロスチェーンプロトコルから35GB以上のデータを抽出し、280億米ドル以上を移動させた1100万件以上のクロスチェーントランザクションを特定しました。これは、クロスチェーンプロトコルの研究において画期的な成果と言えるでしょう。

分析対象のクロスチェーンブリッジ

XChainDataGenを使って分析された主なブリッジは以下の5つです:

1. Circleによるクロスチェーントランスファープロトコル(CCTP)

USDCのネイティブ転送を容易にするために設計されたプロトコルです。特徴的なのは、ソースチェーンでのトランザクションが完全に確定(ファイナリティ)するのを待ってから、宛先チェーンでの処理を行う点です。これにより高いセキュリティを確保していますが、その分レイテンシ(遅延)も大きくなります。

2. Chainlinkによるクロスチェーン相互運用性プロトコル(CCIP)

安全なクロスチェーン通信を確保するための多層アーキテクチャを採用しています。Chainlinkのオラクルネットワークを活用しており、信頼性の高いデータ転送を実現しています。

3. Stargate Finance(タクシーモード)

Layer Zeroの上に構築された分散型アプリケーションで、ブリッジの両側の流動性プールを活用してシームレスなクロスチェーンインタラクションを可能にします。「タクシーモード」は個別のトランザクションを処理するモードです。

4. Stargate Finance(バスモード)

「バスモード」はコストを削減するために設計されたクロスチェーントランザクションのバッチ処理メカニズムです。複数のトランザクションをまとめて処理することでコストを削減しますが、その分レイテンシが大きくなる傾向があります。

5. Acrossプロトコル

EIP-7683に沿ったクロスチェーンインテントを活用するプロトコルです。ユーザーの注文を即座に履行するために「ソルバー」と呼ばれるエンティティが競合し、後でオフチェーンインテント決済システムによって検証されます。

クロスチェーンプロトコルの比較分析

XChainDataGenを使った分析から、クロスチェーンプロトコル間のトレードオフが明らかになりました。主に以下の3つの観点から比較されています:

1. セキュリティ vs. パフォーマンス

CCTPやCCIPなどのプロトコルは、完全なファイナリティを待つことでセキュリティを重視し、その結果レイテンシが高くなります。一方、Stargate TaxiやAcrossなどのソリューションは、パフォーマンスを優先し、異なるセキュリティ保証でレイテンシを低く抑えています。

例えば、EthereumからAvalancheへのトークン転送を比較すると:

  • CCTP: 中央値レイテンシ約1,500秒(高セキュリティ)
  • Across: 中央値レイテンシ約300秒(低レイテンシ優先)

2. コスト構造の違い

各プロトコルは異なるコスト構造を持っています。CCIPはフラット料金制を採用していますが、Acrossはソルバーが負うセキュリティリスクを補償するために比較的高価になる傾向があります。

また、Stargate Busモードのようなバッチ処理メカニズムは、特にEthereumのような高コストのブロックチェーンでは、トランザクションあたりのコストを削減できる可能性があります。しかし、分析によると、すべてのバスの42.84%が1人のユーザーによって利用されており、実際の費用対効果には疑問が残ります。

3. L1/L2間の転送特性

L1(Ethereum、Avalancheなど)とL2(Base、Arbitrumなど)の間の転送特性も興味深い結果を示しています:

  • L1→L1転送: ソースブロックチェーンのファイナリティが重要な要素
  • L1→L2転送: L2の高速性により、宛先での処理が迅速
  • L2→L1転送: L1のファイナリティ待ちにより、全体的に時間がかかる
  • L2→L2転送: 両方のチェーンの高速性により、最も効率的な転送が可能

クロスチェーンインテントの可能性

特に注目すべきは、Acrossプロトコルが採用しているクロスチェーンインテント(EIP-7683)の影響です。このアプローチでは、ユーザーは複数のブロックチェーン間でトランザクションの詳細を直接管理することなく、クロスチェーンアクションを実行する意図を表明できます。

インテントが送信されると、「ソルバー」と呼ばれるエンティティのネットワークが競合し、宛先ブロックチェーンでユーザーの注文を即座に履行するためのコストを前払いします。これにより、ユーザーエクスペリエンスが大幅に向上し、処理速度も向上します。

ただし、このアプローチには流動性の課題があります。ソルバーがすべてのサポートされているブロックチェーンで十分な資金を持っていない場合、システムは実行遅延に直面したり、運用コストが増加したりする可能性があります。

今後の研究の方向性

XChainDataGenとそのデータセットは、今後の研究に多くの可能性を開きます:

  1. 詳細なセキュリティ分析: クロスチェーンエコシステムは過去に32億米ドルを超える損失を被っており、セキュリティ評価は重要な研究テーマです。

  2. ネイティブブリッジ vs. 一般ブリッジの比較: 特定のブロックチェーンペア向けに調整されたネイティブブリッジと、一般的なクロスチェーン通信プロトコルに基づくブリッジの比較も興味深いテーマです。

  3. ユーザー行動パターンの分析: トランザクション全体のユニークなデポジターとユニークなレシピエントの関係から、ユーザーの行動とクロスチェーンアクティビティの背後にある意図を明らかにできる可能性があります。

  4. データモデルの標準化: 現状では各プロトコルが非標準のアーキテクチャを持っているため、標準化されたイベントとデータモデルの開発が今後の課題です。

まとめ

XChainDataGenは、ブロックチェーンの相互運用性研究における重要なツールとして登場しました。このフレームワークを使って生成された大規模なオープンデータセットにより、クロスチェーンプロトコルのセキュリティ、コスト、パフォーマンスの比較が可能になりました。

特に興味深いのは、セキュリティとパフォーマンスのトレードオフや、クロスチェーンインテントベースのソリューションがもたらす新たな可能性です。これらの知見は、ユーザーが自分のニーズに最適なプロトコルを選択する際の参考になるでしょう。

ブロックチェーン技術が進化し続ける中で、相互運用性はますます重要になっています。XChainDataGenのようなツールとデータセットの登場により、この分野の研究と開発がさらに加速することを期待しています。

以上。

CryptoAI, Inc.

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