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画像の来歴を保証する:ロバストで公開検出可能な透かしの最先端

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画像の来歴を保証する:ロバストで公開検出可能な透かしの最先端

この記事は以下のカルフォルニア大学とGoogle DeepMindの論文をもとに書かれています。
https://arxiv.org/abs/2502.04901v1

TL;DR

生成AIの普及により、画像の真正性を検証する技術の重要性が高まっています。本記事では、画像に埋め込む透かし技術について、特に「ロバスト性」「偽造防止性」「公開検出可能性」の3つの特性を同時に満たす理論的可能性と実装上の課題を解説します。結論としては、理論的には可能だが、現在の深層学習技術では実用的な実装は難しく、画像埋め込みモデルの衝突耐性向上が必要です。

はじめに:透かし技術に興味を持ったきっかけ

最近、生成AIによる画像生成が当たり前になってきて、「この画像、人間が作ったの?AIが作ったの?」という疑問が日常的に生じるようになりました。特にブロックチェーン関連の仕事をしていると、デジタルコンテンツの真正性や来歴(Provenance)の保証は避けて通れないテーマです。

そんな中、画像の透かし技術(Watermarking)について調べていたところ、「ロバストで公開検出可能な透かしの構築の難しさ」という論文を見つけました。この論文では、画像の透かし技術の理論的限界について深く掘り下げており、特に暗号技術と機械学習の融合という観点から非常に興味深い内容だったので、一通りまとめてみました。

透かし技術の基本と3つの重要な特性

画像の透かし技術というと、昔からある著作権保護のための目に見える/見えない透かしを思い浮かべる方も多いと思います。しかし、生成AI時代の透かし技術には、以下の3つの特性が重要になってきます:

  1. ロバスト性(Robustness): 画像が圧縮、切り抜き、フィルター適用などの変換を受けても、透かしが検出できること
  2. 偽造防止性(Unforgeability): 権限のない人が有効な透かしを作成できないこと
  3. 公開検出可能性(Public Detectability): 秘密鍵を持たない人でも、公開鍵を使って透かしの存在を検証できること

現在の主要なアプローチとしては、以下の3つがあります:

  • メタデータベースの来歴: C2PA標準のように、画像に暗号署名とメタデータを付加する方法
  • 透かし: 来歴情報を画像自体に直接エンコードする方法(SynthID、Digimarc、Steg.aiなど)
  • 検索ベース: 既知の画像データベースと照合する方法

しかし、これらの既存手法は上記3つの特性を同時に満たすものがありません。メタデータは簡単に削除できるしロバスト性に欠け、従来の透かしは公開検出可能性や偽造防止性に課題があります。

ロバストで公開検出可能な透かしの理論

論文では、3つの特性を同時に満たす透かしスキームの理論的構築について検討しています。アプローチとしては、以下の3つの要素技術を組み合わせています:

  1. 暗号署名: 偽造防止のための暗号学的手法
  2. 事後透かし: 画像に情報を埋め込む技術
  3. ロバスト埋め込み: 画像の類似性を比較するための技術

具体的な構築方法は以下のようになります:

【透かしの埋め込み】
1. 画像から特徴を抽出し、ロバスト埋め込み e を計算
2. 秘密鍵を使って e に対する暗号署名 σ を生成
3. 署名 σ と埋め込み e を事後透かしとして画像に埋め込む

【透かしの検証】
1. 検証対象の画像からロバスト埋め込み e' を計算
2. 画像から透かしを抽出し、署名 σ* と埋め込み e* を取得
3. 公開鍵を使って署名を検証
4. e' と e* の類似性を確認

この方式は理論的には3つの特性を同時に満たすことが証明されています。暗号署名により偽造防止性と公開検出可能性を確保し、ロバスト埋め込みによりロバスト性を実現するという、なかなか巧妙な設計だと思います。

実世界での実装の課題

理論的には可能なこの方式ですが、実際に実装しようとすると以下のような課題があります:

1. コンパクトな暗号署名

透かしとして埋め込むためには、署名のサイズがコンパクトである必要があります。RSA署名は少なくとも3072ビット、ECDSA署名は少なくとも512ビット必要です。BLS署名はより小さいサイズ(384ビット程度)ですが、特殊な楕円曲線の選択が必要になります。

2. ロバスト埋め込み関数の実現

最大の課題は、ホワイトボックス設定(攻撃者がモデルの内部構造を知っている状態)での衝突耐性を持つ画像埋め込みモデルの構築です。現在の最先端の自己教師あり画像埋め込みモデルでも、敵対的攻撃に対して脆弱であることが判明しています。

つまり、攻撃者は視覚的に全く異なる2つの画像に対して、同じ埋め込み表現を持たせるように操作できてしまうんですね。これは透かしシステム全体の安全性を損なう重大な問題です。

3. 大容量の事後透かし

暗号署名とロバスト埋め込みの両方を画像に埋め込むには、高容量の透かし技術が必要です。これに対しては、以下のような解決策が考えられます:

  • 埋め込み表現の量子化による圧縮
  • 生成時透かしからの変換
  • ストレージの遅延(オフチェーン保存)
  • 安定した深層ハッシュの利用

今後の展望

論文の著者たちは、ロバストで公開検出可能な透かしの実現に向けて、以下のような研究の方向性を提案しています:

  1. 衝突耐性のある埋め込みモデルの開発: 敵対的攻撃に耐性を持つ画像埋め込みモデルの研究
  2. 効率的な暗号署名: 透かしに適した小さなサイズの暗号署名方式の開発
  3. 高容量透かし技術: より多くの情報を画質劣化なく埋め込める透かし技術の開発

個人的には、ブロックチェーン技術との組み合わせも興味深いと思います。例えば、透かしの検証結果をブロックチェーン上に記録することで、画像の来歴をより強固に保証できるかもしれません。

まとめ

生成AI時代において、画像の真正性を保証する技術はますます重要になっています。本記事で紹介した「ロバストで公開検出可能な透かし」は、理論的には実現可能ですが、実用化にはまだ課題が残されています。

特に、画像埋め込みモデルの衝突耐性の向上が最大の課題であり、この分野の研究の進展が待たれます。暗号技術と機械学習の融合という観点からも、今後の発展が楽しみな領域だと思います。

透かし技術は、デジタルコンテンツの信頼性確保のための重要な要素技術の一つであり、今後も注目していきたいと考えています。

以上。

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CryptoAI, Inc.

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