論文:先祖の経験を学ぶと、進化は加速する
概要
博士過程学生の中島さんの論文がPhys Rev Resに採択され公開されました:
論文
プレスリリース
本研究は、集団レベルの自然選択による生物の適応と、個体レベルでの学習による適応との関係にチャレンジした研究になります。
背景
環境への生物の適応を考えた時、2つの大きなメカニズムがあります。
一つは、集団内に形成された多様な形質や振る舞いを持つ個体群から、自然選択により適応的な形質を発現したものが選択され、集団として適応する進化的なメカニズム。
もう一つは、自身やその祖先の経験や試行錯誤などを元にして、よりより振る舞いや形質を選択する個としての学習によるメカニズムです。
この2つはそれぞれ進化生物学・脳神経科学でそれぞれ個別に長い間研究がされています。しかし実際の生物ではこの2つは共存しています。
例えば、進化的な適応が支配的だと考えられる大腸菌などでも、化学走性で過去の経験から学習がなされていることなどが示唆されています。
一方、個としての学習が支配的だと考えられる人間などでも、個の適応を仮定すると非合理に見える認知バイアスなどの振る舞いが知られています。これらは集団としての最適性を考えると説明しやすいものが多々あります。
にもかかわらずその関係性はこれまであまり研究がされてきたとはいえません。
この関連で様々な問がありえますが、今回は「個としての学習は進化を加速させることができるのか?」という問題を取り扱いました。
また、個の生存時間内での学習を扱うと、連続時間分枝過程など数学的道具が複雑化するので、ここでは祖先の形質を元に子孫がその形質の選択戦略を学習するという祖先学習の設定を扱いました(こうすると離散時間での解析で近似できる)。
結果:祖先学習は進化を本質的に加速しうる
進化的な適応を考えた時、学習を伴わないランダムな変異でも(いつかは)集団適応度を最大化する最適な状態に到達することは(多くの場合で)できます。
そこでここでは、学習により適応の速度が加速されるのか?、特にその加速には本質な改善があり得るのか?を調べました。
その結果、個々の個体が祖先の形質を真似る学習をすることで、集団適応度の1次勾配に沿った方向に適応してゆくことがわかりました。ランダムな突然変異は集団適応度の方向に依存しない0次の適応なので、祖先学習が進化的適応を本質的に加速しうることが証明されました。
また祖先学習は同世代集団内でのコミュニケーションを必要としません。
集団の通信無しに個々の学習だけで集団としての性質である集団適応度の1次勾配が推定できているのは非自明かと思います。
結果:学習速度と記憶のトレードオフ関係
また学習をする場合、どこまで過去の(祖先)情報を活用するか、という問題があります。上記の証明は、無限に過去の情報を活用できる極限で示されますが、それは現実的ではありません。
そこで有限時間記憶への理論の摂動を考えることで、学習率と記憶の長さに成り立つトレードオフ関係を導きました。
結果として、記憶の長さが短くなることで生じる影響は、祖先情報に基づく自身の振る舞いの更新(学習)を小さくすることで打ち消すことができることが示されました。これにより、記憶が短い状況でも上記の理論が成り立ちうることが示されました。
結果:拡張されたフィッシャーの基本定理
そして最後に、学習による適応の定量的な効果を調べる方法として、進化速度と集団のばらつきの定量的関係を結びつけるフィッシャーの自然選択の基本定理を拡張し、学習による進化速度の影響を解析する方法論を与えました。
今後の展望
このような理論を発展させてゆくことで、「人間のように個としての高度な学習はどう進化しうるのか?」、「個の学習と集団の進化はどう協調しえるのか」、逆に「学習と進化はどう競合するのか?」などの問題に接近することができるかと思っています。
また、工学的には進化的アルゴリズムに学習を組み合わせる、強化学習に進化的アルゴリズムを組み合わせる、などの方法が提案されていますが、そういった方法論を解析するために今後使えるのでないかと思っています。
おまけ
どうでもいいですが、生き残った系統(lineage)の祖先の振る舞いを真似る祖先学習は、まさに生存者バイアスに従った学習なのですが、集団としては案外生存者バイアスも悪くないというのが結論です
Discussion