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論文:生体の匂い探索戦略を紐解く新理論の構築

2022/02/17に公開約1,600字

博士課程学生の中村さんの論文がPhys Rev Resに採択され公開されました:

https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.4.013120

https://www.iis.u-tokyo.ac.jp/ja/news/3783/

背景

生体は、様々な化学物質の存在を手がかりに環境を探索します。哺乳類の匂いによる餌や外敵を探索はその1例ですが、微生物や免疫細胞も環境化学物質の濃度勾配を高感度に感知し、自身の運動を制御することで餌や外敵を探索・接近・回避することができます。

この論文に先行する結果として、中村さんは最適フィルター理論を用いて高ノイズ環境下で濃度勾配を最適に感知する機構を理論的に予測し、それが大腸菌がもつ匂い感知の反応ネットワークと一致することなどを明らかにしています:

https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.126.128102

しかし餌に接近したり外敵から逃げたりするには、感知をした後、自身の運動を制御する必要があります。感知に制御が組み合わさると、感知に基づく制御により感知すべき情報が変化する、という形で循環構造が生じ、最適な感知と制御がどのように整合するのかなど、非自明な問題が多々生じます。

結果:最適制御理論による最適な探索行動戦略の導出

この研究では、部分観測マルコフ決定過程と最適確率制御理論を組み合わせ、最適な感知と運動制御の関係を導く方法論を構築しました。

制御理論は工学で発展し実質的に活用されてますが、その中心は線形系になります。また最適制御では2次制御コストを主に用います。
しかし生物のシステムは非線形で制御コストも2次ではかけず、そもそも実際にコストの具体的な形状があまり良くわかりません。そして生物の制御は決定的には実現できず確率性が入ってきてしまいます。

この数理的課題を、非線形な最適制御に近年強化学習などで注目をされているKullback-Leibler(KL)コストを点過程による運動制御の表現に組み合わせ克服しています。
KLコストは、システムの非制御状態の確率的な振る舞いと制御後の確率的振る舞いの間の経路確率の差をKL情報量で測りコストとします。
非制御状態から確率的に大きくバイアスした振る舞いを制御により実現するとより大きなコストがかかる、という自然な要請を表現し、またもともと非常に確率的な生物系と相性が極めて良いです。
KLコストは数理的には最適化問題へのエントロピー正則化として機能するので、非線形でmaxなどを含むベルマン方程式の解の性質を熱力学的な変分公式などを活用して捉えやすく変形できるどの恩恵もあります。

結果:生物の探索行動の最適性の議論への応用

加えて感知と制御の分離則も今回扱う問題では成り立つことを示しました。これは感知だけに着目して最適フィルターから導いた結果が、そのまま制御を含めた状況にも適用できることを示しています。制御を考えることで、フィルターだけの場合には不十分だった応答関数の性質を自然に説明できるようにもなりました。

今後の展開

システム生物学の黎明期から制御理論を生物の問題に活用しようという機運はあったのですが、制御理論の主流は、決定論・線形性・2次的なコスト関数などの性質に依存しているため、期待よりうまく行きませんでした。またそもそも制御は制御方法を導く理論で、すでに制御が成立しているシステムを解析する方法論を与えない、という問題もあります。

今回これらの問題を解決してゆく筋道を、この研究で構築できたのでないかと思っています。
今後は更に、制御で使えるメモリーや自由度などのリソースに制限がある場合をどう扱うか、より動的な情報や探索をどう扱うかなどに発展できると考えています

Discussion

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