自然科学における方程式の因果関係について
概要
この記事では、自然科学分野における数式の見方、具体的には数理モデルが有する因果関係の読み解き方について、当たり前のことをあえて言語化してみたいと思う。
自然科学分野、中でもとりわけ物理学では、自然界を記述するための言語として数学を使用するが、往々にして煩雑な計算の海に溺れてしまった方も多いと思う。
これは、現象の記述という目的を達成するために、数式という手段を用いて現象を定量的に評価するという、一連の流れが見えなくなってしまうことが一因としてあるのではないかと考えている。
著者も学生時代、解析力学や電磁気学の授業において、非常に煩雑な計算に苦しんだ経験があるが、当時のことを思い返すと、それは板書や教科書に書かれている数式を追いかけることが目的になっていたからなのではないかと今になって思う。
そこで今回、物理学の各種方程式を例に取って、方程式の持つ構造について、解剖していきたいと思う。
本記事を通して、自然科学で取り扱う方程式たちがどのような構造をしているのかについて、初学者の学習の一助となれば幸いである。
方程式の因果関係について
まず始めに、本記事を通して最も主張したいことをここに示す。
- 自然科学に現れる方程式は、考えている対象の因果関係を表現している。
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左辺が結果を、右辺がその原因を引き起こす原因に対応する
- (結果) = (原因1) + (原因2) +...
これは一体どういう意味なのだろうか。
例えば、熱力学第一法則を例に考えてみよう。
熱力学第一法則とは、系の内部エネルギーを
この等式において、左辺が結果、右辺が原因という見方を適応してみよう。
そうすると、上記の方程式は、「今考えている系の内部エネルギー変化という結果は、系が開会に対してした仕事という原因1と外部から系に流入する熱エネルギーという原因2に起因する」という風に言語化することができる。
このように、因果関係を意識して方程式を眺めると、方程式を言葉でもって理解しやすくなるのだ。
ある現象の法則を数式化する行為を数理モデリングというが、数理モデリングにおいては、解明したい現象の因果関係を実験により洗い出し、それらを次元が整合するように数式に仕立て上げる必要がある。
この際にもいきなり数式の構築から入るのではなく、まずは因果関係を言語化するところからスタートすることが重要であると考えている。
先ほどは熱力学第一法則を例にとったが、他の例も同様に考えてみよう。
例えば、真空中のMaxwell方程式を見てみよう。
真空中のMaxwell方程式は次の4つから構成されるのであった。
- Gaussの法則
\nabla \cdot \bold{E} = \frac{\rho(\bold{r})}{\epsilon}
- 単磁化に関する法則
\nabla \cdot \bold{B} = 0
- ファラデーの法則
\nabla \times \bold{E} = -\frac{\partial \bold{B}}{\partial t}
- アンペールの法則
\nabla \times \bold{E} = \mu_0 \bold{j}(\bold{r}) + \frac{1}{c^2}\frac{\partial \bold{E}}{\partial t}
方程式の因果関係を言語化すると、以下のように書き下せる。
- Gaussの法則
- 電場の湧きだしという結果は、空間に分布する電荷密度という原因によって引き起こされる。
- 単磁化に関する法則
- 磁束密度の湧きだしという結果を引き起こす原因は存在しない。
- ファラデーの法則
- 電場の回転という結果は、磁束密度の時間変化という原因によって引き起こされる。
- アンペールの法則
- 磁束密度の回転という結果は、電荷の運動という原因1と電場の時間変化という原因2によって引き起こされる。
このような解釈は上記の例のみならず、古典力学、電磁気学、熱力学、統計力学、量子力学等においても適応可能である。
他の例についても以下に記す。
- 運動の第二法則
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\frac{d^2}{dt^2}\bold{x}(t) = \bold{F} - 物体の加速度という結果は、その物体に作用する力という原因に起因する。
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- 熱力学的エントロピーと熱の関係
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dS = \frac{dQ}{T} - 系のエントロピー変化という結果は、その系へ流入する熱エネルギーという原因によって引き起こされる。
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- Boltzmannの原理
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S = k_B log W - 統計力学エントロピーという結果は、系の微視的状態の総数という原因によって生じる。
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- Hubbardモデルのハミルトニアン
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\hat{H} = -t\sum_{<i,j>}(\hat{c}^{\dagger}_{i} \hat{c}_{j} + c.c) + \frac{U}{2}\sum_{i}\hat{n}_i - 強相関電子系のエネルギーは、電子のホッピングによる運動エネルギーという原因1と同一サイトに存在する電子間相互作用という原因2によって生じる。
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まとめ
自然科学で取り扱う方程式は、単に数学記号の羅列ではなく、考えている対象系の物理量についての因果関係を示したものであり、左辺が興味のある現象の結果、右辺がその結果を引き起こしている原因に相当する。
今後、演習の授業等で何かしらの問題を解く際に、その方程式が持つ因果関係を意識しながら臨むと、幾分か計算を解くモチベーションが湧いてくるかもしれない。
Discussion