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GANSUで始める量子化学計算:RI近似に対応。大規模分子も高速計算可能に、最大21倍の高速化を達成

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GANSUがRI近似に対応:大規模分子も高速計算可能に、最大21倍の高速化を達成

GPUを用いた量子化学ソフトウェア「GANSU」は、新たに RI近似 (Resolution of the identity approximation) に対応しました。これにより、従来は困難だった100原子を超える大規模分子のHF計算が、高速かつ省メモリで可能になりました。

https://github.com/Yasuaki-Ito/GANSU

本記事では、RI近似の簡単な解説とともに、GANSUでの実装戦略、そして PySCF に対して 最大21倍の高速化を達成したベンチマーク結果をご紹介します。

RI近似(密度フィッティング)とは?

量子化学計算における最大のボトルネックの一つが、2電子積分(4中心積分)の計算です。基底関数がM個あると、積分数はO(M^4)、メモリ使用量もO(M^4)となり、大規模分子では計算・記憶ともに現実的ではありません。

RI近似は、この問題を解決するための近似手法です。RI法では、2電子積分を以下のように2中心と3中心積分で近似します:

(\mu\nu|\lambda\sigma) \approx \sum_{P,Q} (\mu\nu|P)(P|Q)^{-1}(Q|\lambda\sigma)

ここで P, Q補助基底関数(auxiliary basis functions) を表します。

この近似により、メモリ使用量がO(M^4) \rightarrow O(M^3)まで大幅に削減されますMは主基底関数数、補助基底数(\approx M)とした場合)。

GANSUでのRI実装:高速化と省メモリを両立

GANSUでは、以下のような設計でRI法を実装しました:

  • (\mu\nu|P)の3中心積分を GPU 上で並列計算
  • (P|Q)の2中心積分を GPU 上で並列計算

RI法の導入により、これまで扱えなかった大規模分子にも対応可能となり、計算効率が大きく向上しました。

ベンチマーク結果:最大21倍の高速化、177原子分子で約10倍

以下のグラフは、複数の分子についてRHF計算を実行した際の、SCF収束までの実行時間(秒)を示しています。比較対象として、Pythonベースの量子化学パッケージ PySCFを含めています。

測定環境:NVIDIA A100 + Intel Xeon Gold 6338
使用基底:sto-3g(主基底)、cc-pVDZ-RI(補助基底)
初期値推定:Superposition of Atomic Densities (SAD)
RHF計算、DIIS収束までの時間を測定

このように、最大21倍の高速化を達成しつつ、100原子を超える分子でも1分もかからず計算が可能になりました。

今後の展望

GANSUのRI対応はまだ始まったばかりです。今後は以下のような機能の拡張を予定しています:

  • RI-MP2 の実装(ポストHF法への拡張)
  • RI-CCSD、RI-CISDなどの実用レベルでのGPU化

まとめ

  • GANSUはRI法の導入により、PySCF比で最大21倍の高速化を実現
  • 特に大規模分子(177原子)でも約10倍の高速化と10数秒の実行時間を達成
  • メモリ使用量も大幅に削減され、現実的なGPUでも実用計算が可能に
  • 今後はRI-MP2などポストHF法への展開を予定

https://zenn.dev/comp_lab/articles/29e73268f402b6

広島大学コンピューティングラボ

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