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[AIと経済学]でもっとよくなる保育政策からはじめるマーケットデザイン

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きっかけ

以前よりプレスリリースなどで目にしていたCyberAgent AI LabのEBPM文脈での成果が書籍となったと耳にし、[AIと経済学]でもっとよくなる保育政策を予約注文した。マーケットデザインという手法がサイエンス的にも社会実装の過程も含めて興味深かったため読書メモを兼ねてここに記したい。

マーケットデザインとは

マーケットデザインとは経済学を端を発する学問領域であり、「与えられた『制度・市場=ゲームのルール』のもとで人々がどう行動するか」 についてを体系立てたアプローチがゲーム理論だとしたら、その逆、「人々にとって望ましい結果を得るにはどのような『制度・市場=ゲームのルール』をデザインすればよいか」 というような理論を社会実装する工学的な領域。
(説明は書籍でも紹介のあったUTMDのHPを参考にした)

https://www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp/about/market-design/

応用分野としては、マッチング問題が発生するような人材配置、マッチングアプリなど意思を持つ主体(ヒト・企業など)が損得勘定を持ちながら何かしらの主体(企業・行政・アプリなど)から天命を待つ・受け取るようなタスクに有効な分野の印象だ。マーケットデザインの背景にはマッチング理論が存在するが、書籍で伝説の経済学者と紹介があった小島氏の説明を別記事で発見したので置いておく。

小島氏はマッチング理論について、「さまざまな好みを持つ人々同士をどのようにマッチさせ、限られた資源をどのように人々に配分するかということを研究する理論」と説明する。

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00351/072500092/

また、マッチング理論と双璧をなすのがオークション理論であり、マーケットデザインはこの2分野に大分されるようだが本稿はマッチリング理論のみを対象とする。

マッチング理論

書籍が保育所への児童割当て・マッチングの例で話されているのでそれを踏襲しながら説明する。ところどころ、保育園、保育所、園などいろいろ呼称が存在するが文脈で使い分けているだけで、すべて同じ意味で使っているためご留意いただきたい。

よい割当て・マッチングとは

では、よいマッチングとはなにか。

  • 個人合理性

    • 参加者が「無配属の方がマシ」と思うような園に配属されていない
  • 非浪費性

    • 「空き枠がある園」に対して「その園を好む生徒」がいるのにも関わらず空き枠を許すようなムダがない
  • 公平性

    • 「自分より優先指数[1]の低い生徒」が「自分の希望を出している園」に配属されている状況が起きない

これら3条件(個人合理性・非浪費性・公平性)をすべて満たす割当てが、
「安定マッチング(stable matching)」 と呼ばれ、よいマッチングとされるらしい。確かに直観的にも納得できる。そして、これを満たすものを見つけようとするとマッチングさせたい主体が多くなればなるほど組合せ爆発が発生するため、いろいろ頑張って解くためのアルゴリズムが発達したというわけだ。

この手のマッチングは誰しも一回はバイトのシフトの希望を考えたり、なんやかんやで考える場面は人生であると思うが、それには以下で挙げるようにいろいろ名前がついているよう。

代表的なマッチングアルゴリズム

ここでは、児童と保育所は1:1でマッチングさせる場合を考える(児童2人以上を保育所に入れる場合などを考えない)

  • 受入即決方式(ボストンアルゴリズム)
    • アルゴリズム
      1. 各児童は第一希望の保育所に申し込み、各園は優先指数を降順に並べ、上から定員まで受け入れマッチする
      2. マッチしていない児童は第二希望があればその保育所に申し込む。各園は優先指数を降順に並べ、残り定員まで受け入れマッチする
      3. 第三、四・・・と繰り返す
    • 問題点
      • 公平性が保証されない
        • 自身より低い優先指数の家庭が、自身の希望していた保育所に入れてしまい不公平感を感じる場合の解が発生する
      • 耐戦略性がない
        • 本当はいきたい園の優先順位を下げ、確実に入れそうな園を書く戦略を児童・世帯側がとれてしまう(現状の保育現場の現状はこれらしい)
  • 逐次独裁方式
    • アルゴリズム
      • 優先指数の高い児童から順番に、空き定員の残っている保育所のうち当該児童が入園を希望する場合は、そのうち最も希望順位の高い保育所と当該児童をマッチさせる
    • うれしさ
      • マッチングしたい対象が1:1であれば安定マッチングを保証される
    • 問題点
      • 保育所側が運営上望ましい児童・世帯に点数を加点する行為を考慮できない[2]
  • 受入保留方式(DAアルゴリズム)
    • アルゴリズム
      1. 各児童は第一希望の保育所に申し込む。各保育所は各園の優先順序(指数)に基づいて、定員に達するまで順に応募児童を保留する。保留されなかった児童はステップ2へ。
      2. 保留されておらず、まだ応募していない希望保育所のある児童がいる場合、その児童は未応募園のうち最も希望順位の高い園に申し込む。各保育所は各園の優先順序(指数)に基づいて、ステップ1での保留児童と新規応募児童のうち上から順に定員に達するまで児童を新たに保留とする。保留されなかった児童はステップ3に進む。
      3. ステップ2を保留されておらず未応募の希望保育所のある児童がいる限り繰り返す
      4. 終了時点において保留されている保育所がある児童は、その保育所とマッチさせる。それ以外の児童はマッチなしとする。
    • うれしさ
      • マッチングしたい対象が1:1であれば安定マッチングを保証される
      • 耐戦略性がある(点数だけを信じて希望を書けばいい感じになるから)
    • 問題点
      • 保育現場に適用するにはより複雑な制約に対応する必要がある
        • 児童側のきょうだいの同時申込
        • 児童側の転園希望
        • 保育所側の異年齢間の定員共有
        • 児童側の優先指数同点への対応

どうやらDAアルゴリズムが一番よさそうだが、児童・世帯と保育所が1:1でマッチングする場合に限ってはの話である。これは上記の問題点で挙げたとおり、保育現場のニーズとは乖離したものであるそう。それを解決したのが本書で紹介されていたシステムのコア技術であるAAAI2024採択の研究成果みたい。この論文の数式を追いたい気持ちがあるものの、それはまたの機会にする。

マッチングアプリを想定した参考になりそうな説明(逐次独裁方式は除く)
https://developers.cyberagent.co.jp/blog/archives/37708/

雑感

科学的なアプローチを根気よく社会へ実装していく姿勢にかなり刺激を受けた。私も「人々が快適に街を行き交う仕組みづくりの構築」を目指していることもあり、マーケットデザインやEBPMという言葉に惹かれて本書を手に取った。その中で胸熱メッセージだった「おわりに」の文章を引用し、自身を鼓舞する。

アカデミアを含めて厳しい競争社会であるわが国において、1人ひとりの生存や自己実現のために成果を主張することは、全面的に否定はできない。しかし、株式市場のノイズやSNSのトピックとして費消され、実態を何も変革しない「お話としての社会実装」が資源を空費し続けていることに、そろそろ世の中は気づき始めている。
~中略~
社会実装という取り組みの持続可能性のためにも、課題に向き合うことを第一に考え、ステークホルダーと意を同じくしたプロジェクトをやりきる精神性を、われわれは持つべきではないかと考えている。

https://note.com/keisemi/n/n9b6bdcabc9fd

書籍としても数式はまったく存在しないため、ユーザフレンドリーな書き方。AIはもちろん経済学の知識が乏しくともすべて用語を丁寧にわかりやすく例示を用いて解説されているため、EBPMを実践したい行政・事業者であればだれでもおススメできるケースだった。また、EBPMの実践の章では仮説→検証→実行→効果検証→次の課題提起のサイクルを追体験できるような書き方で「ほんと?」と思いながら読んでいるとその回答がでてくる読み心地で気持ちがよかった。(都合の悪い話もごまかさず書かれていて気持ちよかった)
本稿ではマッチング理論・マーケットデザインについてに焦点を当てたが、保育現場においてどのような課題が存在し、どのようにその課題に向かい合ったかの”汗”の部分は本書を読んでいただければ感じることができるはずだ。

私的に気になった点は以下

  • 原則年間1回のみ行われる保育園の割り当て業務を効率化することで得られる行政側の便益をどう首長や議会に説明し、予算を付けてもらう動きをしているのか
    • 研究のアウトリーチとしてはこれまでない成果だが、ビジネスインパクトや戦略的な建付けが気になった
    • 行政システムでの実績をつくり、さらなるドメインへの適用を見据えているように感じた
  • p.221保育所利用調整で直面する実装上の問題においてあげられている問題に対する対応は現状どのように暫定的に対処しているのかの言及がなかった
    • 3人以上の兄弟{a,b,c}がいた場合、{a,b}は一緒の施設へ{c}は別がよい場合など紹介されていたアルゴリズムでは考慮できなさそうな問題についてどう対処しているのか
    • そこを超えられなければ導入しないと言い出す自治体も存在しそう
脚注
  1. 保育園割当てには行政側で児童・世帯に対して優先指数が割り振られている ↩︎

  2. 兄がすでに保育所に通っており、その弟を優先して選択したい場合など ↩︎

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