良いコードレビューとは何か:その3「心理的安全性を壊さないレビュー文化」
たとえ技術的に正しい指摘であっても、その言葉(テキスト)がチームの雰囲気を壊してしまうことがあります。コードレビューは、コードを良くするためのものであると同時に、チームの信頼関係を育てる場でもあります。しかし現実には、レビューコメントがトゲのある表現になってしまったり、立場によって萎縮や遠慮が生まれたりと「レビューがチームの溝を深める原因」になるという残念なケースも少なくありません。
本記事では、レビューにおける心理的安全性にフォーカスし、どんな言葉が人を傷つけるのか、どうすれば健全なやりとりができるのかを、具体例とともに掘り下げていきます。
心理的安全性が損なわれるレビューとは?
コードレビューにおける心理的安全性とは、「自分の書いたコードを安心して出せること」「意見を出しても否定されないという安心感」がある状態を指します。この安全性が損なわれると、メンバーは萎縮してしまい、レビューが「形式的な儀式」になってしまいます。具体的に、どんな場合にそう感じられるでしょうか。
- 上から目線・断定・攻撃的表現
- 気を遣いすぎて何も言えない
- 「誰が言うか」に依存しすぎ
上から目線・断定・攻撃的表現
最もわかりやすいのは、命令口調や断定的な言い方です。たとえば、こんなコメントを受けたらどう感じるでしょうか。
- この書き方はおかしい。直してください
- どうしてこんな設計にしたの?
- こんなコードじゃ通らないよ
たとえ指摘内容が正しくても、このような言い方では、言われた方は人格まで否定されているように感じてしまうでしょう。また、コメントに皮肉が混じると、受け手は「馬鹿にされている」と感じます。レビューはコードに対して行うものであって、人を攻撃するものではありません。この基本が崩れると、どんなに技術的に正しい指摘であっても、対話としては破綻します。
ただし、プログラマーは自分のコードに対して誇りがあり、ときに人格と同質化します。そのため、コードを指摘したつもりであっても、受け手は「自分を否定された」と感じることがあります。だからこそ、レビューコメントは心理的安全性が担保されていなければなりません。
気を遣いすぎて何も言えない
一方で、「気を遣って、正しくレビューができない」状態もまたよくありません。たとえば、コードに問題があると気づきながら「自信がなさそうだし、あまり言わないでおこう」とスルーしてしまうケースです。また、上司や先輩エンジニアのコードに対して「逆らいにくいから黙ってApproveを押す」といった行為が挙げられます。
これは一見すると優しさのようですが、フィードバックの機会を奪っているとも言えます。心理的安全性とは「優しくすること」ではありません。本来の安全性とは、「指摘してもいい」「受け取っても大丈夫」という相互の信頼関係がある状態です。指摘しないことは、ときにチームの学びや改善を止めてしまい、馴れ合いの温床になりかねません。
「誰が言うか」に依存しすぎ
人によってレビューの軽重が違う、“人ベースのレビュー評価”があるチームは注意が必要です。発言力のある人の意見は重く見られ、若手や新メンバーのレビューは軽んじられるといった具合です。この状態が続くと、「結局、自分が言っても意味がない」「どうせ最後は◯◯さんがOKと言わないといけないし」となり、健全なレビューの土台が崩れていきます。
レビューにおいて重要なのは、「そのコメントが誰から出たか」ではなく、「何を指摘しているか」です。チームとして、レビューの価値を最大化するには、立場や経験年数に関わらず意見を歓迎する空気が欠かせません。
心理的安全性はレビュー文化の土台
レビューは「コードの品質を高めるため」だけでなく、「メンバー同士が技術的な信頼を築くプロセス」でもあります。だからこそ、どんな言葉を使うか、どう伝えるかが問われます。
怖くて何も言えない、言われたくなくてレビューを出せないといった状態は健全とは言えません。そうした空気が生まれていると感じているならば、技術的な対策よりもまず先に見直すべきなのは、チームの根底にある安全性・信頼性かもしれません。
心理的安全性を保つためのレビュールール
心理的安全性は「誰にでも自然と備わるもの」ではありません。チームの中で意識的に育て、守る必要があります。特にコードレビューの場では、レビューコメントの内容や形式が、受け手の感じ方に大きな影響を与えるのは前述した通りです。
ここでは、心理的安全性を守るために、具体的に実践できるレビュールールを紹介します。
1. 指摘は“人”ではなく“コード”に対して行う
2. “まず意図を理解する”質問から始める
3. 「納得しやすい流れ」を意識する
4. 表現の“柔らかさ”も意識する
1. 指摘は“人”ではなく“コード”に対して行う
レビューの基本中の基本ですが、忘れられがちなルールです。たとえば、過去に指摘した内容が再度出てきたとき、どう指摘すればいいでしょうか。
- 悪い例「あなたはまた同じミスをしている」
- 良い例「この部分は、前にも類似の指摘をした覚えがあります。〜の部分に注意して修正してください」
両者の違いとして「あなた」の有無があります。「あなた」という単語を使うと、「あなたが悪い」と受け取られかねません。後者のようにコードという事象にフォーカスし、個人攻撃は避けましょう。
2. “まず意図を理解する”質問から始める
コードの書き方が自分の想定と異なっていたとき、すぐに「これはおかしい」と決めつけていないでしょうか。実は、背景にある理由や制約を知らないだけかもしれません。詳細な要件は担当者のほうが理解していることが多いので、まずはその意図を尋ねることが大切です。
- 悪い例「この設計はよくない。こうした方がいい」
- 良い例「この構成にした理由は何かありますか。テストしやすさなどを意図されているのかなと思いました」
まずは相手の意図を聞きましょう。その一手間で、レビューが“指摘”から“対話”に変わります。
3. 「納得しやすい流れ」を意識する
レビューコメントは、ただ正しければいいわけではありません。読んだ人が「なるほど、そうか」と納得できるかが大事です。そのために意識したいのが、コメントの構成です。
- 背景・文脈
- 問題点の指摘
- 代替案や提案
たとえば、以下のようにレビューを書いてみるのはどうでしょうか。
「この処理は複雑なループ構造になっていて、初見ではコードを追うのが難しい印象でした。パフォーマンス的な意図がある場合はその旨をコメントに残すか、可能なら関数に切り出すと可読性が上がると思います」
このように相手の理解をサポートする構成を意識してコメントしましょう。そうすれば受け手の防御的な反応を避け、建設的なやりとりが生まれます。
4. 表現の“柔らかさ”も意識する
レビューでは、言葉のトーンが非常に重要です。文末を少し変えるだけで、印象がまったく違ってきます。
- 「直してください」→「〜の方が良さそうに思えますが、どうでしょうか?」
- 「この命名は変です」→「この命名は少し意図が読み取りづらかったので、〜のような名前だと意味が伝わりやすいと思います」
「過度な遠慮」は不要ですが、「トゲを取る」ことは大事です。主張は変えずに、伝え方を工夫する。それだけで、レビューの受け止められ方は大きく変わります。
レビューコメントは“仕組み”で洗練できる
心理的安全性を守るレビュー文化は、一人の心がけだけでは成立しません。チームとしてルール化して共通言語にしておくことで、属人性を取り除いて、安心して意見を出せる土壌が生まれます。
ルールを明文化やテンプレートの準備、定期的な見直しを行うことで、レビューコメントの質は向上します。そうした取り組みが、レビューを単なる指摘の場から、学びと信頼の場へと進化させてくれます。
チームで育てるレビュー文化
心理的安全性のあるレビューを実現するには、個人の努力だけでは限界があります。チーム全体で「どういったレビューが望ましいか」を共有し、継続的に育てていく文化が大事です。
ここでは、レビュー文化をチームで育てるための具体的な工夫を紹介します。
1. オープンに話せる場を意図的につくる
レビューに対してモヤモヤしていることや、「こうしてほしい」という希望があっても、それを表明・共有できる機会がなければ改善は進みません。そこで実施したいのが、レビューに関するフィードバックや悩みを定期的に話せる場作りです。
- チームミーティングで、月1回「レビューに関するふりかえり」を行う
- レビューでの良いコメント例をシェアする
- 逆に「これはちょっと言い方がきつかったかも」と思うコメントも素直に共有する
こうした場があることで、レビューが「個人間の閉じたやりとり」から「チームで改善していくもの」に変わっていきます。
2. 指摘されたときの“感謝”を表す文化
レビューを受けたとき、「ありがとうございます」と伝える文化があるかどうかは意外と重要です。
フィードバックというのは、エネルギーを使う行為です。的確なコメントを書くために、コードを読んで考え、丁寧に言葉を選ぶ必要があります。それだけに、受け取り側もその努力を理解し、感謝の気持ちを表すことが大切です。最初に「ありがとうございます」と一言添えるだけで、レビューを出す側は「自分の意見が受け入れられた」と感じ、次回も積極的にコメントしようという気持ちになるでしょう。
もちろん、「毎回お礼を言え」という話ではありません。ただ、「良いレビューだったな」と感じたら、その気持ちを表に出しましぃう。それだけでチームの雰囲気は大きく変わります。
3. 新人や非エンジニアにも“安心してレビューできる”体験を
新人や異動したばかりのメンバーにとって、レビューは最初のアウトプットであり、コミュニケーションです。そこで冷たくされたり、何も言ってもらえなかったりすると、「このチームでは意見を言うことが許されていないのか?」という不安が残ってしまいます。
特に最初のうちは、以下のような配慮があると安心感につながります。
- ここはこうするとより良くなります。あくまで参考までに!
- 丁寧に書かれていて読みやすかったです。初レビューお疲れさま!
ちょっとしたポジティブなコメントが、その人がレビューを出し続けるための“支え”になるでしょう。
レビューは“文化”として続けるもの
レビューは一度導入したら終わりではありません。メンバーが入れ替わり、チームのフェーズが変われば、レビューのあり方も見直していく必要があります。
「レビューはこうあるべき」という正解を一つに絞るのではなく、レビューを続けていく中で「自分たちに合ったレビュー方法」を見つけ、育てる姿勢こそが、チームの文化につながっていきます。
心理的安全性を守るレビュー文化は、日々の積み重ねからしか生まれません。だからこそ、チーム全員が意識して育てていく価値があります。
まとめ
コードレビューは、単なる品質チェックの仕組みにとどまりません。メンバー同士が信頼を築き、学び合うための場でもあります。どれだけ技術的に正しくても、伝え方ひとつで信頼は揺らぎます。逆に、丁寧な言葉とチームメンバーへのリスペクトがあれば、レビューはチームを育てる強力な文化になります。
「どう書くか」だけでなく、「どう伝えるか」「どう受け取るか」を意識すると、レビューはもっと前向きで、建設的なものになるはずです。また、レビューには正解はありませんので、チーム内で共通認識を作り、独自の文化を育てていってください。
おまけ:CodeRabbitの活用
CodeRabbitはAIコードレビューサービスで、GitHubやGitLabと連携してPRに対して自動的にレビューを実行します。開発者はCodeRabbitからの指摘を確認し、修正を行うことで、コードの品質を向上できます。最近リリースされたCodeRabbit for VSCodeを利用することで、ローカルでのレビューも「無料で」可能になりました。
ぜひ、CodeRabbitを活用して、コードレビューの効率化と品質向上を図ってください。
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