ソケット式なErgoDashを組み立てた話
はじめに
「弘法筆を選ばず」という言葉がありますが、職場のとてもすごいエンジニアにどんなキーボードを使っているか聞くと「知らんけどなんか安いやつ」とかいう答えが返ってきて、ことわざの普遍性を痛感します。しかしながら、未だ弘法へと至れない私のような人間にとっては、やはり筆は選んだほうが作業効率は上がります。上がってほしい[1]。
そんなわけで、ボーナスの時期ということもありまして、エンジニアにとっての筆であるところのキーボードを見直すことにしました。
この記事では、なぜキーボードを作るに至ったか、どのような観点でキーボードを選定したか、キーボードを組み立てる上でトラブったことなどをまとめます。
背景
現在使っているキーボードは、Realforceの英語配列テンキーなし版です。学生時代に買ったこのキーボードはとても気に入っているのですが、いくつか不満な点もありました。
日本語/英語の切り替えが1キーでできない
これはほとんどの日本語圏在住英語配列キーボード利用者が抱える問題だと思いますが、英語配列キーボードでの日本語/英語切り替えは「Alt+`」の同時押しが必要です。コーディング中はほとんど気にならなくても、それ以外の業務となるとこの操作が非常に面倒くさいです。Altがうまく押せてなくて`だけ入力されていたり。かと言って、英語配列の素晴らしさ[2]を知ってしまうと日本語配列に戻るなんてのはもってのほかです。IMEの設定等で対処している方もいるようですが、業務と私的利用合わせて複数のPCを扱うため、できればハードウェア的に何とかしたい問題でした。
キーキャップの変更ができない
世の中にはオシャレでカッコいいキーキャップが溢れていますが、Realforceは独自のキーキャップ軸を採用しているため、一般的なCherry互換軸用キーキャップは使えません[3]。少し手を加えることで対応させることもできるにはできるようですが、キーボードを分解する必要があったりで、お高いRealforceにはちょっとためらってしまいます。
そもそも普通の配列が合わないかもしれない
これは純粋に私がアホなのですが、十数年PCを弄ってきてそれなりにタイピング速度も早くなりタッチタイピングができるようになっても、未だにそこそこの頻度でキーを打ち間違えます。なんでキーが横にズレてんの?
キーボードの選定
さて、そんな少しの不満を解決するのと、電子工作したい欲を解消するために、キーボードを作ることにしました。別に解決策を探していたらたまたま自キーに出会ったというわけではなく、普通に前々から気になっていたのでこれを言い訳きっかけに自作を決意しただけです。なので、ぶっちゃけ前の章で書いたことは割とどうでもいいことでした。
そういうわけで、どんなキーボードがいいかを選びました。選定にあたって重視した要件は次のとおりです。
- 組み立て難易度は問わない
- キー数は少なすぎないこと。数字列は一応欲しい
- キーレイアウトはRow Staggered以外
- 親指でEnterキーとか押したい
- 分割式
分割式にしたい理由は、第一にカッコいいからです。と言っても別にそれだけではなく、1日の大半をPCの前で過ごすことが多いので、肩が凝りづらいという分割式のメリットに魅力を感じた点も大きいです。
秋葉原に足繁く通い、遊舎工房さんで実際に見て触って色々調べまくって2~3ヶ月、最終的に候補を2つまで絞り込みました。
ErgoArrows
上記要件をすべて満たしたキーボードです。独立した矢印キーを備えているのが特徴で、通常のキーボードと同じ感覚で矢印キーを打てるのが魅力です。
ErgoDash
こちらも上記要件をすべて満たしたキーボードです。親指有り版だと親指キーがErgoArrowsより充実しているのが魅力です。キー配列のカスタマイズ性の高さも特徴です。
最終的には当時ErgoArrowsの在庫が無かったため、ErgoDash親指有り版を購入しました。
キーボードの組み立て
細かい組み立て手順は公式ビルドガイドやその他ブログ等の記事が非常に参考になりますので、ここでは割愛します。
組み立てにあたって追加で購入したパーツは以下の通りです。
- キースイッチ
- Halo True 110個:好みの重めタクタイルでめっちゃ安かったので。110個なのは初回割引が効いて90個と値段変わらなかったからです。
- NovelKeys x Kailh BOX Thick Clicks Jade 2個:アクセントに。
- キーキャップ
- ソケット
- Digi-Key販売ページ:ErgoDashは普通のキースイッチ用ソケットには対応してないので、キーをホットスワップ対応にするためにいわゆるベリリウム銅ソケットを購入しました。Digi-Keyで150個購入しましたが、最終的に遊舎工房さんで20個追加購入しました。
- TRRSケーブル
個人的意見ですが、昨今のPCパーツ業界におけるなんでもかんでもバカのエレクトリカルパレードみたいにピカピカ光らす風潮は大嫌いなので、LEDの類は一切つけませんでした。
以下、キーボードの組み立てで工夫した点、トラブった点をご紹介します。
ダイオードの足を折り曲げる冶具の作成
キーボードを組み立てる上で大量のダイオードを基板に差し込む必要がありますが、ダイオードの足は案外柔軟性がないので、適当に折り曲げるとちょっと不格好になってしまいます。せっかくなら美しく仕上げたいので、ダイオードの足を折り曲げる冶具を作成しました。材料はどこのご家庭にもある100均で何かに使えるかもと思って買ったけど特に何にも使ってないMDF板です。これを適当に折り曲げたい足のサイズに切って、適当にヤスリで整えて、板に合わせて折り曲げました。とてもいい感じになりました。
お時間と予算のある方は専用のリードベンダーを買ったほうが良いかと思います。
ソケットのはんだ付け
ベリリウム銅ソケットはどんなキーボードでもキースイッチを自由に入れ替えられるようになる大変素晴らしいパーツですが、非常にはんだ付け難易度が高いです。私の場合一応はんだ付けにはそこそこの自信があったのでギリギリなんとかなりましたが、それでも2つほどソケットの穴にハンダを流し込んでしまい、ソケットとスイッチをダメにしてしまいました。はんだ付けも初めてという方にはおすすめできません。
はんだ付けのコツとしては、
- 基板のランドとソケットをしっかりと温めること
- ハンダはソケットの穴より下から差し込むように当てること
です。どうせスイッチ周りには熱で壊れるようなパーツはないので、高温ではんだ付けすると良いと思います。私の場合は320度設定で3秒ほど温めてからハンダを流しました。また、はんだ付けの際は基板を上から覗き込むような形になるためハンダも上から流し込みがちですが、それをやるとソケットの穴に入りやすくなるため、ハンダは基板に平行に押し当てるように、下の方から少しずつ流し込みましょう。
どれだけ気をつけていても失敗するときはするので、ソケットとスイッチは多めに買っておくと良いです。私は多めに買ってはいたのですが、キー配置を変更可能なところを全パターン対応にするために必要な数を考慮しておらず、結局追加で購入する羽目になりました。
なお、他にソケット式でErgoDashを組み立てたブログ記事などを拝見するとProMicroに干渉したという報告が散見されますが、私は問題ありませんでした。遊舎工房さんで販売しているソケットだと0305シリーズと3305シリーズがありますが、前者のほうが僅かに背が高いようです。後者はキーボード用に設計されたとのことで、私もこちらを使用しました。おそらく前者の0305シリーズを使用するとProMicroに干渉するものと思われます。
スイッチがソケットに入らない
ソケットを使うということは本来より穴の径が小さくなるということなので、スイッチの足の加工精度によっては頑張っても穴に入らないことがあります。私の場合、8つほど頑張っても入らないスイッチがありました。ソケットを使う場合、やはりスイッチは多めに買っておくのが吉です。
MogeMicro対策で失敗
自作キーボードによく使われるマイコンのProMicroですが、MicroUSBコネクタ部の耐久性が低くモゲやすいという欠点(通称MogeMicro)があり、一般的にはコネクタ部をエポキシ接着剤で固めることで対策されます。私も先人に倣ってエポキシ接着剤を端子部に盛ったのですが、ここで大きなミスをしてしまいました。
エポキシ接着剤は一度ついてしまうと完全に取り除くのは至難の業です。なので端子の中に入らないよう細心の注意を払って接着剤を盛っていましたが、そちらに集中するあまりピンヘッダ(コンスルー)を取り付ける穴に接着剤が入ってしまいました。すぐにキムワイプと爪楊枝で可能な限り取り除きましたが、スルーホールの中に一部ハンダが乗らない箇所ができてしまいました。幸いにして動作には問題有りませんでした。
エポキシ接着剤を盛るときは、ピンヘッダ等をはんだ付けしてから、余計な部分に接着剤がつかないよう細心の注意を払って作業しましょう。
コンスルーの足を折ってしまった
遊舎工房さんでキットを購入した場合、付属するProMicroはコンスルーというはんだ付け無しでマイコンを基板に差し込める足つきのものに変更されています。
が、このコンスルー、結構デリケートなため雑に扱うとすぐ折れてしまい、折れた場合ほぼ修復不可能です。更に運の悪いことに、2021年12月現在、遊舎工房さんでは在庫不足のためコンスルーの単体販売はしていません。
代替品を確保する方法としてはいくつかありますが、通販では他にもTALP KEYBOARDさんで在庫があるのを確認しました。お急ぎでない方はこちらで購入されると良いかと思います。
私の場合は早く完成させたかったので秋葉原の実店舗を駆けずり回った結果、千石電商さんにマックエイト製と思われるコンスルーがあるのを見つけました。SwitchScienceさんにて同じものが販売中です。
しかしながらこのコンスルー、実は高さが2mmです。遊舎工房さん等で売っているコンスルーは2.5mmなのですが、この0.5mmの差がキーボード製作においてはめちゃめちゃ響きます。ErgoDash等ではマイコンの部品実装面を基板側に向けて差し込みますが、高さ2mmのコンスルーではMicro USBコネクタの高さに干渉してしまい、わずかにマイコンが浮いてしまいます[4]。幸いにして動作上は問題有りませんでしたが、少々気持ち悪いのでマイコンの実装面側にコンスルーを取り付ける場合はやはり2.5mm高のコンスルーを選択すべきかと思います。
完成
そんなこんなのトラブルを乗り越えつつ、1週間ほどかけて完成しました。毎日仕事終わりにちょっとずつ制作していましたが、途中でコンスルー破損により作業が中断されたりしたので、正味の作業時間は精々6~8時間程度だと思います。
キーキャップは配置している途中の写真です[5]。
以下、使ってみての感想です。
ソケット式にしたメリット
ソケット式にすることでキースイッチが自由に入れ替えられるのはもちろんですが、それに伴ってキーボードを全て分解できるようになったのも非常に大きな利点でした。通常通りはんだ付けをしてしまうとトッププレートを外すことができません。私の場合、2uキー用のスタビライザーの爪がかなり硬くて基板の親指部分を折ってしまいそうだったので、ネジ止め式のスタビライザーを購入して後で取り付けることにしました。ついでにクッションフォームも注文しました。これらをあとから取り付けようと思った場合、一旦キーキャップをすべて外してトッププレートを外す必要があるので、スイッチをはんだ付けしていた場合はかなりの大仕事です。この作業が非常に簡単になる(引っこ抜くだけ)ので、私の場合はソケット式にして大正解でした。気が向いたらルブなんかの作業もあとからできます。
入力のしやすさ
この記事は実際に作ったErgoDashで書いています。キーレイアウトについてはとりあえずデフォルトの配置にしてみました。通常のキーボードとはかなり異なった配置なので最初は3歳児のようなたどたどしい入力でしたが、今この段落を書いている段階ではそこそこ扱えるようになってきました。IMEの切り替えが1キーでできるのはやはり良いですし、親指でEnterキーを押せるというのも小指を酷使しないため楽です。メインに採用したHalo TrueスイッチもRealforceほどとは言えないものの、とても気持ちの良い打ち心地で満足です。もうちょっと使ってみたらキーレイアウトも少し弄ってみようかと思います。
まとめ
キーボードで解決したかった課題と自作キーボードキットを選定するにあたって重視した要件、製作中のトラブルなどについてご紹介しました。
今回作ったErgoDashをバリバリ活用して、つよつよエンジニアを目指したいと思います。
最後に、今回かかった総額を計算したいと思います。今初めて計算します。
品名 | 金額(円) |
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ErgoDashキット(親指有り) | 14,300 |
Halo True 110個+送料 | 7,126 |
NovelKeys x Kailh BOX Thick Clicks Jade 2個 | 132 |
ベリリウム銅ソケット 150個 | 6,912 |
ベリリウム銅ソケット(追加分) 20個 | 1,760 |
キーキャップ | 3,051 |
コンスルー追加分 | 500 |
TRRSケーブル | 330 |
電子部品くんキーキャップ | 330 |
---- | ---- |
合計 | 34,441 |
新型のRealforceが買えますね。
参考文献
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上がってくれ ↩︎
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そもそも日本語配列の記号の配置は意味がわからない ↩︎
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使えるRealforceもあります ↩︎
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これはSwitchScienceさんの製品ページにも記載されているため、製品の問題ではなく仕様です。本来裏向きではなく表向きで使用するためのコンスルーです。 ↩︎
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今回キーキャップはアリエクで購入しました。8ビット風デザインからお察し頂きたいのですが、著作権的にかなりアウト寄りな柄も混じっているのであえて配置中の写真です。とはいえ、有名ないわゆるArtisanキーキャップなんかでもかなりアウトなものが普通に売られていたり、それを紹介するようなブログも多々あるので、別に中華だからというわけではなく発展途上で人口の少ない界隈の空気感なんだろうと思ってます。 ↩︎
Discussion