Claude Codeとどう向き合うか - 3. 個人がAIとチームを組む時代の情報管理
シリーズ記事: Claude Codeとどう向き合うか
← 前の記事: AIが変える開発プロセスと人間の新しい役割
はじめに
前回の記事では、AIとの協働における開発プロセスの変化と、人間の作業がボトルネックになることを確認しました。効率的な協働のためには、AIを自律的に働かせる必要がありますが、そこで鍵となるのが情報管理です。
本記事では、AIエージェント時代における情報管理の新しい視点と、人間の役割の変化について考察します。
AIとの協働における情報管理の新たな重要性
AIを自律的に働かせるための前提条件
AIとの並列作業を実現するには、人間が常に隣で指示を出し続けることは不可能です。AIが自走するためには、ドキュメントを通じた非同期の情報共有が不可欠となります。
特にソフトウェア開発においては、AIが適切な判断を下すために必要なコンテキストが重要です。現在のコードベースの構造、採用している設計パターン、過去の技術的決定、チームの慣習など、これらの背景情報があって初めて、AIは人間の意図に沿った実装を進めることができます。
このようなコンテキストは、Claude Codeの「メモリ」機能を使って管理することが推奨されています。プロジェクト固有の情報をCLAUDE.mdファイルに記述しておくことで、AIは常にこれらの情報を参照しながら作業を進めることができます。
しかし、ここで新たな課題が生まれます。
情報爆発という新しい問題
AIエージェントは膨大な量の情報を生成できます。
- 詳細な作業ログ
- 実装の試行錯誤の記録
- コードの説明文書
- デバッグの過程
しかし問題は、これらすべてをメモリに書いても、AIも人間も必要な情報を見つけられなくなることです。「なぜこのライブラリを選んだんだっけ?」「このバグの回避策はどこに書いたっけ?」といった重要な情報が、大量の作業ログに埋もれて見つからない。
結果として、同じ議論を繰り返したり、過去の失敗を繰り返すことになります。
従来の「情報を書く」ことがボトルネックだった時代から、「大量に生成される情報から価値あるものを選別する」ことが課題となる時代へと変化しました。
求められる新しい情報管理の視点
この変化に対応するには、情報を体系的に捉える新しい枠組みが必要です。
従来、情報管理はチーム開発において不可欠なものでした。設計文書、コーディング規約、議事録など、チームメンバー間で知識を共有するための仕組みです。しかしAIエージェントの登場により、個人がAIとチームを組むという新しい開発スタイルが生まれました。
これにより、これまでチームレベルで行っていた情報管理を、個人レベルでも実践する必要が出てきたのです。AIというチームメイトと効率的に協働するには、すべての情報を同じように扱うのではなく、情報の性質を理解し、適切に管理する戦略が求められています。
情報を捉える2つの軸
開発における膨大な情報を整理するには、次の2つの軸で考えるとよいでしょう:
第1の軸:情報の更新方法
- ストック型:上書き更新される現在の状態
- フロー型:追記蓄積される過去の記録
第2の軸:価値の揮発性
- 揮発的:時間とともに参照価値が下がる
- 持続的:長期間にわたって価値を保つ
4象限で理解する情報の性質
各象限の詳細
プロジェクトの基盤(ストック×持続的)
- 常に最新の状態を保つ必要がある
- プロジェクトの土台となる情報
- 例:README、API仕様書、アーキテクチャ図
プロジェクトの知恵(フロー×持続的)
- 過去の経験から得られた貴重な知見
- 時間が経っても価値が失われない
- 例:ADR(Architectural Decision Record)、設計決定記録、重要な教訓
現在の作業状態(ストック×揮発的)
- 今まさに進行中の作業に必要
- 頻繁に更新される
- 例:TODOリスト、一時的な仕様、今週の目標
日々の活動記録(フロー×揮発的)
- 作業の過程で生成される詳細な記録
- その時点での具体的な状況に依存した内容
- 例:作業ログ、デバッグメモ、試行錯誤記録
AIエージェントがもたらす変化
情報生成の非対称性
AIエージェントの導入により、情報管理に根本的な変化が生じています。
大量生成される情報(主に揮発的)
- 詳細な作業ログを自動生成
- すべての試行錯誤を記録可能
- 膨大な量のデバッグ情報
選別が必要な情報(持続的価値の発見)
- 重要な設計決定の抽出
- 再利用可能な知見の特定
- 将来の参考となる教訓
人間の新しい役割:価値ある情報の選別と整理
AIが生成する大量の揮発的情報から、持続的価値のある情報を見極め、整理することが人間の新しい役割となります。特に重要なのが「フロー×持続的」の象限です。この領域の情報(ADR、設計決定の背景、重要な教訓)は、意識的に保護しなければ失われてしまいます。
従来は情報を「書く」ことがボトルネックでしたが、現在は情報を「選別・整理」することがボトルネックになっています。
実践への示唆
情報管理の新しいマインドセット
-
すべてを管理しようとしない
- 揮発的な情報は積極的に捨てる
- 持続的価値のある情報に集中
-
AIを活用した情報の昇華
- 「今週の作業ログから重要な決定を抽出して」
- 「このデバッグ記録から再利用可能な知見をまとめて」
-
フロー×持続的の意識的な保護
- Design DocやADRの作成を習慣化
- 「なぜ」の記録を残す文化
情報の流れを設計する
効率的な協働のためには、情報がどう流れ、どこに蓄積されるかを意識的に設計する必要があります。2軸モデルは、この設計の指針となる枠組みです。
CLAUDE.mdに何を書くべきか
実際にClaude Codeを使っていると、CLAUDE.mdには2つの異なるニーズが存在することに気づきます:
-
持続的価値のある情報を保管したい:技術スタック、設計方針、コーディング規約など、プロジェクトの基盤となる情報
-
今この瞬間に必要な揮発的情報も共有したい:現在のタスク、直近の実装方針など、日々のタスクを進めるために必要な情報
しかし、CLAUDE.mdに揮発的な情報を書いてしまうと問題が生じます:
- 頻繁な書き換えが必要になる
- 持続的な情報と揮発的な情報が混在し、見通しが悪くなる
- 本当に重要な設計方針が、一時的な作業メモに埋もれてしまう
このギャップにどう対処すればよいでしょうか。
情報の性質に応じた管理戦略
4象限モデルを使って、情報の置き場所を整理することで、この問題に対処できます:
- CLAUDE.md:「ストック×持続的」の基盤情報と、特に重要な「フロー×持続的」の決定事項
- 作業ディレクトリのメモ:「ストック×揮発的」の現在の作業状態
- 過去の会話履歴:「フロー×揮発的」の作業ログ(AIが自動的に記憶)
つまり、CLAUDE.mdを「変わらない土台」として保ちつつ、揮発的な情報は別の適切な場所で管理するという戦略です。
ファイル参照を活用した解決策
CLAUDE.mdは他のファイルを参照できるため、これを活用した管理方法も考えられます:
## 現在の作業状態
現在の作業状態は @docs/current-sprint.md を参照してください。
このファイルは毎週更新されます。
## 進行中のタスク
@TODO.md に最新のタスクリストを管理しています。
このようにCLAUDE.mdには:
- 持続的な情報を直接記載
- 揮発的な情報はどこにあるかとどう更新されるかのメタ情報のみ記載
という構成にすることで、CLAUDE.md自体は安定を保ちつつ、AIは必要な揮発的情報にもアクセスできるようになります。
これは絶対的な正解ではありませんが、情報の性質に応じた管理を実現する一つの実践的なアプローチです。
まとめ
AIエージェントとチームを組むことで、個人でも本格的な情報管理が必要になりました。従来はチーム開発で行っていた文書化や知識共有を、AIとの協働でも実践する必要があるのです。
AIが大量の情報を生成する中で、私たちの役割は「価値ある情報の選別と整理」へと変化しています。2軸モデルを活用して情報の性質を理解し、本当に価値のある情報に集中することが、効率的な協働の鍵となります。
Discussion