Childhood's Endと違い棚配列(仮称)について
この記事はキーボード #1 Advent Calendar 2024の5日目の記事です。
2024年の天キーやキーフリに複数回持ち込んだ「Childhood's End」が割と反響をもらえていたので、これについての説明というか配列のねらいについての記事です。
ご存じない方に、Childhood's Endの採用した違い棚配列(仮称)について簡単に説明すると、右手側の一部キーのみを傾斜させ、残りを等差ロースタッガードで纏めた左右一体型・半Alice配列です。
Childhood's End(Ver1および安定版)の配列
キーボードの左右で水平部の高さが変わることからの名づけで、他のどのキーボードとも異なる特徴的な外形、配列を持ち、コンパクトさとエルゴノミックな打鍵感を両立しています。
※本記事ではAlice配列を以下のものとして定義しています。
- Linworks EM.7、TGR Aliceを基礎とする配列
- ロースタッガード配列を元に、ホームポジション付近のキーを手前に折り込んでいる
- 基礎となる配列は直線的であり、造形に曲線が優位な配列はSagittarius配列として扱う
- 水平部、傾斜部はどちらもロースタッガードになっている。(傾斜部がオーソリニアに近いサリチル酸氏のNaked64SFやN51GLなども存在しますが、個別に取り上げると記事が冗長になってしまうので……)
※Childhood's Endの設計思想上、前置きがが非常に長くなってしまいました。ここら辺まで読み飛ばしても大丈夫です。
Aliceの問題点
既存のAlice配列の問題点とは、大きなデッドスペースが必ず発生すること、同一キーを複数個要求すること、キーの数に対して横幅が大きくなること、本来の設計思想を維持するとキーボードが右側に張り出すこと、ISO Enterとの親和性が悪いこと、があります。
さて、最初の「大きなデッドスペースが必ず発生すること」ですが、Aliceは内側のキーを10度傾斜させ、手前に折りたたむ配置をしています。これにより、左右のクラスタは密接せず、中央下側には三角形のスペースが発生します。
この部分は、設計者により処置が変わりますが、中央に幅10mm程度の隙間ができることに変わりはありません。ベゼルやトッププレートを併用する設計のキーボードでは、この部分をあまり細くすると強度が落ちるため、余計にある程度の大きさを持ったスペースが必要になってしまいます。
これに付随し、Bキーが左右両側に必要になることも問題点の一つです。安価なキーキャップセットではBキーが1つしか入っていないことも多く、別のキーを用いることになります。設計段階でBキーの左右どちらかを省略してもいいですが、使用者が自身の癖に合わせたキーボードを購入したり、癖を矯正する必要が出てきてしまいます。
キーの数に対して横幅が多いことは、「大きなデッドスペースが必ず発生すること」と同様の理由により発生している事象です。
ベゼルの幅によっては65%~75%相当のキー数にも関わらずTKL並の横幅を誇るものすらあり、Aliceが一般的なキー数(60%以上)と小型化を両立できずにいる理由でもあります。
本来の設計思想については、Alice配列が本来はエルゴノミックな配列として設計された所との齟齬、と言ってもいいでしょう。実際、EM.7はErgonomic Modified 2017の略称であり、当初からエルゴノミックな配列とされていたわけですが、使用者の体の中心線にキーボードの中心線を合わせると、左側に比して右側はキーが大きく張り出します。右利きが多いことを鑑みると、マウスを併用する際には本体の大きさも相まってしっかりした作業空間が必要になります。
ISO Enterの問題点は、ISO Enter採用キーボード開発者であれば誰もが遭遇する問題とは思いますが、キーキャップが縦長であること、かつ横に張り出した形状であることが、傾斜部に合わせて水平部のキーを横にずらす設計に合わないというのが問題になることが多いでしょうか。
たとえばKeychron Q10 MAXの日本語配列では水平部をEnterキーに寄せているため、傾斜部のPと水平部の@`のキーが大きく離れているのが見て取れます。
通常の英語配列AliceキーボードではEnterキーや|キーと合わせてキーが横に移動できるため、その隙間がないことが分かります。
このように、Alice配列にはそもそもの配列が抱える問題点と、日本語配列やISO配列に採用しようとした時に発生する問題点があることが分かります。これらを一挙に解決するのが、右手側の一部のみを傾斜させる、Childhood's End配列であると言えます。
なお、同様に右手側の一部のみを傾斜させるokuura氏のgoaisatsuという左右分割キーボードがありますが、こちらはEnterキーを近づけるという考えで設計されたものであり、左右を密接させると右手内側ではなく右手外側が手前に傾斜するという形状のため、左右一体型でコンパクトさを優先したChildhood's Endとは別物であると考え、個人的にgoaisatu配列と呼称しています。
ここまでのあらすじ
Alice系配列で60%台だと小型化が難しい、左右対称にもしづらい
ISO Enterがあるせいで綺麗にAliceの折り畳みが作れない
それをどうにかする手段を開発した
Childhood's Endについて
さて、キーボードとしてのChildhood's Endについて説明しましょう。
Photo by Daihuku, 天キーVol.7にて
大した情報は無いですが、ビルドガイドも併せてどうぞ。
実際のキー数としては72キーの65%ですが、機能としては60%相当となっています。60%の主要部に加えて、傾斜により空いた左上(違い棚の"下板")にEscキーおよび追加の4キーを配置しており、この部分はLEDの制御やメディアキー、マクロ等に使用することを想定しています。右下にカーソルキーがない分、←↓↑→のVIM配置でカーソルキーを配置するなどといった用途にも使用可能です。
配列は他のコンパクトJISキーボードに比べると正統なJISキーボードであり、よく移動させられがちな全角半角キーとEscキーの両方が100%キーボードと同じ位置関係となっています。
傾斜部の角度は高さ4・底辺1の直角三角形の鋭角の角度である14.03°で、arctan(0.25)から算出されます。この角度にし、右Shiftを整数値にすることで、ISO Enterを採用しても隙間なくキーを敷き詰められ、小型化に貢献します。
※実際には、Childhood's Endの傾斜は14°です。これは作業の簡易化のためです。また、それぞれのクラスタは密接させずに隙間を設けています。外向きになりがちな小指の打鍵をアシストするほか、左右の人差し指の衝突を避けています。
ロースタッガードのキーボードを扱う打鍵姿勢で使用すると傾斜がきつく感じられるこの配列ですが、マウスがある場合はキーボード自体を左側にずらすことで、ノートパソコンに乗せて使う際は左右非対称の姿勢にすることで真価を発揮します。
というのも、そもそもこの配列は左右対称な姿勢にこだわってはおらず、肩を開くようにもなっていません。
マウスやトラックボールを使用する際は、体の中心が右水平部のあたりと一致するように配置します。左手は体からまっすぐ垂直方向に延びることになり、右手は肘または上腕の机と当たっている部分を回転軸として移動させることでキーボードとマウスの行き来を簡単にします。
ノートパソコンに乗せる際にはノートパソコンの中心線とキーボードの中心線を合わせるように配置します。左手が体側に密接し、右手はわずかに胴体から浮く、程度の姿勢を作ることで、ホームポジションの中央とモニターの中央がずれていることに起因する姿勢のズレを吸収することを狙っています。
少々の問題点として、右手を奥まった位置に意識的に配置しないといけないため、つい右手を浮かせがちになってしまうというものがあります。MXスイッチをソケット実装するキーボードとしてはすでに最薄の設計となっているため、どうしても慣れない場合はパームレストを利用して調整してください。
違い棚配列(仮称)の作り方
上でも書いたように、この配列の角度には定義があります。キーをarctan(0.25)により算出される14.03°(小数点第三位以下切り捨て)で反時計回りに傾斜させると、0.25uズレの等差ロースタッガードの段差と傾斜を密接させ、デッドスペースを減らすことができます。
このように、arctan(等差ロースタッガードの段ごとの差の量)で計算すると任意の等差スタッガードに対して傾斜させるべき量が算出できます(Googleで式をググるとラジアンで答えを出してくるので、keisan-casioの逆三角関数(度)を利用するのが楽です。Fusion 360等であれば移動時の角度に式をそのまま突っ込むと計算できるはずです。KiCadは無理だった)。
クラスタ毎の隙間は、薬指と小指の距離や、スペースバーの幅などにより調整します。
傾斜の角度が少ないと右手の角度も小さくなってしまうほか、これ以上の角度を得ようとすると奥行き方向が伸びてしまうため、14度が最善と考えていますが、各自の作業空間によって調整してください。クラスタどうしの隙間の量も同様です。
今後の展望
違い棚配列を採用したChildhood's Endは日本語圏のキーボード事情に最適化されたものであるため、ANSI配列への対応は現状考えていません。ISOユーザー/ANSIユーザーからのフィードバックがあれば作るつもりではいるため、欲しい場合は当方のケツを叩いてもらえれば複数配置対応等でなんとかする可能性があります。
配列自体はシンプルなものであり、Fn列の追加や親指クラスタの追加、逆に数字行の排除や記号部の省略などといった小型化も比較的簡単に行えるため、ぜひ自由に違い棚配列を自作キーボードに採用し、愛でてください、といった所です。
なんなら初期案ではどうにかしてGL516に詰め込もうとしていました。
オタクの早口
JIS系60%キーボードに対してAlice配列を外れたエルゴノミック・キーボードとして名づけられた「Childhood's End 幼年期の終り」ですが、個人的に理想とする全角半角とEscが本来の位置関係に収まっているキーボードとしては最小クラスに収まったのではないかと思っています(70%以上のでっかいのも好きですが、なんか普通でつまらないし、エルゴ感もないので)。
通常の配列から移行しやすいように全角半角とEscを本来の位置に収めるというのは60%台のコンパクトキーボードでは非常に難題で、普通に処理するならFn列を追加して70%台に載せる所を傾斜が作り出した隙間を利用、さらに残った鋭角三角形の中にMCUを収めるというのが良い感じにハマった結果としてあの特殊な形状に綺麗に収まる65%キーボードとなっています。5×15uで65%相当のHHKB日本語配列なら全角半角は左下にあるし、同様の配置+マウスキー実装のTex Shura日本語配列だとそもそも無くてFn+Escだったかな。
60%台として考えるには手前の張り出しが少し大きいものの、横幅は一般的な60%に収まっており、なんならベゼルがない分HHKBよりコンパクトだったりします。まあ長寿命な高級キーボードとケースレスを比較するのもどうかと思うけど目安として…………
このキーボードのまとまりの良さを超えるにはAliceやカラムスタッガードをどうにかして綺麗に収める方法を開発するか、MicrosoftのErgonomic KeyboardやElecomのISO配列エルゴノミックキーボードなどでよく利用される、内側のキーを1.25u以上にして形状を整えるなどの手法が必要になりそうです。
一見のインパクトに対する使いやすさ、ロースタッガードからの移行のしやすさ、中央のオーソリニア部を利活用したマウスキー/テンキーレイヤーの実装、などといった要素を完璧に詰め込むことに成功した(してしまった)結果、これ以上のキーボードをどうやって作るべきか悩むほどのものが完成してしまっているわけです。
これを超えるにはロープロ化やテンティング、全く別の機能の搭載などが考えられますが、JISキーキャップのロープロは無いし(Keychronが出してるアレぐらい、キー幅的には自キ需要に対応できるセットではない)、テンティングするにも左右非対称のどこで折ってどの方向に曲げるんだ……?という問題があるため難しく、現状ではRP2040&TypeC端子直乗せPCBA、BMPかXiao BLEを利用した無線化対応、専用パームレストの設計、ぐらいしか考えられない状況です(資金があればどうにか……ただし無線化すると間違いなく厚みが増すのでやりたくない)。オーディオインターフェース機能を搭載してPC音声とAudio Clickの音をミックスしてキーボード側のジャックから出力するとか、USBハブを搭載して指紋認証機能やらを搭載したりはちょっとやりたい。あとはタクトスイッチを仕込んで7sProMaxみたいなエクストラスイッチを実装するかな。でもこれらはキーボードとしてのクオリティの洗練ではなくて、単なる高機能化なので難しいところ。
手前キボな評価としては比較的安価で組みやすいキットでなかなか高クオリティに仕上がっていると自負しています。多分。
この記事はChildhood's End、5z6p Lain、Let's Noteのキーボードなどで書きました。
明日の記事は今村勇輔さんの「初設計したキーボードのカスタマイズいろいろ」です。
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