IDEを法律業界に適用したBoostDraftの機能と展望
もし、IDEを法務担当者が使ったら?
はじめまして、BoostDraft CEOの藤井です。
法律業界にソフトウェアエンジニアの利用するIDE(統合開発環境)の思想を持ち込む。
ソフトウェアエンジニアのバックグラウンドを持つ私と、弁護士で共同創業者の渡邊は、そんな一見突飛なアイデアから『BoostDraft』を生み出しました。
創業から現在に至るまでのストーリーは、ぜひ以下のnote記事をご覧ください。https://note.com/boostdraft/n/n865e0c9e253b
弁護士の仕事の約30%が、文書作成に関わる非効率的で無駄な作業だと渡邊から聞いたとき、“ここには大きな課題とチャンスがある”と感じました。ソフトウェアエンジニア業界で生産性を飛躍的に高めてきたツールや思想を法律業界に適用すれば、高い専門性を持つ方々の生産性を大きく向上させられるはずだ、と確信しました。
『BoostDraft』は、契約書などの法的文書作成・レビューを効率化するツールです。ソフトウェアエンジニアにはなじみの深い多様なツール・機能を、法律業界向けに適用し、開発しています。この記事では、ソフトウェアエンジニア業界で使われているツール・機能と対比しながら『BoostDraft』の機能を紹介し、今後私たちが目指す未来についてお話しします。
※会社の場合は BoostDraft 、プロダクトの場合は 『BoostDraft』 で表記しています。
『BoostDraft』が着想を得たソフトウェアエンジニア業界のツールと機能
ここからは、BoostDraftが提供している各プロダクトの機能について、ソフトウェアエンジニア業界で生産性を高めてきたツール・機能と関連付けてご紹介します。私たちソフトウェアエンジニアが普段何気なく使っている技術やアイデアが他の業界の方々の課題を解決し、圧倒的な生産性向上をもたらしていることに、非常にやりがいを感じています。ソフトウェアエンジニア業界と法律業界の類似性、業界を超えたツールの適用がどのようにしてイノベーションを産むのかについて、少しでも理解していただけれたら幸いです。
参照のポップアップ機能
これは、IDEでメソッドやクラスの定義をマウスホバーで簡単に表示させられる機能のことです。たとえば Visual Studioでいう「定義をプレビュー」機能、IntelliJでいう「クイック定義」機能等がこれにあたるかと思います。
私たちソフトウェアエンジニアが普段何気なく使っているこの機能が、法律業界のどのような課題を解決しているのでしょうか?
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解決している課題は、「条項内に他条項への参照が多く、確認に時間がかかる」 です。
一般的に契約書をはじめとした法的文書の中身は非常に複雑、かつ数十ページに及ぶことも多いため、読むのに時間がかかるという課題があります。これは文書中にたびたび含まれる「定義語(※1)」や、「条項」、「法律名」の内容を参照するために、いちいち検索とスクロールで対象の箇所を探して読んでいることに起因しています。
たとえば、第3条の中に第30条に関する記述がある場合、第30条までスクロールして内容を確認してから第3条の続きを読む必要があります。たった2行の条項を正確に読むのにかかる時間を実際にストップウォッチで計測してみると、実に10分以上も費やされていました。
このように、スクロールをしながら正確に条項を理解するという作業は、当たり前過ぎて、課題とすら気づかなかった方もいるかもしれません。
『BoostDraft』ではこの課題を解決するべく、クラス定義等の参照のポップアップ機能に着想を得た「ポップアップ機能」を搭載しています。
『BoostDraft』では、Word文書を開くと自動的に解析し、文書内の「定義語」や「条項」、「法律名」などの重要な情報をハイライトします(IDEでいうところのシンタックスハイライティング)。ハイライトされている定義語や条項にカーソルをあわせると、該当箇所の内容をポップアップで表示します。これにより、スクロールすることなく何ページも先にある条項番号や定義語の意味を理解することができます。
(※1)その文書内で特定の意味や解釈を持たせるために、あらかじめ定義された言葉やフレーズのこと。これにより、文書全体での一貫性が保たれ、解釈の誤りを防ぐ役割を果たす。例えば、契約書の冒頭でよくある、株式会社BoostDraft(以下、「甲」という。)は...
の甲
や、画像の中の本会社
、本受託者
が定義語にあたります。
エラーチェック・修正機能
IDEではLinterとFormatterを利用した様々な機能が搭載されています。コンパイルエラーの判定、未使用変数の判定、インデント等のフォーマットイシューの判定・自動修正機能等、様々なものが実装されており、質の高いコードを効率的に書くことができます。
コード中で定義した変数が使用されていない際に自動で警告してくれたり、定数名を全てパスカルケースにするなどの細かな表記規則を設定したり、コードのインデント幅の不一致を判定し自動で整形してくれる機能等は、皆さん活用されていると思います。
これらを法律業界に適用すると、どのような課題が解決できそうでしょうか?
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それは、「文書の形式面を調整するのに非常に手間がかかる」 という課題です。
法的文書では内容だけでなく、見栄えや表記の統一等の「形式面」も重要視されます。たとえば、定義語が表記揺れしていた場合、異なる意図での解釈が可能となってしまい、争点になり得ます。また、インデントのずれは読む側に不親切ですし、加えて誤字や表記ミスが頻発するようであれば自社の信頼を損ないかねません。
完璧な中身の法的文書を作ったとしても、インデントやフォントサイズがバラバラだとするとどうでしょうか?パッと見で「この文書の質は大丈夫?こういう質の低い文書を取引相手に送付するこの会社は大丈夫?」と先入観から入ってしまう方もおられるでしょう。契約書等では相手方もおり、文書が会社の顔となるため、中身だけでなく見栄えも非常に重要です。
しかし、現状これらの見栄えの調整作業は手作業で行われることが多く、全て確認・修正するために膨大な時間がかかっているという課題があります。
この課題に対し、『BoostDraft』はLinterとFormatterのコンセプトを適用した「プルーフリード機能」を搭載しています。
本機能では、表記揺れやインデントの一括修正はもちろん、フォントサイズの不一致の検出、未使用の定義語の検出など、20項目以上の問題を自動で検出・簡単に修正できるようになっています。例えば表記揺らぎ修正機能では、あらかじめ定められた規則に基づき表記揺れを検出します。(初期設定として、法律業界で表記揺れしやすい言葉・記号が数十種類登録されています)。もちろん、ご自身で新たな言葉を追加いただくことも可能です。また、インデントの一括修正機能では、文書のインデントを自動で判断し適切に整形してくれます。これにより、わずかな書き方の違いによる意味のぶれや文章の非整合等を防ぎ、法的文書の品質を短時間で向上させることが可能です。
ソフトウェアエンジニア的に特に面白いなと感じたプルーフリーディングの項目は、未使用の定義語の検出機能です。コードを書いている際に修正を加えた結果、定義した変数が一度も使われなくなってしまったということはよくあると思います。一般的なIDEでは、この変数は使われていない、ということを自動で警告してくれます。
一方、法律業界では、同様の問題がありますが、検出は手作業です。例えば、「甲」「乙」「丙」を定義した後、様々な変更を行った結果、「丙」は使われなくなったとします。通常このような未使用の定義語は自動的に検出されないため、法律文書作成者は最後に、手作業で定義語を一つずつ検索し、すべての定義語が使われているかを確認します。法律文書によっては定義語が100語を超えることもありますので、この作業は非常に時間のかかる作業となります。
そこで、『BoostDraft』では、自動的に未使用の定義語を検出し、自動的に警告を出す機能を開発しました。これにより膨大な手作業が自動化されています。
差分表示ツール
ソフトウェアエンジニアの皆さんは、日々の開発の中でソースコードの変更点を確認するための差分表示ツール(Diffツール・Diffビューアなど)を利用されていると思います。GitHubなどでPRを確認する際や、ローカル環境でファイルの変更箇所を確認する際に、差分表示によってどこを修正したのかがひと目で分かるのは非常に便利で、Diffを見れない環境は考えられないと思います。
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この差分表示ツールを法律業界に適用すると、「変更前後の文書の差分を目視で確認するためにミスが発生する」 という課題を解決することができます。
法律業界では、以前のバージョンと最新バージョンを見比べる文書比較が頻繁に発生します。例えば契約書交渉の中で、取引先が加筆したバージョンが送付されてきた場合、どの条項や文言が変わったのかを詳細にチェックしなければなりません。しかし、その比較作業は通常2つのファイルを印刷するなどして、行ったり来たりしながら「ここは変わってない」「ここは変更されてる」と、手作業で確認することが多いのが現実で、大変な時間と労力を要します。更に手作業で行うことによるミスも発生します。
よくある例では、Wordで最終化した契約書が電子署名で送られてくるときに、電子署名で送られてきている文書が正しく最終版であるかを確認したいというニーズがあります。電子署名は通常PDFですので、最終版のWordと電子署名のPDFを比較することとなり、通常は印刷して膨大な時間をかけて目視で比較するか、「相手は流石にまちがっていないだろう」と信じてサインすることとなります。
この課題に対し、BoostDraftでは差分表示ツールのコンセプトを適用した『BoostDraft Compare』というツールを開発しました。※2024年12月18日(水)に提供を開始
『BoostDraft Compare』は、ファイルタイプにかかわらず、変更前後の2つの文書を取り込み、Diffビューアのように比較表示します。前述の電子署名で来たファイルが最終版であるかを確認する作業においても、WordとPDFのテキストを比較することができ、これまで行ってきた膨大な作業を自動化します。
その他にも、法律業界に適用したプロダクトならではの機能を搭載しています。これにより、重要な文言の修正を見落とすリスクを軽減し、文書比較作業の大幅な効率化を実現しています。
『BoostDraft』が目指す未来
このように、ソフトウェアエンジニアと法律の専門家の業務には、多くの共通点があります。 たとえば、少しのミスが致命的問題になる点、多数のコーナーケースを考慮する必要がある点、構造化された非常に複雑な内容を理解する必要がある点、形式や品質に対する厳密なチェック体制が必要な点、頻繁に修正が発生し、修正点による影響に注意が必要な点など、非常に似通ったものが多いです。
BoostDraftは、法的文書作成における課題を解決するため、まずは文書の「形式」に焦点を当て、非効率な手作業を解消することからスタートしました。
ですが、この取り組みは単なる第一歩です。ソフトウェアエンジニア業界では、DevOpsという形で、様々な生産性向上を行っております。一方で法務業界ではLegalOpsというキーワードも出てきておりますが、まだまだ効率化は始まったばかりです。DevOpsの考え方、ツールのコンセプトを法律業界に適用することで、さらなる業務効率化を目指していきます。
最終的には、AIを活用し、文書作成プロセス全体での「知見の蓄積と活用のパーソナライズ」を実現したいと考えています。 たとえば、マネージャーがスタッフの作成した契約書に訂正コメントを入れる際、そのコメントの内容をAIに学習させることで、次回以降、同様の修正が必要となる場面で自動的に提案するようなことが実現できれば面白いと考えています。このアプローチは、人的ミスの削減だけでなく、チーム全体のスキル向上や効率化につながると確信しています。
BoostDraftのゴールは、文書作成における新しいスタンダードを確立し、日本のみならず世界中で使われるようにすることです。すでに、日本だけでなく、アメリカや韓国への展開を進めています。日本発の世界レベルでのスタンダードとなるソフトウェアを提供するために、一歩ずつ着実に、新たなプロダクト・機能の開発を進めていきます。
最後に
私たちは、エンジニアリングの力で専門家の業務を圧倒的に効率化することを目指しております。法的文書作成の形式面の効率化ソフトウェアである『BoostDraft』からスタートしましたが、まだまだ実現したいことが多数あります。
我々は『BoostDraft』はプラットフォーマーとなるための第一歩と考えております。既に『BoostDraft』のリリースは完了し、現在は多数のユーザーから非常に高い評価をいただいております。新しくプラットフォーマーとなるためのソフトウェアを構築し、多数のユーザーに使ってもらうという、最も大変なフェーズは既に乗り越えました。これからは、既存プラットフォームを利用した追加機能・新規プロダクト開発に注力し、事業をさらに拡大していく段階に入っています。 とはいえ、0から1を創り出す楽しさはまだまだ健在です。BoostDraftは現在、全社で50名弱の組織であり、一人ひとりの提案がプロダクトに大きな影響を与え、実際のユーザーからフィードバックを得ることができる環境が整っています。
さらに、私たちはフルリモート・フレックス制等、メンバーの状況に合わせて働ける環境を提供しております。世界中から優秀な人材が集まるグローバルなチームを形成することで、革新的なアイデアが生まれ、プロダクトの質を高めてきました。
これからのBoostDraftでの開発は、多くの挑戦と成長の機会に満ち、さらに面白くなるはずです。みなさんの持つ技術とアイデアが、BoostDraftを次のステージへ引き上げます。そして、日本初の世界のスタンダードとなるソフトウェアを作ることで、世界にイノベーションを起こしていきます。
ぜひ、私たちと一緒に働いてみませんか?ご応募をお待ちしています!
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