AfCycDesign:AlphaFoldを用いた環状ペプチドの構造予測と設計に関する論文の日本語解説
Cyclic peptide structure prediction and design using AlphaFold
本記事は、以下の論文の内容をレビュー・解説するものです。
本記事は、筆者の個人的な研究・技術への関心に基づく解説であり、 所属組織や事業活動とは無関係です。
本記事は、一研究者として学術論文の内容を理解し共有したいという 個人的な動機に基づくものです。
Citation
Cyclic peptide structure prediction and design using AlphaFold
Stephen A. Rettie, Katelyn V. Campbell, Asim K. Bera, Alex Kang, Simon Kozlov, Joshmyn De La Cruz, Victor Adebomi, Guangfeng Zhou, Frank DiMaio, Sergey Ovchinnikov, Gaurav Bhardwaj
bioRxiv 2023.02.25.529956; doi: https://doi.org/10.1101/2023.02.25.529956
ライセンス:CC BY-NC-ND 4.0
Summary
タンパク質構造予測にお[1]は革新的な成果を上げてきましたが、環状ペプチドの設計への応用はこれまで限定的でした。この研究では、AlphaFoldのネットワークを修正して環状ペプチドの構造予測と設計を可能にする新しいアプローチを提案しています。主な目的は、環状ペプチドの正確な構造予測と、新規な環状ペプチドの設計を実現することでした。研究チームは、AlphaFoldのモデルに環状構造を認識させるための相対位置エンコーディングの修正を行い、AfCycDesignと呼ばれる新しいフレームワークを開発しました。
Figure 1より引用. CC BY-NC-ND 4.0
技術的詳細
AfCycDesignは、ペプチドの末端を結合させるための巧妙な相対位置エンコーディング手法にあります。従来の直鎖状ペプチドでは、N末端とC末端は最も離れた位置として扱われていましたが、新しいアプローチでは両端を隣接する位置として認識させます。このアプローチにより、環状構造特有の制約を学習モデルに組み込むことが可能になりました。実験では、7-13個のアミノ酸からなる様々な大きさの環状ペプチドの設計と構造予測が行われ、X線結晶構造解析による検証が実施されました。
結果
研究の結果は非常に印象的でした。AfCycDesignは、80の既知の環状ペプチド構造のうち、50個を1.5Å未満のRMSDで正確に予測することに成功しました。特に注目すべきは、高信頼度(pLDDT > 0.85)で予測された49の構造のうち、36構造(73%)が実験構造と極めて良く一致した(C<sub>α</sub> RMSD < 1.5 Å)ことです。さらに、新規に設計された環状ペプチドの6つのX線結晶構造が予測モデルの構造と極めて一致する(C<sub>α</sub> RMSD < 1.0 Å)ことが示されました。
クリティカルな分析
本研究の最大の強みは、環状ペプチドの構造予測と設計の両方に対して、実験的な検証を含む包括的なアプローチを提示したことです。一方で、現時点での限界として、非標準アミノ酸や特殊な化学修飾を含む環状ペプチドへの対応が挙げられます。将来の研究では、より複雑な化学修飾や非天然アミノ酸を含む環状ペプチドへの拡張が期待されます。
手法の詳細な解説
AfCycDesignの開発において、研究チームは3段階のアプローチを採用しました。第一段階では、環状ペプチドの構造予測のためのフレームワークを確立しました。このシステムでは、入力配列は連続的な値から離散的な配列へと段階的に変換され、各段階で構造の最適化が行われます。具体的には、最初の300イテレーションでlogitsを重視し、その後softmax確率に重点を移行させていく手法を採用しています。
Figure S3より引用. CC BY-NC-ND 4.0
温度パラメータは1.0から0.01まで徐々に低下させ、最終的に一意な配列を得る工夫がなされています。特筆すべきは、3つのモデルからランダムに選択されたパラメータを使用することで、局所的な最適解に陥ることを防ぐ工夫が施されている点です。
実験結果の詳細
研究チームは、7-13残基の環状ペプチドに焦点を当て、各サイズで48,000の構造をサンプリングしました。その結果、以下のような興味深い発見がありました。
7残基のペプチドでは9,941の独自の構造クラスターが同定され、そのうち182クラスターが、8残基では13,405クラスター中297が、9残基では19,705クラスター中457が、10残基では22,206クラスター中1,282が高信頼度(pLDDT > 0.9)を示しました。
特に注目すべき成果として、RH11.1、RH12.1、RH13.1という3つの設計ペプチドのX線結晶構造が、予測モデルとそれぞれ0.3Å、0.4Å、0.8ÅのC<sub>α</sub> RMSDで一致したことが挙げられます。これらの構造には、短いα-ヘリックスやβ-シートなど、従来の環状ペプチドでは実現が困難とされていた二次構造要素が含まれています。
Figure 4より引用. CC BY-NC-ND 4.0
エネルギー計算と構造評価
研究チームは、Rosettaのcycpep_predictアプリケーション[2]を使用して、設計されたペプチドのエネルギー景観を評価しました。エネルギー計算には、REF2015エネルギー関数が使用され、BOINCのRosetta@Homeプラットフォームで大規模な構造サンプリングが実施されました。
特に興味深いのは、P<sub>near</sub>と呼ばれる指標の導入です。この値は0から1の範囲を取り、1は設計された構造が単一のエネルギー最小値を持つことを示します。例えば、7残基のペプチドでは114配列、8残基では186配列、9残基では139配列、10残基では76配列がP<sub>near</sub> > 0.6という良好な値を示しました。
構造の特徴と安定性
設計されたペプチドの構造的特徴として、extensive intramolecular hydrogen bondingの形成が挙げられます。例えば、RH7.1、RH8.1、RH9.1、RH10.1はそれぞれ3、5、5、6個の分子内水素結合を形成しています。また、11-13残基のペプチドでは、さらに多くの水素結合(それぞれ9、7、9個)が観察されました。
これらの結果は、AfCycDesignが単に環状構造を予測するだけでなく、生物学的に意味のある安定な構造を設計できることを示しています。特に、従来のアプローチでは困難であった大きなサイズの環状ペプチドの設計に成功したことは、創薬研究における大きな進展といえます。
個人的な洞察
この研究は、創薬分野に大きな影響を与える可能性があります。環状ペプチドは、タンパク質-タンパク質相互作用を標的とする治療薬として注目されており、本研究で開発された手法は、新規治療薬の設計プロセスを大幅に効率化する可能性があります。この研究では、標的タンパク質に対する環状ペプチドのための相対位置エンコーディングについては議論されていませんが、今後期待ができそうです。また、この研究は深層学習モデルを特定の分子設計タスクに適応させる優れた例としても重要です。創薬研究や材料科学など、様々な分野での応用が期待できる重要な成果だと考えられます。
参考文献
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Jumper, J. et al. Highly Accurate Protein Structure Prediction with AlphaFold. Nature 596, 583–89 (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03819-2. ↩︎
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Bhardwaj, G. et al. Accurate de novo design of hyperstable constrained peptides. Nature 538, 329–35 (2016). https://doi.org/10.1038/nature19791. ↩︎
Discussion