👻

ORAC値に関する論文を読んでみた

2023/05/25に公開

0.論文情報

Exploiting Kinetic Features of ORAC Assay for Evaluation of Radical Scavenging Capacity
https://www.mdpi.com/2076-3921/12/2/505

1. 論文の概要

近年食品の抗酸化能に対する統一した指標の必要性が問われている。その中でも、ORAC (Oxygen Radical Absorbance Capacity) 値は、米国老化研究所で開発された「活性酸素吸収能力」の指標のことである。米国ではORAC値を表記した食品が多くあり、消費者にその食品がどれだけ抗酸化力があるかを具体的数値で示している。(1)
 一般的に、ORAC値を算出するためには、ラグタイム(2)評価と曲線下面積(AUC)(3)計算、という2つの方法が一般的である。 論文内では、生体試料や食品試料に頻繁に存在する5種類の純粋な抗酸化化合物、また市販の赤ワイン、オレンジジュースに含まれる抗酸化物質などについて、それぞれ今述べた2つの方法でORAC分析を行っており、それぞれの方法で得られる値を比較、分析している。本文ではその要約を行う。

2. 問題設定と解決した点(先行研究と比べてどこが凄い?)

一般的に、ORAC値には問題点がいくつか存在し、特に研究における実験条件が異なるとORAC値が変わってきてしまうことが挙げられる。例えば、ケルセチンのORAC値は4.38から10.7とばらつきがある。ORAC値は反応媒体中の化合物の溶解度に強く依存し、反応条件とサンプル調製の影響を強く受けるとされる。
 論文では、7種類の抗酸化物質のORAC値を、それぞれラグタイム評価(下図1の曲線Aから求める手法)、AUC計算(下図1の斜線部面積から求める手法)という2つの方法でそれぞれ算出し、それぞれの方法を比較した。そして、それぞれ2つの手法がどうORAC値に影響を与えるのかについて検討した。結果として、ORAC値は、純粋なラジカル消去化合物にはラグタイム測定を用いた方法が推奨され、複雑な天然サンプルのような条件ではAUCを用いた手法が推奨されるとした。


 (図1) 典型的なORAC曲線(蛍光強度-時間)、上図における直線Bを本文ではFL減衰と表記することとする)(4)

3. 技術や手法のキモ

著者が用いているORAC値を求める手法は一般的なものと変わりはほとんどない。しかし、AUC値、ラグタイム値といった複数のパラメータからORAC値を求め、比較していることが独創的だといえる。
 ORAC法は、蛍光物質であるフルオレセインを蛍光プローブ(5)として使用し、一定の活性酸素の存在下、これにより分解されるフルオレセインの蛍光強度を経時的に測定し、その変化を指標として抗酸化力を測定する方法である。原理としては、反応系に抗酸化物質が共存するとフルオレセインの蛍光強度の減少速度が遅延するため、標準物質であるTrolox (6-Hydroxy-2,5,7,8-tetrametylchroman-2-carboxylic acid) 存在下のフルオレセインの減少速度の遅延度合いと比較して、標準物質に換算した試料の抗酸化力を算出する、というものである。(6)

4. 主張の有効性検証

詳しいグラフや表に関しては論文中に記載しているものを見てください。FigureやTableの番号は論文中にあるもので解説しています。

AAPH (2,2'−azobis[2−aminodipropane]dihydrochloride) 由来のラジカルによって誘導されるフルオレセインの減衰を、増加濃度のTrolox、アスコルビン酸、没食子酸、グルタチオン (GSH) 、カフェ酸およびケルセチンの存在下でグラフ化した。(Figure 2 参照)
グラフから得られたパラメータをもとに計算したORAC値は Table 3で示してある。ここで、TEAUCはAUC値をもとに得られたORAC値、TELTはラグタイム(LT)から求めたORAC値である。
また上と同等の実験を市販のオレンジジュース(n=5)、赤ワイン(n=5)についても行い、ORAC曲線、ORAC値を算出した。(Figure 3、Table 4 参照)
上結果において、Figure 2 より、純粋な抗酸化物質(アスコルビン酸、AUC等)におけるORAC曲線は、FL減衰曲線の傾きの変化((図)における点C)が明確で、ラグタイム評価を十分な精度で行うことができると考えられる。その裏付けとして、Table 3 において、TEAUCとTELTの値の差がカフェ酸、GSH以外の化合物ではほとんど生まれていないことが挙げられる。
それに対し、複雑な天然サンプル(オレンジジュース等)に関しては、Figure 3 を見ても分かる通りラグタイムとFL減衰の境目が緩やかで、ラグタイムをどの範囲で定義するかが曖昧になってしまうため、この場合、ラグタイムを用いたORAC値は誤差が大きくなってしまい、適さないと考えられる。Table 4 を見ても、ほとんど全てのサンプルでTEAUCとTELTの値の差が生まれている。
上記のことを考慮すると、純粋で高速なラジカル消去化合物にはラグタイム測定が推奨され、複雑な天然サンプルのような他の条件ではAUCが推奨されると考えられる。(7)

5. 議論すべき点

TE値に基づくと、化合物における抗酸化能はグルタチオン<アスコルビン酸<没食子酸<カフェイン酸<ケルセチンとランク付けでき、これは一般的な実験値と一致している。しかし、これらの化合物のORAC値は、実験条件や研究間のデータ解析などの違いを考慮していないため、絶対的なORAC値の比較はできないと考えられる。例えば、有機溶媒(アセトン、メタノール、エタノール、ジメチルスルホキシドなど)の含有量や性質の違いによって抗酸化物質の溶解度が変わり、ORAC値が変化する。また、ラジカルに対する抗酸化物質の反応性やFL分光特性がpHによって変化することも変動要因である。(8)
 以上のことから、抗酸化物質を含む試料または標準物質の調製に関する標準的で共通の手順を確立し、研究者間で異なる結果を生み出さないことが必要であると考えられ、それに関する議論がなされるべきであると考える。日本では農研機構を中心に標準化が行われている。

6. 次に読むべき論文は?

抗酸化能について述べられている論文。 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/16/8/16_387/_pdf/-char/ja

7. 参考文献

実験条件におけるORAC値のずれについての記述がある論文。
https://link.springer.com/article/10.1007/s12161-013-9640-6

ORAC法の手順についての記述がある論文。
http://fmric.or.jp/ffd/ffmanual/manual4020101.pdf

8. 補足(Appendix)

(1)参考web
http://www.kawai-clinic.com/pdf/ORAC2.pdf
 抗酸化力...活性酸素を吸収する能力
 ORAC値の単位は μmole TE/gや μmole TE/ 100g(TE:Trolox Equivalent)。

(2)ラグタイム
反応モニタリング用のプローブとしても機能する標的分子(例:FL)が減衰する前に、ラジカル種と抗酸化化合物の反応が起こる期間のこと。(図1)における曲線A。

(3)AUC (Area Under Curve) 値
抗酸化種の非存在下および存在下でのプローブ蛍光減衰曲線について計算される。(図1)における斜線部面積。

(4)図は論文中から引用した。Figure 1 参照。

(5)蛍光プローブ
特定の物質を蛍光検出する際に用いられ、対象物質と結合し特定の波長の光を吸収して、蛍光を発する化学構造を有する標識化合物をいう。

(6)食品開発分析センター SUNATEC webサイトを参考にした。
http://www.mac.or.jp/mail/080801/02.shtml

(7)論文中のグラフ等を参考に記述した。

(8)論文中の記述を参考。

Discussion