新宿警察署の代表番号から不審電話詐欺事件を眺めてみる
なぜ作成したのか
- 識別が困難そうな事案なのでちょっと調べてみる
この事件と発信者番号スプーフィング(Caller ID Spoofing)の関連性について分析し、どのような手口が使われた可能性があるのか、技術的な背景や防止策も含めて詳しく論じます。結果がまとまり次第、お知らせします。
新宿署番号を悪用した詐欺電話事件の分析
事件の概要と発信者番号スプーフィングとの関係
- 2025年3月、警視庁は 新宿警察署の実在する代表電話番号(03-3347-0110) が表示された不審電話が全国で多数発生しているとして注意を呼びかけました 。
- わずか3日間で全国から400件以上もの報告があり、新たな特殊詐欺の手口とみられています。
- 着信画面には本物の警察署の番号が表示されるため、受け取った側は正規の警察からの電話だと信じ込んでしまいやすい状況です。
- 実際、新宿署だけでなく警視庁本部や他県の警察署番号を表示した電話も確認されており、電話の発信者番号表示を悪用した「発信者番号スプーフィング」(Caller ID Spoofing)の疑いがあります。
- 警察も現時点では「なぜ実在する警察署の番号が表示されるのか仕組みは分かっていない」としていますが、技術的には後述するような発信者番号の偽装行為が可能であることが知られています。
発信者番号スプーフィングの技術的な仕組み
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発信者番号スプーフィングとは、電話の発信者番号表示に出る情報を改ざんし、本来とは異なる番号・発信元名を表示させる技術です。
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もともとは企業のコールセンターが顧客に電話をかける際に、オペレーター個人の番号ではなく代表番号を表示するなど正当な目的で使われてきた技術ですが、近年これを犯罪に悪用するケースが増えています。
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具体的な方法としては、VoIP(Voice over IP)などインターネット電話サービスを利用して任意の番号を発信者IDに設定するやり方が一般的です。
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一部のVoIPシステムや電話交換機ではユーザーが発信番号を自由に設定できるため、この機能を悪用すれば架空の電話番号を表示させて発信することが容易にできます。
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実際、詐欺師はこうしたサービスや専用アプリを使い、好きな電話番号や名称で電話をかけられる状態を作り出します。
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その結果、受信者の端末には偽装された番号が表示され、本当は全く別の場所・人物からの通話であっても、あたかも信頼できる発信元からの電話のように見せかけることが可能になるのです。
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今回の事件でも、このスプーフィング技術が使われた可能性があります。
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従来、日本国内では「+」から始まる国際電話経由で日本の電話番号に偽装する手口が報告されていました。
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たとえば**発信者番号の先頭に+81(日本の国番号)**を付けることで国内の番号のように見せかけるケースです。
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しかし今年2月頃からは、一見すると国内発信と区別がつかない形で、実在する警察署の番号を表示する電話が登場しています。これは、海外回線を経由した詐欺電話だけでなく、国内の電話網やIP電話網から直接偽装番号で発信している可能性を示唆します。
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技術的には、通信事業者側で発信元番号情報の真正性を検証する仕組み(例えば米国で導入が進むSTIR/SHAKENのような発信者ID認証技術)が整っていないと、悪意ある発信者による番号偽装を完全に防ぐことは難しいのが現状です。
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今回のように公的機関の番号が不正に表示されてしまうと、一般の利用者が見破るのは非常に困難になります。
詐欺師が警察署の番号を使う意図
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犯人が警察署の番号を表示して電話をかけるのは、被害者を信用させやすくし、かつ心理的に動揺させる狙いがあります。警察から電話がかかってきたとなれば、多くの人は驚き緊張しますし、番号表示まで本物の警察署であれば疑いにくくなるでしょう。
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実際に新宿警察署のサイトでも、「捜査員になりすまし『あなたの携帯電話が犯罪に使われている』『あなたを容疑者として逮捕する』などと言って不安を煽り、保釈保証金名目で振込を要求する電話」が増えていると注意喚起しています。
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このように犯人は**「あなたが犯罪に関与している」などと告げることで強い不安感を与え、パニックに陥った被害者は指示に従いやすくなります。加えて「警察官を名乗る人物」からであれば、公的権威への信頼や恐怖心から個人情報や金銭を差し出してしまう**心理を狙っているのです。
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警察署の番号という信用度の高い発信元を装うことで、詐欺師は「緊急事態だから従わなければ」と思い込ませる効果も期待しています。
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例えば今回確認された詐欺では、犯人は新宿署や奈良県警の警察官を名乗り「あなたに犯罪の容疑がかかっている」と告げ、不安を煽った上でLINE等のSNSに誘導し個人情報入力や金銭振込を要求する手口でした。
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公式の捜査であれば本来あり得ない対応(LINEでのやり取りや金銭要求)でも、動転した被害者は表示された番号を信じてしまい、指示に従ってしまう恐れがあります。
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つまり、警察署の番号=本物の警察からの緊急連絡という先入観を逆手に取ることで、詐欺師は巧みに被害者の判断力を鈍らせているのです。
類似事件との比較・手口の進化
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公式機関や有名企業になりすます電話詐欺は以前から報告されていますが、今回のように電話番号自体を正規のものに偽装する手口は近年巧妙化してきたものです。
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従来の「オレオレ詐欺」や「カンプ金詐欺」など特殊詐欺では、犯人は役所職員や警察官、銀行員などを騙って電話をかけていましたが、発信番号そのものは非通知や聞き慣れない番号であることも多く、ある程度注意深い人なら違和感に気づく余地がありました。
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しかし、昨今は技術の悪用により画面に表示される番号まで信用させる方向にシフトしています。
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例えば2022年頃から国際電話を使った特殊詐欺が目立ち、存在しない国番号や+81等を付けた電話で国内機関からの電話に見せかけるケースが確認されました。
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これは海外からVoIP等で発信し、日本国内の電話番号を偽装表示するもので、東洋経済オンラインによれば「存在しない国番号」を使った巧妙な詐欺電話も報じられています(※「+1(200)…」のように本来存在しない番号で偽装する事例 (非通知着信や見知らぬ国際電話「+〇〇」に注意!その危険性と ...))。
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また銀行になりすます手口も多発しており、2025年2月には山形銀行を名乗るボイスフィッシング詐欺が発覚し、被害額1億円超というケースも発生しています。この事件では、山形銀行の名前や電話を装って利用者に連絡し、口座情報を盗み取ったり不正送金させたりしたと見られています。
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さらに、警察官を装う詐欺電話自体は以前から存在し、高齢者宅に「〇〇警察署」の名前で電話をかけ「家族が事故を起こした」などと嘘をつき金銭を要求する事件も起きています。
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実際、Whoscall社の報告する事例では、ある60代女性の自宅に**発信元表示が「警察署」**となった電話がかかり、「息子さんが交通事故を起こした。示談金が必要」と持ち掛けられ現金500万円を騙し取られる被害が発生しました。
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この犯人は番号偽装だけでなく被害者の家族構成や息子の名前まで把握しており、極めて説得力のある演出で信用させていたのです。
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こうした従来型の「なりすまし電話詐欺」に、発信者番号スプーフィングという新たな要素が組み合わさることで手口の精巧さが飛躍的に増しているといえます。
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国際的にも同様の手口は確認されています。
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例えば米国では、連邦議会警察(USCP)の電話番号が詐欺目的で偽装表示され、「逮捕状を取り下げるため」などと金銭や個人情報を詐取しようとする事件が報告されています (U.S. Capitol Police Phone Numbers Used in "Caller ID Spoofing" Scam | United States Capitol Police)。
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米国当局によれば、犯人は警察や政府機関になりすまして偽の罰金支払いを要求したり、社会保障番号等の情報を聞き出そうとするとのことです。
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このように、警察・銀行・政府機関など信頼性の高い発信元を騙る詐欺電話は世界的にも増加傾向にあり、日本でも今回の新宿署番号悪用のように手口が高度化している状況です。
手口のリスクと社会的影響
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発信者番号スプーフィングを用いたなりすまし電話詐欺は、被害者にとって甚大なリスクをもたらします。
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第一に、金銭的被害は極めて深刻です。電話一本で巧みに信用させられ、多額の現金を振り込んでしまったり、直接手渡してしまうケースが後を絶ちません。高齢者を中心に、特殊詐欺全体の被害額は年々増加傾向にあり、2022年には全国で約370億円、2023年はついに被害総額441億円を超えたとも報じられています。
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発信者番号の偽装により詐欺の巧妙さが増せば、こうした被害額がさらに膨らむ可能性があります。
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第二に、個人情報の流出や悪用のリスクです。詐欺師は金銭だけでなく、住所・生年月日・口座番号・暗証番号といった個人情報も聞き出そうとします (U.S. Capitol Police Phone Numbers Used in "Caller ID Spoofing" Scam | United States Capitol Police)。
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一度これらの情報が漏れてしまうと、被害者は別の犯罪(なりすましによる契約や不正出金等)に二次被害として巻き込まれる危険も高まります。
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電話という手段は相手の顔が見えず録音も容易でないため、被害が発覚しにくく、複数回にわたり個人情報を引き出されてしまうおそれもあります。
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第三に、社会的な信頼の低下という影響も無視できません。電話の発信番号表示は本来、相手を特定し安心して電話を取るための有用な情報ですが、これが偽装可能だと知れ渡れば**「表示された番号は当てにならない」**という認識が広がります。
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その結果、正当な電話連絡に対しても市民が疑心暗鬼になる可能性があります。実際、「警察からの電話だから」と信じて被害に遭う人がいる一方で、今度は本当に警察から緊急の電話があっても「詐欺ではないか?」と警戒して協力が得られにくくなる、といった弊害も考えられます。
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通信手段としての電話全般の信用が損なわれれば、行政・企業の円滑な連絡やサービス提供にも支障を来しかねません。
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さらに、社会的不安感の増大という側面もあります。自分や家族に警察や銀行を名乗る電話が来たと聞けば誰しも不安になりますし、「巧妙な詐欺が横行している」と報道されることで高齢者を中心に精神的なストレスを与えることにもなります。つまり、この手口は個人の被害に留まらず、社会全体の安心感や信頼関係を揺るがす危険性を孕んでいるのです。
被害を防ぐための対策と一般市民ができる防御策
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このような手口に対抗するには、技術面の対策と利用者側の対策の双方が求められます。
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1. 技術的・制度的な対策:
- 通信事業者や規制当局による発信者番号偽装防止策が重要です。
- 海外では既に、発信者番号を認証し偽装された通話をブロックする仕組み(例:米国のSTIR/SHAKENフレームワーク)や、違法なスプーフィング行為を禁止する法規制が整備されつつあります。例えばフランスでは2024年10月から固定電話の番号偽装を通信事業者が遮断する技術的措置が義務化されました (スプーフィング禁止、10月1日より施行に | フランス情報メディアのET TOI(エトワ))。
- 日本でも総務省や通信業界で迷惑電話対策の議論が進んでおり、将来的には発信者情報の検証強化や、不正な経路からの通話を自動判別してシャットアウトする技術の導入が期待されます。電話会社による迷惑電話フィルタリングサービスの高度化も有効でしょう。
- 現在大手携帯キャリア各社は、不審な電話を検知して警告したり自動ブロックするサービスを提供しています。
- ただし今回のように一見「正規の番号」からの着信だと、現行のフィルタでは弾けない可能性があるため、より巧妙な検知アルゴリズムやデータ共有が必要です。
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2. 組織側の対策(警察・銀行など):
- 警察や金融機関も、電話での連絡方法や注意喚起の仕方を見直す必要があります。
- 警察では電話での詐欺被害防止の広報を強化しており、特殊詐欺対策の専用アプリやサイト(警視庁の「特殊詐欺根絶アクションプログラム」など)で犯人の音声や手口例を公開しています (新宿警察署 警視庁)。
- また、「警察官が電話で現金の振込指示やSNSへの誘導は絶対にしない」ことを繰り返し周知することが大切です。
- 銀行等でも同様に、「電話で暗証番号を聞くことはない」「不審な電話はお客様相談室へ確認を」といった注意喚起を行っています。こうした公的機関・企業の広報と訓練によって、市民が公式を装う詐欺の見分け方を学ぶ機会を増やすことが望まれます。
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3. 個人でできる防御策:
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一般利用者として最も有効なのは、「電話の表示番号だけで判断しない」という心構えです。
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たとえ自宅の電話や警察署など信頼できる番号が画面に表示されても、内容に少しでも不審な点があれば一旦電話を切り、自分でその機関の公式番号にかけ直して確認する習慣を持ちましょう。
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今回のケースでも、着信が新宿警察署の番号だったとしても、そこで要求されたのが「LINEへの誘導」や「保釈金の振込」であればまず詐欺を疑うべきです。
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いったん切って、公式に公開されている警察署代表番号(今回なら03-3347-0110)に自ら電話し、「先ほど○○と名乗る人から電話があったが本当か?」と確認すれば、真偽はすぐ判明します。
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実際の警察業務では、犯人に容疑がかかった場合電話越しに金銭を要求することは絶対にありません 。
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このような基本を知っているだけでも被害回避につながります。
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また、個人情報を安易に電話で提供しないことも鉄則です。
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たとえ警察や銀行を名乗られても、生年月日や口座番号、暗証番号などを聞かれたら即座に疑い、回答しないでください。
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公的機関が電話でこれらの情報を尋ねることは通常ありません。
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同様に、「すぐ支払わないと逮捕する」「今ここで対応しないと口座が凍結される」といった急かす要求があれば詐欺を疑いましょう。
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緊急を装って冷静な判断をさせないのが犯人の手口ですので、一呼吸おいて家族や周囲に相談することも有効な防御策です。
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加えて、迷惑電話対策アプリやサービスの活用も検討してください。
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スマートフォンであれば、電話帳に未登録の番号からの着信時に警告を表示したり、過去に報告された詐欺番号データベースと照合して注意喚起してくれるアプリ(例:Whoscallなど)があります。
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ただし前述の通り、公的番号の偽装はデータベース上は「正常な番号」であるため見破りが難しい面もあります。
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それでも、不審な国際電話や知らない番号からの着信拒否設定を行っておくことは、無差別発信の詐欺電話を減らすのに有用です。
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NTTの「迷惑電話おことわりサービス」や携帯各社の迷惑電話ブロックサービスを利用し、自衛策を講じましょう。
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最後に、家族間で合言葉や確認質問を決めておくのも効果があります。
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警察や病院を装って「息子さんが…」と連絡が来ても、直接本人や家族に必ず確認する、あるいは家族しか知らないキーワードを伝えてもらうまで信用しない、といったルールです。
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高齢のご両親には、「どんな相手でも、一人で判断せず必ず自分(息子/娘)に相談して」と日頃から伝えておくことも大切です。
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結論:
- 発信者番号スプーフィングを悪用した新手の詐欺電話は、技術の悪用によって生じた深刻な社会問題です。
- 電話番号表示という安心材料が崩れ去った今、私たちは 「電話の内容で真偽を判断する」 意識を持たねばなりません。
- 幸い、警察も注意喚起を強め、通信業界も対策に乗り出しています。
- 私たち一人一人も知識と警戒心を高めることで、この巧妙化する詐欺の被害を防ぎ、社会の安全を守っていきましょう。
所感
- 結局どのような方法で偽装しているのかは、調査結果をまつことになりそう。
- 見た目で識別できない以上、受信したときの振る舞いを定めておくしかないのかなという気持ち
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