社会人エンジニアのための法律概論
要旨
「法は自ら助くる者を助く」という法律の世界の格言があります。
これは由来となった「天は自ら助くる者を助く」と同じで、自ら法律を知り、法律を行使しない者には法律の恩恵は受けられないという意味です。
日本では日常生活の中でトラブルがあっても法律の外で解決することを好む傾向にあり、義務教育でもあまり法律について教えないので、これまで法律を意識せずに生きてこられた方も多いと思います。
今後も恐らく意識することなく生きていけると思います。
ただ、日常生活の裏側では多くの法律的な行為が発生しており、冒頭で書いたように法律を知ることで有利に生きられることがあるのも事実です。もしあなたが法律に興味を持った際に「全然わからない」となるのではなく、どうしたら調べられるか・勉強できるかくらいはわかるように、簡単な法律の体系などをエンジニア用語(太字)を使って説明します。
注意
筆者は法律の専門家ではないので、多少間違っている可能性があります。
間違ってたらごめんね。
法律の構成
- 憲法(root法律)
- 民法・民事訴訟法・刑法・刑事訴訟法(一般法:子法律)
- 商法、会社法、法人税法、労働基準法(特別法:孫法律(ひ孫以降もある))
憲法と頂点とし、その下に一般法、さらにその下に多数の特別法がある木構造をしている。
各法律を実際に運用するために依存性注入して抽象的な内容を具体化する、別の法律(施行規則や施行令)がある場合がある。例:会社法、会社法施行令、会社法施行規則
六法全書の六法とは以下の基本となる法律である。ただし、六法全書はこれ以外の法律も載っている。
- 憲法
- 民法
- 民事訴訟法
- 刑法
- 刑事訴訟法
- 商法
憲法・一般法・特別法の関係
憲法をroot法律として、(オブジェクト指向的な意味で)継承したものが一般法、更に継承したものが特別法である。継承されるにつれ、内容が具体化される傾向にある。
(そのため憲法は抽象的なことばかり書いてる)
継承される際にオーバーライド(上書き) されることもある。その場合、継承 先の法律が優先される。
ただし、裁判所はadmin権限(違憲立法審査権)を持つので、憲法に反するとされる法律や判決を無効にすることができる。
なお、厳密には一般法・特別法は相対的な関係を表し、憲法と民法では憲法が一般法、民法が特別法にあたるのに対し、民法と会社法では民放が一般法、会社法が特別法にあたる。
その他の法律
内閣府令、省令、政令などもあるが、原則強制力はない。施行規則や施行令も同じで強制力はない。
法律の数は2000程度。政令なども入れると8000程度。
国際的な事柄の場合、条約も強制力を持ってくるので注意
商取引の場合、商法のような法律だけでなく、明文化されていない商習慣が法律と同等に扱われる場合がある。デファクトスタンダードとなったオープンソースライブラリみたいなものである。ただし、商法に違反した商習慣は認められないが民法に違反するのは認められる。
他の法律の分け方
憲法・一般法・特別法としての分け方以外にいくつかの分け方がある。
公法・私法
公的なもの(国・公的機関が関係するもの)と私的なもの(それ以外)を分ける。
私法の中にも公的なものが含んでいる場合もあり、おおよその分類である。
学術的な場面で用いられることが多い。
- 公法の例:刑法、税法
- 私法の例:民法、商法
ジャンルごとの分類
実社会で用いられることが多い。
弁護士の専門領域も大体これらで区切られる。
- 刑法系:刑法、刑事訴訟法など
- 商法系:商法、会社法など
- 租税法系:消費税法、法人税法など
- 労働法系:労働基準法、労働組合法など
※租税法、労働法についてはその名前自体の法律があるわけではない
1つの法律の中の構成
各法律は複数の条文をプロパティとして持つが、各条文は法律の直下に配列として定義されているわけではなく、ツリー構造として複数階層で集約される。上位の階層から次の命名がされる。
- 編
- 章
- 節
- 款(かん)
- 条
- 項
- 号
款より上は、書籍などにおける分類のための番号付で、公式には条以下のみを使う。
例えば民法の場合
- 第一編 総則
- 第二編 物権
- 第三編 債権
- 第四編 親族
- 第五編 相続
の5編構成であり、全体で1050条(2024年6月現在)ある
判例の存在
具体化された法律であっても解釈の余地が残っていたりする。
裁判においても、そこをどう解釈するかは各裁判官によってゆだねられている。
しかし、裁判官によって判断が分かれると不公平であるので、過去の裁判官の解釈は「判例(はんれい)」として公表され、実質的に法律のように機能する。
裁判官専用のコーディング規約のようなものである。
必ずしも強制されるものではないが、多くの場合は判例に従われるし、判例に従わないと上のランクの裁判所のlintチェックで判断を修正される可能性が高くなる。
なお、厳密には地方裁判所・高等裁判所(下級裁判所)の出した判例は「裁判例」と言われ、最高裁判所の出した(上級裁判所)の「判例」に比べて強制力は劣る。
法律の学び方・調べ方
法律を勉強する、調べるときは以下のような本を読むのが一般的である
- 六法全書:六法に限らず、大半の法律について各条文が載っている。法律の百科事典
- コンメンタール:逐条解説書。つまり、各条文について個別に解説が載っている。六法全書と違って、各法律ごとに1冊の本となる。
- 概説書:各法律について、個別の条文を読む前に全体を俯瞰してどういう要件・仕様なのかを学べる本。ちゃんと勉強したい初心者にはおすすめ。
- 判例集:判例として用いられる有名な判決についてまとめられた本。過去の有名どころの判例一覧を扱うものや、月刊誌として最近の判例を扱うものなどがある。具体的な事例・事件に基づくので読み物としても結構面白い。
特定の単語に関連する条文を横断検索したい場合などはWebの検索システムが便利。
(e-Gov(イーガブ)法令検索)[https://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0100/]
新しい法律
国会によって毎年新しい法律が作られている。新しい法律・改正された法律は内閣法制局の「(公布法律一覧)[https://www.clb.go.jp/recent-laws/]」から確認可能。
昔のものを現代語風に直されただけのこともある。
民法概説
- 第一編 総則
- 第二編 物権
- 第三編 債権
- 第四編 親族(結婚、親子関係など)
- 第五編 相続
多くの場合、当たり前のことが書いてあり、常識的な内容
物件とは実態のあるものに対する権利、債権とは人の行為に対する権利(お金を払ってもらう、仕事をしてもらうなど)
仕事においてよく使うのは「第一編 総則」、「第三編 債権」あたり。
民法の三大原則
- 権利能力平等の原則
国籍・階級・職業・性別などにかかわらず、すべての人は等しく権利を持ちうる - 所有権絶対の原則
所有権は、国家を含めた誰からも何の拘束を受けることはない、完全で神聖不可侵な支配権である - 私的自治の原則
個人や法人などの公的な存在以外の間では自由な内容でルールを決められる。(契約自由の原則)。
とはいえ、人間は完全にものごとを制御できるわけではないので、故意・過失がない場合には損害賠償の責任を負わない(過失責任の原則)
その他、契約の当事者で一方が一般的に弱い立場である場合に、無制限に自由な契約ができないようにする法律がある。利息制限法や、労働契約法で罰金禁止など。
民法小話
民法は一般常識での判断と変わらないと述べたが下記は異なる。
- 家は建築中でも自然災害などでの消失は買主の負担
- 家電の無料保証期間の制限は無効で、故障してから(購入後ではない)1年間は保証される
ただし、自然故障(寿命による故障)は保証されない
※買主に不具合(瑕疵)の証明責任があるが、通常は正常に動作するであろうと想定される期間を下回って故障したことを持って証明とすると主張することは可能
契約
主に民法や商法で規定される。
契約自由の原則により、自由な内容、自由な形式で契約できる。
契約書としたかしこまった文書でなくても契約は有効で、仮契約書・覚書や口約束でも有効。
契約書の書き方も自由で、甲乙丙とよく使うが、決まってるわけではないので、何でもよい。
署名・押印のいずれかで有効。
契約書を作る際の注意事項
通常時に行う契約内容を定めることも大切だが契約解除の条件を定めておいた方が良い。
捨て印は相手が自由に内容を書き換えられるので注意。
典型契約
契約は民法に13種類の類型が定められており、およそ全ての契約はその13種類のいずれかとして扱われる。契約書のひな型を探す際はこのワードで探すと見つけやすい。
- 贈与
- 売買
- 交換
- 消費貸借
- 使用貸借
- 賃貸借
- 雇用
- 請負
請負人が仕事の完成を約束し、注文者が、その仕事の対価として、報酬を支払うことを約束する契約をいう。 - 委任
委任者が、受任者に対し、法律行為をすることを委託し、受任者がこれ受託する契約をいう。(行政書士、司法書士への依頼など)
※準委任契約とは、委任者が受任者に対し、法律行為でない事務をすることを委託し、受任者がこれ受託する契約をいう。フリーランスへの業務委託契約とは準委任契約である。 - 寄託
当事者の一方が相手方のために保管をすることを約してある物を受け取ることによって、その効力を生ずる。(銀行、倉庫など)
寄託契約の原則として、物を預かる側は預かっているものに何かあった場合は損害を補償しなければならない。ただし、高額なものを預かった場合で預ける側が効果であることを事前に伝えてなければ、賠償責任はない。 - 組合
- 終身定期金
- 和解
民事裁判について
法律を根拠として金銭や物の権利を要求する。
そのため、謝罪を要求することはできない。
裁判の種類
普通裁判
通常の方法で行う裁判。十分に審理が行われる半面、判決を得るまでに時間がかかる傾向にある。
普通裁判を行う裁判所は請求額が140万円以下の場合は簡易裁判所、140万円より多い場合は地方裁判所である。ただし、この140万円には利息は含まれない。
原告・被告双方に初回の口頭弁論は自身の主張を答弁書として提出しておけば実際に裁判所まで行く必要はない(行って口頭で答弁してもよい)。2回目以降は出廷しなければならず、仮に書面で答弁を行っても主張したものとみなされない。
ただし、簡易裁判所での裁判に関しては書面での答弁が許可される。
多くの場合、判決までいかず、和解に終わることがある。
(裁判官の評価制度として新規案件より終了案件が多いこと、があるので、裁判官としては早く和解で終結させたいという動機がある)
少額訴訟
60万円以下の金銭の支払いを請求する場合にのみ選択できる裁判方法。簡易裁判所で行われる。
ただし、少額訴訟で提起したとしても被告が拒否すれば、通常裁判に移行される。
審理は一回で、審理後に直ちに判決が言い渡される。迅速に裁判が行われるが、使用できる証拠に制約があったりと、十分に裁判が行われない可能性がある。
その場合でも、控訴はできるが、再度1審をやりなおすことはできない。
労働審判
労働者と事業者間の問題を専門に扱う裁判。原告が複数人いる場合は選択できない。
雇用関係や給与支払い関係などの労働者の権利に関するものを扱うことができるが、ハラスメント被害の賠償など、対象とできないものがある。
審理は最大でも3回に限定され、早く裁判を終えることができる。和解も可能。
ただし、原則として審理の日には裁判所に出廷しなければならない。
民事調停
民事調停は被告と話し合う余地がある場合に利用可能。
裁判所や中立の第三者が間に入って原告・被告双方で話し合い、決着点を探る。ただし、決着点が見いだせない場合、決裂に終わる可能性がある。
合意に達した場合は、合意内容は法的に強制力を持つ。
裁判よりも手続きが簡単で、費用も安価、スピードも早い。
簡易裁判所に申し立てることで、能動的に調停を行えるが、裁判所が強制的に調停を行わせる場合がある。
仲裁
仲裁は裁判所ではない第三者に判断をゆだねる方法。事前に当事者双方の合意が必要であり、仲裁の結果に関しては拒否できず、強制力を持つ。
一般的に仲裁機関に委託して仲裁を行う。
支払督促
支払督促は裁判を行わず、相手方に裁判所から金銭の請求を行う。請求できるのは客観的に算定可能な金銭のみで、慰謝料に関しては示談などで確定した金額でない限りは裁判所に却下される。
相手方が異議を申し立てれば普通裁判に移行するが、2週間以内に異議を申し立てなければ支払督促は強制力を持つ。(ただし更にその2週間以内に異議を申し立てれば、支払い督促の強制力は取り消されないが、普通裁判に移行する)
支払督促の申し立て時点では証拠は提出不要で、申立用紙に不備なく記載されているか程度しか通常は確認されない(あまりに請求内容に問題がある場合は却下される)。異議も同様で、異議があることのみ記載すればよく、異議内容の正当性は確認されない。これらは裁判に移行後に確認される。
費用は普通裁判費用の半分である。
管轄裁判所
原則として裁判所は被告の居住地の近くの裁判所になる。
そのため、会社で契約書や利用規約を作る場合は管轄裁判所を自社の所在地にする条項を置く(「合意管轄」と呼ぶ)。
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