azooKeyの開発近況(2025年6月バージョン)
日本語入力システム「azooKey」の開発者のMiwaです。
2024年に「開発近況」を書いてから1年強経過しました。この期間のazooKeyの動きをまとめます。
前回の記事⬇
macOS版azooKeyの開発状況
前回の記事では以下のように書きました。この宣言の通り、macOS版azooKeyにかなりのリソースを注ぎました。
今後1年程度は意欲的な改善に取り組みたいと考えています。特に、デスクトップ環境においてニューラル言語モデルなどを利用してより妥当な変換を実現することにかなり興味を持っています。
「ニューラルかな漢字変換」で未踏ITに採択
何よりも大きかったのは2024年度の未踏IT事業に採択されたことです。早稲田大の高橋さん(Twitter)と共に「ニューラル言語モデルによる個人最適な日本語入力システムの開発」というプロジェクトを提案し、岡PMのもとで2025年の3月まで取り組みました。ありがたいことに、三輪・高橋ともにスーパークリエータの認定をいただきました。
「ニューラルかな漢字変換」の詳細については他のところで書いたので、興味があればぜひそちらを参照してください。LLMの小さいやつをうまく作ってデスクトップ版azooKeyに搭載すると、文脈を読んだ変換ができたり、精度が爆上がりしたりします。ローカル処理なのでプライバシーも担保できます。
特に高速化に関する技術にはかなり新規性があったので、言語処理学会という日本の自然言語処理研究者の集まる会議に論文を投稿し、若手奨励賞をいただきました。休学中のため私としては初めて執筆指導をしてくれる年長者がいない中での執筆となりましたが、結果としてこういう賞をもらえたのは非常に嬉しいことでした。
https://www.anlp.jp/nlp2025/award.html より
macOS版azooKeyが実用レベルに
ニューラルかな漢字変換の実現やその他の実装努力により、macOS版azooKeyが実用レベルに達しました。この記事もmacOS版azooKeyで書いています。
開発上大変だった点はいくつかあるのですが、例えば変換候補ウィンドウはかなり苦戦しました。高橋さんが色々頑張った結果真っ当な使い勝手のシステムになりました。
結構良い機能だと思っているのが「いい感じ変換」です。これは高橋さんの提案で始まったもので、大きな気持ちとしては「えもじ」と打ったら絵文字の候補がずらっと並ぶのをLLMに任せることで魔改造したようなものです。こんな感じで使えます。
結構色々な機能があり、英語の校正や絵文字の追加、文章のフォーマライズなど、便利に使うことができます。
azooKeyのmacOS版はリリースもしているので、気になる方はぜひお試しください。
iOS版azooKeyの開発状況
iOS版は2024年9月にv2.3を、2025年5月にv2.4をリリースしました。
macOS版に注力した分、やや更新は少なめになりましたが、いくつか大きな改善を入れました。
デフォルトテーマの一新
まず、見た目に大きな変化としてはデフォルトテーマを一新しました。azooKeyではリリース当初から「iOS標準っぽいがちょっと違うテーマ」を使ってきました。これは差別化という面もないではないのですが、おもには標準キーボードの透け感をうまく出せないから、というのが理由です。
しかし、いくつかの発見により、この標準キーボードらしい透け感を再現する方法がわかったので、v2.4以降では新しいネイティブライクなテーマを採用しました。
カスタマイズ機能の改善
azooKeyの最大の売りの一つであるカスタマイズ機能は継続的に改善しています。
v2.3では「スクロール式のカスタムタブ」の編集画面を改善し、簡単で直感的な編集ができるようになりました。
また、v2.4では「フリック式のカスタムタブ」を作る際、「ベース」を選べるように改善しました。ベースのタブを選ぶことで、既存のタブをちょっとだけいじる、といったカスタマイズが簡単に行えるようになり、これまで以上に多くの人にカスタマイズを楽しんでもらえると考えています。
ほかにも、要望の多かった「濁点化」アクションに対応しました。これはAndroid系のキーボードアプリで採用されている「小」キーのフリックで「濁点化」「半濁点化」「小書き化」などを選択できるというもので、他のキーボードアプリから引っ越しする際には便利になると思います。
このほかにも、カスタマイズにはいろいろな改善を入れています。
- タブバーにSF Symbolsを使えるようにしました
- タブバーで固定表示されるアイテムを追加しました
- 「長押し」で発動するアクションの発動までの時間を「軽い」「標準」から選べるようになりました
- 設定アプリ内の「拡張」タブから直接作成を始められるようにしました
カスタムタブの共有機能を追加
これまでもカスタムタブをファイルとして書き出して共有することができましたが、SNSなどで共有するうえではURLが発行できたほうが便利です。しかし、個人でそれをやるにはカスタムタブファイルを適当なファイルサーバに設置する必要があり、なかなかめんどくさい作業になります。
そこで、v2.4.2ではazooKey関連のプロジェクトとしては初めてのサーバサイド処理の絡む機能として「カスタムタブの共有用URLの発行」機能を導入しました。アプリ内のカスタムタブ詳細画面でリンクを発行できます。
この機能のために、ついにazooKey.comを取得しました。これによりユニバーサルリンクにも対応できるようになり、共有されたカスタムタブリンクをタップすると直接azooKeyアプリが起動して読み込める、という理想的な体験が実現できました。
「無料永続リンク」としてしまうとファイルストレージになってしまうので現状は30日という制限を入れていますが、今後いい感じに運用を安定させていければと思います。
そのほかの改善
変換精度の観点では辞書を継続的に改善しています。アプリ内からの誤変換報告は1年間で600件、辞書の追加リクエストも約550件届いており、確認しつつ対処を進めています。
最近の更新としては、2024年末時点の人名データを反映したり、「嬉しいっ」というような「っ」のついた変換が強く優先されてしまう問題を修正したりしました。
また、ユーザに対して軽量な辞書パッチを動的に配信する仕組みを導入し、アプリケーション自体を更新しなくても簡単な修正が行えるようになりました。最近だと「GQuuuuuuX」とか「古古古古米」などをこの方法で配信しています。以下のGoogle Formに申請を出すと私が人力で確認の上でパッチを配信するので、奮ってご報告ください。
統計情報
App Store Connectで閲覧できる「セッション数」はコンテナアプリ(本体アプリ)を開いたときにしか増えないので、実は私もどれだけ使われているのかさっぱりわかっていません。本体アプリを開くユーザは前年比で1.33倍、DL数も1.46倍だったので、前年比でだいたい1.3~1.4倍程度のユーザが増えたものと推測しています。デイリーのインプレッションは前年比で0.74倍と減少したのですが、これは前年にApp Storeでの特集があったためで、平常時のインプレッションは1.6倍に増加しました。アプリとしての成長は順調かなと思います。
また、2024年5月にApp Storeレビューが200件に到達しましたが、現在は400件と、1年で倍増しました。こちらも嬉しいことです。
AzooKeyKanaKanjiConverterの開発状況
今年のAzooKeyKanaKanjiConverterの改善はおもにニューラルかな漢字変換システムZenzaiの開発に集中しましたが、それ以外にもいくつか改善が入りました。
まず、CLIが充実しました。デバッグにおいてはanco session
コマンドを利用することで、GUIを立ち上げずに再現性のあるかな漢字変換の動作テストができます。また、anco dict
コマンドで辞書を立ち上げることができます。
また、クロスプラットフォーム対応は大きく進展しました。特にFくん(Twitter)が色々と手を入れてくれたことにより、WindowsとAndroidでもAzooKeyKanaKanjiConverterが動作するようになりました。
これにより、WindowsではFくんが開発した「azooKey-Windows」が使えるようになりました。
また、LinuxではNanaka Hiiraさんが開発した「fcitx5-hazkey」が使えます。
Android向けには現状、Fくんによるデモが公開されています。現状GUIは実用的なレベルではないようですが、誰かが頑張ればAndroid版も作れるかもしれません。
また、iOS向けアプリでは音声によるコミュニケーションが困難な人のやり取りを補助するアプリケーション「DropTap Pro」でAzooKeyKanaKanjiConverterを利用していただきました。かな漢字変換システムがこういうところでも役立つのは嬉しいことです。
そのほか
AI変換が𝕏でかなり伸びました。自分で作ったプロダクトが伸びるとかなり嬉しいですね。
それから、fukabori.fmというポッドキャストに出させてもらいました。初ポッドキャストだったのでしどろもどろで色々話したら編集でいい感じになっていてびっくりしました。
あとは、IT Mediaで取り上げていただいたり
「大西配列」の作者の大西拓磨さんがazooKeyを使って「小西配列」を作ってくれたりしました。
azooKey.comはazooKey-siteというレポジトリで管理しているのですが、Vue2の時代に試行錯誤しながら作ったものがずっと動いていて、手を入れづらくなってバグも出てきて困っていたところ、LaPHさん(Twitter)が気合のVue3移行PRを作ってくれて助かったりしました。
年末に京都で開かれていたIM2024というワークショップにも行きました。以前から存在は認知していたものの、自然言語処理業界の大御所が多くて尻込みしていたのですが、行ってみたら色々楽しい話ができて良かったです。
これとは別に、IME開発者同士で集まってもくもく作業をする会、というのを不定期でやっていて、そちらでもいろいろな開発者の方とコミュニケーションができるようになってきました。日本にあんまり多くはないIME開発者人口ですが、いろいろ情報交換をしていきたいです。
これから
2025年も引き続き挑戦的な開発を継続していきたいと思います。今年取り組んでいこうと思っているのは次のような目標です。
- macOS版azookey / Zenzai:学習やユーザ辞書などの個人最適化の安定性の改善
- iOS版azooKey:Zenzaiの高精度な変換をどうにかして導入
- そのほか:読み推定の改善、辞書の改善を半自動化するエージェンティックなシステムの構築、サーバサイド処理を前提とした機能群の追加
一方で、戦線を広げすぎている感じもちょっと出てきています。大学1年生の時に開発を始めたazooKeyですが、今はフルタイムで労働している人間がひとりで切り盛りしているソフトウェアになってしまいました。ワンオペOSSが終わる最大の原因はモチベの低下です。自己成長につながるような新しいエリアに取り組むことでモチベ管理に気を配りつつ、適度な負荷で続けられるように注意していきたいと思います。
azooKeyは引き続き開発を進めます。
- ニューラルかな漢字変換のためのMLOps(Zenzai)
- 変換エンジンの高速化・省メモリ化・最適化(AzooKeyKanaKanjiConverter)
- 複雑なUI/UX開発(azooKey)
など、なんか無限にやることがあるのがこの開発の楽しいところです。マジで誰か手伝ってください。
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