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これを読めば怖くない!エンジニアの教養としての特許出願の関わり方

2024/12/06に公開

はじめに

こんにちは、atama plusでVPoEをしている @kzk_maeda です!
この記事はatama plus advent calendar 2024の12/6分です。

最近開発に関わっていた機能で特許出願する機会があり、その際の知見を残しておけば誰かの役に立つかもと思ったので放流します。

本題に入る前の背景情報

自分の簡単な紹介

僕は、ここ10年弱はエンジニアとして開発したり組織マネジメントしている者ですが
新卒では総合電機メーカーの知財部門からキャリアをスタートし、特許をはじめとした知的財産権法に関してはそこそこの知識を持っているつもりでいます(出願や係争の裏方対応をメインでやってました)。
エンジニアに転向してからも、知人の会社の特許出願の支援とかやってたので、知識としては錆びついてもないんじゃないかなぁ・・と・・。

記事に登場する特許の基本知識

特許?聞いたことはあるけど?くらいの方を対象読者と想定しているのですが、本文中に専門用語がパラパラと登場するので、ある程度前提として知っておくといい知識を列挙します。

特許基礎の基礎

1. 特許とは?

  • 特許は、技術的な発明を保護するための知的財産権です。
  • 特許を取得することで、その技術を独占的に使用できる権利が与えられます(通常は出願から20年間)。
  • 特許の取得には、以下の要件を満たす必要があります。
    • 新規性: これまで公表されていないこと。
    • 進歩性: 専門家が見ても新しいと感じられること。
    • 産業上の利用可能性: 実際に産業で利用できること。

2. 特許出願の流れ

  • 特許出願は、アイデアを特許庁に提出し、その審査を経て特許権を得るプロセスです。
  • 主な流れは次の通りです:
    • 出願準備: 発明の詳細をまとめ、弁理士とともに明細書を作成。
    • 出願: 特許庁に書類を提出。
    • 審査請求: 特許庁に審査を依頼(日本では出願日から3年以内)。
    • 審査・登録: 特許庁の審査をクリアすると特許権が発生。

3. 特許出願における重要な文書

  • 明細書: 発明の内容を記述した文書。特許の核となる。
  • 請求項: 特許の権利範囲を規定する重要な部分。
  • 図面: 発明を視覚的に補足するための図表。

4. 出願後のプロセス

  • 出願後、特許庁による審査を経て、特許権が成立します。
  • 特許権が成立した後も、権利を維持するための費用や、競合との特許係争などの課題が発生する可能性があります。

出願までの流れ

どういう時に特許出願の流れになるの??

そもそも、特許って「ビジネスの根幹となるような、技術的にめちゃくちゃレベルの高い大発明!」みたいなイメージがありそうですが、普段の開発活動の創意工夫の中でも十分に出願して権利化狙えるものはあると思っています。
ただ、一定の基準はあると思っていて、例えば以下のようなケースでは出願して特許として権利化することを検討してもいいのかな、と思います。

事業の根幹となるコアの機能を改善する際に、技術的な工夫が発生したとき
完全に新しいものを開発・発明する必要はなく、既存のものの改善でも十分に特許性は狙えます。
その際、周辺機能のAPI改修とかは流石に(特許性の観点でも費用対効果面でも)難しいと思うので、
自社事業の根幹となる機能を改善し、それがビジネス上大きな差別化ポイントになりうる場合、特許出願の可能性を検討する価値があると思います。

ユーザー体験に近い見た目上の機能で、競争優位に働きうる機能を開発するとき
上の例はかなり機能・技術に寄った例でしたが、例えばUI/UX上の工夫に関しても特許化できる可能性はあります。
これがビジネス上クリティカルな体験であれば、侵害立証性も高く、その体験を独占できる効果も大きいので非常に強い特許となる可能性があります。
有名どころだとAmazonの1クリック特許と呼ばれるものがあります。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-4959817/15/ja

なんでも特許になるわけではないが、意外とハードルが高いわけでもない、という雰囲気が伝わったでしょうか?
以降では実際に特許出願するとした際に並走していただく弁理士とのコミュニケーションについて記載していこうと思います。

弁理士との打ち合わせのために準備しておくことは??

特許を出願する際には弁理士に依頼することとなります。会社によっては社内にいる弁理士と一緒に出願を進めていくこともありそうですが、ここでは一般的な社外の弁理士事務所と一緒に出願手続きを進めるケースについてお話しします。

なぜ事前準備が大事なのか

弁理士は技術系のバックグラウンドを持っている方も多いですが、その専門性は様々で、出願内容の技術面に関して必ずしも明るいとは限りません。
なので、あまりにもラフな状態で弁理士さんと相対すると、出願内容を理解してもらうためのコミュニケーションや、その後の書面の修正やり取りで逆に時間を溶かしてしまう恐れがあります。
時間がかかるだけならまだ良いのですが、それにより出願日を確保することができず、出願前に機能がリリースされて公知状態になったり、他者に先に出願されたりすると特許性を失ってしまう恐れもあります。

こうした事態を避け、スムーズに出願手続きが進むよう、以下で述べるような事前準備をしておくことをお勧めします。

準備しておく情報や資料

以下のような情報や資料を事前に準備しておくと、弁理士との打ち合わせがスムーズに進むと思います。
全ては難しいにしても、重要なものは揃えておくようにしましょう

1. 出願情報サマリ
ここでは出願に至った背景情報などを記述します。

  • 名称
    • 発明内容を一言で表せるような名称をつけてください
    • 出願に使うというよりは、「XXXの出願の件で〜」みたいなやり取りに利用することを想定しています(出願にも発明の名称は記載しますが、ここはかなり定型化・一般化された名称を使います)
  • 出願期日
    • この発明が公知(世の中に知られているor誰でも知ることができる状態)になる日から逆算して、その日より前に出願を目指すことが原則です
      • 例外的に、所定の手続きをすれば公知になったあとでも出願することはできますが(新規性喪失の例外規定)、説明が煩雑になるので詳細は触れません
    • 公知状態になるのは、機能リリースやプレスリリース、登壇など色々考えられますが、基準としては「不特定多数の人がその情報にアクセスできるようになる状態」を目安とすると良いと思います
  • 出願方法
    • 出願期日までにある程度体裁を整えて出願できそうにない場合は、仮出願という制度を利用することも検討するかと思います
    • また、事業上最初から海外での権利化も目指す場合は、国際出願という手段を取ることもあるかと思います。
    • どの方法で出願するかある程度イメージしておいて、弁理士との打ち合わせ時に相談できるようにしておくと良いと思います
  • 発明者と寄与度
    • 誰が発明者として名前を連ねるのかと、それぞれの寄与度についても事前に準備して置けるとスムーズに進むと思います
    • 寄与度に関しては、厳密には出願書類には不要なのですが、もし社内で特許出願報奨などの制度があった場合は按分率の計算などで利用されることが多いかと思います

2. メインの請求項案
請求項とは、特許の権利が及ぶ範囲について記述した、特許文書の中で最も読みづらい重要なパートです。
請求項に何をどう記載するかで、特許の権利範囲が大きく変わるため、弁理士との打ち合わせ時にあらかじめイメージを持っておくことをお勧めします。

と言っても何を書けば、と悩むかと思うので、以下の点を考慮しながら要素だけ並べておくだけでも良いと思います。

  • 対象技術を実現するために必要な構成要素を列挙する
    • 基本的に、請求項に記載されている構成要素を全て満たしているものが権利範囲として認定されます
    • そのため、必要のない要素を請求項に記載すると、それだけで権利範囲が狭くなり、他社が回避することが容易となります
      • 例えば、本質的にはインターネット経由で提供し、クライアントサイドの実装は問わないような技術である時に、請求項に「ブラウザ」という構成要素を記述すると、競合他社がネイティブアプリで実装することで回避できる、みたいなイメージです(※実際この例で本当に回避できていると言えるかは難しいところですが一旦この辺で・・)
    • 請求項に記述する構成要素は、必要最小限にとどめることに気をつけましょう
  • 対象技術の特徴的な箇所を記載する
    • どの部分が特許性(新規性・進歩性)の主張ポイントなのかを明確に記載するようにしましょう
    • 特徴的なアルゴリズムなのか、処理方式なのか、サーバー等の配置構成なのか、、、

これらの情報をベースに、弁理士が請求項の構造を考えてくれます。
請求項の書き方もいろんな方法があり、対象技術やその時の時代的な状況によって推奨される書き方が変わってくる、専門的な領域です。ちらっと見ておいて雰囲気を掴めると良いかもしれません。

https://www.star-law.jp/corporate/intellectual/infringement/patent/post-475.html

3. 既知の先行例と本発明の効果
特許は、基本的に既存技術からの進化をベースに訴求することが一般的です。
既存技術に対して、今回の発明がどのように優れているのかを特許性(新規性・進歩性)の観点から簡単にまとめておくとスムーズに議論できるかと思います。

この時、以下の点に注意しながら特許性の主張ができるといいと思います。

  • 先に述べた請求項の案と特許性がリンクしていること
  • あまりにも限定された、進歩幅の大きな特許性にまで制限しないこと

後者について少し補足します。
企業で出願する特許は、一見特許性が怪しいかもしれないと思われるくらいのところからスタートするのが好ましいと思います(個人の意見です)。
最初に特許性が怪しいところからスタートし、特許庁審査官とのやりとりを経て、最終的に権利化する権利範囲を決めていくという手続きを行うのですが、最初から権利範囲が狭いところに限定されていると、最終的な権利範囲も相対的に狭くなる傾向にあると思います。
最初はチャレンジングな範囲で、本当にコアな部分にフォーカスした特許性の主張から始め、徐々に現実的なラインまで絞って行ったり、戦略的に分割して出願したりする余地を残しておくのがいいと思っています。

4. 発明の実施形態案

発明内容をどのように実現するか、実装の具体例を示す情報を集めておきます。
ここには後述するアーキテクチャ図やフローチャートのような図表も含まれますし、なんらかのアルゴリズムを伴う場合は数式での表現であったり、関連しそうな情報はなるべく集めておいて、弁理士さんと取捨選択していけるといいと思います。

また、この際に実施形態に記述する内容は、後から特許庁審査官と権利範囲についての議論を行う際の論拠となります。そのため、あとから権利範囲をここまで限定する可能性があるな、と考えられる技術要素については、なるべく詳細に書いておくことを推奨します。

また、ここでは未実装のアイデアに関しても、発明の近い延長線上にある場合は記述することは問題ありません。
出願してから審査請求をして実際に審査が始まるまで、あるいは出願書類が公開されるまでにはタイムラグがあるので、その間で実装される可能性が高いアイデアに関しては、なるべく記載しておいた方が、後から権利範囲の議論を行う際に有利に働きます。

ただ、なんでも書けばいいと言うものではなく、実装アイデアとして既にチームの議論の中で上がってきているものだったり、チケット化されているものだったりに留めておいて、あまりにも現実性の低いものに関してはあまり発散しすぎない方が好ましい、と個人的には思います。それは、そういった確度の低いアイデアに対して図表含めた実施形態を記述するためにかかるリソース・コストを考えると、ROIが見合わないと考えるためです。

5. アーキテクチャ図や画面スクリーンショット

4で述べた実施形態を補強する情報として、図表の情報もなるべく準備しておくことが好ましいです。
アーキテクチャ図、フローチャート図、画面スクリーンショットなど、機能に関連するビジュアルデータをなるべく集めて、弁理士さんと一緒に取捨選択していくようにしましょう。

また、最終的に特許文書には含めない情報となるとしても、なるべく弁理士に正確に発明内容を把握してもらうことは、その後作成される特許文書の質に大きく影響します。
そのため、静止画情報だけでなく、デモ動画などの動的な情報も準備して、弁理士に特許範囲について興味を持ってもらい、正確に理解してもらうことに努めましょう。


弁理士との打ち合わせでは何を話せばいいの??

ここまででしっかりとした準備をしておけば、弁理士との打ち合わせはかなりスムーズに進むのではないかと思います。
ですが、ここで弁理士とどれくらい認識を合わせられるかは、特許出願の成否を左右する重要なステップです。油断せずに臨みましょう。

個人的に気をつけているポイントを記載します。

1. 出願期限と出願範囲の認識合わせ

出願期限の確認

  • 先に述べたように、特許出願には法的な期限があります。
  • 期限内に必要な情報を整えるため、スケジュール感を共有することが重要です。
  • 期限内に体裁を整えて出願することが現実的に困難である場合、例外的な手続きを経て出願することができるかどうかなど丁寧に認識を合わせておく必要があります。

出願範囲の確認

  • 先述べたように、権利化する範囲について戦略的に決定する必要があり、その打診を弁理士と一緒に行うことが理想的です。時間的に猶予がある場合、先行出願事例など調べた上で特許性有無に関して弁理士の見解をもらうこともできるかと思います。
  • 権利化する範囲を不用意に狭くしすぎないよう、ギリギリの範囲で特許性を主張できる、なるべく広い範囲で技術的工夫の「核」の部分を保護できる権利範囲について議論するようにしましょう。

2. 分担の決定

請求項の補充

  • 請求項の補充は専門的な知識を要するため、なるべく弁理士に実施してもらうことが理想ではありますが、どんな請求項構造にするかは発明者(開発者)が決めることが理想です。
  • この請求項を補充していく作業をどのように進めるのか、打ち合わせ時に認識を合わせておくのがいいでしょう。

明細書の初稿とレビュー

  • 明細書の作成は弁理士が主導しますが、技術的な誤りや不足をエンジニアが確認し、フィードバックを行うことが一般的かと思います。特に、発明の技術的詳細や実施形態の記載が明確であるかのチェックは、発明者であるエンジニアが行う必要があります。
  • 明細書をどのような分担で、どんなマイルストーンで作成していくかについても明確に認識を合わせるようにしましょう。

図表の整備

  • アーキテクチャ図やフロー図など、技術を視覚的に示す資料の作成は、明細書と整合性をとる必要があるので、提出したアーキテクチャ図などから弁理士主導で作成していただくことが効率的かと思います。
  • しかし、明細書を記述する中で足りない図表が出てきた時に補充する必要などもあり、この作業についてもどのように進めるべきか擦り合わせるようにしましょう。

3. 出願方法の意思決定

費用に影響する要因

  • 出願手法によって、手続きや費用が変わってくるケースが大半です。例えば国内出願のみの場合と、PCT出願(国際出願)を行う場合で、手続きや費用は大きく異なります。
  • 当初想定していた出願予算と、実際にかかる費用を比較して、社内的な意思決定が必要となるケースにおいてもスムーズに進められるよう、あらかじめある程度のバジェットを確保しておき、予算感がブレる時にどのように意思決定するかを決めておけると理想的かと思います。

いざ出願!!

出願書類をレビューして問題なければ、弁理士が出願手続きを行ってくれます。

出願後にすべきこと

特許出願後も、特許取得に向けた対応が必要です。以下は出願後に行うべき主要なタスクです。

1. 出願方式による対応

仮出願の場合

  • 出願日を確保するために行う手法の一つである仮出願は、発明の概要を簡易的に提出する方法です。本出願を行う前に、1年以内に詳細な明細書を作成して本出願する必要があります。
  • 本出願までに技術の内容を詰め、明確な形でまとめることが求められます。

PCT出願の場合

  • 国際出願後、各国に移行する期限(通常30か月以内)があります。この期間内に、どの国で特許を取得するかを決定します。
  • 国ごとに異なる費用や審査基準を考慮し、優先度の高い国を選ぶことが重要です。

2. 審査請求

審査請求とは

  • 特許を取得するためには、特許庁に審査請求を行う必要があります。出願しただけでは特許権が発生しない点に注意してください。
  • 日本では、出願日から3年以内に審査請求を行う必要があります。

事業状況に応じた判断

  • 出願後、事業戦略が変化することで、当初出願した技術が特許化の優先度から外れる場合があります。この場合、審査請求を見送ることで費用を抑えられます。
  • 逆に、事業の進展に伴い、特許の範囲を拡大する必要が生じる場合は、分割出願などの対応を検討します。

出願後の注意点

1. 審査に備えた対応

  • 特許庁から拒絶理由通知が届いた場合、弁理士と協力して補正や意見書を作成し、権利化を目指してさらに特許庁審査官とやりとりをすることとなります。

2. 特許維持費の計画

  • 特許が成立した後も維持費用が発生します。特許の価値とコストを考慮して維持を続けるか判断しましょう。

3. 競合他社の動向調査

  • 出願後も競合他社の特許出願や技術動向を監視することで、特許戦略を柔軟に調整できます。

特許出願は完了がゴールではなく、事業環境や技術進展に応じて調整を続けるプロセスです。出願後も積極的に対応を行い、自社の競争力を高めましょう!

まとめ

特許出願は、単なる事務手続きではなく、自社の競争力を守るための重要な戦略の一環です。この記事では、特許出願におけるエンジニアの具体的な役割や、弁理士との連携のコツ、出願後の対応について詳しく解説しました。

ポイントの振り返り

特許出願を検討するタイミング

  • コア機能やユーザー体験の競争優位性を生む技術的な工夫がある場合。

弁理士との打ち合わせに向けた準備

  • 出願情報サマリや請求項案、実施形態案の準備が鍵。

出願後の対応

  • 仮出願やPCT出願などの形式ごとの対応や、審査請求を事業状況に応じて検討する。

おわりに

特許出願は、一見専門的でハードルが高く感じられるかもしれません。しかし、適切な準備と連携により、特許を取得することで技術や事業の優位性を確保できます。エンジニアが特許に積極的に関わることで、企業の知的財産戦略に大きく貢献できるでしょう。あとは出願をトリガーにいろんな特許に触れると、単純に興味範囲が広がって楽しいと思います!

この記事が、特許出願を検討している方や、実際に手続きを進める方にとって役立つ情報となれば幸いです!

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