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ネットワーク設計を「感覚」から「論理」へ変える | 設計判断の根拠をドキュメント間でトレースする思考法

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序章:なぜあなたの設計はレビューで常に「なぜ?」と問われるのか

ネットワーク設計において、具体的な「How(方法)」に注目が集まりがちです。しかし、プロジェクトを停滞させる最大の原因は、技術的なミスではなく、「Why理由)」の喪失にあります。

設計判断の根拠(Why)が、設計者の頭の中に留まっている状態を「設計のトレース不能性」と呼びます。本記事は、この問題を解決するために、設計判断の根拠に一意のID(A-No)を割り振り、そのIDをプロセス全体に貫く「設計者の思考OS」を公開するものです。この思考法をインストールすることで、あなたの設計は単なる設定集から、レビュー・引き継ぎ・運用まで耐え続ける論理的な裏付けを持つ「知的資産」へと昇華します。


Chapter 1: 思考の起点 A-No(Root-Cause ID)による要件の言語化

📘 Chapter 1の要約

設計のすべての判断は、要件定義から始まります。この章では、設計判断の根拠となる要件一つひとつに一意の識別子(A-No)を割り当てることで、後の設計プロセスで参照可能な論理的始点を定義します。

1.1 要件定義シート(Aシート)の役割

Aシートは、設計のコスト、構成、試験のすべてを決定する設計の背骨です。Aシートの役割は、技術要件をビジネス要件に紐づけて定義することにあり、このプロセスを経ることで、設計者は事業保護の視点で設計判断を下す論理的義務を負います。

1.2 設計判断の根拠となるA-Noの定義方法

Aシートで最も重要なのは、各要件に対しA-NoRoot-Cause ID)を割り振ることです。このA-Noが、設計レビューにおいて問われる「Why」を即座に特定するためのIDとして機能します。

なお、本記事では便宜上「A-No」と呼びますが、これは特定ツールや規格に依存しない、設計判断の根拠を一意に識別するための概念IDです。

以下の表は、A-Noがどのようにコストと構成を決定する論理的始点となるかを示しています。

項目 A-No 設計判断メモ 構成への影響(コスト)
許容停止時間 A-11 30分以内での復旧を必須とする。 機器の冗長化(HA構成)が必須。

A-Noは、設計者が守るべきセキュリティポリシーや技術的な制約に対しても割り振られ、設計のスコープを明確に確定させる役割を担います。


Chapter 2: 数字の裏付け Bシートによる設計値の構造化

📘 Chapter 2の要約

IPアドレスやVLAN IDといった数字は、Chapter 1で定義した要件(A-No)という設計者の**「意思決定の痕跡」**です。この章では、「IPアドレス/VLAN設計表(Bシート)」を活用し、すべての設計値がA-Noによって論理的に裏付けられている状態を構造化する方法を解説します。

2.1 「/24乱用」が設計の論理を破壊する

レビューの場で「で、なぜこの/24なんでしたっけ?」と問われ、誰も即答できなくなる瞬間は、この問題の典型例です。

「IPアドレス/VLAN設計表(Bシート)」の目的は、この「/24乱用」という文化的な問題を排除し、すべてのサブネットサイズにA-Noによる目的を強制的に持たせることです。

2.2 Bシートの核心:根拠A-Noによるサブネットサイジングの強制

Bシートは、IPアドレス管理表を超え、すべての数字がAシートの要件を満たすことを証明するドキュメントです。サブネットのサイズは計算の結果ではなく、A-Noを参照した設計判断の帰結として扱います。

Bシートでは、「ホスト数を数える → サブネットを決める」のではなく、「A-Noを確定する → 影響範囲を定義する → 結果としてサブネットが決まる」という順序を厳守します。

以下の表は、A-NoがIP設計の具体的な数字をどう縛るかを示しています。

VLAN ID ネットワーク サブネット 根拠A-No 設計判断理由
10 192.168.10.0 /26 A-15 セキュリティ制約A-15)に基づき、ホスト数を62に厳しく抑制し、影響範囲を限定。
20 192.168.20.0 /24 A-14 将来拡張性A-14)を考慮し、3年後の増加を見越したサイジングとして/24を適用。

2.3 A-No参照による設計のトレース構造

Bシートに「根拠A-No」欄を設けることで、設計者は「なぜ/26を選んだか」という問いに対し、「A-15のセキュリティ要件を満たすためです」と、論理の起点を即座に示すことができます。


Chapter 3: 品質保証 Cシートによる設計証明(疎通確認の卒業)

📘 Chapter 3の要約

設計プロジェクトの最終段階である試験の目的は、Chapter 1で定義した非機能要件(A-No)が、設計通りに担保されていることを証明する行為です。この章では、「試験項目チェックリスト(Cシート)」を活用し、試験項目を品質確認から設計証明へと昇華させる方法を解説します。

3.1 従来の「疎通確認」が設計品質を保証できない理由

ネットワーク試験において、接続性や設定投入の確認といった正常性確認は、設計の最低条件として当然に必要です。しかし、この段階で満足し、それ以上の検証に進まない傾向があります。

この「正常性確認で完結する文化」を卒業し、設計品質を真に保証するためには、試験の目的を「動くこと」から「設計通りに壊れること、そして復旧すること」へと切り替える必要があります。Cシートは、この思想転換をドキュメント上で強制するツールです。

3.2 Cシートの核心:合格基準にA-No(時間軸)を強制的に紐づける

Cシートの設計思想は、「Aシートで定めた可用性要件を、具体的な時間計測によって満たせること」を検証することです。

Cシートでは、試験結果を単なる「OK/NG」ではなく、具体的な計測値と、それに紐づくA-Noで評価します。

以下の表は、Cシートがどのように試験項目を「設計証明」のステップへと変えるかを示しています。

試験項目 試験目的 合格基準 根拠A-No
コアSW切替試験 冗長構成が機能するか 30秒以内に通信が再開すること(計測値を記録) A-11
DMZアクセス制御 セキュリティポリシー違反がないか 内部NWからDMZセグメントへの直接アクセスがすべて拒否されること A-15

試験担当者には、「A-11の許容停止時間(30秒)を超過しなかったか」を計測し、記録する論理的義務が発生します。

3.3 A→B→Cの連鎖が設計にもたらす最終的な品質保証

Aシート、Bシートの論理は、Cシートで「証明」されることで完結します。このトレーサビリティ構造は、論理の一貫性、非機能要件の定量化、そして究極の引き継ぎ耐性を提供します。


終章:設計者の「思考OS」としての3点セットの価値

本記事で解説したA(要件)→ B(数字)→ C(試験)のトレーサビリティ構造は、単なるドキュメント作成の効率化ではありません。これは、設計者が「なぜ」を常に意識し、すべての判断に論理的な根拠を付与し、その根拠がサービスイン後も維持されることを証明するための、「設計者の思考OS」そのものです。

この3点セットは、新人教育のためのものではありません。「なぜこの設計なのか」を説明できなくなった瞬間の、あなた自身を助けるための道具です。

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