AIエンジニアの学習方法論 ①学習の基本
はじめに
AI技術のR&Dを担当している木村です。この記事はambr, Inc. Advent Calendar 2024の13日目の記事です。
ambrでの私の担当はプロダクトにAI技術を取り入れていくことですが、既存のAI技術を理解してそれを実装に結びつける以外にも、日々最新技術動向をリサーチすること、その背景技術を勉強して理解していくことが欠かせません。IT分野の中でも特にAI分野は環境変化のスピードが速いため、今日まで当たり前であった技術が明日には陳腐化されてしまうようなことは日常茶飯事です。現にいま実装に取り組んでいる技術についても、一年前は聞いたことも想像したこともなかったような内容で、新しく勉強して理解してきたことがベースになっています。AI R&D業務は日々の積み重ね無しには成り立ちません。
このように、AI領域を担うエンジニアには、関連技術の深い理解や実践的スキルを現時点で持っていることはもちろんのこと、スキルを効率良くアップデートしていくためのスキル、いわばメタスキルも必須の要件になってきているかと思います。
そこで今回のアドベントカレンダーでは、そういったメタスキルに焦点を当て、AIエンジニアのための学習方法論と題して、私がこれまでの取組みを通して重要だと感じた内容を、三回に分けて紹介していきたいと思います。
- 学習の基本的な考え方
- AI技術情報リソースのおすすめとその探し方
- 英語で情報を得るための学習方法
以下、第一回では学習を進めていくための基本的な考え方について紹介したいと思います。
対象読者
長期的(一年以上)にAI技術開発に関わっていくような方で、しっかりとした理解を身に着けたいという方を想定しています。
ChatGPTのある世界
ChatGPTが公開されてから、仕事で新たな価値を生み出すためのプロセスが大きく変わっています。例えば実装したい機能があった場合、従来はコードを自分で書く必要があったため、多くのことを覚えてそれをもとに速やかに書くことが必須のスキルでした。しかし、ChatGPTの登場以来、適切なプロンプトを与えさえすればコードを瞬時に作成することができるようになりました。とはいえ、想像したものを何でも作れるのかというと、そうではありません。適切なプロンプトを作るためには、現状のステータス・活用できるリソース・実現したい内容・それ実現するためのプロセスなど、必要な情報を言語化しなければなりません。以上のように、かつて重要とされていたコーディング力などの具体的知識やスキルの価値が相対的に下がり、現状と理想の状態を正しく認識し、その道筋を適切に把握し表現するために、対象を深く理解することが、今やかつてないほど求められていると考えられます。
理解を最大化するために
では、どうすれば理解を最大化することができるでしょうか?書いてしまえば当たり前に響きますが、理解の総量に一番相関があるのは、その対象について思考している時間の長さであると思います。これはほとんど勉強時間と同義です。そのため、いかに学習の継続性を確保するかが鍵となるでしょう。では、どうすれば勉強を続けられるようになるのでしょうか?
これについて考える際には、長い歴史の中で人々が育んできた知恵に目を向けるのも一つの手かもしれません。学びの本質や動機づけは、時代や技術が異なっても、人間にとって普遍的なテーマです。その一例として、古代中国の思想家・孔子が『論語』の中で示した「知好楽」という概念が参考になるでしょう。
論語には、次の一節があります。
「知之者、不如好之者。好之者、不如楽之者(これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず)」
ここでは、ただ知識を持っているだけよりも、それを好んでいることの方が上であり、その好みすらも超えて、楽しむ境地にあることが何より大切であると説いています。楽しんで取り組んでいる人は、それを苦役と感じず、自然と続けられます。つまり、学習対象そのものに興味や喜びを見出し、楽しむことができれば、継続的な学びを確保できるのです。
What do I want to want?
では、どうしたら物事を楽しめる状態になれるのでしょうか?多くの人は、自分が何に興味を持つかということは、個人の資質であって、意識して操作することはできないものであると考えているかと思います。個人の趣味嗜好というものは、それまでの人生を通してその対象に関わってきた経験によって形成されていく部分が大きく、これは外部環境の影響を強く受けます。そういった意味では、確かに興味感情は環境に依存するものであると言えるでしょう。しかし、この環境は自分で選択したり設計していく余地が多分にあるため、対象に興味を抱きやすいような環境を意識して設計していくことで、間接的に自分の興味対象をコントロールしていくことは可能です。
そうだとすると、「What do I want(自分はいったい何に興味を持っているのか)」だけではなく、「What do I want to want(自分は何に興味を持っている状態でいたいのか)」ということにまで注意を払うべきであると言えるでしょう。こういったことを念頭に置き、「いま、この自分は何に関心を抱いているのだろう」、「どうしてこんなものに興味を持ってしまったのだろう」、「どうやったら違うことに興味をもつことができるのだろう」といったようなことを考えながら、常に自らの心の動きを捉え、関心の向き先をデザインする姿勢が求められます。
報酬を設定すると献血率が下がる…?
では、興味を持ちたい対象が決まったとして、次に問題になるのは、いかにして興味を持つか、ということです。このような、動機付けに関する実証研究事例として、「金銭的報酬は献血率を低下させる」というエピソードがあることをご存じでしょうか?もともとは内発的な「助けたい」「役立ちたい」というモチベーションで取り組んでいた活動に、謝礼金のような外発的動機が関連付けられることにより、初めに持っていたやる気を喪失させ、結果としてその取り組みの継続率が下がってしまうというものです。
勉強をするときも、この動機付けに注意する必要があります。つまり、内発的動機を高める工夫をし、外発的動機に疎外されないよう環境をデザインするということです。私自身の失敗した経験として、モチベーション向上を意図して、テーマに関連する本の読み終わった冊数の目標を定め、記録を取っていたことがありました。実際にこれによって本を読むペース自体は上がったものの、後から振り返ってみると、理解度の向上にはあまりつながらなかったように思います。これは、冊数を設定してしまったことで、冊数に貢献しない活動が疎かになってしまったからだと考えています。例えば、分からないことについて自分なりに考えてみる時間が減ったり、読んだり理解することに時間がかかるような難解な専門書を無意識的に避けたりしていたのでしょう。そういった反省を踏まえ、今では内発的動機を促すように気を付けています。例えば、そのテーマに取り組むことになったきっかけや、疑問に思ったことをメモとして書き出していくなどしています。
最後に
以上、AIエンジニアのための学習方法論の第一回として、学習の基本的な考え方を取り上げました。今回の主なポイントは以下の通りです。
- AI時代の「メタスキル」
- 理解を最大化する「継続的な学習」
- 「内発的動機」と「環境デザイン」
これらが少しでも参考になれば幸いです。次回の第二回は学習を進めていくうえで必須となる学習素材について、そのおすすめや探し方についてまとめる予定です。
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