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テンポラル・ネットワークを味わう - 時間変化を考慮したネットワークとは?

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概要

個人的に興味のある学術分野に「複雑系ネットワーク」がある. この研究領域は, 社会に潜むネットワーク構造(関係)の分析や生成のダイナミクスを解析しようと試みる分野である(と私は理解している).

特に, 後者の「ネットワークの生成ダイナミクス」では, 世間に見られる多くのネットワークが保有する特徴や性質をもったネットワークモデルがシンプルな法則にて表現できることがいくつか発見されている(例えば, BAモデル[1])

これまでのネットワーク構造は, 主に静的なものを扱ってきた. つまりは, 既に関係性が凍結している, できあがったものとして記述されている.
しかし, 実世界のネットワークを見ると, その多くのネットワークは静止しておらず, 変化を続けている. 例えば, 人間関係の変化はイメージしやすいだろう.

テンポラル・ネットワーク(時間変化するネットワーク、時間発展するネットワーク)は, こうした時間経過でのネットワークの変化ダイナミクスを探求する研究領域である. 最近, 『複雑ネットワーク 基礎から応用まで』(近代科学社)の著者のお一人である, 増田氏が書かれた『テンポラル・ネットワーク』(森北出版)を読み, 時間変化するネットワークのモデリング方法や解析方法に興味をもった.

本記事では, そんな時間変化するテンポラル・ネットワークのデータ表現について, 書籍『テンポラル・ネットワーク』の内容を紹介しつつ, 自己解釈を加えた説明をする

https://www.kindaikagaku.co.jp/book_list/detail/9784764903630/

https://www.morikita.co.jp/books/mid/085702

テンポラルに考える理由

ここまでの説明を受け, 読者の皆様がシンプルに抱いた疑問は以下のものだろう.

『そもそも、ネットワークをテンポラルに捉えることのメリットは何? あるいは, 静的なネットワークとの違いは?』

まずこの疑問について考えていくこととする.

結論から述べると、テンポラル・ネットワークのひとつの特徴(従来の静止したネットワークとの違い)として, 情報伝達の非対称性が挙げられる. イメージを持ってもらえるよう, 以下適宜図を用いて説明する(書籍内の図を部分的に書き換えたものを用いる)

上図(a)は, 人間関係において, 二者間の情報のやりとり(以後、会話イベントと呼ぶ)を, 時間順に並べたテンポラル・ネットワークである. 読み方の一例として, 例えば, 「時刻T1にて, 人1と人2が会話をした」と読み取ってほしい. この図によれば, 会話イベントは計4回発生している.

次に, 上図(b)は, (a)のテンポラル・ネットワークをまとめたもの, つまりは静止したネットワークとして表現している.(以後、書籍にあわせて, 静止したネットワークのことを「総計ネットワーク(aggregate network)」と呼ぶ. 言い換えば, 一定期間内( T1 - T4)について, 一連の会話イベントをまとめたものである.

総計ネットワークでは, 会話イベントでの二者間のやりとりを漏れなく表現できている. 例えば, 人1と人2は直接やりとりをしているので, 二者間につながり(エッジ)が存在するが, 人1と人4は直接の会話は行われていないため, ネットワーク上でもつながりは存在しない.
また, 同一二者間で複数回やりとりが行われた場合は, エッジの重みが増えているのも特徴的である[2]

さて, 二つのネットワークを例示したが, ここから先に述べた情報伝達の非対称性を見ていこう.

ここで, 人1から, 新規の情報を他者に伝播していくというケースを考える. 人1がもつこの情報は, 会話イベントを通じて伝播されていく. この時, 人1がもつ新規情報は, 決して人1との直接の会話のみで伝播されるわけではない. 一度その情報を受けとった人1以外の人物とのコンタクトからでも, 他者に情報を伝播してもよい.

いま, 人1から人4への情報の伝達について考える.

上図(a)のネットワークでは, 人1のもつ新規情報は, 時刻T3で人4に到達する.人1と人4の間に直接的な会話イベントは存在しないが, 人2を介して, 人4は, 人1の情報を獲得できている. (この人2は, 時刻T1 (< T3)で, 人1の情報を既に獲得できている. 情報伝達の流れとしては, (a)の中で, 点線矢印に沿ったものである.[3]

次に,総計ネットワーク(b)のほうでも確認しよう. 総計ネットワークでも, 人2を介して, 人1の情報が, 人4に届くことがしっかり表現されている.

人1 -> 人4への情報伝達では, ふたつのネットワークの表現に大きな違いはなさそうだ(もちろん, 総計ネットワークでは, いつT4に情報が届いたかという時間情報は失われているが, 情報の伝達性という観点では差異がない.)

では, 人4 -> 人1への情報伝達ではどうだろうか? ここで, ふたつのネットワークの違いが出てくる.

上図(a)のテンポラル・ネットワークで同じく人4がもつ新規情報の伝達性を考えてみる. ネットワークの構造を見れば, 人2や人3には情報が届くが, 人1への情報の伝達はされない, 不可能であることがわかる. もし, 人4の情報が人1に届くには, 時刻T4以降, 人1と他の誰かとの会話イベントが起きなければいけない.

では総計ネットワーク上ではどうかといえば, なんと情報が人4から人1に届いてしまうのだ. ふたつのネットワーク表現の違いが, こうした情報の伝達性にでてくる, というのはとても面白い現象である.

テンポラルに考えるメリット

前節の話をまとめると, 「総計ネットワークでは二者間の情報伝達性は対称であるが, テンポラル・ネットワークでは, 必ずしもそうだとはいえない.」, ということになる.

なぜこうした違いがでるかというと, 総計ネットワーク(静止したネットワーク)が, イベントの時間情報を失っているからである.実世界で発生した会話イベントがこれまでの図中の(a)のようなものだとすれば, 総計ネットワークのもつ枝をそのまま分析することで間違った情報を与えるかもしれない.

このように, ネットワークを時系列に表現できるようになれば, これまで総計ネットワークで失われていた情報を考慮した分析ができる.その例としては, 「二者間のつながりが時間経過によって変化する」ようなことが挙げられる. これまでなかった繋がりが, ある時点からつながりとして発生しはじめた, といったつながりのイベント系列を分析することができるだろう.

これは, つながりを経由したウイルスの感染を表現する感染ダイナミクスなどで, また新たな分析評価ができる. 例えば, 人1は健康で, 人4が感染していた場合, 総計ネットワーク上では, 人2を介して感染が広がると分析できてしまうが, テンポラル・ネットワークでは, 人1に感染するリスクは存在しない(少なくとも繋がりの観点では).

あるいは, イベント発生の頻度を分析すると, コミュニティや関係性の変化を統計的に検出できるかもしれない. 例えば, 総計ネットワーク上では同じ重みをもつエッジ, つまりは一定期間内で同数回イベントが発生していた場合でも, 比較的古い時点で頻繁にイベントが発生したのか, それとも最近イベントが急激に増えたのかで, 捉え方がまた違ってくるだろう.(犯罪ネットワークを分析するならば, 最近の急激なイベント発生に注目したいかもしれない)

テンポラル・ネットワークを用いれば, 実世界で発生したつながりのイベントを漏れなく表現でき, そして実態にあった分析を行えるようになるだろう.

まとめ

本記事では, テンポラル・ネットワークの性質について, 増田氏の『テンポラル・ネットワーク』(森北出版)の内容を参考に, 図表などをもちいて従来の静止したネットワークとの違いを通して簡単に説明した.

今回説明した「情報伝達の非対称性」以外にも, テンポラルにネットワークを表現することの意義は存在するだろうが, 少なくとも「時間変化・時間発展するネットワーク」として表現することで,これまでの総計ネットワークでは扱えなかった「時間要素を含むネットワーク」を分析できるようになる. つまりは, よりリアルな, 実態に沿ったネットワークを分析することができる.

もしテンポラル・ネットワークについて興味をもたれた読者がおられたら, 『テンポラル・ネットワーク』(森北出版)をお勧めする. 理論的・応用的な内容を押さえつつも, 丁寧な説明がされているという印象がある. もちろん, イメージが難しい部分もあると思うので, 今後の記事などで, 適宜数式や理論のイメージ化を行っていけたらと思う.

次回の記事では, そんなテンポラル・ネットワークのデータ表現について紹介できればと思う.

雑記

書店で「テンポラル・ネットワーク」という言葉を見たとき, ほとんど衝動的に知的好奇心を刺激された.明らかに聞き慣れない・見慣れないワードというのはどうして興味を惹かれてしまうのだろうか.

そんなどうしようもない理由から本書籍を手に取ったのだが, 最初は「テンポラルなネットワーク」というイメージすら全然できなかった.

本記事は, 書籍には記載されていない図表などを新たに作成しつつ, 私自身の理解の補強を行う形となったと思う. 特に, 感染ダイナミクスの話とテンポラル・ネットワークの関係性は, 書籍では文字で触れられているものの, 図はなかったため,「感染ダイナミクスが, テンポラル・ネットワークと総計ネットワークで異なってくる」イメージがつかなかったというのが正直なところ. 記事を書く上で, あえてイメージ化してみるとさらに理解が進んだ思う.

私自身, この手の専門家ではないため, 適切な説明となっているかは自信がないが, 読者の皆様の理解の一助となれば幸いである.

脚注
  1. いわゆる優先的選択に基づく成長するネットワークモデルで,次数の多いノードがより多くのノードと接続しやすくなるような作用が入っている. それゆえ, 古参有利のネットワークとなっている. ↩︎

  2. 人2と人3の間では、2回やりとりがあったため、エッジも太く表現されている ↩︎

  3. あみだくじのように, 時間方向に沿って, エッジを辿ると情報伝達のイメージがしやすいだろう ↩︎

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