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【連載⑦】宇宙を目指す小さなIMU試作の記録:宇宙空間で使うためにIMUモジュールをどうカスタムするか

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はじめに

これまでの連載では、ArduinoとMEMSセンサー(MPU6050、TMP102)を使って、

  • センサーの出力を取得する
  • 温度による誤差(ドリフト)を観測する
  • データを可視化して傾向を掴む

という一連のPoC(技術実証)を行ってきました。

ここからは、いよいよ「このIMUモジュールを宇宙空間で使うにはどうすればいいのか?」という視点で考察していきます。

MEMSセンサーはスマートフォンやドローンなどにも使われている非常に便利な技術ですが、そのまま宇宙に持っていって“動く”とは限りません
宇宙では、地上とはまったく異なる環境条件と制約があり、センサーやマイコンにとって過酷な世界です。


主な課題

ここでは、宇宙空間でIMUモジュールを動作させるために考慮すべき主な課題を整理します。

● 1. 温度変動(-100°C〜+120°C)

宇宙では空気による熱伝導や対流がないため、太陽が当たる面と影の面で数百度の温度差が発生します。
MEMSセンサーは構造が繊細なため、温度による感度変化やオフセット誤差(ドリフト)が顕著に現れる可能性があります。

→ 温度補正をソフトウェアで事前に実装しておくことが極めて重要です。


● 2. 放射線による誤動作

宇宙空間では、地球の磁場が及ばない領域に出ると、宇宙線・太陽フレア・高エネルギー粒子による影響を受けます。
これにより、以下のような現象が発生します:

  • SEU(単一イベントアップセット):1ビットだけが瞬間的に反転し、誤データが出る
  • TID(総線量効果):回路素子の劣化・動作不安定化

→ センサー選定においては放射線耐性のある製品または、ソフト側での誤動作検知・復旧処理が必要です。


● 3. センサーのドリフト

MEMSジャイロは、時間が経つほどに誤差(ドリフト)が蓄積していきます。宇宙空間では重力や摩擦がないため、ドリフトに気づきにくく、角度の見積もりがどんどんズレてしまう恐れがあります。

→ これは主に**センサーフュージョン(例:拡張カルマンフィルタ)**によって補正します。


● 4. アップデート不可環境

一度打ち上げた機器は、基本的にファームウェアのアップデートや配線の修正ができません
つまり、初期実装の信頼性がすべてになります。

→ 「うまく動いた」ではなく、「うまく動き続ける」コードと構成を意識した設計が求められます。


このように、宇宙ではセンサーの“性能”だけでなく、“耐性・安定性・冗長性”がすべてにおいて問われます。
次のセクションでは、これらの課題に対して**どのように対処していけるか(カスタム方針)**を考えていきます。

カスタム方向性

前のセクションで紹介した宇宙空間特有の課題に対して、IMUモジュールを「どうカスタムするか」「どう準備しておくか」を考察します。
ここでは、主にソフトウェア中心のアプローチで、個人・小規模でも対応可能な戦略を紹介します。


● 温度補正のソフト実装

MEMSセンサーの最大の課題は温度ドリフトです。
センサーが「同じ状態でも温度によって違う値を出力してしまう」ため、以下のような対応が必要です:

  • センサー出力 vs 温度の関係を事前にデータロギング
  • 温度に応じたバイアス補正係数を求める(線形 or 多項式近似)
  • 補正式をコード内に組み込み、リアルタイムで補正を適用

● センサーフュージョンで安定化(EKFなど)

ジャイロはドリフト、加速度は振動の影響を受けやすいため、単体では信頼できません。
そこで用いられるのが、**センサーフュージョン(Sensor Fusion)**です。

  • 加速度+ジャイロのデータを組み合わせて姿勢を推定
  • 拡張カルマンフィルタ(EKF)マハラノビス距離による異常検知などを利用
  • 外部センサー(磁気・太陽センサ)を組み込めば、さらに精度が向上

✅ PoC段階では、Python上でオフライン処理することでフィルタの挙動を確認し、その後ArduinoやSTM32への移植を目指すのが現実的です。


● 信頼性の高い電源と通信

宇宙空間では、電源の安定性がシステム全体の命運を分けるとも言われます。

  • ノイズに強いLDOレギュレータの採用
  • 突入電流を抑えるコンデンサ設計
  • 電源断に備えたEEPROMやバックアップRAMの活用
  • 通信には、可能であればI²Cよりも信頼性の高いSPIやCANを選択

✅ 地上での評価段階でも、突入時の不具合・電源ブ

将来的な展望

この連載を通じて、Arduinoと民生用MEMSセンサーを使ったIMUモジュールの試作、
そして温度補正や可視化による“誤差の見える化”に取り組んできました。

ここでは、このPoCを踏まえて、さらに発展的な方向性として考えられる将来的な応用・展開の可能性を紹介します。


● CubeSatへの実装

小型人工衛星(CubeSat)では、限られた予算・スペースの中で、高機能かつ軽量なIMUが求められています

  • 本PoCの構成は、そのまま地上でのCubeSat姿勢制御シミュレーションに活用可能
  • 温度ドリフト補正やセンサーフュージョンを組み込むことで、簡易な姿勢推定モジュールとして提案可能
  • 大学や研究機関と連携すれば、実証実験(技術搭載機)としての搭載チャンスも見えてくるかもしれません

まとめ

この連載では、Arduinoと民生用センサーを使ったIMUモジュールの試作から始まり、

その中で私たちは以下のようなステップを踏みました:

📦 MPU6050+TMP102を用いたセンサーモジュール構成
📉 温度と加速度・ジャイロの相関分析と誤差の可視化
🛠️ PythonとArduinoを使ったドリフト補正の実装
🌌 宇宙空間を想定した環境課題とカスタム方針の検討

これらはすべて「ただ動けばいい」では終わらない、定量的・再現的に性能を把握し、改善のためのロジックを組み立てるための取り組みでした。


たった数千円のセンサーと開発ボードでも、「正しく取得して、分析して、改善する」というエンジニアリングの本質にしっかりと触れることができます。

そしてその知見は、ドローン、ロボット、ウェアラブルデバイス、さらにはCubeSatのような宇宙開発にまでつながる可能性を持っています。

以上

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