Typst の日本語スペース問題を解決する

この記事は Typst Advent Calendar 2025 の１日目の記事です．

本記事では，Typst で日本語を扱うときの文字間のスペースを改良するパッケージを開発したので，使い方と仕組みを簡単に解説したいと思います．

Typst 日本語スペース問題

Typst で日本語を扱うときに問題となるのが文字間のスペース（空き）です．Typst v0.14.0 時点で対応していない問題として，具体的に以下の２点が気になるでしょう．

• 和文の途中で改行すると間にスペースが入ってしまう．

  和文の途中で
  改行すると，
  間にスペースが入る
  
  // 視認のためスペースに色をつける
  #show " ": it => highlight(it, fill: red.transparentize(40%))
  
  和文の途中で
  改行すると，
  間にスペースが入る
  

  

• 和文と数式の間に自動でスペースが入らない．
  下図のように，和文と欧文の間には明示的にスペースを書かなくても自動でスペースが挿入されるのに対し，和文と数式の間のスペースは明示的に書く必要がある．

  複素解析のEulerの公式より，任意の複素数$z$に対して...
  
  // 明示的にスペースを記述
  複素解析の Euler の公式より，任意の複素数 $z$ に対して...
  

  

cjk-spacer

上記の２点の問題を解決するパッケージとして開発したのが cjk-spacer です．

https://github.com/ryuryu-ymj/cjk-spacer

使い方

まず大前提として Typst で日本語を扱うためにフォントを指定しておきます．以下の例では Noto Serif JP を指定しています．なお，text の lang パラメータを ja（日本語）に設定する必要はありません．（パッケージ内で設定されます．）

#set text(font: "Noto Serif JP")

使い方は文書の最初に以下の行を追加するだけです．

#import "@preview/cjk-spacer:0.1.0": cjk-spacer
#show: cjk-spacer

これ以降は，和文を途中で改行してもスペースが入りませんし，数式と和文の間には自動でスペースが入ります．

和文の途中で
改行しても，
間にスペースが入らない

数式$x+y$と和文の間には自動でスペースが入る

仕組み

以降，少々マニアックな話にはなりますが，パッケージ内部の仕組みを簡単に説明します．

和文と数式の間に自動でスペースを入れる

まず，和文と数式の間のスペース問題に関してですが，こちらの記事で詳細な解説がなされており，大変参考になりました：

https://qiita.com/zr_tex8r/items/a9d82669881d8442b574

この記事で提示されている解決策は外部フォントを活用したものですが，今回は外部フォントに依存しない方法を紹介します．アイデアとしては記事と同じく，「ゼロ幅の見えない欧文文字」を数式の前後に挿入するという方法を取ります．さすれば，数式と和文の間のスペースは欧文と和文の間のスペースと同様に，Typst がよしなにやってくれるはずです．

まず「見えない文字」を作る方法ですが，Typst には hide という content を見えなくする関数があります．

hello世界 \
#hide[hello]世界

特徴として hide は他のレイアウトに影響を与えないので，和文と欧文の間に自動でスペースが入る機能 cjk-latin-spacing も適用されます．

このままでは幅を持ってしまうので，「ゼロ幅」にするために，同じ幅のマイナスの水平スペースを追加します．content のサイズを測るには，context の中で measure 関数を使います．

#{
  let a = [a]                 // 適当な欧文文字
  context {
    let w = measure(a).width  // [a] の横幅を測定
    hide(a)                   // 見えない [a]
    h(-w, weak: false)        // [a] の横幅を打ち消す
  }
}

これで「ゼロ幅の見えない欧文文字」を実装することができました．あとはこれを数式の前後に挿入する show rule を定義してあげれば，数式を欧文扱いにできます．念の為，マイナスのスペースの前後に改行を防ぐ単語結合子をはさんでおきます．

数式に cjk-latin-spacing を適用させる show rule

#show math.equation.where(block: false): it => {
  let a = [a]                 // 適当な欧文文字      
  context {                                          
    let w = measure(a).width  // [a] の横幅を測定    
    hide(a)                   // 見えない [a]        
    sym.wj                    // 改行を防ぐ単語結合子
    h(-w, weak: false)        // [a] の横幅を打ち消す
    sym.wj                    // 改行を防ぐ単語結合子
    it                        // 数式本体
    sym.wj                    // 改行を防ぐ単語結合子
    h(-w, weak: false)        // [a] の横幅を打ち消す
    sym.wj                    // 改行を防ぐ単語結合子
    hide(a)                   // 見えない [a]        
  }
}

和文を途中で改行しても間にスペースを入れない

続いて，和文の途中改行にスペースを入れない方法を解説します．

そもそも，改行時にスペースが入ってしまう原因ですが，途中改行で間に [ ]（element function の名前は space）という content が挿入されるからです．

// デバッグプリント関数
#let dbg(body) = {
  raw(repr(body), lang: "typc")
}

#let c = [途中で
  改行]

#dbg(c) \
#dbg(c.children.at(1).func()) \
#dbg(c == [途中で] + [ ] + [改行])

この space を和文の前後で取り除くことで，スペースが入るのを防ぐパッケージとして cjk-unbreak があります．

https://typst.app/universe/package/cjk-unbreak/

しかしながら，Typst の文書構文木を網羅的に探査して space を取り除き，構文木を再構築するという方法なので，実装が複雑です．実際，terms や place など未対応な関数もあり，バグを完全に除去するには Typst の構文木の仕様を完璧に把握するしかなく困難です．

今回は代わりに，text に show rule を定義する方法を取ります．実は先ほどの space は h(0em, weak: true) で打ち消すことができます．

// スペースを可視化
#show " ": it => highlight(it, fill: red.transparentize(40%))

#{ [途中で] + [ ] + [改行] } \
#{ [途中で] + [ ] + h(0em, weak: true) + [改行] } \
#{ [途中で] + h(0em, weak: true) + [ ] + [改行] }

そして運のいいことに，cjk-latin-spacing は h(0em, weak: true) よりも優先されます．

#show " ": it => highlight(it, fill: red.transparentize(40%))

#{ [hello] + [ ] + [世界] } \
#{ [hello] + [ ] + h(0em, weak: true) + [世界] } \
#{ [hello] + h(0em, weak: true) + [ ] + [世界] }

なので，text の前後が和文 (CJK) 文字で終わる場合に，前後に
h(0em, weak: true) を挿入するような show rule を定義してあげればよさそうです．text の最初と最後の文字を取得するにはマルチバイト文字に対応した str の clusters を使うとよいでしょう．和文文字の判定には正規表現を使います．

和文の途中改行でスペースを入れない show rule

#let cjk-regex = ... // 和文文字にマッチする何かしらの正規表現

#show text: it => {
  let clusters = it.text.clusters()
  if clusters.len() == 0 {
    return it
  }

  let pre = if clusters.first().match(cjk-regex) != none {
    h(0em, weak: true)
  }
  let post = if clusters.last().match(cjk-regex) != none {
    h(0em, weak: true)
  }
  return pre + it + post
}

和文文字を判定する正規表現ですが，パッケージでは「ひらがな・カタカナ・漢字 etc. ＋ CJK文字に相当しそうな文字ブロック」をすべて入れた正規表現を使っています．

#let cjk-regex = regex(
  "["
    + "\p{scx:Hira}\p{scx:Kana}\p{scx:Han}\p{scx:Hang}\p{scx:Bopo}"
    + "\u3000-\u303F" // CJK Symbols and Punctuation
    + "\u3190-\u319F" // Kanbun
    + "\u31C0-\u31EF" // CJK Strokes
    + "\u3200-\u32FF" // Enclosed CJK Letters and Months
    + "\u3300-\u33FF" // CJK Compatibility
    + "\uFE10-\uFE1F" // Vertical Forms
    + "\uFE30-\uFE4F" // CJK Compatibility Forms
    + "\uFF00-\uFFEF" // Halfwidth and Fullwidth Forms
    + "]",
)

最後に

パッケージに関して，疑問点・意見等ごさいましたら，コメントか Github に issue を立てていただければ，大変助かります．

最後まで読んでくださり，ありがとうございました．