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データクリーンルーム(DCR)製品の比較分析:主要7プラットフォームの徹底評価

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こんにちは、株式会社Acompanyのソフトウェアエンジニアの平岡です。霜降り明星という芸人コンビが好きです。
弊社は秘密計算技術を活用したデータクリーンルーム (AutoPrivacy DCR)を始めとする様々なサービスを提供しており、私自身そのデータクリーンルームのプロダクト開発を主な業務として行っています。

最近、多くの企業様から以下のような声を頂くことが増えてきました。

「他社とデータを共有して分析したいが、プライバシーリスクが気になる」「機密データを外に出さずに共同分析できないだろうか」

これらの課題を解決するのが、データクリーンルーム(DCR) です。

企業間データ連携の課題とDCRによる解決

現代において、単一企業のデータだけでデータ活用を効果的に行うには限界があります。GDPR(一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)など世界的にプライバシー規制が強化され、さらにAppleやGoogleが主導するサードパーティCookieやモバイル広告IDの段階的な廃止によって、従来のデータ活用手法は通用しなくなってきました。

こうした状況で高精度な分析や新たなビジネス価値を生み出すには、企業間のデータ連携が欠かせません。しかし従来の手法には次のような課題がありました。

従来の課題:

  • 生データの直接共有によるプライバシーリスク
    • 企業間でデータを直接交換し合う従来の手法では、顧客の個人情報や行動履歴といった生のデータそのものを相手企業に渡す必要があり、大きなプライバシーリスクがありました。
  • GDPR、CCPA等の規制対応の複雑さ
    • GDPR(一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)といった各国のプライバシー保護規制は、個人データの越境移転や第三者提供に対して非常に厳しいルールを定めています。
  • 企業間での機密情報漏洩リスク
    • 連携するデータには、個人のプライバシー情報だけでなく、各企業のビジネスにおける重要な機密情報(例: 顧客リスト、販売戦略データ、独自に分析した市場データなど)が含まれている場合があります。
    • 生データを直接共有するということは、これらの機密情報をそのまま相手企業に渡すことを意味します。たとえ契約(NDA: 秘密保持契約など)を結んでいたとしても、ヒューマンエラーやサイバー攻撃によって、連携先の企業から情報が漏洩してしまうリスクはゼロにはできません。
    • 一度漏洩してしまうと、企業の競争力が著しく低下したり、ブランドイメージが大きく損なわれたりする可能性があります。そのため、企業は自社の貴重な資産であるデータを守るために、データ連携に対して非常に慎重にならざるを得ませんでした。
  • データガバナンスの管理コスト
    • データガバナンスとは、データを適切かつ安全に管理し、活用するための体制やルールのことです。企業間でデータ連携を行う場合、この管理コストが非常に大きくなります。

DCRによる解決:
DCRは複数の企業や組織が互いの生データを開示することなく、安全な環境で統合・分析できるプライバシー保護型のデータコラボレーション基盤です。以下の図のように動作します。


DCR概要図

Company AはCompany Bの生データを見ることができず、その逆も同様であるというプライバシー保護の仕組みをDCRは実現しています。さらに、そのデータ保護を実現する技術的な要素は提供するプラットフォームによって大きく異なります。

これにより、データ提供者(プライバシー保護)、データ利用者(高度な分析)、エンドユーザー(個人情報保護)という全ステークホルダーにとってWin-Winの関係を構築できます。

この記事の目的

本記事では、主要7つのDCRプラットフォームを技術的特徴、セキュリティ・プライバシー保護の観点から徹底比較し、あなたのシステム要件に最適なソリューション選択をサポートします。

比較するDCRサービスの紹介

AutoPrivacy DCR

概要

株式会社Acompanyが提供するAutoPrivacy DCR(AutoPrivacy DataCleanRoom)は、TEE(Trusted Execution Environment)上でユーザーが用意したPython関数とデータを安全に実行できるデータクリーンルームです。TEEはCPUが保証する隔離領域でコードとデータを「実行中(in-use)」も保護する技術で、従来の暗号化(保存時・転送時)では防げなかった「計算中の覗き見」をハードウェアレベルで遮断します。「アップロードされたデータには誰もアクセスできない」という設計と暗号化されたままの処理が特徴で、OSやハイパーバイザー、クラウド管理者など強い権限を持つ第三者からも生データを隠したまま任意の処理を実行できます。2025年8月にはクロスクラウド対応を実現し、Snowflake、Amazon Web Services(AWS)、Google Cloud Platform(GCP)、Microsoft Azureの主要4クラウドに対応しました。これによりプラットフォームの壁を越えた安全なデータ連携が可能になり、「共有なし共同分析」で各社の元データを開示せずに合算や前処理、統計、スコアリングを実行できます。
KDDI株式会社が商用利用を開始したという事例もあるように、利用事例が増えてきています。


AutoPrivacy DCRの概要図。

技術的特徴

差別化ポイント: ハードウェアベースのTEE技術により、DCR提供者を含む誰もが計算中のデータにアクセスできない完全なゼロトラストモデルを実現。

コア技術: TEE(Trusted Execution Environment)

AutoPrivacy DCRの核心は、CPUによるハードウェアレベルの隔離実行領域を活用したTEE技術にあります。隔離領域(エンクレーブ)のメモリはハードウェアで暗号化され、メモリダンプやデバッガなどの攻撃を防ぎます。

さらにリモートアテステーションにより、意図したバイナリが信頼できる環境で動作していることを保証できます。リモートアテステーションとは、あるコンピューティング環境(通常はTEE内部)が正しいハードウェアと正しいソフトウェア構成で動作していること(完全性)を、外部の検証者(Verifier)に証明するプロセスです。

柔軟な分析機能: カスタムPython実行

ユーザーは独自のPython関数をアップロードしてセキュアな環境で実行できる点が大きな特徴です。Pythonで記述された任意の関数をDCR参加者の同意のもと実行可能であり、以下のような高度な分析が実現します:

  • 機械学習モデルのトレーニング
  • カスタムアルゴリズムの適用
  • 定型的な集計処理を超えた柔軟なデータ分析

アクセス制御とクロスクラウド対応

設定ファイルベースの宣言的な権限管理によって参加者ごとの詳細なアクセス制御と共同分析における業務分掌を明確にしています。

またクロスクラウド対応を備えており、Snowflake、AWS、GCP、Azure間で異なるクラウドプラットフォームを利用する企業間でも安全に共同データ分析やマーケティング活動を行えます。

概要

Googleの広告エコシステムに特化した「ウォールド・ガーデン」型DCRです。ウォールド・ガーデンとは、特定のプラットフォーム(ここではGoogle)が自社のデータと分析環境を一体的に管理し、外部から隔離された閉じた環境でデータ分析を行う仕組みを指します。広告主はGoogle Ads、Display & Video 360、Campaign Manager 360、YouTubeなどの広告製品と連携する各種データを一元管理・解析でき、Google広告のイベントレベルデータにアクセスできる唯一の公式手段とされています。広告のパフォーマンスやオーディエンス、クリエイティブ、コンバージョン、視聴行動といった詳細なイベントデータを、通常の管理画面ではできない高度な切り口で分析できます。


Google Ads Data Hub (ADH)の概要図。
出典: Investing in the next generation of measurement on YouTube

技術的特徴

差別化ポイント: Google広告のイベントレベルデータにアクセスできる唯一の公式手段であり、BigQuery基盤の「Query-in, Aggregate-out」モデルで個人特定を防止。

コア技術: BigQuery基盤とQuery-in, Aggregate-outモデル

ADHはGoogle Cloud Platform(GCP)上で動作し、特にBigQueryを技術的基盤としています。広告主は自社が保有するファーストパーティデータをBigQueryにアップロードし、ADHのAPIを通じてGoogleのイベントレベルの広告データと結合するためのSQLクエリを記述します。

このアーキテクチャを支える 「Query-in, Aggregate-out」モデルでは、クエリはADHの適切にアクセス制御された環境内でのみ実行され、プライバシー保護の観点から個人が特定されないよう厳格に集計されたデータだけが広告主のBigQueryプロジェクトに書き出されます。

プライバシー保護: 多層的チェック機構

プライバシー保護は以下の多層的なチェック機構によって実現されています:

  • 静的チェック: クエリ構文の事前検証
  • 集計チェック: 最低ユーザー数の要求
  • 差分チェック: 差分攻撃の防止
  • ノイズインジェクション: 統計的ノイズの付加
  • 出力制限: 10万行上限による大量データ抽出の防止

ファーストパーティデータとGoogleのデータを結合する際にはRDID(リセット可能なデバイス識別子) などプライバシーに配慮した識別子が結合キーとして用いられるため、ユーザーレベルの生データがADHの外部に転送されることはありません。

AWS Clean Rooms

概要

Amazonが提供するフルマネージド型のデータクリーンルームサービスです。複数の企業が互いの生データを共有せずに集合データを安全に分析し、インサイトを得ることができます。クリーンルームを数分でデプロイできるため、独自ソリューションを構築・管理・維持する手間やコストを大幅に削減できます。API経由ですべての機能にプログラムからアクセスでき、既存ワークフローとの統合や企業独自のデータコラボレーション基盤の構築も容易です。

ただし、AWSサービスとの連携を前提としており、他クラウドとの相互運用性は限定されます。


AWS Clean Roomsの概要図。
出典: AWS Clean Rooms 【AWS Black Belt Online Seminar】

技術的特徴

差別化ポイント: ゼロETLアプローチによりデータを移動せず既存のデータソースから直接コラボレーション可能。AWSエコシステムとの深い統合。

コア技術: ゼロETL(Extract, Transform, Load)アプローチ

AWS Clean Roomsの革新は 「ゼロETL」アプローチにあります。従来、データ連携にはデータを抽出し(Extract)、分析しやすい形に変換し(Transform)、データウェアハウスに書き込む(Load)というETLパイプラインを自前で開発・運用する必要がありました。

AWS Clean Roomsではこのプロセスが裏側で自動的に処理されるため、参加企業はデータを移動・複製することなく、既存のデータソースに保存されたままの状態で直接コラボレーションを開始できます。対応するデータソースはAmazon AthenaやSnowflakeなど多岐にわたり、クエリ実行時のみソースからデータを読み取るため常に最新のデータに基づいた分析が可能です。

これによりデータ移動に伴う複雑性やコスト、セキュリティリスク、鮮度低下といった課題を抑えます。

分析機能: SQL、PySparkと機械学習

分析面では、SQL、PySparkなど複数の分析エンジンを備え、マーケティングアナリストからデータサイエンティストまで幅広いユーザーが複雑な分析を実行できます。

さらに 「Clean Rooms ML」 機能により、互いに生データを共有することなく機械学習モデルをトレーニングし、予測的インサイトを生成できます。

データ保護とセキュリティ: 責任共有モデル

プライバシー保護は 「責任共有モデル」 に基づく多層的な制御で実現されています。インフラストラクチャのセキュリティはAWSが管理し、顧客はコンテンツとアクセス制御に責任を持つという役割分担のもと、包括的なデータ保護を実現します。

暗号化とセキュリティの特徴:

  • すべての通信はHTTPS(TLS 1.2/1.3)で暗号化
  • 保存時の暗号化をサービスメタデータ、MLモデルデータ、IDマッピングテーブルに自動適用
  • AWS KMS(Key Management Service)による暗号化管理、顧客管理キーにも対応
  • FIPS 140-3検証済み暗号モジュールによる高度なセキュリティ

アクセス制御: 分析ルールと差分プライバシー

データオーナーは 「分析ルール」 を設定することで自身のデータがどのように分析されるかを厳密に制御できます:

  • 集計分析ルール: COUNT、SUMなどの集計関数のみ許可
  • リスト分析ルール: 共通IDを持つユーザーリストの抽出を許可
  • カスタム分析ルール: あらかじめ承認された特定のクエリやテンプレートの実行のみ許可

加えて 「AWS Clean Rooms Differential Privacy」 が数学的に裏付けられた高度なプライバシー保護機能を提供し、集約されたインサイトからの個人の特定を難しくします。

Snowflake Data Clean Rooms

概要

Snowflakeのデータクラウドプラットフォーム上で提供されるネイティブアプリとして機能するDCRサービスです。「Secure Data Sharing」機能を中核とし、複数のSnowflakeアカウント間でデータを物理的にコピーや移動させることなく、データの共有と共同分析を可能にします。データ所有者(プロバイダー)は自社のアカウントにデータセットを保持したまま、共有したいデータと許可する操作をクリーンルームアプリを通じて公開し、データ利用者(コンシューマー)は自身のSnowflakeアカウントにNative Appとしてインストールして分析を実行できます。Snowflakeはアイデンティティデータやメディアの販売に直接関与しないプラットフォーム提供企業であるため、技術的に完全に中立的な環境を提供し、競合関係にある複数企業のコラボレーションにおいて信頼性の基盤となります。


Snowflake Data Clean RoomsにおけるProviderとConsumerの関係図。

技術的特徴

差別化ポイント: Zero-Copy Cloningによりデータを物理的にコピーせず瞬時に共有。メタデータのみでデータ移動のリスクとコストを完全に排除。

コア技術: Secure Data SharingとZero-Copy Cloning

Snowflake Data Clean Roomsの設計の基盤にあるのは、 「プロバイダー」と「コンシューマー」 という明確な役割分担の概念です。プロバイダー(データ所有者)は自社データを保持・管理し、コンシューマー(データ利用者)はそのデータを分析に活用します。この明確な役割分離により、「誰がデータを所有し、誰がそれを利用するか」が設計時から明示され、複雑なマルチパーティコラボレーションでも責任範囲と権限が明瞭になります。

この役割分担を基盤として、Snowflakeは「データが移動しない」アーキテクチャを実現しています。この仕組みを支える中核技術が 「ゼロコピークローン(Zero-Copy Cloning)」 です。テーブルやスキーマ、データベースをクローンする際、Snowflakeは元のオブジェクトのマイクロパーティション(データの物理的な格納単位)を参照するメタデータのみをコピーし、データ自体は物理的にコピーしません。

クローン作成時点では追加のストレージコストが発生せず、クローンに変更が加えられた時点で初めて新しいマイクロパーティションが作成されます。この技術により、データのスナップショットを瞬時に作成でき、データ移動に伴うセキュリティリスク、コスト、時間を完全に排除します。プロバイダーはいつでも共有を停止または変更でき、データに対する完全なコントロールを維持できます。

高度な分析: Snowpark Container Services (SPCS)

マルチクラウド対応によりAWS・Azure・GCP間でのシームレスな連携が可能です。高度な分析には 「Snowpark Container Services(SPCS)」 を活用でき、XGBoostモデルなどの機械学習モデルのトレーニングや潜在顧客の発見といった処理を実行できます。

SPCSの特徴:

  • OCI準拠コンテナ: Open Container Initiative準拠のコンテナイメージをベースとしたフルマネージドオーケストレーション
  • SQLベースのデプロイ: Dockerfileでパッケージング後、CREATE SERVICE、EXECUTE JOB SERVICEコマンドで実行
  • インフラ自動管理: オーケストレーション、スケーリング、障害復旧はSnowflakeが担当
  • 高度なユースケース: GPU集中型ワークロードやカスタムAPIの展開など、従来のSQL処理では対応困難な分析が可能

クリーンルームアプリはSnowflake Native Application Frameworkの上で構築され、プロバイダーが定義したストアドプロシージャやUDFがコンシューマーのアカウント内で安全に実行されます。

データガバナンスとセキュリティ

ガバナンスとセキュリティは複数の機能を組み合わせて実現:

  • 動的データマスキング: 分析時に不要なデータを自動的に隠蔽
  • 行アクセス制御: 参加者ごとに閲覧可能な行を制限
  • タグベースポリシー: メタデータタグで一貫したポリシーを適用
  • 監査ログ: すべてのデータアクセスと使用状況を詳細に記録
  • データリネージ: データの流れとインサイトの起源を追跡

プロバイダーは許可するデータや操作をきめ細かく設定でき、GDPR・CCPA対応により国際的なプライバシー規制への準拠を確保しています。Snowflakeはアイデンティティデータやメディアの販売に関与しない中立的な立場をとっており、競合関係にある企業間のコラボレーションにおいても公平性を保証します。

Databricks Clean Rooms

概要

Databricksのデータ+AIプラットフォームの機能として提供される、高度なデータ分析やAI/MLワークロード実行を前提とした分析環境です。オープンなデータ共有プロトコル「Delta Sharing」と一元化されたデータガバナンスソリューション「Unity Catalog」を技術的基盤としています。最大の特徴は「ノー・トラスト(無信頼)」モデルを採用していることで、データコラボレーションに関わるすべての関係者は、Databricksによって管理される「中央クリーンルーム」と呼ばれる隔離された一時的な環境に自身が所有するデータを共有します。どの参加者も管理者権限を持たず、互いの生データに直接アクセスできない構造になっています。


Databricks Clean Roomsの概要図。
出典: What is Databricks Clean Rooms?

技術的特徴

差別化ポイント: オープンソースのDelta SharingとUnity Catalogにより、ベンダーロックインを回避しながらプラットフォーム横断のデータ共有を実現。

コア技術: Delta Sharing(オープンプロトコル)

Databricks Clean Roomsの最大の差別化要素は 「Delta Sharing」「Unity Catalog」 というオープンで拡張性の高い基盤技術を採用していることです。他のDCRがプラットフォーム固有のプロプライエタリな技術に依存する中、Databricksはオープンソースのプロトコルと標準規格を重視しています。

Delta Sharingは異なるコンピューティングプラットフォーム間でセキュアにデータを共有するためのオープンプロトコルです。SnowflakeのSecure Data SharingやAWS Clean RoomsのゼロETLが自社プラットフォーム内に閉じた仕組みであるのに対し、Delta Sharingはオープンソースプロジェクトとして公開されており、Databricks以外のプラットフォーム(Apache Spark、pandas、Power BIなど)からもアクセス可能です。

Delta Sharingの特徴:

  • データのレプリケーション不要、元のデータにリアルタイムでアクセス
  • 同一リージョン内であればエグレスコストを最小限に抑制
  • 行レベル・列レベルのアクセス制限や動的フィルタリングをサポート
  • ベンダーロックインのリスクを回避しながら高い拡張性を実現

分析ワークフロー: ノートブック承認モデル

Databricks Clean Roomsでは、参加者がテーブルやビュー、ボリューム、ノートブックといったデータ資産を中央クリーンルームに共有し、相手がアップロードしたノートブックをレビュー・承認したうえでコードを実行します。データそのものを交換するのではなく、承認済みコードを通じてインサイトを得る設計であり、これが厳格なデータプライバシーを担保します。

対応言語はSQL、Python、R、Scalaと幅広く、データサイエンティストからアナリストまで柔軟に利用できます。

データガバナンス: Unity Catalog

データガバナンスの基盤となるのが 「Unity Catalog」 です。SnowflakeのタグベースポリシーやAWS Clean Roomsの分析ルールが特定のユースケースに特化しているのに対し、Unity CatalogはDatabricks上のデータとAIアセットを包括的に統合管理するガバナンスソリューションです。

Unity Catalogの特徴:

  • 3レベル階層構造: カタログ→スキーマ→テーブル/オブジェクトでメタデータを管理
  • ANSI SQL準拠: クロスワークスペースで一貫したアクセス制御ポリシーを適用
  • 細やかな権限管理: 行レベル・列レベルのセキュリティを含む詳細な制御
  • 自動監査とリネージ: すべてのデータアクセスを記録し、データの流れと変換の履歴を自動追跡

この包括的なガバナンス機能により、データクリーンルームだけでなくデータレイクハウス全体のセキュリティとコンプライアンスを一元管理できる点が他のDCRにはない強みです。

セキュリティ: ノー・トラスト(無信頼)モデル

セキュリティの中核を担うのが 「ノー・トラスト(無信頼)モデル」 です:

  • 承認必須: ノートブックの実行には、アップロード者を除くすべてのコラボレーターの明示的な承認が必須
  • バージョン管理: 各ノートブックはバージョン管理され、すべてのコラボレーターが常に最新バージョンのコードのみを実行
  • エグレス制御: サーバーレス・エグレス制御機能により外部ネットワーク接続を管理し、不正なストレージへのアクセスを封じる
  • 監査ログ: クリーンルーム内のすべての行動を詳細なメタデータとともに記録

Unity Catalogの一元的なアクセス制御により、データの露出を最小限に抑えながら、複数の参加者が基礎データを共有せずに安全にコラボレーションできます。

LiveRamp Safe Haven

概要

LiveRamp Safe Havenは、独自のユニバーサルID「RampID」を核とし、500社以上との連携エコシステムを構築する中立的なインフラです。セキュアなデータ管理、アクティベーション、効果測定、コラボレーションを可能にするクラウドベースのSaaSソリューションとして位置づけられています。LiveRampは自らを「中立的なインフラ」と定義しており、どのプレイヤーにも偏らない立場を確立することで、特に競合関係にある企業間(例:消費財メーカーと小売)での信頼を勝ち取り、巨大なデータエコシステムを築いています。2024年以降、顧客自身のクラウド環境内(AWSやSnowflake)で直接ID解決と変換を行える機能の提供を開始し、データの外部転送に伴う遅延やセキュリティリスクを排除しています。


LiveRamp Safe Havenの概要図。
出典: Understanding Safe Haven

技術的特徴

差別化ポイント: 独自のユニバーサルID「RampID」を核とした500社以上との連携エコシステムと中立的なインフラ。ゼロコピー原則でデータ移動を排除。

コア技術: RampIDによる仮名化アプローチ

LiveRamp Safe Havenの中核技術は、独自のユニバーサルID 「RampID」 による仮名化アプローチです。PII(氏名、住所、メールアドレスなど)はまず内部ID「AbiliTec ID」に変換され、その後「RampID」が生成されます。このID変換プロセスは精度を最優先し、誤ったマッチング(False Positives)を最小限に抑える設計です。

RampIDには個人レベル、デバイスレベル、世帯レベルなど複数の種類があり、データの粒度や利用目的に応じて使い分けられます。プラットフォームは完全な相互運用性を備え、多様なクラウドデータソースと統合しながら、データを移動させずに分析・共有を可能にする 「ゼロコピー原則」 を採用しています。これによりセキュリティ、コンプライアンス、運用効率を高次元で両立します。

データ保護とセキュリティ: 多層的PETs

データ保護とセキュリティは、複数の プライバシー強化技術(PETs: Privacy-Enhancing Technologies) を組み合わせた多層的なアプローチで実現されています:

  1. ID仮名化: 生のPIIデータは直接共有されず、擬似匿名化されたRampIDを介してのみデータが連携。万が一のデータ漏洩時でも個人特定が困難
  2. ゼロコピー原則: データは決してコピーされず、Safe Havenという制御された中立的な環境内でのみ利用。データ所有者は常に完全なコントロールを維持し、いつでもアクセス権を取り消し可能
  3. 暗号化と差分プライバシー: モジュール型プライバシー制御を組み込み、設定された閾値の範囲内でのみインサイトを提供
  4. 監査証跡: すべてのデータインタラクションを詳細に記録し、コンプライアンス要件への対応と事後追跡を可能に

消費者のプライバシー権利に対しては、データ削除やオプトアウト、アクセス要求(SAR)に対する専用ワークフローが設置され、GDPR・CCPA等の国際的なプライバシー規制への徹底した準拠体制を確保しています。

ワークスペース構成と中立性

システム全体はマーケティング担当者向けの 「Customer Profiles」 とデータサイエンティスト向けの 「Analytics Environment」 という二つの主要ワークスペースで構成され、ビジネス部門と技術部門が連携してデータを活用できます。

LiveRampは特定のメディアやチャネルに偏らない中立的な立場を確立しており、競合関係にある企業間(例:消費財メーカーと小売)でも公平なコラボレーションを保証します。この中立性が、500社以上との連携エコシステムを構築できた重要な要因となっています。

ドコモ データクリーンルーム (DIM)

概要

ドコモ データクリーンルームは、2024年8月7日にNTTドコモ、インテージ、ドコモ・インサイトマーケティング(DIM)の3社協業でサービスを開始した、日本市場に特化したデータクリーンルームサービスです。このサービスの最もユニークな点は、ドコモが持つ1億以上のdポイントクラブ会員データという巨大なファーストパーティデータと、インテージが持つ購買行動データ(「SCI」「買いログ」など)を組み合わせることで、日本市場に特化した独自の価値提供モデルを構築していることです。国内市場のデータクリーンルームにおける主要なプレイヤーとして、他のグローバルサービスでは得られない日本市場固有のデータインサイトを提供します。


ドコモ データクリーンルームの概要図。
出典: ドコモ データクリーンルーム 報道発表資料

技術的特徴

差別化ポイント: 1億以上のdポイントクラブ会員データとインテージ購買データを組み合わせた日本市場特化型DCR。docomo Sense AIで深いインサイトを提供。

コア技術: 三社連携による統合データ基盤

ドコモ データクリーンルームは三社の役割分担に基づいてサービスを提供します。NTTドコモはdポイントクラブ会員の属性情報や位置情報を、インテージは購買行動データをDIMに提供しますが、これらのデータは個人が特定できない形に加工された状態でDIMに提供されます。DIMがそれらを活用する統合データ基盤を構築してサービス主体となります。

ドコモ独自のAIエンジン 「docomo Sense」 を活用したプロファイリング情報や行動情報を分析に取り入れることで、パートナー企業は自社データだけでは得られない深いインサイトを獲得できます。

データ保護とセキュリティ: 日本市場特化型アプローチ

データ保護は日本市場のプライバシー要件に合わせた厳格なアプローチで実現されています:

  • 同意ベース: ドコモのデータは顧客が「パーソナルデータダッシュボード」を通じて利用に同意したデータに限定
  • 情報変換: GPS座標などの生の位置情報は提供せず、それらを分析して導出した趣味嗜好などのマーケティング有用情報に変換して提供
  • 暗号化と分離: アップロードされたデータは暗号化され、厳格なアクセス制御のもとで安全に保管。パートナー企業とDIMは互いの生データの中身を相互確認できない厳格な分離モデルを採用

プライバシー保護: 統計化処理と閾値制御

プライバシー保護の核心は統計化処理にあります:

  • 統計情報限定: 分析結果は個人を特定できない統計情報のみに限定
  • n=1分析禁止: 個人レベルでの分析は禁止
  • 閾値制御: 集計結果が一定の閾値(件数)を下回る場合は数値自体が出力されず、少数のデータから個人を推測するリスクを排除

消費者に対してはデータ利用の透明性を確保し、個人コントロール権を重視することで、日本市場における信頼性の高いデータコラボレーション基盤を構築しています。

機能・特徴別比較一覧表

項目 AutoPrivacy DCR Google ADH AWS Clean Rooms Snowflake DCR Databricks DCR LiveRamp Safe Haven ドコモ DIM
DCRの種類 独立型 ウォールドガーデン型 独立型 独立型 独立型 AdTech型 ウォールドガーデン型
主要プライバシー保護技術 秘密計算・TEE 集計閾値・クエリ検証 分析ルール・差分プライバシー ゼロコピー・アクセス制御 ノートブック承認・監査 RampID仮名化・ゼロコピー 匿名化・統計化・閾値制御
相互運用性 高(クロスクラウド) 低(Google内限定) 低(AWS内限定) 高(マルチクラウド) 高(オープンプロトコル) 高(600+パートナー連携) 低(独自データ特化)

DCR選定の主要ユースケース

各DCRは提供する機能やエコシステムが異なり、選ばれるユースケースにも特有の傾向があります。Google Ads Data HubはYouTubeやGoogle広告のイベントログを活用した広告効果測定やオーディエンス分析に特化し、広告主がGoogleの巨大データ資産を安全に利用したいときに選ばれます。AWS Clean RoomsはAWS上に散在するファーストパーティデータを移動させずに複数社で分析したい企業に重宝される一方、Snowflake Data Clean Roomsはクロスクラウドで外部データを組み合わせる需要予測やCRM統合といったシナリオに適しています。Databricks Clean Roomsはノートブックを活用した機械学習や高度なデータサイエンスワークフローに強みがあり、LiveRamp Safe HavenはIDグラフを使った広告と小売の連携などマーケティング領域で選好されます。日本市場に特化したドコモ データクリーンルームはdポイントクラブ会員データと購買データを掛け合わせた国内向けマーケティング分析で高い需要を持ちます。AutoPrivacy DCRは金融や医療など機密性の高いデータを含む分析で採用され、TEEによるハードウェアレベルの保護により、DCR提供者であるAcompanyを含む誰もが生データにアクセスできない環境で安全な共同分析を可能にします。

具体的なユースケース

  1. 広告 × 小売のコンバージョン計測(LiveRamp Safe Haven)

    • 状況: 広告プラットフォーム(例: Meta、Google)と小売事業者(EC/店舗)が購買データを照合したいが、個人情報を直接共有することは避けたい。
    • DCR利用: LiveRamp Safe Haven に小売側の購買データと広告接触ログをアップロードし、RampID を介してマッチング。API 経由で広告接触者の購買率を集計し、個票ではなく集計値のみを取得する。
    • 選定理由: RampID を用いた巨大な ID グラフと主要広告プラットフォームとのネイティブ連携が整備されており、マルチチャネルでの購買マッチングに最適。
    • 効果: 個人情報を共有せずに広告効果を正確に測定でき、プライバシー保護とマーケティングROIの両立が可能。
  2. 金融機関 × 広告/プラットフォーマー(AutoPrivacy DCR)

    • 状況: 金融機関の会員データと広告配信の効果を突き合わせたいが、機微な金融データは外部に出せない。
    • DCR利用: AutoPrivacy DCR 上に金融機関と広告側のログを安全にアップロードし、TEE 環境でセグメント別の広告反応を分析。
    • 選定理由: ハードウェアベースの TEE で計算中のデータも保護し、プラットフォーム非依存の中立性が高いため、銀行法に配慮しつつ多様な広告サービスと連携しやすい。
    • 効果: 金融データを外部に出さずに広告施策の反応を把握でき、キャンペーン改善に活用できる。
  3. ストリーミングサービス × コンテンツ制作会社の視聴分析(Databricks Clean Room)

    • 状況: ストリーミングプラットフォームが視聴ログをコンテンツ制作会社と共有して、作品ごとのエンゲージメントを分析したいが、視聴者の個人情報を公開できない。
    • DCR利用: Databricks Clean Room に視聴ログとコンテンツ属性をアップロードし、ノートブック上でエンゲージメント指標や視聴完了率を集計。個人が特定される情報は外部に出ない。
    • 選定理由: Delta Sharing とノートブック環境により、大規模視聴データを扱う柔軟な分析・機械学習ワークフローを実装できる。
    • 効果: 視聴者プライバシーを保ちつつ制作会社が作品の改善点を把握でき、コンテンツ制作の精度向上に繋がる。
  4. 旅行会社 × 航空会社の需要分析(Snowflake Clean Room)

    • 状況: 旅行代理店と航空会社が予約データと運航情報を突き合わせ、さらに気象データなど外部要因も取り入れて路線別需要を精緻に予測したいが、乗客の個人情報を直接共有することはできない。
    • DCR利用: 各社が自社 Snowflake アカウント上のデータを保持したまま Clean Room で連携し、Secure Data Sharing を通じて予約・運航・気象データを一時的に結合。SQL で路線ごとの需要や空席率をリアルタイム集計し、個人を特定できない統計結果のみを取得する。
    • 選定理由: Snowflake Data Cloud のデータマーケットプレイスとクロスクラウド共有機能により、第三者データを含む多様なデータソースを単一環境で横断分析できる。リアルタイム共有が旅行・航空業界の迅速な需要予測を可能にする。
    • 効果: 乗客のプライバシーを守りながら外部データを取り込んだ高精度な需要予測が実現し、路線計画や価格設定をタイムリーに最適化できる。

データクリーンルームの未来展望:社会インフラとしての進化

DCRがもたらすビジネスチャンスと社会的価値

DCRの導入は、単に法令遵守というコストを削減するだけでなく、企業に新たなビジネスチャンスをもたらします。顧客データの安全な活用を通じて、より深い顧客理解が可能となり、顧客ロイヤルティの向上や、データに基づく新たなビジネスモデルの創出に繋がります。DCRは、データの取り扱いにおける透明性と信頼性を確保することで、企業は顧客やパートナーとの信頼関係を強化し、持続的な成長を築くための基盤を構築できます。

DCRの必然性と社会インフラとしての位置づけ

DCRの登場は、プライバシーの歴史的変遷とデジタルエコシステムの構造変化が交差する点で起こった必然的な現象です。1890年の「一人でいる権利」から始まったプライバシー概念の進化、OECDガイドラインを起点とする国際的なデータ保護原則の確立、そしてサードパーティCookieの廃止によるデジタル広告エコシステムの危機—これらすべてが、DCRというソリューションの直接的な契機となりました。

DCRは、プライバシーを侵害することなく企業間のデータ連携と高度な分析を可能にし、広告効果測定から医療、金融に至るまで多岐にわたる分野で活用されています。この事実は、DCRが特定の業界に限定された流行ではなく、データのプライバシー保護と利活用を両立させる不可欠な社会インフラとなりつつあることを示しています。

ゼロトラスト時代における次世代DCRの要件

近年、大手テクノロジー企業によるAIサービスの不適切な利用事例に象徴されるように、従来「信頼できる」とされてきた巨大サービスプロバイダーであっても、保存されたデータへの無断アクセスや悪用が可能であることが次々と明らかになっています。クラウド事業者のような大手プラットフォームであっても無条件に信頼してはならない「ゼロトラスト」の時代が、本格的に到来したのです。

従来のDCRの多くは、クラウドプロバイダーやプラットフォーム事業者を「信頼された管理者」として前提に設計されています。しかし、真にプライバシーを保護するためには、管理者特権を持つクラウド事業者やプラットフォーム管理者からもデータを守る必要があります。

この文脈において、AutoPrivacy DCRのようなTEE(Trusted Execution Environment)ベースのアプローチが、今後あらゆる領域で標準となっていくでしょう。ハードウェアレベルで計算中のデータを暗号化し、DCR提供者を含む誰もが生データにアクセスできない完全なゼロトラストモデルは、もはや金融・医療・政府機関といった機密性の高い領域に限らず、マーケティング、サプライチェーン、研究開発、さらには日常的なビジネスデータコラボレーションに至るまで、すべての領域において必須の要件となっていくはずです。

データコラボレーションの未来は、「誰を信頼するか」ではなく、「技術的に誰も信頼する必要がない仕組み」をいかに構築するかにかかっています。AutoPrivacy DCRのような完全なゼロトラストアーキテクチャこそが、プライバシー保護とデータ活用を真に両立させる、次世代のデータコラボレーション基盤の姿なのです。

まとめ

データクリーンルーム市場に「万能解」は存在しません。最適選択は、組織の特定状況・目標・技術成熟度に深く依存します。ユースケースごとの実用性の差も踏まえ、自社に最適な手法を選び取る必要があります。

しかし、DCRの台頭は偶然ではありません。これは、データエコシステム全体を健全に機能させるための新たな「社会インフラ」として、時代の要請に応える形で必然的に登場したソリューションです。プライバシー保護とデータ活用の両立は、もはや現代企業の必須要件であり、DCRはこの二律背反を解決する唯一の実用的な手段として、今後もその重要性を増していくでしょう。

本比較分析が、あなたの組織に最適なDCRソリューション選択と、効果的なデータコラボレーション戦略構築の一助となることを期待します。

参考リンク


この記事は2025年9月時点の情報に基づいています。各サービスの最新機能・価格については、公式サイトでご確認ください。

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