AI Agent × ブロックチェーン × ステーブルコイン 〜「自律分散型社会」を支える次世代システムアーキテクチャ論〜

0. はじめに:AI Agent活用の「ボトルネック」
現状:
LLMやAI Agentの進化により、業務の自動化が可能になってきました。AI Agent以前の世界観としては、RPAによるルールベースの自動化と、Machine Learning(機械学習)によるパターン予測が一般的でした。LLMの台頭により、これまで人が思考していた業務もAIが代替して自動化する世界観が実現しつつあります。また、PDFや音声データの理解もMultimodalの台頭でAIが代替する世界観になってきていますね。

業務自動化の段階
課題:
しかしながら、日本企業には依然として「紙・ハンコ文化」や「多重チェック体制(1枚の書類を何十人で確認)」が残っています。たとえば、生命保険の契約書を受理にするのにも、AI-OCRまたはパンチャーが紙の帳票を多重チェックしながら基幹システムへ入力して、入力されたデータで少しでも不備がありそうなものは後続のチェック担当者が多くのマニュアルを確認してチェックし、必要に応じて電話確認をしています。また、チェックにあたり改めてPDF化した電子データをプリントアウトして蛍光マーカーを使って時間をかけてチェックすることもザラにあります。
問題提起:
業務の自動化の前提はデジタル化にあります。しかしながら、依然として紙業務が残っていたり、業務プロセスが複雑すぎて、人の介在が多く残っており、バッチ処理やRPA、AIで効率化できている部分は限定されています。紙が残っていたとしてもAI-OCRやMultimodalの選択肢がありますが、多くの場合手書き帳票だったり、訂正印による修正も施されておりAIに読み取らせることが不可能なものも多く存在します。このため、AI Agentはデータを読み取れず、自律的に動けない状況となっています。繰り返しになりますが、AI活用の前段には、徹底的な「DX(デジタル化)」が必須です。

依然としてDXは限定されている
1. 「1社だけのDX」の限界と、業界全体の課題
ジレンマ:
1社がDXを進めても、結局取引先がFAXや紙請求書を使っている限り、デジタル化は完結しないケースが多いですし、こういった現場の意見を聞く機会が多くあります。
構造的問題:
この課題を解決するために、サプライチェーン全体、あるいは業界全体での標準化が必要ですが、利害調整が難しく進まないのが日本の現状となっています。
現況に諦めてはいない:
とはいえ、現況にただ諦めるということはやっていません。例えば、下記のような施策を通してAIを最大限活用できるかを模索しています。
- 業務マニュアルや説明会動画、実業務の録画データを活用して、自動化の示唆出しやAI AgentやRPA、バッチ処理の自動生成を試みる
- BPRではなく、今人が考えて作業している業務をまるっとAI Agentに置き換える
諦めてはいないのですが、上記もかなりチャレンジングだと考えています。例えば、結局訂正印等で複雑に記載された帳票を解読する課題は解決できていないですし、業務はPCだけではなく営業や工場作業等、人が動いて進めることも多々あるからです。ただ、この辺はコンサルタントやアーキテクトの腕の見せ所であり、引き続きチャレンジしていく分野であることはコメントを添えておきます。
2. ゲームチェンジャーとしての「ブロックチェーン × ステーブルコイン」
ここで、AI以外の技術トレンドに目を向けていきたいと思います。ブロックチェーンやステーブルコインです。いわゆるWeb3と呼ばれる分野ですね。ブロックチェーン自体2010年代に一度大きく盛り上がりを見せました。「価値の保存」「スマートコントラクト」「送金」という特徴がありましたが、ブロックチェーン自体のコイン(BTCやETHなど)は価格のボラティリティが非常に大きく、また送金といっても手数料(界隈ではガスと呼んでいます)が高い(数千円のケースも)、送金時間もかかる(BTCだと数十分)という課題がありました。
しかしながら、近年L2といったブロックチェーンを活用したインフラ整備や、手数料や送金時間に優位性があるブロックチェーン(Solanaなど)が登場してきました。また、こういったインフラ上に法定通貨と連動したコイン「ステーブルコイン」が台頭してきており環境が大きく変わろうとしています。
「ステーブルコイン」も海外の話しではなく、2025年10月には日本円と連動するJPYCが利用可能となっています。

この1年で暗号資産を使った決済も進化。デビットカードと連携して即決済が可能に
これまでも変わってこなかったが。。。
この辺の技術は電子決済に紐づいてきます。クレカ決済プラットフォームやPayPayなどのサービスがあげられると思います。ただ、こういったサービスが個人消費では大きく活用されていますが、企業で考えると結局まだまだです。やろうと思えば、電子決済で請求支払い業務ができそうですが、結局手数料が高かったり取引先の状況に合わせて、発注書を作って支払い業務を行ったり、発注書が無い業務は請求書や納付書をミリミリ解析して基幹システムへ入力していく業務が依然多く残っています。
また、クレカ決済プラットフォームやPayPayといった領域も完全に自動化されているわけではなく、表向き電子化されている業務でも裏では多くの人的資源が投下され、故に手数料が高くなっている実態があります。
さらに手数料だけではありません。商流(請求書)と金流(銀行振込)が別々のシステムで動いているため、経理担当者が目視で「消込」する必要があります。この業務もOTC(Order to Cash)として多くの企業に残っていて工数の掛かる業務となっています。ブロックチェーン技術のスマートコントラクトを活用して「納品検収(商流)」と「支払い(金流)」をアトミックに実行できる可能性があります。
透明化の波:
一方で、世の中の流れを見ていきましょう。例えば、政治の世界では政治資金問題などが話題になっています。資金の流れをガラス張りにして透明化していこうという動きです。この流れは世界的にもトレンドになってきそうで、この状況を契機に、政府・行政主導で「資金の流れの透明化」が求められている可能性があります。ここで選択肢にあがってくるのがブロックチェーンやステーブルコインが考えられます。B2G(Business to Government)が今後盛り上がってくる可能性があります。
トップダウンの変革:
かつての「働き方改革」、「マイナンバーカード」「インボイス制」において、政府が推進して日本社会が大きく変わった事例があります。これまでの改革と同じように、ブロックチェーンを使った透明化が「次の一手」になる可能性があります。つまり、政府や行政が、資金の流れを透明化するためにブロックチェーンやステーブルコインを活用しだすと、業界や中小企業含めた民間企業も追随せざるを得なくなるのではと考えています。オセロが一気にひっくり返る可能性があるのです。
現状、AIやMachine Learning、RPAを活用した業務改革がメインですが、今後はブロックチェーンやステーブルコインを活用したサービスを前提とした業務改革求められてくる可能性があります。ブロックチェーンやステーブルコインを活用した業務改革の後に、改めてAI活用が再燃するのではと考えています。これは、ステーブルコインをAIが扱えるお金(Programmable Money) と定義できるからです。銀行口座は「法人格」が必要でAIが直接操作するのはハードルが高いです(API連携も複雑)。一方で、ステーブルコインのウォレットは「秘密鍵」さえあればAI Agentが直接保有・管理・執行できるようになります。 これが「自律分散型社会」のキーパーツになる可能性があります。
3. AI Agent × ブロックチェーンが作る未来
これまでのAIは「提案」までしかできませんでした。AIでよく例えられるのは「優秀な引きこもり」ですね。一方で、MCPやAPIを活用して「提案」+「実働」もできつつあるのは周知の事実ですが、まだまだ最終的には人間の承認が必要な場面が多くあります。これはAIの特性上100%ではないというのもありますが、日本社会の業務構造も要因の1つと考えられる。前の章で述べた「オセロが一気にひっくり返る」が起きると、一気に世の中のAIに対する考え方が変わる可能性を秘めています。
さらに今回のテーマであるブロックチェーン(透明性)やステーブルコイン(執行能力)が加わると、AIが「信頼された基盤の上で、決済まで完結(Execute)する存在」となる可能性があります。
ユースケースとシナジー
例えば、こんなユースケースが考えられます。
- 経理業務 (Non-PO): 光熱費やSaaS利用料などの利用実績をブロックチェーンに記録 → AI Agentが請求書とオンチェーン実績を突合 → 正当性が確認されればステーブルコインで自動払い。面倒な消込作業が消滅 する
- 保険契約: 顧客はデジタルID(Verifiable Credentials)で本人確認を即時完了。AIが顧客の健康診断データ(API連携)や告知事項を解析し、引受可否をリアルタイムで判定。契約成立と同時に、保険証券代わりの「SBT(譲渡不可トークン)」がウォレットに発行される。口座振替書の代わりに、スマートコントラクトで毎月の保険料(ステーブルコイン)の引き落としを承認(Approve)
- サプライチェーン: IoTセンサーが「納品」を検知 → ブロックチェーンに記録 → AI Agentが契約条件を確認 → ステーブルコインで即時支払い(人間は介在しない)
まとめるとこんなシナジー生まれるのではと考えています。
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シナジー:
- ブロックチェーン: 信頼できるデータ基盤(Truth Source)を提供する。
- ステーブルコイン: プログラム可能なお金(Programmable Money)。
- AI Agent: その基盤の上で、自律的に決済・契約・経理処理を実行する。
技術的に念頭に置くべきこと
また、エンジニアとしての技術的に念頭に置くべきことをまとめました。
- API連携の限界: 既存のAPI連携でも似たことはできるが、企業間で個別にAPIを維持管理するコストは甚大です。ブロックチェーンという「共通の台帳(Single Source of Truth)」を使うことで、N対Nのデータ連携コストを劇的に下げられる(APIエコノミーからトークンエコノミーへ)
- AIのガバナンス: 「AI Agentに勝手に支払いをさせるのは怖い」という懸念に対しては、決済機能を持つスマートコントラクト側で「上限額」や「ホワイトリスト」をハードコードしておくことで、万が一AIが誤判断しても被害を防ぐガバナンスをコードレベルで強制できる可能性
4. エンジニア/コンサルタントが今学ぶべきこと
AI技術(LLM、AI Agent、MCPなど)の習得はもちろん重要です。
しかしながら、それらが動く「基盤(インフラ)」としてのブロックチェーン、特に実社会との接点となる「ステーブルコイン」の知識が、今後のDX案件で差別化要因になる可能性があります。
AIとWeb3を別物と考えるのではなく、今後は自律分散型社会 を支える両輪であると考えた方が良いと思います。
オンチェーンデータ+スマートコントラクト+AI Agentという三層構造の業務設計力、システム設計力が求められてくると考えています。
一方で、全員がそれぞれ個別の基礎技術を細かく理解して設計できる必要はないと考えています。AI活用でもLLM自体を開発している人はほとんどいないと思います。重要なのは、どういったサービスやプロダクトが登場して、どのように社会や個人で活用できるか考えていく習慣だと考えています。
では、具体的にブロックチェーンやステーブルコインを学ぶためにわれわれは何をしていくべきなのでしょうか。ヒントのために下記をあげてみました。GeminiやChatGPT、Claude、Grokで調べてみてください。
- Web3の決済系プロダクトを使ってみる
- CEX(中央集権型取引所)やDEX(分散型取引所)を使ってみる
- StakingやLendingを経験してみる
- 興味を持てたWeb3プロダクトのコミュニティ(DiscordやTelegram)に参加してみる
なお、Web3というとコインやトークンで儲けるイメージがあると思いますが、それは少し違うと考えています。BTCやXRPは価値の保存や内在的価値があり投資対象、ETHやSOLはインフラの手数料生成による経済的価値やBTCに対する分散化の価値があり投資対象と考えられています。一方で、この記事で述べているのはブロックチェーンやステーブルコイン技術を活用した社会や業務の変革についてです。みなさんもコンサルやエンジニア業務をしながら使っている製品やサービスの会社に投資をするとは限らないですよね?
5. おわりに
最後に、私が言いたい事としては勉強を続けようです。私も含めて。
その中で、特定の技術のサイロ化を避け、広い視野でアーキテクチャを描けるようにお互い成長できると良いですね。
AI Agentが社会実装される未来を見据え、引き続き頑張っていきましょう!
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