メタバースの産業用途における活用
今回はインダストリーX本部 マネジング・ディレクター Shida, Minoruが2023/1に執筆した記事をご紹介します。記事内容は執筆当時のものです。
インダストリーX本部に所属するマネジング・ディレクターの志田です。設計開発領域の業務改革を中心とし、デジタルスレッドの実現やPLM(プロダクトライフサイクル管理)企画・導入などのコンサルティングに従事しております。この領域ではすでにバーチャルを活用した設計・生産やメンテナンスのシミュレーションが活用されておりますが、昨今のメタバースの技術やフレームワークを活用した「産業メタバース」のコンセプトも様々なところで出現しております。本稿ではその具体的な事例について解説します。
最近話題となっているメタバースですが、現在はゲームやオンライン販売、ソーシャルメディアの世界で注目されています。一方、メタバースの重要な発展領域は、経済活動のバックボーンを担う産業(製造業、建設、電力供給や社会インフラ、物流)にもあります。メタバースは、今後数年間で、これらの領域に大きな変化とインパクトをもたらし、結果的に多くの人々の生活をより良くする重要な要素になると考えられています。
一つ事例を見てみましょう、シーメンスは中国の南京に、デジタルネイティブな工場を建設しました。工場の物理的な基礎を構築する前から、工場の性能はデジタルツインでシミュレーションされています。これにより、建設に入るうえで生じる大小のミスによってもたらされる多額の費用と時間を省くことができました。
例としては、適切な換気が行われていない塗装機をシミュレーション上で発見し、設置場所を改善することでこの問題を建設前に回避することができました。
この工場で扱う製品は、以前2つの異なる拠点で生産され、物流も別な場所で行われており、複雑で非効率的な運用でした。新しいデジタルネイティブ工場では、生産ラインと物流を単一の拠点に集約し、デジタル環境で生産・物流の計画のシミュレーションを実行しました。それにより、建設前に工場の操業の姿を最適化することができました。
日常の操業においても、工場データ、生産ラインデータ、パフォーマンスデータ、さらには設備機械の情報と組み合わせ、最適化を恒常的に実施しています。その結果、生産能力は200%、生産性は20%向上しました。(図1)
図1 シーメンスのデジタルネイティブ工場 (出展:シーメンス)
さらに、工場専用の太陽光発電システム、LED自動照明、高効率のポンプ・ファン・冷却装置・雨水回収システムにより、以下のサステナブルな効果を実現しました。
- 電気代の節約:5,000,000kWh以上
- 工業用水の節約 :6,000m³以上の節水
- CO2削減量:3,000トン以上
もう一つの事例としてBMWのデジタルツイン工場があります。
NVIDIA OmniverseとNVIDIA AIとを活用することで、新時代のデジタル自動車生産を実現しています。図2は、Omniverseによって実現された車両組み立てシステムのデジタルツインです。
図2 NVIDIA Omniverse(出展:Youtube NVIDIAチャンネル)
これにより、初めて工場全体をシミュレーションとして表現・解析することができるようになりました。BMWのグローバルチームは協業して、BIMソフトウェアであるRevit、機械系3D CADソフトウェアであるCatia、ポイントクラウドなどの異なるパッケージを利用して、リアルタイムで工場を設計・プランニングすることが可能です(図3)。
図3 3Dソフトウェアを活用した工場設計(出展:Youtube NVIDIAチャンネル)
BMWの工場では、新車の発売に合わせて定期的に改修されています。
ここでは、世界各地にいる2人の計画専門家が、Omniverseで新しいライン設計をテストしています。一人がモーションキャプチャースーツで組み立てシミュレーションの中に入り、作業の動きを記録し、もう一人がリアルタイムでラインの設計を調整します(図4)。これらは、ラインの最適化だけでなく、作業者のエルゴノミクスと安全性についても考慮されています。
図4 バーチャルでの作業性検討(出展:Youtube NVIDIAチャンネル)
シミュレーション用にデジタルヒューマンを用意することで、大規模なシミュレーションを実現できます。デジタルヒューマンは、実際の作業者のデータを使ってトレーニングします。そして、デジタルヒューマンとシミュレーションを使って、作業員の人間工学と効率性のために新しい業務フローを検討することができます。
現在、工場では5万7,000人の従業員が働いており、作業効率化ために設計された多くのロボットと作業空間を共有しています。ロボットは、現代の生産システムにとって非常に重要です。NVIDIA Isaacロボット・プラットフォームにより、BMWは物流用のインテリジェント・ロボット群を配備し、生産におけるマテリアル・フローを改善しています。
BMWは年間250万台の車を生産し、その99%がカスタマイズ仕様であるため、生産にも俊敏な柔軟性が必要になります。
Issacで利用できる合成画像データ生成と環境乱択化は、機械学習のために重要な役割を果たします。数百万枚の合成画像を生成し、環境を変化させながらロボットに学習させます。(図5)
図5 機械学習のための合成画像データ生成(出展:Youtube NVIDIAチャンネル)
工場内のロボットやその他のデバイスを、コマンドセンターから一括で安全に指揮・管理することができます。
複雑な生産セルをリアルタイムで監視し、ソフトウェアを無線で更新し、ロボットの作業を開始し、遠隔操作することができます。ロボットに助けが必要な場合は、コマンドセンターにアラートが送信され、作業員がロボットをマニュアルコントロールすることができます。
BMWは15カ国に31の工場を展開しています。NVIDIA OmniverseとNVIDIA AIにより、生産ネットワークにある31の工場すべてをシミュレートすることで、計画時間を短縮し、柔軟性と精度を向上させ、最終的にはプランニングを30%以上効率化できると予測されています。
もう一つ、アクセンチュアがCampus Fabと共同で作り上げたデジタルツインの例を紹介します。ここでは、コーヒー生産とサプライチェーンを対象としたデジタルツイン・デジタルスレッドを構築しました。工場におけるERP、MESは2つの生産ラインを統括します。一つは実物のライン、もう一つは仮想のラインです。
実物のラインはより効率的で汚染も少なく、主に収益性の高いアラビカ種のキャップを生産しています。最初に、工場を調整するためのインタラクティブなコントロールタワーを作りました。すべてのITシステムを統括し、データはそこから抽出され、環境に応じて意味づけされた形で提示されます。オペレーターはダッシュボードでKPIを監視でき、問題が発生した場合は警告が表示されます。意思決定を支援するシステムによってオペレーターが適切な判断を行い、問題の影響を最小限に抑えることができます。
サービスレベルを維持し、ラインからの生産オーダーのバランスをとります。最も収益性の高い製品を優先することで、利益を最大化できます。また輸送順序を最適化することによって排出されるCO2を節約し、設備機械のパラメータを調整することによってボトルネックやダウンタイムを避けることができます。(図6)
図6 各種KPIの可視化
デジタルツインで実施されるシミュレーションは、強化学習によってAIを訓練するための合成画像データの生成にも使用されます。AIは、生産能力、スクラップ率、原材料価格など複数のパラメータに応じて、在庫再注文ポイントを最適化させるための推奨シナリオを提示します。
オペレーターも仮想工場の環境から、VR経由でロボットを遠隔操作することが可能です。VR上で自然に定義された動きが現実のロボット上でも再現され、またその逆方向の操作も可能です。(図7)
図7 デジタルツインによるロボットティーチング
より良い、よりスマートな、よりリアルなインタラクティブ操作は、組織が効率的、弾力的、安全、持続可能であるための重要なポイントです。
産業メタバースは、常時アクティブになっている環境であり、現実の設備機械、作業員、工場、ビルや都市、電力供給網や交通システムなどが、リアルタイムで完全な形で仮想世界に反映されています。そのような仮想世界(デジタル環境)においては、問題を迅速に発見し、分析し、修正することが可能です。そしてこのことが、全く新しいコラボレーションの姿、つまり人々が距離の壁、国境や大陸を超えて、まるで同じ部屋で、同じ設備機械や作業対象を前にしているかのように協業可能になります。仮想的なコラボレーションは、簡単かつスピーディに新しいアイデアを試すことができ、製品やサービスのイノベーションを推進します。
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