自作キーボードでキーボードの低さを目指した話
Mobility Technologiesで、インフラよりのサーバサイドエンジニアとして働く Morimoto (@74th)です。
この記事はMobility Technologies Advent Calendar 2020の5日目の記事となります。
この記事では自作キーボードの良さを語るとともに、自作キーボードの高さを低くすることに価値を見出していろいろやってみた記録です。
自作キーボードとは
- PCB(基盤)にキースイッチを実装(はんだ付け)して、マイコンと繋いで作るキーボードです。
- 市販のものとは異なり、様々な種類のキースイッチ(主にメカニカル)を使うことができます。メカニカルキースイッチCherryMXの特許が切れたため、多数のメーカーがCherryMX互換キースイッチを販売するようになりました。
- PCBから設計したり、好みに近いPCBを購入することで、自在な物理キー配置のキーボードを作れます。肩幅を開いた姿勢でタイプできる左右分離キーボードが流行っています。
- オープンソースのファームウェアQMK Firmwareを使うと、論理的なキー配置を後から変更したり、同時押しなどでキーコードが変わるなどできます。
自作キーボードキット Lily58 Pro
2018年の冬コミで、キースイッチが交換可能な左右分離自作キーボードキットLily58 Proを見かけ、その場で購入して、自作キーボードの日々が始まりました。
以下の写真のように、MacBookProのキーボードの上に右手のキーボードを乗せて、右手はキーボードとトラックパッドを使うスタイル(いわゆる右手だけ尊師スタイル)でLily58という自作キーボードキットを使っていました。
最初はLily58を、CherryMX互換キースイッチで使っていたのですが、トラックパッドとキーボードの段差が少ない方が使いやすいため、Kailh Choc v1という薄いキースイッチにすぐ切り替えました。
Kailh Choc v1スイッチは下の写真の右側です。左側は一般的なCherry MX互換キースイッチです。比較すると、その高さの低さが際立ちます。(中段左:OEMキーキャップ、下段左:DSAキーキャップ)
- Kailh Choc v1 10.5mm
- DSAキーキャップ+CherryMX互換 19.2mm
ただしKailh Choc v1はキーキャップとフットプリントが独自の形となっており、専用PCB(基盤)や専用キーキャップが必要です。
さらに、キーボードにするには、以下の高さが必要です。
- PCB(基盤) 1.6mm
- ソケットやゴム足 2.0mm
- 合計 3.6mm
先程のキーボードの上に乗せる尊師スタイルの場合以下の高さが必要です。
- PCB(基盤) 1.6mm
- キースイッチソケット、スペーサー 2.0mm
- フットプレート(アクリル) 2.0mm
- ゴム足 2.0mm
- 合計 6.6mm
このため、Kailh Choc v1+尊師スタイル の高さで約17mm必要になります。
これで自分のキーボード人生のエンドゲームにたどり着いたと思っていました。
思っていました……。
Kailh Choc v2との出会い
先程の薄型メカニカルキースイッチを出したKailh社から、Kailh Choc v2が出ました。
Kailh Choc v2は、頭がCherry MX互換キースイッチと同じ形状しており、一般的なキーキャップを使用することができます。
上の写真の左から
- Kailh Choc v1 10.5mm
- Kailh Choc v2(DSA) 12.0mm
- Outemu Low profile(DSA) 16.2mm
- Cherry MX互換(DSA) 19.2mm
DSAキーキャップを除いた高さは以下のようになっています。
- Kailh Choc v1 8.0mm
- Kailh Choc v2 8.5mm
このKailh Choc v2は、フットプリントがCherry MXともKailh Choc v1とも異なっていて、専用PCB(基盤) が必要になります。
フットプリントを新調して(PCBに互換性のない)まで、キーキャップがCherryMX互換のキースイッチを、Kailh社がわざわざ出したその理由が知りたくなり、 Kailh Choc v2専用の自作キーボードキットAjisai74を購入しました。
Ajisai74を試したことによって、Kailh Choc v2はとても良く、入力のしやすさの意味でキーキャップも大切であることがわかりました。もともと打鍵が強い方ということもあり、より安定性があり、指がストンと収まるキーキャップで、かなりキー入力の印象が良くなりました。
一方、体が Ergodox(Lily58自体がErgodoxのキーを削減した配置になっている)のようなカラムスタッガード(行ごとにキーが揃った普通のキーボードとは異なり、列ごとにキーが揃ったキーボードのこと。指の曲げ伸ばしでキーに届き、指の横移動や手首の移動を最小限にして、より人間工学に基づいていると言われている)の配置に慣れてしまっており、今から普通のキー配置のキーボードに戻ることが困難であることもわかりました。Ajisai74を試すまでは、もしかしたらカラムスタッガードは意味がなく、通常のキー配置が正解なのではという懸念を持っていましたが、その懸念はなくなりました。
Kailh Choc v2が良いこと、カラムスタッガードが良いことの2つの結論を得ましたが、Lily58ではChoc v2を使うことができません。また、Ajisai74の自分の実装ミスの修正を通して、キーボードの基盤の配線について理解を深めることができていました。さらにキーを追加し、より自分ののぞみに近いキーボードを作りたいと思いました。
Sparrow62を設計
以下の本を参考に、自作キーボードのPCBの設計に取り掛かりました。キーボードのスイッチ自体、ONとOFFしかないので、あまり電子工作の知識がなくても設計することができました。
2回の試作を行って、Sparrow62キーボードは無事完成しました。
自作キーボードキットにおいては、PCB(基盤)の他に、トッププレート(キースイッチを支える)と、ボトムプレート(PCBのウラ面を隠す)がセットになっているものが多いです。しかし、Kailh Choc v2で薄さを追求すると、若干が干渉するためトッププレートを使うことができません。また、ボトムプレートについては、直接PCBにゴム足をつければよいのではという結論に至りました。キースイッチを除いた部分の高さは、ボトムプレートがある場合7.2mmが必要ですが、ゴム足だけであれば3.6mmで済みます。
- ボトムプレートあり
- PCB 1.6mm
- スイッチソケット、中空スペーサー 2.0mm
- ボトムプレート 1.6mm
- ゴム足 2.0mm
- 合計 7.2mm
- ボトムプレートなし
- PCB 1.6mm
- スイッチソケット、ゴム足 2.0mm
- 合計 3.6mm
ということでChoc v2を使った理論上最薄のキーボードが出来上がりました。
欲が出る
この薄さを求めた一方、他の施策で薄くなっているので、Choc v2ではなく、普通のCherry MX互換キースイッチでもよいのではと思い始めました。Choc v2は特別設計なのもあって3種類のスイッチしか出ていません。一方CherryMX互換であれば多数のキースイッチが出ています。3回目の制作では、Cherry MX互換キースイッチとKailh Choc v1/2の両対応のPCBにしました。
理論上、CherryMX互換キースイッチを使って最薄は以下となります。
- DSAキーキャップ+CherryMX互換キースイッチ 19.2mm
- PCB 1.6mm
- スイッチソケット、ゴム足 2.0mm
- 合計 22.8mm
そして多数のキースイッチをテストしました。
この中で私が気に入ったキースイッチは、CherryMX互換の中で押下距離が薄い、Kailh Speed Switch Copperでした。
キースイッチには、自由状態からキーの押下を開始し、キーが押されたと反応する点(作動点)までには距離(ストローク)があります。Speed Switchはゲーマー軸といわれ、この作動点までのストローク距離が1.1mmという短いものです。これまで出てきたChoc v1/2、薄さで比較されるApple Magic Keyboardと比較すると以下のようになります。
- Cherry MX(及び一般的な互換スイッチ) 2.0mm
- Kailh Choc v1 1.5mm
- Kailh Choc v2 1.3mm
- Kailh Speed Switch 1.1mm
- Apple Magic Keyboard 1.0mm
このストローク距離が短いと、ちょっと打ち込むだけですぐに次のキーへ指を動かすことができ、非常に軽快に入力することができます。Kailh Choc v1->v2でもこの距離が短くなっていることもあり、Kailh Choc v1->v2の差の打鍵軽快さはキーキャップ以外にもここから来ているのではないかと考えています。しかしSpeed Switchには、作動点までのストローク距離では敵いません。くわえて、作動してから最も下に押し込むまでに余分なストロークがあるため、キースイッチの底を打ち付けてしまうような跳ね返りもなく、指への負担が非常に緩和できるように思います。
更にスイッチには、底に打ち込むまで負荷が均一のリニア、作動点を超えると負荷が下がるタクタイルという種類があります。Choc v2でもタクタイルの茶軸を使っており、Kailh Speed Switch Copperはタクタイルになります。ストローク距離を自然に意識できるのでタクタイルが自分にはあっていると考えました。
ただCherryMX互換キースイッチは高さがあるため、キースイッチを支えるトッププレートが必要であることがわかりました。トッププレートはアクリルで遊舎工房さんに作っていただきました。
現在、1日交代で、Kailh Choc v2 茶軸とKailh Speed Switch Copperを使って、楽しんでいます。
キーキャップ沼に足を踏み入れる
高さと重要な関係性のある部品の一つに、キーキャップがあります。キーキャップは行ごとにキーの高さの異なり、より奥のキーが高くせり上がったり、指の曲げる形に沿ったタイプと、全てのキーが同じものがあります。またその高さも複数種類あります。以下をテストしました。
- OEM: 一般的なキーキャップで、行ごとに高さが異なる
- SEMI: OEMとCherryの中間
- Cherry: 行ごとに異なるもので最も低い(と思われる)
- DSA: 全体低く、全てのキーが同じ高さのもの
今の所、行ごとに高さが異なることに価値がるように思えません。特にR4->R5の段差において、指が引っかかることがあり、その良さがわかりませんでした。よって、DSAキーキャップが自分には最適と考えています。
Magic Trackpad2 と併用する
4K30インチモニタを使っていること、13インチから交換した16インチMacBookProでは30インチモニタの前に置くことができないことから、尊師スタイルを止めてMagic Trackpad2を使うようになりました。
Sparrow62キーボードの設計にあたっては、Magic Trackpad2との一体感を重視しました。丁度右手キーボードのすぐ左に置くことができるようになっており、キーボードとトラックパットとの往復距離を減らすことができます。
さらにMagic Trackpad2になって良いことがありました。尊師スタイルの時にはトラックパッドまでの物理的な距離を小さくするために、薄さを追い求める必要がありました。Magic Tracpad2では、Magic Trackpad2の足を嵩増しすることで逆にTrackpadの方からキーボードに近づくことができることがわかりました。
Trackpadの方から近づいたからといって、キーボーをが薄くしなくてよいわけではありません。キーボードを厚くなった場合、それに合わせてパームレストの高さ、机の高さ、椅子の高さを調整する必要が生じます。
追記(2021/08/26)
あれから、ゴム足ではなくゴムシートを使うことで、さらに薄くすることに成功しました。
2mm厚のアクリルプレートを加えて、安定性も高めています。
現在はこのバージョンを頒布しています。
あとは、スイッチの足の長さが3.0mmであるため、PCBを1.6mm厚から1.0mm厚にして、2.0mmアクリルボトムプレートを使うことで、スイッチの仕様上最薄になることが分かっています。
もし自作キーボードや、 Sparrow62 キーボードに興味を持ったら……
ここまで、私の自作キーボードの薄さへの探求の過程と結果を紹介してきました。もし、興味を持たれたら、ぜひ自作キーボードにトライしてみてください。
このSparrow62は、はんだ付けが必要な自作キーボードキットとして販売を開始しました。全く売れていませんが、もし興味を持たれたら購入を検討いただけると幸いです。5,000円です(別途キースイッチなどの部品の購入が必要で、13,000円分くらいかかります)。
また、はんだ付けにトライしたくない場合、私がはんだ付けして、キースイッチとキーキャップを買ってソケットに差し込めばキーボードとして使える半完成品も用意しています。
また私が自作キーボードにはまるきっかけとなったLily58は非常に素敵なキーボードです(Sparrow62にはないfeatureが多数あります)。ぜひこちらも検討ください。
途中紹介したAjisai74も非常に完成度が高く、そして薄さへのこだわりもあるキーボードキットです。一般的なキー配置に近く、キーの数も多いこともあり、こちらもおすすめです。
明日は
Mobility Technologies Advent Calendar 2020の6日目は、maestro_L_jpさんの『細マッチョを目指してこの半年やったこと』とのことです。楽しみにしてます!
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