確率解析(エクセンダール)

1.1 確率微分方程式の登場
なぜ確率微分方程式は必要になるのか?という話
決定論的な微分方程式の他に、以下の例のような未知の作用やランダムネスが作用するような系では、ノイズの項が必要になる。
- 人口増加モデル
- 電気回路の電荷
この下で、ノイズを数学的にどのように定式化すればよいか。というものが確率微分方程式である。

1.2 Filtering Problem
電気回路の問題を考える。電気回路の電荷の測定結果について、時刻
ここで filtering problem とは、どのようにすれば測定のノイズの影響を排してノイズを含む確率微分方程式で記述される
この問題への回答の一つとして Kalman-Bucy filter というものが考案されている。

1.3 決定的境界値問題への確率的アプローチ
Dirichlet problem は、確率的手法が有効であることがよく知られている。
Dirichlet problem : 部分集合
\forall u\in\partial U,\hat{f}=f. -
は調和関数。すなわち次を満たす。\tilde{f}
\forall u\in U,\left.\Delta \tilde{f}\right|_{x=u}=\sum_{i=1}^n\left.\frac{\partial^2\tilde{f}}{\partial x_i^2}\right|_{x=u}=0.
Kakutani が Brownian motion を利用してこの問題を解けることを示し、また、この手法の一般化も発見されている。

1.4 最適停止問題
最適停止問題とは、報酬を最大化したりコストを最小化するための行動のタイミングを決定する問題である。この問題を解く際にも確率的手法が有効であることが知られている。
1.5 Stochastic Control
確率的な戦略の動きを解析するためにも利用できる。
1.6 数値Finance
オプション価格を決定するのにも用いられる。

2.1 確率論
定義
\emptyset \in \mathcal{F}. F\in\mathcal{F}\rightarrow F^C\in\mathcal{F}. A_1,A_2\cdots\in\mathcal{F}\rightarrow \bigcup_{i=1}^\infty A_i\in\mathcal{F}.
定義 可測集合: 集合
定義 測度空間:
定義 確率測度: 測度空間
-
,P(\emptyset)=0 P(\Omega)=1. -
と、A_1,A_2\cdots\in\mathcal{F} を満たす列i\neq j\rightarrow A_i\cap A_j=\emptyset に対して次をみたす.\{A_i\}_{i\in\mathbb{N}}
P\left(\bigcup_{i\in\mathbb{N}}A_i\right)=\sum_{i\in\mathbb{N}}P(A_i).
定義 確率空間: 測度空間
定義 完全確率空間: 確率空間
定理/定義
定義 Borel 集合族: 位相空間
定理
定義
定義
ここで
定理
定理
定理 Doob-Dynkin の補題:
以下ではすべてにおいて完全確率空間
定義 確率変数
定義 分布
定義 平均
(有限でないときは定義されない)
定義 平均
L^p 空間
定義
定義
ここで
定義
ちなみに、
定義 独立 :
定義 独立 :
定義 独立 : 確率変数の集合
定理 二つの独立な確率変数
定義 確率過程 : 集合
定義 軌道 :
定理 確率過程
定理 ここで
すると、上の定理から、確率過程
(独自研究:
定義 有限次元分布:
ここで
ある条件を満たす有限次元分布
定理 Kolmogorov の拡張定理: 任意の
また
ここでこのような

2.2 Brown 運動
ブラウン運動と呼ばれる重要な例
ブラウン運動は、1828年に発見された、微小な粒子が水分子とランダムに衝突することによって生じる不規則な運動である。(訳注:Wikipediaによると、花粉自体がブラウン運動するというのは誤解である。ブラウン運動するのは水中で浸透圧により破裂した花粉から流出した微粒子である) このランダムネスを説明するために確率過程が必要とされた。ブラウン運動を記述する確率過程
ブラウン運動の確率測度は、一つ開始値を固定して、その値の周りに定められる。そこで、今ここではその値を
ここで簡単のために以下の写像
ここで
また、この測度
ここで
また、
よって(K2)も成立する。よってKolomgorovの拡張定理から確率過程
この
定義 上を満たすような確率過程を
注意として、
確率過程の項で説明したように、ブラウン運動の粒子の集合
次に、ブラウン運動の性質をいくつか述べる。
定理
さらに
また、これらから
これの証明については Appendix A 参照
定理
これは、正規確率変数(正規分布を分布として持つ確率変数)が独立であることを証明するには次を示せばよい。
ここで
と示すことができる。
定義
ブラウン運動は連続であるかという質問に答えるのが次の定理である。
定理 Kolmogorovの連続性定理 : 確率過程
このとき、
これは証明するのではなく、ブラウン運動の例を見るだけにしておく。ブラウン運動
よってKolmogorovの連続性定理の条件を満たすので、連続なversionを持つ。そこで

3.1 伊藤積分
一章で見たようなノイズ項をどのように定式化するかという問題にここでは取り組むことにする。
例えば、次のような力学を考える。
ここである確率過程
である。このようなノイズを表す
t_1\neq t_2\rightarrow W_{t_1}\text{and} W_{t_2}\text{are independent}. -
は定常的である。つまり、\{W_t\} は時間\{W_{t_1+t},\cdots,W_{t_k+t}\} に依存しない。t \forall t,E[W_t]=0.
しかし、このような条件(特に1と2を同時に)を満たす"普通の"確率過程は存在しないことがわかっている。これを満たす
しかし、この三条件を満たすような
一般化された確率過程は Hida (1980), Adler (1981), Rozanov (1982), Hida, Kuo,Potthoff and Streit (1993), Kuo (1996) or Holden, Øksendal, Ubøe and Zhang(1996)に詳しい。
ここではその定義について述べるのではなく、
となると考えたいが、これは数学的に根拠づけられたものではない。(とくに、
ここで記号を厳密にしておく。
まず、
ここで
このような単純な関数について、次のように積分を定義してみる。
また、
あるいは、
この定義が発展性があるか見るために、次のような例を考えてみる。
これについて
となる。この結果について考察する。まず、
一方で、二つの積分結果が大きく異なっていることもわかる。これでは、この積分は理論が求めるような一貫性を提供することができない。ほとんど同じ関数の積分は、ほとんど同じであるべきである。
これが生じるのは、
そこで、これらの関数
ここで、
と定める。しかしこの場合、
-
をt'_j の左の端点とする。すなわちU_j=[t_j,t_{j+1}] を満たすとき 伊藤積分 といい、次のように書く。t'_j=t_j
-
をt'_j の中間点とする。すなわちU_j=[t_j,t_{j+1}] を満たすとき Stratonovich 積分 とい、次のように書く。t'_j=(t_j+t_{j+1})/2
次では、伊藤積分について述べる。
定義
を時間の定数とし、 t をn次元ブラウン運動とする。 B_i(\omega) が次を満たす最小の \mathcal{F}_t=\mathcal{F}_t^{(n)} 代数であるとき、 \sigma から生成された \{B_{t_i}\}_{i\in[1,k]} 代数という。ここで \sigma 上のボレル集合 \mathbb{R}^n 、 \mathcal{B} とする。 t_k\leq t \{\{\omega\mid B_{t_1}(\omega)\in F_1,\cdots,B_{t_k}(\omega)\in F_k\}\mid F_k\in\mathcal{B}\}\subset \mathcal{F}_t.
このような
定理 ここで
から生成された \{B_{t_i}\}_{i\in[1,k]} 上のある写像 \mathcal{F}_t が h 可測であることと確率1で有界な連続関数の列 \mathcal{F}_t によって次のように表せることが同値である。 \{g_k\} h(\omega)=\prod_{i=1}^k g_i(B_{t_i}(\omega)).
この定理によると、
注意として、
定義 集合
, \Omega とする。 T を \{\mathcal{N}_t\}_{t\geq 0} 上の \Omega 代数の増大族とする。ある過程 \sigma が g(t,\omega):T\times\Omega\rightarrow\mathbb{R}^n 適合であるとは、次を満たすことをいう。 \mathcal{N}_t
\forall t\in T,f_t(\omega)=g(t,\omega) \text{が}\mathcal{N_t} 可測.
例:この定義によると、
次に伊藤積分が定義可能な関数のクラスを定義する。
定義 3.1.4 : 関数クラス
を次を満たすような写像の集合とする。ここで \mathcal{V}=\mathcal{V}(S,T) , T を集合、 \Omega を \mathcal{B,F} のボレル T,\Omega 代数と \sigma 代数とする。ブラウン運動 \sigma とし、 \{B_t\} から生成された \{B_t\} 代数の列を \sigma とする。 \{\mathcal{F}_t\}
f(t,\omega):T\times\Omega\rightarrow\mathbb{R}.
は f 可測。 \mathcal{B\times F} は f 適合。 \mathcal{F}_t E[\int_S^Tf(t,\omega)^2dt]\lt \infty.
伊藤積分の定義
まず、上で上げたような単純な関数が、
定義 単純関数 : 関数
が単純(Elementary)であるとは、次を満たすことをいう。ここで \phi\in\mathcal{V} は e_j 可測関数。 \mathcal{F}_{t_j} は特性関数。 \mathcal{X} . U_j=[t_j,t_{j+1}) \phi(t,\omega)=\sum_je_j(\omega)\mathcal{X}_{U_j}(t).
なので、この定義から上の例にあった
定義 積分 : 単純関数
と一次元ブラウン運動 \phi について、次のように定める。 B_t \int_S^T\phi(t,\omega)dB_t(\omega)=\sum_{j\geq 0}e_j(\omega)(B_{t_{j+1}}-B_{t_j})(\omega).
次の重要な補題が成立する。
定理 伊藤の等長性:
が有界で単純ならば、次を満たす。 \phi(t,\omega) E\left[\left(\int^T_S\phi(t,\omega)dB_t(\omega)\right)^2\right]=E\left[\int^T_S\phi(t,\omega)^2dt\right].
証明 :
である。ここで
よって示された。□
この等長性を利用するためにいくつかの定理を証明する。
定理 (step 1) 任意の写像
について、 g\in\mathcal{V} が有界かつ任意の g で \omega について連続ならば以下を満たす単純関数の列 t が存在する。 \{\phi_n\}_n\subset\mathcal{V} \lim_{n\rightarrow\infty}E[\int_S^T(g(t,\omega)-\phi_n(t,\omega))^2dt]= 0.
証明 :
が任意の
定理 (step 2) 写像
を有界な写像とする。このとき次を満たす有界な写像の列 h\in\mathcal{V} が存在する。 \{g_n\}_n\subset\mathcal{V}
が \forall\omega,n,g_n(t,\omega) について連続。 t \lim_{n\rightarrow\infty}E[\int_S^T(h(t,\omega)-g_n(t,\omega))^2dt]=0.
証明
ここで以下を満たす非負連続写像の列
\forall x\in\mathbb{R}-[-1/n,0],\psi_n(x)=0. \int_{\mathbb{R}}\psi_n(x)dx=1.
この
このとき、
よって有界収束定理より
□
定理 (step 3)
とする。以下を満たす有界な関数列 f\in\mathcal{V} が存在して次を満たす。 \{h_n\}\subset\mathcal{V}
は有界。 h_n \lim_{n\rightarrow\infty}E[\int_S^T(f-h_n)^2dt]=0.
証明
すると有界収束定理より成立する。□
この(step 1) (step 2) (step 3) を利用して、次のようにする。
- まず、任意の
についてある単純関数の列f\in\mathcal{V} が存在して\{\phi_n\}_n
を満たすので、ここで伊藤積分を
と定める。ここでこの極限は
これをまとめると次のようになる。
定義 伊藤積分 :
とする。 f\in\mathcal{V}(S,T) の伊藤積分を次のように定める。 f \int_S^Tf(t,\omega)dB_t(\omega)=\lim_{n\rightarrow\infty}\int_S^T\phi_n(t,\omega)dB_t(\omega).\tag{3.1.12} ここで
は次をみたす単純関数の列。 \{\phi_n\}_n \lim_{n\rightarrow\infty}E[\int_S^T(f(t,\omega)-\phi_n(t,\omega))^2dt]= 0.\tag{3.1.13}
このような
また単純関数でも成立した次の性質は、
定理 伊藤の等長性 : 任意の
について次が成立する。 f\in\mathcal{V} E[(\int_S^Tf(t,\omega)dB_t)^2]=E[\int_S^Tf(t,\omega)^2dt].
定理 3.1.8 任意の
について 1. を満たすような写像の列 f\in\mathcal{V} が存在するならば、2. を満たす。 \{f_n\}\subset\mathcal{V}
\lim_{n\rightarrow\infty}E[\int_S^T(f_n-f)^2dt]=0. において L^2(P) \lim_{n\rightarrow\infty}\int_S^Tf_n(t,\omega)dB_t(\omega)=\int_S^Tf(t,\omega)dB_t(\omega).
最後にブラウン運動で伊藤積分の例を上げる。
Example (3.1.9) :
であることを示す。
まず、単純関数の列を考える必要がある。
ここで
このとき、
より両辺に
ここで
よって示された。□

3.2 伊藤積分の性質
まず、次の定理が成立することを見る。
定理 3.2.1 :
とする。 \forall f,g\in\mathcal{V}(0,T) とする。 0\leq S\lt U\leq T
について確率1で次が成立する。 \omega
\int_S^TfdB_t=\int_S^UfdB_t+\int_U^TfdB_t. - 定数
として、 c\in\mathbb{R} について確率1で次が成立する。 \omega
\int_S^Tcf+gdB_t=c\int_S^TfdB_t+\int_S^TgdB_t. E[\int_S^TfdB_t]=0. - 以下の
は \mathcal{I}(f) 可測関数である。 \mathcal{F}_T
\mathcal{I}(f)=\int_S^TfdB_t.
証明 : これらは単純関数で自明に成り立つため、その極限を取れば成立することが確かめられる。□
次に、伊藤積分の重要な性質、積分結果がマルチンゲールになることを見る。まずマルチンゲールを定義する。
定義 : 測度空間
とする。 (\Omega,\mathcal{F}) の部分 \mathcal{F} 集合族の族 \sigma がフィルトレーションであるとは、単調非減少であることをいう。 \{\mathcal{M}_t\}_{t\in\mathbb{N}} \forall 0\leq s\leq t\rightarrow \mathcal{M_s}\subset\mathcal{M_t}.
定義 : 確率空間
の n次元確率過程 (\Omega,\mathcal{F},P) が以下を満たすとき、フィルトレーション \{M_t\}_{t\in\mathbb{N}} ( と確率測度 \{\mathcal{M}_t\} ) についてのマルチンゲールという。 P
- 任意の
について t が M_t 可測。 \mathcal{M_t} - 任意の
について t E[|M_t|]\lt\infty. - 任意の
について s\geq t E[M_s\mid\mathcal{M}_t]=M_t.
この期待値は
上のマルチンゲールを
マルチンゲールの例: ブラウン運動
-
E[|B_t|]^2\leq E[|B_t|^2]=|B_0|^2+nt. -
ここでE[B_s\mid\mathcal{F}_t] = E[B_s-B_t+B_t\mid\mathcal{F}_t]\\=E[B_s-B_t\mid\mathcal{F}_t]+E[B_t\mid\mathcal{F}_t]=0+B_t. がB_s-B_t と独立なので\mathcal{F}_t を用いた。E[B_s-B_t\mid\mathcal{F}_t]=E[B_s-B_t]=0
連続なマルチンゲールは、以下の不等式を満たすことが知られている。(See e.g. Stroock and Varadhan (1979), Theorem 1.2.3 or Revuz and
Yor (1991), Theorem II.1.7)
定理 Doob のマルチンゲール不等式 :
がマルチンゲールで、1. を満たすならば 2. を満たす。 M_t
が確率1で連続。 f(t) = M_t(\omega) \forall p\geq 1,T\geq 0,\lambda\gt 0,\\P[\sup_{0\geq t\geq T}|M_t|\geq\lambda]\leq \frac{1}{\lambda^p}E[|M_T|^p].
この不等式を用いると、伊藤積分の結果を確率過程とみて、その過程が連続な version を持つことを示すことができる。
定理 3.2.5 :
とする。以下の確率過程 f\in\mathcal{V}(0,T) について、 \{J_t\} に関して連続な version が存在する。 t
\forall 0\leq t\leq T,J_t(\omega)=\int_0^tf(s,\omega)dB_s(\omega).
(versionの定義の復習:
証明 : 単純関数
このとき積分値について次のように定義する。
ここで
ここで
さらに
よって
さらにボレルカンテリの補題より、次が成立する。
よって
これより
つまり、
この定理を用いて、常に以下のような伊藤積分の積分結果
このとき、以下の定理が成立する。
定理 3.2.6 :
とする。このとき以下の f(t,\omega)\in\mathcal{V}(0,T) は M_t に対するマルチンゲールである。 \mathcal{F}_t M_t(\omega)=\int_0^tf(s,\omega)dB_s. また、任意の
について以下が成立する。 \lambda,T\gt 0 P[\sup_{0\leq t\leq T}|M_t|\geq \lambda]\leq\frac{1}{\lambda^2}E[\int_0^Tf(s,\omega)^2ds].
証明 : (3.2.2) 、

3.3 伊藤積分の拡張
今定義した
第一の拡張
第一の拡張として、定義3.1.4 (
定義 3.1.4' 可伊藤積分関数
: 時刻の集合 \mathcal{V} とし、 \mathrm{T} とする。 S,T\in\mathrm{T} から S の間で積分可能な関数クラス T を次を満たすような写像の集合とする。ここで \mathcal{V}=\mathcal{V}(S,T) , T を集合、 \Omega を \mathcal{B,F} のボレル T,\Omega 代数と \sigma 代数とする。ブラウン運動 \sigma とし、 \{B_t\} から生成された \{B_t\} 代数の列を \sigma とする。 \{\mathcal{F}_t\}
f(t,\omega):T\times\Omega\rightarrow\mathbb{R}.
は f 可測。 \mathcal{B\times F} - 以下を満たすような
代数の増大族(フィルトレーション) \sigma が存在する。 \{\mathcal{H}_t\}
が B_t のマルチンゲールである。 \mathcal{H}_t が f_t に適合である。 \mathcal{H}_t E[\int_S^Tf(t,\omega)^2dt]\lt \infty.
これをフィルトレーション
また、このように定義を拡張しても、
これによって複数次元の伊藤積分を考えることが可能になる。まず複数次元のブラウン運動
-
の元の列\mathrm{T} を考える。(\{s_1,\cdots,s_n\} )S\leq s_k\leq T -
を\mathcal{F}^{(n)}_t から生成された\{B_1(s_1,\omega),\cdots,B_n(s_n,\omega)\} 代数であるとする。\sigma
ここで任意の
新しい定義では適合する対象が
これを用いて多次元の伊藤積分を考えることができる。
定義 多次元伊藤積分 :
を B=(B_1,B_2,\cdots,B_n) 次元ブラウン運動とする。 n を増大系 \mathcal{V}^{m\times n}_{\mathcal{H}}(S,T) による可伊藤積分関数 \mathcal{H}=\{\mathcal{H}_t\} の v_{m,n}(t,\omega) 行列とする。 [m,n]
を以下を満たすとする。 v\in \mathcal{V}^{m\times n}_{\mathcal{H}}(S,T) \begin{aligned} \int_S^TvdB&=\int_S^T \begin{pmatrix} v_{11},&\cdots&v_{1n}\\ \vdots&&\vdots\\ v_{m1}&\cdots&v_{mn} \end{pmatrix} \begin{pmatrix} dB_1\\ \vdots\\ dB_n \end{pmatrix}\\ &=\begin{pmatrix} \displaystyle\sum_{j=1}^n\int_S^Tv_{1j}(s,\omega)dB_j(s,\omega)\\ \vdots\\ \displaystyle\sum_{j=1}^n\int_S^Tv_{nj}(s,\omega)dB_j(s,\omega)\\ \end{pmatrix}. \end{aligned}
-
を\mathcal{V}^{1\times n}_{\mathcal{H}}(S,T) と書くことがある。\mathcal{V}^{n}_{\mathcal{H}}(S,T) -
とすることがある。\mathcal{V}^{m\times n}=\mathcal{V}^{m\times n}_{\mathcal{H}}(0,\infty)=\bigcap_{T\gt 0}\mathcal{V}^{m\times n}_{\mathcal{H}}(0,T)
第二の拡張
第二の拡張として、定義3.1.4' (
定義 3.1.4''
: 時刻の集合 \mathcal{W} とし、 \mathrm{T} とする。 S,T\in\mathrm{T} から S の間で伊藤積分可能な関数クラス T を次を満たすような写像の集合とする。ここで \mathcal{W}_{\mathcal{H}}(S,T) , T を集合、 \Omega を \mathcal{B,F} のボレル T,\Omega 代数と \sigma 代数とする。ブラウン運動 \sigma とし、 \{B_t\} から生成された \{B_t\} 代数の列を \sigma とする。 \{\mathcal{F}_t\}
f(t,\omega):T\times\Omega\rightarrow\mathbb{R}.
は f 可測。 \mathcal{B\times F} - 以下を満たすような
代数の増大族(フィルトレーション) \sigma が存在する。 \{\mathcal{H}_t\}
が B_t のマルチンゲールである。 \mathcal{H}_t が f_t に適合である。 \mathcal{H}_t P[\int_S^Tf(t,\omega)^2dt\lt \infty]=1.
ここで、いままでと同様に以下のように定める。
-
による可伊藤積分関数\mathcal{H}=\{\mathcal{H}_t\} を\mathcal{W}(S,T) と書く。\mathcal{W_H}(S,T) -
\mathcal{W_H}=\mathcal{W_H}(0,\infty)=\bigcap_{T\gt 0}\mathcal{W_H}(0,T). -
の元による\mathcal{W_H} 行列を[m,n] と書く。\mathcal{W_H}^{m\times n}
また、新しく次のように定める。
-
ならば、\mathcal{H=F}^{(n)}=\{\mathcal{F}^{(n)}_t\} を\mathcal{W}_{\mathcal{F}^{(n)}}(S,T) と書く。\mathcal{W}(S,T) -
を\mathcal{F}^{(n)} と書く。\mathcal{F}
注意として、この定義3.1.4'' 上の積分結果は、今までの
伊藤積分と Stratonovich 積分の比較
最初のほうで、以下のような微分方程式の問題を提起した。
この方程式の解、
この積分として、伊藤積分を採用するのは、いくつかの理由から合理的である。しかし、Stratonovich 積分も適している場合がある。
また、任意の
このとき、以下のような事実が Wong and Zakai (1969) and Sussman (1978) に明らかにされている。
Stratonovich 積分によって(3.3.3) 式を積分して得られる解は、この解
また、これの性質を満たすような以下のような modified 伊藤積分も考案されている。(See Stratonovich (1966))
ここで
以上からわかることは、この観点 (収束するものが存在してほしい) からでは以下の通常の伊藤積分よりも、Stratonovich 積分や Modified 伊藤積分の方が優れているということである。
ちなみに、
この章のまとめとして、二つの使われ方を比較する。
伊藤積分の「未来の情報を必要としない」 (例3.1.1) 性質は、様々な分野で有効な考え方である。また、積分結果がマルチンゲールであるというのは非常に強力な性質である。
一方、Stratonovich 積分は連鎖律との相性がいいので、微分多様体上での確率微分方程式の解析で使われることも多い。 (see Elworthy (1982) or Ikeda and Watanabe (1989)) しかし、積分結果は一般にはマルチンゲールではない。
マルチンゲールであるほうが取り扱いがよいので、本書では主に伊藤積分が用いられる。

4.1 一次元伊藤公式
Example 3.1.9 で示したように、伊藤積分は通常の積分とは異なるふるまいをする。つまり、
であるが、このとき余分な項
今のところ、伊藤積分に対応する微分の理論を我々は定義していないが、それでも伊藤積分における連鎖率というものを考えることが可能であり、これを伊藤公式と呼ぶ。
伊藤公式は伊藤公式を評価するのに非常に有用であり、その例を以下に記す。例えば、次のような伊藤積分を考える。
この式は、以下のように変形可能である。これが伊藤公式の例である。
上の積分の例からわかることは、伊藤積分
このことを踏まえて、伊藤過程 (確率積分) と呼ばれる、連続な写像の下で不変な
定義 一次元伊藤過程 : 確率空間
とする。 (\Omega,\mathcal{F},P) を一次元ブラウン運動とする。(一次元) 伊藤過程とは、以下を満たす B_t を持つ X_0,u,v 上の確率過程 (\Omega,\mathcal{F},P) である。 X_t
X_t=X_0+\int_0^tu(s,\omega)ds+\int_0^tv(s,\omega)dB_s.\tag{4.1.3} - あるフィルトレーション
が存在して \mathcal{H}=\{\mathcal{H}_t\} v\in\mathcal{W_H}. は u 適合。 \mathcal{H}_t
式 (4.1.3) は、短く次のように書かれることがある。
つまり、例 (4.1.1) は
とあらわされる。ここで、伊藤公式を定義しよう。
定理 一次元伊藤公式 :
を以下を満たす伊藤過程とする。 X_t dX_t = udt+vdB_t.
を時刻の集合として T とする。( g(t,x)\in C^2(T\times\mathbb{R}) は二階連続微分可能関数) このとき以下の C^2 も伊藤過程である。 Y_t Y_t=g(t,X_t). また、
は次のように表すことができる。これを伊藤公式という。 Y_t dY_y=\frac{\partial g}{dt}(t,X_t)dt+\frac{\partial g}{dx}(t,X_t)dX_t+\frac{1}{2}\frac{\partial^2 g}{d x^2}(t,X_t)\cdot(dX_t)^2.\tag{4.1.7}
ここで
dt\cdot dt = dt\cdot dB_t = dB_t\cdot dt = 0. dB_t\cdot dB_t = dt.
ここで証明する前に伊藤公式の例を見てみよう。
Example 4.1.3 :
この伊藤積分について、
伊藤公式より、
よって
である。
Example 4.1.4 :
この伊藤積分の結果は、通常の積分の結果を考えると
である。これは部分積分である。
定理 部分積分 :
を f(s,\omega) かつ確率1で連続で有界変動であるとする。このとき次が成立する。 s\in T \int_0^tf(s)dB_s=f(t)B_t-\int_0^tB_sdf_s.
伊藤公式の証明の概要だけ述べる。
伊藤公式 (4.1.7) の
のように置換すると以下のようになる。ここで
これは (4.1.1) の意味での伊藤積分になっている。そこで (4.1.9) を証明することを考える。
さらに
ここで
となる。ここで
ここで
であるので、また
ここで最初の二項は
まず
このとき、
さらに
この式は積分結果が
であることを示したということである。これは
と記されることも多い。
なので、最後の項について
であるため示された。□
注意 : ある写像

4.2 多次元伊藤公式
伊藤公式を多次元化することを考えよう。
m次元ブラウン運動
この
このとき、
である。このような
このとき、なめらかな関数を
定理 伊藤公式 : n次元伊藤過程
を考える。つまり X dX(t)=udt+vdB(t). とする。
を g_i:T\times\mathbb{R}^n\rightarrow\mathbb{R} 写像として C^2 と定める。このとき次を満たすような過程 g(t,x)=(g_1(t,x),\cdots,g_p(t,x)) を伊藤過程という。 Y(t,\omega)
Y(t,\omega)=g(t,X(t)). \newcommand\p{\partial}\newcommand\fr{\frac} > dY_k=\fr{\p g_k}{\p t}(t,X)dt+\sum_i\fr{\p g_k}{\p x_i}(t,X)dX_i\\+\fr{1}{2}\sum_{ij}\fr{\p^2 g_k}{\p x_i \p x_j}(t,X)dX_idX_j. dB_idB_j = \delta_{ij}dt. dB_idt = dtdB_i = 0.
証明は一次元のそれと同じなので省略する。
例 4.2.2 :
この写像
を得る。この過程

4.3 マルチンゲール表現定理
本章では、さらに以下を証明する。
定理 4.3.4 マルチンゲール表現定理 : 確率測度を
として、任意の P についての P マルチンゲールは伊藤積分として表現可能である。 \mathcal{F}_t
このマルチンゲール表現定理は多数の応用にとって重要であるが、簡単のために
最初に証明に必要な定理を示す。
定理 4.3.1 : 定数
とする。集合 T\gt 0 とし、確率 \Omega とする。 P:\Omega\rightarrow [0,1] ( の \Omega 代数 ) 上のフィルトレーションを \sigma とする。以下の確率変数の集合が \{\mathcal{F}_t\} 上で稠密である。 L^2(\mathcal{F}_T,P) \{\phi(B_{t_1},\cdots,B_{t_n})\mid t_i\in[0,T],\phi\in C_0^\infty(\mathbb{R}^n),n\in\mathbb{N}\}
証明 :
が成立し、
このとき写像
この極限は
このような
定理 4.3.2 : 以下を満たす確率変数の線形部分空間を考える。
\phi_h(\omega)=\exp(\int_0^Th(t)dB_t(\omega)-\frac{1}{2}\int_0^Th^2(t)dt).\tag{4.3.1} \{\sum_ka_k\phi_{h_k}\mid a_k\in\mathbb{R}, h_k\in L^2[0,T]\}. この空間は
について稠密である。 L^2(\mathcal{F}_T,P)
証明 : (4.3.1) の形式の写像と直交する
ここで
この
ここで
一方で、任意の
ここで
今n次元ブラウン運動
この確率変数は、3.2.6より
次の命題は、すべての
定理 4.3.3 伊藤の表現定理 :
とする。このとき、以下を満たす確率過程 F\in L^2(\mathcal{F}_t^{(n)},P) が 一意に存在 する。 f(t,\omega)\in\mathcal{V}^n(0,T) F(\omega)=E[F]+\int_0^Tf(t,\omega)dB(t).\tag{4.3.6}
証明 : 我々は
まず、
このとき
このとき
である。ゆえに
さらに
ところで、任意の
ここで伊藤の等長性から、(
よって
ここで、
伊藤の等長性を再び使って、次を得る。
ゆえに (4.3.6) は任意の
一意性を示す。仮に
このとき伊藤の等長性から次が成立する。
ゆえに
Remark :
定理 4.3.4 マルチンゲール表現定理 :
を n次元ブラウン運動とする。 B(t)=(B_1(t),\cdots,B_n(t)) を M_t に対する P マルチンゲールであるとする。任意の \mathcal{F}_t^{(n)} について t を満たすとする。このとき一意な確率過程 M_t\in L^2(P) が存在して以下を満たす。 g(s,\omega) \forall t,g\in\mathcal{V}^{(n)}(0,t). \forall t\geq 0,M_t(\omega) = E[M_0]+\int_0^tg(s,\omega)dB(s).\quad (a.s.)
証明 :
ここで
一方で
ここで (4.3.7) と (4.3.8) を見比べると
伊藤の等長性から、次が成り立つ。
よって
と書くことができる。□

5 確率微分方程式
5.1 例と解法
確率微分方程式
このとき、伊藤の方式でいえば
ということになる。このような方程式に対する
- 解は存在するのか、存在するなら解は一意なのか。
- どのように解けばよいのか。
という疑問について考える。5.1では後者について考えることにする。
伊藤方程式が解法の中核である。例を見てみよう。
Example 5.1.1 : 人口増大モデル
とする。ここで
このとき、簡単のために
と変形できる。左辺値の積分を評価するために、以下のように実行する。伊藤方程式を次の
(ここで
これを (5.1.4) に代入して整理すると
ここでは伊藤積分の方法を用いたが、 Stratonovich の方法で計算すると、
となる。この二つの解はいずれも以下の形式の解である。(
このような解を持つ過程を 幾何的ブラウン運動(geometric Brownian motion) という。これは経済学で重要である。
備考1
が成立する。(つまりノイズが存在しない場合と同じ) これを確認しよう。まず
ここで、伊藤方程式を用いて
あるいは積分型
となる。一方
時間について微分すれば (
よって
なので (
である。よって示された。Stratonovich の場合は
である。
備考2
(5.1.5) や (5.1.6) の結果から、収束の判定ができる。
-
ならば確率1でr\gt \frac{\alpha^2}{2} でt\rightarrow\infty .N_t\rightarrow\infty -
ならば 確率1でr\lt\frac{\alpha^2}{2} でt\rightarrow\infty N_t\rightarrow 0. -
ならば確率1でr=\frac{\alpha^2}{2} で極大と極小の間で振動する。t\rightarrow\infty
これを求めるには、以下の定理を用いた。
定理 5.1.2 反復対数の法則:
\lim\sup_{t\rightarrow\infty}\frac{B_t}{\sqrt{2t\log\log t}}=1\quad a.s.
証明は Lamperti (1977), §22.
Stratonovich の場合は以下のようになる。
-
のときr\lt 0 .\overline{N}_t\rightarrow 0 -
のときr\gt 0 \overline{N}_t\rightarrow\infty.
このように、二つの解は基本的に異なるものであり、どちらの方がより優れているかという観点は重要である。
Example 5.1.3
という問題を考える。今以下のようなベクトルを考える。
このベクトルは以下を見たす。
あるいは、これは以下のようにあらわされる。
ここで
つぎに
上式の右辺と、(5.1.11) の左辺が等しいので、以下のように代入して部分積分できる。
あるいは、以下のような形になる。
Example 5.1.4
を考える。
ここで
とおくと、
あるいは行列表記で
その他の例は例題にある。

5.2 解の存在と一意性
前者の問題にとりかかろう.つまり、解の存在と一意性の疑問である.
定理 5.2.1 確率微分方程式の解の一意存在定理 :
とする. T\gt 0 と b:[0,T]\times\mathbb{R}^n\rightarrow\mathbb{R}^n を以下を満たす可測関数とする. \sigma:[0,T]\times\mathbb{R}^n\rightarrow\mathbb{R}^{n\times m} \exists C\in\mathbb{R},\forall t\in[0,T],\forall x\in\mathbb{R}^n,\\|b(t,x)|+|\sigma(t,x)|\lt C(1+|x|).\tag{5.2.1} \exists D\in\mathbb{R},\forall x,y\in\mathbb{R}^n,\forall t\in[0,T],\\|b(t,x)-b(t,y)|+|\sigma(t,x)-\sigma(t,y)|\\\leq D|x-y|.\tag{5.2.2}
を ブラウン運動 Z から生成された B_s 代数 \sigma 上の ( \mathcal{F}^{(m)}_\infty と?) 独立な確率変数とする. B_t は次を満たすとする. Z E[|Z|^2]\lt\infty. このとき、次の確率微分方程式
dX_t=b(t,X_t)dt+\sigma(t,X_t)dB_t,\tag{5.2.3} は以下を満たすような一意な
連続な解 t を持つ. X_t(\omega)
は X_t(\omega) と Z から生成されたフィルトレーション B_s に適合しており,以下を満たす. \mathcal{F}^Z_t E[\int_0^T|X_t|^2dt]\lt \infty.
備考
条件 (5.2.1)(5.2.2) は以下の二つの決定的微分方程式の例の観点から自然な条件であるといえる.
-
方程式
\frac{dX_t}{dt}=X_t^2, X_0=1.
は 上の定理で ,b(x)=x^2 とした場合に相当する.これは条件 (5.1.2) を成立させないが,\sigma(x)=0 の内部では次の一意な解を持つ.t\in[0,1)
X_t=\frac{1}{1-t}.
しかし, でも成立するような解は不明である.より一般的にいえば条件 (5.1.1) は (5.2.3) の解t\notin [0,1) が発散しない条件である.X_t(\omega) -
として方程式X_0=0
\frac{dX_t}{dt}=3X_t^{2/3}
を考える.これはいくつかの解が存在する.例えば, についてa\gt 0 X_t=\begin{cases} 0 &(t\leq a)\\ (t-a)^3 &(t\gt a) \end{cases} は上式を満たす解である.この場合は
とみなした場合であり,条件 (5.2.2) = Lipschitz 条件をb(x)=3x^{2/3} で満たさない.より一般的にいえば,(5.2.2) は (5.2.3) の解が a.s. で一意であるための条件である.x=0
定理 5.2.1 の証明 : 一意性は伊藤の等長性と Lipschitz 性から成立する.つまり,
より関数
さらに練習問題5.17 の Gronwall 不等式より
が成立する.ここで
より
を満たす.この
よって一意である.
存在を示す.これは通常の微分方程式のそれと近い.
ここで
一意性の証明と同様にすると,
ここで
このとき,
よって
すると,任意の
任意の
ここで
が成立するので,
となり,(5.2.3) を満たす.最後に,