まだ日本ではWebアクセシビリティが義務化されません(2024年4月から6月の時点では)
(2024/02/04追記)もう少しわかりやすく書き直したものを投稿しました Webアクセシビリティと合理的配慮
「2024年からWebアクセシビリティ対応が義務化される」というようなことが書かれたWeb上の記事が増えているようです。 しかし、2024年1月現在、日本で「Webアクセシビリティ」について法的な義務が発生している・または2024年内に発生するようになる法的な根拠はおそらくありません。法律の改正が施行され、「やったほうがいい」度合いは高まっていると解釈できますが、「Webアクセシビリティは義務です」とまでは明言できないはずです。
ところが、「アクセシビリティ 義務化」などでWebを検索すると、「2024年にアクセシビリティが義務化します」と説明していたり、あるいはこの記事で説明したいような内容を書いていてもタイトルが「義務化!?」のように誤認を誘ってしまうものになっていたりするページが数多くヒットします。そうではないはずなので、冷静に情報を整理してみます。
なお、筆者は法律については素人であるため、法令の解釈については不正確な記述をしてしまうおそれがあります。法律の原文や行政資料を引用するなどしてなるべく正確な情報となるよう書くつもりですが、それでも正確さを保証できないことにご留意ください。
4月1日に施行される改正障害者差別解消法で、合理的配慮が民間企業でも義務となる
多くのページで「2024年に義務化」の根拠とされているのが、障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)が2021年(令和3年)6月4日に改正され、これが2024年(令和6年)4月1日に施行され効力を発揮するようになることです。
たまに「2024年6月から義務化」と説明しているページがありますが、これは障害者差別解消法の改正が公布された時点では、いつ施行されるのかが具体的に決まっておらず「三年以内に施行する」とされていたため、そのタイムリミットを記載していた(またはその時点から効力を発揮すると誤解してしまった)と考えられます。
この改正にあたり、内閣府が「令和6年4月1日から合理的配慮の提供が義務化されます!」と題したリーフレット を作成しています。
- 「障害者差別解消法」では、行政機関等及び事業者に対し、障害のある人への障害を理由とする「不当な差別的取扱い」を禁止し、障害のある人から申出があった場合に「合理的配慮の提供」を求めることなどを通じて、「共生社会」を実現することを目指しています。
- 令和3年には障害者差別解消法が改正され、事業者による障害のある人への合理的配慮の提供が義務化されました。
- 改正障害者差別解消法は令和 6 年 4 月 1 日に施行されます。このリーフレットが障害のある人への差別を解消するための取組を進める一助となれば幸いです。
ここに書かれているとおり、(民間の)事業者が障害のある人への「合理的配慮」が義務となります。合理的配慮の具体例として、リーフレットでは以下のようなものが例示されています。
- 飲食店で、車椅子のまま着席できるようスペースを確保した
- 難聴かつ弱視の人とのコミュニケーションのため、太いペンで大きい文字を書いて筆談で対応した
- 学習障害をもつセミナー参加者に、ホワイトボードの内容を書き写す代わりに撮影できることにした
法律の原文についても見てみると、以下のようになっています
(事業者における障害を理由とする差別の禁止)
第八条 事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
2 事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。
この最後の「必要かつ合理的な配慮をしなければならない」は、改正前は「必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない」となっていました。すなわち、改正前は努力義務とされていたものが、今回の改正により義務になったというわけです。
「環境の整備」の努力義務
また、改正以前から努力義務とされていたものに「環境の整備」と呼ばれているものがあります。これは「合理的配慮」のために必要なもの(施設、設備、職員の研修など)を準備しておきましょう、ということです。
(社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮に関する環境の整備)
第五条 行政機関等及び事業者は、社会的障壁の除去の実施についての必要かつ合理的な配慮を的確に行うため、自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備、関係職員に対する研修その他の必要な環境の整備に努めなければならない。
Webアクセシビリティは合理的配慮なのか環境の整備なのか
Webアクセシビリティについて、障害者差別解消法の改正で気になるポイントは「Webアクセシビリティは合理的配慮にあたるのか」というところです。
これについては、momdoさんがウェブアクセシビリティは合理的配慮ですか?という記事にまとめられています。この記事の初出(2023年10月)時点では、政府機関のWebサイト内でも「合理的配慮」としている例があったようです。しかしそのページも現在は「環境の整備」として位置付けられる説明に変更されています。
合理的配慮は、障害者差別解消法の条文にも書かれている通り、「障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において」、つまり障害者から求められた場合に行うもの、とされています。そのため、前出のリーフレットでも、当事者との対話が重要視されています。
一方、Webアクセシビリティは多くの場合において、障害者から求められる前に必要となるものです。性質としては環境の整備の条文に書かれている「自ら設置する施設の構造の改善及び設備の整備」に近いものでしょう。
障害者から求められてWebサイトやWebサービスのアクセシビリティ改善をしようにも、リリースに至るまで早くて数日、普通は何ヶ月もかかったりするでしょう。おそらくWebサイトやWebサービスにおける合理的配慮は、Webのかわりに電話やメールでコミュニケーションを取ったり、操作を代行するような形になったりするはずです。
ということで、Webアクセビリティは「環境の整備」としてひきつづき努力義務であり、「『合理的配慮』が義務になったのでWebアクセシビリティも義務です」とはならないはずです。もともと努力義務ですし、合理的配慮が義務となった以上は、求められたら(Webアクセシビリティ以外も含む方法で)合理的配慮をやる必要があるはずで、合理的配慮はやらなければ法令違反になると考えれば、その準備としての環境の整備としてWebアクセシビリティをやったほうがいい理由は高まってると言えます。
筆者の共著書「Webアプリケーションアクセシビリティ」でも、今回の障害者差別解消法の改正によって、合理的配慮が求められる機会が増えることを予想しています(なお、執筆時点では施行日が不明であったため、「遅くとも2024年6月には」という表記になっています)。
こうした Web アクセシビリティに関する合理的配慮の提供は、民間事業者においても法定義務になる見通しです。運用ガイドラインの背景となっている障害者差別解消法は、2021 年 6 月に改正法が公布され、民間事業者 でも合理的配慮について「するように努めなければならない」という努力義 務から、「しなければならない」という法定義務へと改められたからです。 公布から 3 年以内に施行されるため、遅くとも 2024 年 6 月には施行され ます。民間事業者に対しても、今後はこの法律をもとにした Web アクセシビリティに関する合理的配慮の求めが増えてくる可能性が大いにあります。 そうした状況に対応していくには「環境の整備」としての Web アクセシビリティ改善が必要となってくるでしょう。
「Webアプリケーションアクセシビリティ――今日から始める現場からの改善」
海外ではWebアクセシビリティが名指しで法律に指定されている
ここまでの文章を書きながら思うのは、どうしても「Webアクセシビリティは『合理的配慮』なの?『環境の整備』なの?」という問いに明確な答えがなく、「私はこう解釈しています」という部分が発生してしまうのが残念であるというところです。「Webアクセシビリティは『環境の整備』である」と言える材料は揃っているはずではあるものの、条文に明確に書かれていない以上は、もしかしたら間違っているかもしれない不安はつきまといます。「2024年からアクセシビリティが義務化」という情報が出回っているのには、そういった状況からの影響も多分にあるのではと思われます。
日本以外では、明確にWebアクセシビリティを法律で求めている国も増えているようです。
Web Accessibility Laws & Policiesでは、各国のWebアクセシビリティに関する法律や方針がまとめられています。
中身までは見ていませんが、このページを見ていると、公共機関 (Public Sector) のみならず、民間企業 (Private sector)に対しても、Webに関して何らかの基準や法律を設定している国が存在していることがわかります。WCAGによって具体的な対応の度合いまで指定されている国や、特定の業界・業種向けの法律で規定している国もあるようです。これらの国でWebサービスを展開したり、公共機関の調達対象となったりする場合には、法的な裏付けをもって義務としてWebアクセシビリティに取り組む必要が出てきているはずです。
日本はまだ、ここに載っているのはみんなの公共サイト運用ガイドライン(2016年版)だけです。これは公的機関のWebサイトのアクセシビリティに関するガイドラインで、調達時の推奨事項 (Procurement recommendation) となっているだけです。日本にもWebアクセシビリティを名指しして基準を示すような法令があれば状況は違うだろうと思うのですが、そういったものが生まれる予定がない以上は、やはりまだ「Webアクセシビリティが義務化する」とは言い難い状況であるはずです。
Discussion
という箇所がありますが、これはおそらく
の誤りでしょうか?
誤りです!ありがとうございます!