ワイのMacとMacBookAirを巡る良い話

1 min read読了の目安(約1300字 1

文系の大学を卒業して、なんとなく大阪にきた。
大阪で就職した会社は家具の会社で、そこの海外バイヤーをしていた。
そこの就職した理由は、一番はじめに内定がでたから。
次の月の家賃を払わなくてはいけないが、お金がなかったので、とにかく働きたかった。

そこから働いて、家賃が払えるようになったので、12万ぐらいだったMacを12ヶ月ローンで買った。

はじめてのMac。当時一切プログラミングの勉強はしなかった。
無料のイラレとかで遊んだり、ひたすらイニDみて走り屋に憧れてた。

お金は全然なくて、貯金0円だったけど、一応楽しかった。
なんでMacなんて高級なもの買ったか謎だが、その時からApple製品への興味が深まった。

そこから大体2、3年後、立派なApple信者に成長していたワイは、ハードではなく、ソフトにもちょっと興味をもちはじめていた。
すると、偶然、同級生が大学院通いながらiPhoneのアプリを作ったということを知り、その友人と呑んだときに「プログラミングがすげぇ面白いぞ」という話をしてくれた。ワイは興味津々だった。
そして、その友達がプログラミングの本をくれた。
Rubyの本だった。ワイはiPhoneのアプリが作りたい。

なんだかんだ、プログラミングの勉強が楽しくなってきたので、エンジニアになってみようかな、と思い始めた。

ただ、勉強会やらなんやらに参加するときに、Macを担いで持っていくわけにはいかん...
困っていると、当時お付き合いしていた人、今の主人がMacBookAirをお恵みくださった。
このMacBookAirがなかったら、ワイは今、別の仕事をしていたかもしれない。主人は凄い投資家だ。
そして、そのMacBookAirで沢山勉強して、エンジニアになった。

それからまた時が立ち、良いMacBookProを貸与してくれる会社に入れたので、MacBookAirはあまり使わなくなってしまった。

とある日、数年前に実家の父が勉強してホームページを作っていたことを思い出した。

それから、父は物理学者になりたかったが、あまり社会と国語ができなくて、その夢叶わずだったらしい。
言い換えれば、物理とか数学だけはできる。父になぜ物理ができるのか質問したところ、
「国語は全く理解できなかったが、物理は先生がいうこと何故か全て理解できた」
と言っていた。ワイに物理教えとけや。

というわけで、最近実家に帰ったときに、父にそのMacBookAirを渡して、競技プログラミングを勧めてみた。
競プロを勧めたのは、単純に数学とか物理が好きなら、問題を解く方が好きだと思ったから。
プログラムは、自分で勉強してホームページ作れるなら、プログラムも自分で勉強できると思った。

まだ3ヶ月ぐらいしか経っていないが、今ちゃんと継続しているか楽しみだ。
もしも、結構問題解けるようになっていたら、このMacBookAirはかなりの名機だと思う。
娘と、その父を、エンジニアにしてるんだから。

親子って、似るもんだ。たぶん。

追記:12ヶ月ローンで買ったMacは弟に譲りました。そしてワイは今、自分のPCがないです。