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半導体量子でのS-T量子ビットの基底とハミルトニアンの数学的導出

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前回の記事ではハミルトニアンはそのまま書いてしまいました。少し|0>と|1>の定義とゲート操作について確認したいと思います。

https://zenn.dev/yuichirominato/articles/ecf124e918792f

今回は、代表的な S-T_0(シングレット・トリプレット)量子ビット を題材に、「数学的な手続き」に沿ったハミルトニアンの導出プロセスを解説します。


1. 舞台設定:磁気とスピンの「制約」

まず、私たちが扱う操作空間のルールを明確にします。

  • 磁化量子数 (m_s) は 0 で固定
    一様な磁場ノイズの影響を避けるため、上向きと下向きのスピンがペアになった「全スピンの投影がゼロ」の空間だけを考えます。
  • 全スピン量子数 (S) の違いを利用する
    「0」と「1」の正体は、スピン同士の相関関係の違いです。

基底を表現すると次のようになります。
シングレット状態は

|0\rangle_L = |S\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}(|\uparrow\downarrow\rangle - |\downarrow\uparrow\rangle)

であり、トリプレット状態は

|1\rangle_L = |T_0\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}(|\uparrow\downarrow\rangle + |\downarrow\uparrow\rangle)

と定義されます。

この 2 つの状態を基底ベクトルとして、操作の設計図となるハミルトニアン行列を構築していきます。


2. 物理的な仕組み:2つのエネルギー源

ハミルトニアンの成分を決めるのは、主に以下の 2 つのポテンシャルエネルギーです。

① 内部ポテンシャル(固有エネルギー \lambda_S, \lambda_{T_0}

パウリの排他原理により、スピンの状態によって電子の「重なり具合」が変わります。重なりが強いほど、電子同士の電気的反発(クーロンポテンシャル)が大きくなります。この状態そのものが持つエネルギーを、固有値 \lambda_S, \lambda_{T_0} として対角成分に配置します。

② 外部ポテンシャル(エネルギー差 E_1, E_2

実験では、隣り合う 2 つのドットに**あえて異なる強さの磁場(磁場勾配)**をかけます。

  • ドット1のポテンシャル:E_1 = g\mu_B B_1
  • ドット2のポテンシャル:E_2 = g\mu_B B_2

この「左右の環境のアンバランスさ」が、状態を混ぜる(遷移させる)力になります。


3. 数学的な導出:成分を一つずつ取り出す

それでは、全体の演算子を \hat{H} = \hat{H}_{int} + \hat{V} (内部エネルギー + 外部ポテンシャル)として、行列の各成分 H_{ij} = \langle \psi_i | \hat{H} | \psi_j \rangle を計算しましょう。

対角成分 (H_{SS}, H_{T_0T_0}):固有状態のエネルギー

ハミルトニアン行列の対角成分は、選んだ基底状態そのものが持つエネルギーの期待値を表します。

私たちが基底に選んだ |S\rangle|T_0\rangle は、外部操作(磁場勾配)がないとき、その系にとってのエネルギーの「固有状態」です。量子力学のルールでは、基底に固有状態を選んだ場合、対角成分にはその固有値(エネルギーの値)がそのまま現れます。

  1. シングレットの固有エネルギー:

    \langle S | \hat{H}_{int} | S \rangle = \lambda_S

  2. トリプレットの固有エネルギー:

    \langle T_0 | \hat{H}_{int} | T_0 \rangle = \lambda_{T_0}

数学的には、これらは対角行列 H_{diag} として記述されます。

H_{diag} = \begin{pmatrix} \lambda_S & 0 \\ 0 & \lambda_{T_0} \end{pmatrix}

非対角成分 (H_{ST_0}):状態を混ぜる力

次に、外部からのポテンシャル演算子 \hat{V} = E_1 \hat{s}_{z1} + E_2 \hat{s}_{z2} による「状態の混ざり」を計算します。これを |T_0\rangle に作用させると、数学的な面白さが見えてきます。

  1. 個別スピンへの作用:
    スピン演算子の基本ルール(\hat{s}_z |\uparrow\rangle = \frac{1}{2}|\uparrow\rangle, \hat{s}_z |\downarrow\rangle = -\frac{1}{2}|\downarrow\rangle)に従うと、
\hat{V} |\uparrow\downarrow\rangle = (E_1 \hat{s}_{z1} + E_2 \hat{s}_{z2}) |\uparrow\downarrow\rangle = \left(\frac{E_1}{2} - \frac{E_2}{2}\right) |\uparrow\downarrow\rangle
\hat{V} |\downarrow\uparrow\rangle = (E_1 \hat{s}_{z1} + E_2 \hat{s}_{z2}) |\downarrow\uparrow\rangle = \left(-\frac{E_1}{2} + \frac{E_2}{2}\right) |\downarrow\uparrow\rangle
  1. |T_0\rangle 全体への作用と内積:
    これらを |T_0\rangle の定義式に代入して整理すると、
\hat{V} |T_0\rangle = \frac{E_1 - E_2}{2} \left[ \frac{1}{\sqrt{2}}(|\uparrow\downarrow\rangle - |\downarrow\uparrow\rangle) \right] = \frac{E_1 - E_2}{2} |S\rangle

最後に |S\rangle との内積をとれば、非対角成分が求まります。

H_{ST_0} = \langle S | \hat{V} | T_0 \rangle = \frac{E_1 - E_2}{2}

**「固有状態としてのエネルギー(対角項)」に、「磁場の差による干渉(非対角項)」**が加わることで、量子ビットの操作が可能になることが数学的に確認できました。

H_{T_0S} = \langle T_0 | \hat{V} | S \rangleも同様です。


4. 完成したハミルトニアン行列

対角成分に系の固有エネルギーを、非対角成分に外部からの操作項を並べれば、量子ビットの「操縦マニュアル」の完成です。

H = \begin{pmatrix} \lambda_S & \frac{E_1 - E_2}{2} \\ \frac{E_1 - E_2}{2} & \lambda_{T_0} \end{pmatrix}

この行列は、パウリ行列を用いることでより直感的に書き換えられます。
計算をシンプルにするために、J = \lambda_S - \lambda_{T_0}(交換相互作用)、h = \frac{E_1 - E_2}{2}(磁場勾配項)と定義すると、ハミルトニアンは次のように展開できます。

H = \frac{\lambda_S + \lambda_{T_0}}{2} I + \frac{J}{2} \sigma_z + h \sigma_x

この行列が教えてくれること

パウリ行列の係数(重み)を見ることで、ブロッホ球上の「回転軸」が明確になります。

  • Z軸回転(位相シフト):
    \sigma_z の係数である J(交換相互作用)を制御することで行います。これは量子ビットの「0」と「1」の間の位相関係を操作することに対応します。
  • X軸回転(ビット反転):
    \sigma_x の係数である磁場勾配 h を発生させることで行います。これにより、シングレット |S\rangle とトリプレット |T_0\rangle の状態を入れ替える(反転させる)ことが可能になります。

5. おわりに:なぜ「差」を作るのか

一見すると、一様な磁場をかけた方が系は安定しそうに思えます。しかし、数学的な導出が示す通り、「左右の不均一性」こそが、量子ビットの状態を遷移させる(ひっくり返す)エンジンの役割を果たしています。

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