武装した戦場で、なんで武器拾わへんの?
日曜や。のいずかもしれんけど、ちょっと聞いたってや。
おっちゃん、最近ずーっと気になっとることがある。
IT業界、きれいに二極化しとるで
AIでの開発な、業界全体でバッサリ二つに割れとるねん。バリバリ使いこなす人と、毛嫌いして触ろうともせえへん人。まんなかが、ほとんどおらん。
おっちゃんの肌感覚やなくて、ちゃんと調べたら数字でも出とってな。いま世界の開発者の7割以上がAIを毎日触っとるらしい。2年前は2割もおらんかったのに、やで。
で、おもろいのはここからや。使う人は爆増しとるのに、「AIを信頼しとる」って答える人は逆に減っとる。つまり「使うけど、疑いながら使う」ちゅう、大人のフェーズに入ったっちゅうことやな。
で、そのなかでも「使わん組」がはっきり残っとる。話聞いてみるとな、だいたいこんな感じや。
- 「自分の仕事が奪われていく気がする」
- 「自分でコード書かへんから、おもろない」
うん、おっちゃんも気持ちは分かる。分かるけど、ちょっと座って話聞いてくれるか。
戦場で武器拾わへんのは、さすがに無理があるで

おっちゃんはAI大好き側やから、そっちの意見として言わせてもらうで。
目の前に武器が落ちとる。隣の人は全員それ拾って戦っとる。なのに自分だけ「いや、素手がワシの流儀や」言うて棒きれ持って突っ込む。——これ、戦場では困るやろ?
信念を貫くのは立派やで。ほんまに立派。でもな、「まわりがみんな武装してるのに、素手じゃないと戦った気がせえへんから使わん」って、それはもう戦場の話ちゃうやろ。道場の話や。
いまや、そもそも開発と関係なかった人までAI駆動で物作ってきとる時代やで。ノーコードの次が来て、しかも動く。昔なら「プログラマに頼むしかなかった」仕事が、もう社長自身の手で半分できてまう。そういう戦場で、専門職の人が武器拾わへんちゅうのは、正直しんどいと思うで。
「自分で書かへんとつまらん」——気持ちはめっちゃ分かる

もう一個の言い分、「コードを自分で書かへんから、おもろない」ってやつ。
これはな、おっちゃん、めっちゃ分かるで。
喩えるなら、謎解きや。部屋に閉じ込められて、ナゾ箱を前に「うーん、うーん」言うて頭ひねっとる時間。あの「あ、わかった!」ってなる瞬間——アハ体験——があるから謎解きは楽しいんやん。
そこで、スマホで箱をスキャンしたら「答え: ABC123」って出てきたらどうや? 確かに先には進めるで。でも、全然おもんないやろ。達成感ゼロや。
プログラミングも一緒や。自分で頭ひねって、「あ、これでいけるわ!」って閃いて、動いた瞬間のあの気持ちよさ。あれをスキップしたら、そら、つまらん。
せやから、趣味でコード書く分には、自分の手で書いてええねん。知見も広がるし、深く学べる。むしろその方がええ。おっちゃんも、週末にRaspberry Piいじっとる時はAIにほぼ頼まへん。あれは楽しみのためにやってるんやから。
けど、仕事となると話は別やで
ここが今日いちばん言いたいとこや。
仕事っちゅうのは、自分のコードの完成がゴールちゃうやろ。プロダクトの完成がゴールやろ。 そこをお客さんが使って、喜んで、お金払って、会社が回って、また次が作れる——そのサイクルのためにコード書いとるはずや。
つまり、戦っとるのはコードとちゃう。プロダクトや。
そしたら、AIで3倍速で書けるのに、わざわざ「自分の手で書く気持ちよさ」を優先するのは、お客さんに対してちょっと不誠実ちゃう? って話になってくる。
おっちゃんはな、むしろ自分でちゃんとコード書ける人ほど、AI使ってバンバン作って欲しいと思っとる。技術が分かる人がAI使うと、出力の良し悪しが一瞬で判別できる。「あ、ここの例外処理薄いな」「このクエリ、インデックス効かんやろ」ってツッコミ入れながら進められる。これは初心者には絶対できん芸当や。
だから技術ある人がAI使わんのは、正直、もったいない。ほんまにもったいない。
自分のコードの完成やなくて、プロダクトの完成が進む楽しさ。これを一回味わったら戻れんで。ほんまに。
せやけど、弊害がでてるのも事実や
ここまで読んで「おっちゃん、AI推しすぎやろ」って思った人、待ってや。おっちゃんもちゃんと見とる。

ある調査やと、AIが書いたコードは人間が書いたコードの1.7倍くらいバグを抱えとるらしい。倍近くやで。そらそうなるわな、と思いながら、おっちゃんは別に驚かへん。問題は数字やのうて、なんでそうなるかの方や。
おっちゃんの現場感覚で言うと、ヤバいコードが生まれる理由は、だいたい同じとこに帰着する。
まずな、だれも仕様を知らんっちゅう話。よう知らん人がAIにザッとアイデア喋って、それっぽく動くもんができて、「おー完成や!」言うてデプロイする。何がヤバいかってな、作った本人すら仕様を知らんねん。AIが書いたもんやから。使い始めた瞬間に「あれ、この挙動でええんやっけ?」「これ、わざと?」ってなって、直そうにも元の意図が分からんから直しようがない。ドキュメントもない。テストもない。コードだけが、黙ってそこに立っとる。幽霊屋敷や。
で、せめてテストしっかりしといてくれりゃええんやが、そこもあかん。開発やっとる人間からしたら、テストを書いてテストを回すのは当然や。ぶっちゃけAI使えばテストコードなんて5分で書ける。こんなに楽な時代ないで。でもな、「テストをする」っちゅう発想がそもそもない人がおる。自分で通常系だけ画面ポチポチして、「動いた、OK!」で終わる。例外なんか考えたこともない。氷山の絵を見てくれ。水の上の「動いた!」のすぐ下に、どんだけのもんが沈んどるか。
テストの次は、処理を深く考えてない問題や。ネットワーク切れたらどうする? DB接続がタイムアウトしたら? 同じリクエストが二重で飛んできたら? エラーが起きたとき、どこに記録残す? そのログ、誰がいつ読む?——こういう発想が、まるっと抜けとる。おっちゃんが昔から「運用を考えへん設計は、設計とは呼ばん」って言うてきたのは、こういう意味や。AIはこれ、勝手には埋めてくれへん。人間が「心配する」とこまでしか、コードは心配してくれんねん。
そしてな、いちばん怖いのは「ちょっとかじった経営者」や
ここ、ほんまに言うとこうと思っとった。
AIちょっとかじった経営者が、現場を無視して、「自分でこれ作れたわ!」言うて現場に使わせる。——これ、今いちばん怖いパターンや。
経営者がAI触るのはええねん。むしろやるべきや。感覚つかむのは大事やから。でもな、そこで出来たもんを、仕様の精査も、テストも、現場ヒアリングもなしに「はい、これ明日から使って」って渡されたら……現場は、もう、死ぬ。
動くけど使えん。使えんけど捨てられん(社長が作ったから)。直したいけど触れん(誰も中身知らんから)。誰も触れん墓石がオフィスの真ん中に立つ、そういうやつや。
大げさに聞こえるかもしれんけど、さっき言うた「AIコードは1.7倍バグる」って話、あれは研究所の数字やない。いま、どっかの現場で実際に起きとる話や。うちの周りでも似た悲鳴、何回か聞いとるで。
ほな、おっちゃんは結局なにが言いたいかっちゅうと
AIは拾うべき武器や。これは間違いない。
でも、武器拾ったらそれで終わりやない。武器の使い方、メンテの仕方、撃っちゃいかん方向、弾切れの時の対処——これは全部、別で勉強せなあかん。
AIは「細かく指示せんでも、ある程度やってくれる」。これは事実や。でも**「完璧までやってくれる」わけやない**。ここを勘違いしたら、泥舟に乗ることになる。
せやから、おっちゃんが最後に言いたいのはこれや。
使え。でも、使うからこそ、勉強し続けろ。
AI使う人も、使わへん人も、結局ここに戻ってくるんちゃうかな。使う人は「AIが間違えた時に気づける自分」でおり続けなあかん。使わへん人は「なんで使わへんのか」を、もう一回、自分の言葉で言えるようにしとくとええと思う。
信念を守るのはかっこいい。でも、信念に凭れかかって勉強止めるんは、ただのサボりや。
日曜のボヤキとしては長くなってもうた。コーヒーもう一杯いれよか。ほな、また水曜にな。
🔎 今日のボヤキの裏取り
- Stack Overflow Developer Survey 2025 — AI section — 使うけど信頼してへん現象
- byteiota: AI Coding Tools Hit 73% Adoption But Developers Don't Trust — 日次利用率の推移
- CodeRabbit: AI vs Human Code Generation Report — AIコード1.7倍のバグ
- Second Talent: AI-Generated Code Quality Metrics 2026 — PR障害・脆弱性データ
📎 編集後記 — おっちゃんの現場から
実はうちでも、同じ葛藤は日常茶飯事や。開発チームは「AIで書くならテストも同時に書け。テストもAIに書かせろ」で統一しとる。QAからは「例外処理が薄い、やり直し」ってPRが蹴り戻ってくることがちょくちょくある。便利やからこそ、ブレーキ役がおらんとホンマに氷山化するんよ。——合言葉は「AIは速さの武器、テストは信頼の鎧」や。両方持って、はじめて戦えるで。
横井のAI日和 — 日曜は、おっちゃんのボヤキでお届け。
Discussion