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分子集合体の自律運動 ― 深層メカニズム

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主眼: 自律運動は「非平衡開放系の散逸構造」として成立し,外界から絶えず物質・エネルギーを取り込み,内部で化学反応と構造変化をフィードバック制御することで実現する。

1. 散逸構造としての自律運動

イリヤ・プリゴジンが提唱した散逸構造は,非平衡開放系で外界とエネルギー・物質を交換し,構造が自己組織化して維持される現象。

  • 例:ベナール対流(温度差による対流パターン),BZ反応(化学振動パターン)。
  • 自律運動を示す分子集合体は,散逸構造の一種として,化学エネルギー→機械運動への変換を持続的に行う[1]。

2. ベロウソフ–ジャボチンスキー(BZ)反応駆動系

東京大学吉田研の高分子ブラシ系では,BZ反応の周期振動を高分子ネットワーク内に導入し,

  • 高分子の膨張・収縮を自励振動として発現[2]。
  • ネットワーク表面に厚さ勾配を与え,反応波の伝播方向に一方向性を付与→持続的な前進運動を達成。

ポイント: 化学反応の「周期性」「空間的非対称性」が融合し,自律的かつ指向性を持つ運動に転換する。

3. マランゴニ流を用いた油滴自己泳動

油/水液滴系では,界面活性剤の局所反応による界面張力不均一がマランゴニ流を誘起し,

  • 自発的な平行移動や回転を実現[1]。
  • 液滴内部にBZ反応など振動反応を組込むと,振動 → 距離変化 → マランゴニ力の時空間変動 → 集団同期・相互作用が起こる[3]。

鍵: 内部自由度(化学振動)と界面力学の相互作用が,多様な動的パターンを創出する。

4. 分子機械レール–モーター系

生体分子モーター(キネシン・ダイニン・ミオシン)は,微小管/アクチンフィラメントをレールとし,

  • ATP加水分解に伴うコンフォメーション変化を「一方向の歩行」として整流。
  • ①燃料分解②構造変化③方向選択 という三要素ループが揃い,自律運動を高効率に達成する[4]。

5. 情報‐反応‐運動のフィードバック

高次自律系ほど,化学反応ネットワーク+構造変化+運動出力が密結合し,

  1. 化学反応が構造・物性を変化
  2. 物性変化が運動を創出
  3. 運動により環境状態が変化→化学反応へフィードバック
    という三位一体のサイクルが,非線形・非対称に進行することで,揺らぎを超えた安定した自律運動が成立する。

総括:
分子集合体が自律的に動き出す瞬間は,「単純な熱拡散ではない,持続的にエネルギーを投入し,非対称な構造‐反応ループを駆動できた時」である。散逸構造の生成・維持メカニズムを分子設計と集合化によって制御することで,化学から機械運動への高度なエネルギー変換と自己組織的自律運動が実現される。

情報源
[1] 化学ロボット:自己組織化し自律運動する油滴 - J-Stage https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrsj/28/4/28_4_435/_pdf
[2] 生体のように方向性を持って自律運動する高分子表面 - 東京大学 https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00559.html
[3] 内部状態を持つ自己駆動液滴の集団運動 - KAKEN https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K03347/
[4] doi:10.1016/j.cub.2003.08.051 https://core.ac.uk/download/pdf/82555798.pdf
[5] 本領域の目的・内容・成果と意義 - 発動分子科学 http://www.molecular-engine.bio.titech.ac.jp/about/detail.html
[6] [PDF] 8006 発動分子科学:エネルギー変換が拓く自律的機能の設計 https://www.mext.go.jp/content/20210120-mxt_gakjokik-000010525_18.pdf
[7] [PDF] 伴 野 太 祐 氏 - 日本油化学会 https://jocs.jp/wp-content/uploads/TaisukeBanno.pdf
[8] 光照射下に繰り返し運動をおこなう分子集合体 https://www.chem-station.com/blog/2016/07/kageyama.html
[9] 機能性分子の集合構造設計における新たな指針〜 | CHIBADAI NEXT https://www.cn.chiba-u.jp/news/240110/
[10] [PDF] カイラルな液晶液滴のらせん運動 - ソフトマター研究会 https://softmatter.xsrv.jp/doc/abst05/05028-yamamotot.pdf
[11] [PDF] ナノレベルの散逸構造(散逸ナノ構造)の発見と それを利用する金 ... https://www.kyushu-u.ac.jp/f/1279/2009-05-12-01.pdf
[12] 界面活性剤分子集合体の構造制御と溶液物性コントロール - J-Stage https://www.jstage.jst.go.jp/article/shikizai/83/1/83_1_13/_article/-char/ja/
[13] [PDF] 自己駆動 液滴 変形 分裂 - OPAC https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900119562/WGA_0014.pdf
[14] 比表面積の大きな物質系が生み出す生命的な特徴を持つ散逸構造 https://www.jstage.jst.go.jp/article/sptj/60/11/60_60.675/_pdf/-char/en
[15] 構造変換機能を示す三回対称性の超分子集合体開発に成功 - ResOU https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2025/20250528_1
[16] [PDF] 遊泳液滴の運動の変化について - 京都大学 https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/bitstream/2433/278311/2/yrigk04877.pdf
[17] 自律機能を有する高分子材料を用いた新技術創成 - KAKEN https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-15H02198/
[18] 分子集合体分科 - 京都大学理学部化学教室 https://www.kuchem.kyoto-u.ac.jp/ma.html
[19] [PDF] 非線形反応を利用した環境応答型自己駆動素子 http://colloid.csj.jp/div_meeting/64th/admin/abstract_view_forchair/COL13-00174.pdf
[20] [PDF] 10.6.散逸構造、生物、複雑物性 https://ir.soken.ac.jp/record/2908/files/10.6_kai.pdf
[21] 新基礎講座 第 7 回 界面(第 4 回) - J-Stage https://www.jstage.jst.go.jp/article/oleoscience/23/1/23_37/_pdf

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