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「推論するLLM」をどう作るか

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GPTのo系モデルは何を考えている?

こんにちは、Wanderlustの森安です。

ここ最近、GPT-o1やo3といった“o系モデル”をはじめ、推論(Reasoning)能力に優れたLLMの登場が、実社会における生成AIの用途を一気に広げつつあります。

たとえば、複雑な計算や思考が求められるコーディング支援、ビジネスドキュメントの要約・検証、あるいは多段階の意思決定プロセスを含むエージェントシステム──これらの分野では、単に言語を生成するだけでなく、論理的に「考えられるモデル」であることが求められています。

このような高精度な推論を可能にするモデルの設計には、従来のようにパラメータを増やすだけでは対応しきれません。そこで近年注目されているのが、計算リソースの賢い使い方という視点です。

この記事でわかること

この記事では、OpenAIのGPT-o3に代表される「o系モデル」の設計思想を読み解く手がかりとして、以下のテーマについてコンパクトに解説します。

  • Reasoningモデルとは何か?GPT-4oやo3の位置づけ
  • 推論時の計算リソースを最適に使うとはどういうことか
  • ProposerとVerifierというLLM推論の新しい設計視点
  • 難易度に応じた“考える時間”の動的割り当て戦略
  • OpenAIのo系モデルに通じる合理的推論アルゴリズムの可能性

これらの内容は、近年注目されている以下の論文をベースにしています:

Scaling LLM Test-Time Compute Optimally can be More Effective than Scaling Model Parameters

問題と解決

これまでLLMの性能向上は、「モデルのスケーリング」によって実現されてきました。パラメータ数や学習データ、計算量(FLOPs)を増やすことで、ChatGPTやClaude、Geminiといったモデルは飛躍的な進化を遂げてきました。

しかし、「大きくする」だけでは限界があることも見え始めています。

モデルを大きくするだけでは解けない問題がある

推論(Reasoning)が求められるタスクでは、単にモデルサイズを増やしても精度が伸びないケースが多くあります。

たとえば数学や論理問題では、大規模モデルであっても、誤った前提で一貫性のない回答をすることが珍しくありません。また、簡単な質問も複雑な問いも、同じステップ数・同じ計算量で処理する現在の設計では、計算資源の無駄が生じやすくなります。さらに、モデルを拡張するにはコストも大きく、電力や学習時間も急激に増加します。

「賢さ=重さ」 という設計方針は、今後のLLM開発において持続可能とは言えません。

解決策は「モデルをどう考えさせるか」を設計すること

こうした課題に対し、本記事で紹介する論文では、モデル自体ではなく、推論時の「計算の使い方」を最適化するというアプローチが提案されています。

複数の出力候補を生成させ(Proposer)、その中から正解に近いものを選び直す(Verifier)という設計により、パラメータを増やさなくても精度を引き上げることが可能になります。

また、問題の難易度に応じて推論戦略や計算ステップを動的に切り替えることで、「簡単な問題には軽く、難しい問題には深く考える」ような、柔軟かつ効率的な推論が可能になります。

少ないリソースでも、賢く使えば精度は上がる

以下の図は、推論時の計算(Test-time Compute)を使った場合に、どれだけ精度が向上したかを難易度別に示したものです。

FLOPs量は一定に保ったまま、使い方(事前学習に使うか/推論時に使うか)だけを変えた比較です。

推論時に使うFLOPsと事前学習に使うFLOPsを同じに揃えた条件で比較したところ、簡単な問題に対しては推論時に計算量を使ったほうが、最大27.8%精度が向上するという結果が得られました。中程度の難易度でも10%以上の改善が見られた一方で、難しい問題では推論リソースだけではカバーしきれない場合もあり、推論と事前学習のバランスが重要であることも示唆されています。

この実験結果は、単にモデルを大きくするのではなく、限られたリソースをどのように使うかが精度に直結することを明確に示しています。

推論戦略の設計

大規模言語モデルの性能を最大限に引き出すためには、“どのように答えを出すか(=推論の仕方)”を設計することが重要です。

本章では、論文が提案する2つのコア設計思想──①推論構造の分離と②難易度に応じた推論制御──について紹介します。

1. ProposerとVerifierによる推論分離

従来のLLMは、「プロンプトに対して即座に出力を返す」ことを基本とした、単一ステップの言語生成モデルです。

この構造では、複雑な問題に対しても1回の推論で答えを出そうとするため、誤った仮定や推論の飛躍が入りやすく、思考の一貫性や正確さに課題が残ります。

こうした問題を解決するために、本論文では、LLMの推論を2つの役割に分離する**「Proposer–Verifier アーキテクチャ」**を提案しています。

  • Proposer:複数の「仮説」を生成する役割

    Proposerは、与えられた問いに対して1つの回答を即座に返すのではなく、複数の出力候補(仮説)を生成します。

    このとき採用される代表的な戦略が以下です:

    • Best-of-N:N通りの最終出力を生成し、あとから選別
    • Beam Search:途中ステップごとに複数候補を展開・保持しながら推論を進行
    • Lookahead Search:Beam Searchの各ステップで、将来数ステップ先の展開を仮想的に評価し、より良いルートを選択

    こうした生成戦略により、モデルは「いくつか考えてみる」ことができるようになります。

  • Verifier(検証者)

    Proposerによって生成された複数の候補は、Verifier(検証者)によって評価され、最終的に1つの出力として選ばれます。
    Verifierの代表的な実装が PRM(Process Reward Model) であり、これは出力の表面的な形ではなく、そこに至る思考プロセス全体の妥当性を評価
    するモデルです。

    Verifierは単なる“後処理”ではなく、推論の質を制御する中枢的な存在として設計されています。

    これにより、Proposerが生成した多様な仮説の中から、論理性・一貫性・正確性を兼ね備えた最良の出力を選び出せるようになります。

以下の図は、論文が提案するProposer–Verifier型の3つの推論戦略を比較したものです。

  • Best-of-N(左)

    最終出力をN通りまとめて生成し、あとからVerifier(PRM)で最良の1つを選ぶ。最も単純で効率的だが、途中の誤りに弱い

  • Beam Search(中央)

    各ステップで複数候補を保持し、進行中に逐次Verifierを適用しながら良い仮説を残していく。誤りを早期に除外できる利点がある。

  • Lookahead Search(右)

    Beam Searchに“未来シミュレーション”を加えた強化版。各ステップで将来数ステップの可能性を仮展開し、先を見越して選別する。計算コストは高いが、難問への対応力が高い

このように、ProposerとVerifierによって推論を構造的に分離・制御する設計は、従来の「1回きりの生成モデル」とは根本的に異なります。

GPT-o3をはじめとするo系モデルのReasoning性能の高さは、こうした**「生成」と「判断」の役割を明確に分けた設計**によって支えられているのです。

2. 難易度に応じた動的な推論戦略

もう一つの柱が、「問題の難しさに応じて推論方法を変える」という動的な推論制御の考え方です。従来のLLMは、すべての入力に対して同じ推論ステップを適用するため、簡単な問題には過剰な計算が、難しい問題には不十分な計算が使われてしまうという非効率さがありました。

この問題に対して論文では、以下のような推論の柔軟な使い分けを提案しています。

  • Easyな問題:

    Best-of-1 や少数の候補生成で高速に答えを返す

  • Mediumな問題:

    Self-Revision や再生成を用いて、初回出力を再考する仕組みを導入

  • Hardな問題:

    Beam SearchやVerifierによる評価付きの複数ラウンド生成を通じて、計算リソースを集中的に投入

このように、「難しい問題には時間をかけ、簡単な問題は素早く処理する」という人間の思考と同様のリソース配分をLLMにも実装することで、固定ステップの推論よりもFLOPsの使い方を最適化しながら、全体の精度を引き上げることが可能になります。

この戦略の有効性を示すのが、以下の図です。

この図は、推論の予算(計算リソース)を固定したうえで、Parallel Sampling(並列生成)と Sequential Revision(逐次修正)の割合を調整したときの精度変化を示しています。特に右側のグラフでは、問題の難易度(Easy / Medium / Hard)ごとに、最適な推論戦略のバランスが異なることがはっきりと可視化されています。

  • Easyな問題:

    Sequential Revision のみ(Parallel = 0%)でも高い精度が得られる

    → 少ない試行で十分な正答が可能

  • Mediumな問題:

    SequentialとParallelの中間的なバランスが最適

  • Hardな問題:

    Parallel Sampling を多めに取り入れた構成の方が高い精度を示す

    → 幅広い仮説生成が必要

これはつまり、問題の難易度に応じて「探索の深さと広さの配分」を切り替えることで、同じ計算量の中でも推論効率を最大化できるということを示しています。

この設計方針は、論文中で Compute-Optimal Reasoning と呼ばれています。

限られた推論時間(計算リソース)をどう分配するかを設計することで、「より多く使う」から「賢く使う」へとアプローチを転換する戦略です。

実験結果

本論文では、推論戦略を変えるだけでモデルの精度がどれだけ向上するかを、推論時の計算コスト(FLOPs)を揃えた条件で検証しています。評価対象は、並列に複数の答えを生成するParallel Samplingと、1つの答えを段階的に修正していくSequential Revision、およびそのハイブリッド戦略です。

以下の図がその結果を示しています。

左図では、Revisionを重ねるごとに精度が向上し続けており、モデルが自らの出力を段階的に改善できることがわかります。右図では、同じ生成回数でも Sequential戦略の方が一貫して高い精度を出しており、推論の仕方が性能に大きな影響を与えることが示されています。

この結果は、モデルのサイズを変えずに「どう考えさせるか」を設計することで、精度を効率的に高められることを定量的に裏づけており、本論文の主張する Compute-Optimal Reasoning の有効性を強く支持するものです。

まとめと展望

本記事では、OpenAIのo系モデルに代表される「Reasoningモデル」の設計思想を理解する手がかりとして、推論アルゴリズムに関する研究「Scaling LLM Test-Time Compute Optimally can be More Effective than Scaling Model Parameters」を紹介してきました。

本論文の最大の貢献は、モデルの性能を引き出すためには、ただパラメータを増やすのではなく、推論時の計算資源の使い方=“どう考えさせるか”の設計が極めて重要であるという視点を、実証的に提示した点にあります。

  • ProposerとVerifierによる推論の分離
  • 問題の難易度に応じた動的な戦略の切り替え
  • FLOPs一定下でも大幅な精度改善が可能であることの実験的検証

これらの知見は、今後のLLM開発において「大きくする」以外の道、つまり小さくても賢くする設計への可能性を開くものです。OpenAIのGPT-o3やGPT-4oのようなモデルが「推論に強い」と評される背景には、こうした設計思想の実装があるのかもしれません。

今後、Reasoning能力を軸にしたLLMの評価や設計がより体系的に発展していくことが期待されます。

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