ちょっとしたアイデアをAIで長文記事にして公開するのをやめろ
「AIで記事を書いた」こと自体を問題にしたいわけではない。問題は、ちょっとした思いつき、数行で済む観察、まだ検証していない仮説を、生成AIで数千字の“記事っぽいもの”に膨らませ、そのまま公開する態度にある。
本質的に言いたいことは少ない。たとえば「この設計は保守しづらい」「このサービスの料金体系は不透明だ」「この映画のこの場面が気になった」。それ自体はよい。短いメモとして価値がある場合もある。しかし、そこにAIで「背景」「歴史」「メリット・デメリット」「今後の展望」「まとめ」を機械的に足していくと、重要な一文の周囲に、自明な説明、関係の薄い一般論、薄い比喩、誰にも届かない結論が堆積する。
これは単なる冗長さではない。情報空間の汚染である。
AI slopとは何か
この種の低品質なAI生成物は、英語圏ではしばしば AI slop、または単に slop と呼ばれる。Merriam-Websterは2025年のWord of the Yearに「slop」を選び、「通常AIによって大量に作られる低品質なデジタルコンテンツ」という趣旨で定義している。American Dialect Societyも2025年のWord of the Yearとして「slop」を選んだ。(Merriam-Webster)
この語が広く使われるようになった背景には、AI生成画像、AI生成記事、AI生成動画、AI生成本、AI生成イベント情報などが、検索結果やSNSやECサイトに大量流入したことがある。Wikipediaの “AI slop” 項目では、労力・品質・意味の欠如、大量生産、クリック獲得や収益化との結びつきが特徴として整理されている。(Wikipedia)
Simon Willisonは2024年5月、「slop」はスパムが不要メールを指す言葉になったのと同じように、望まれていないAI生成コンテンツを指す語になりつつある、と書いた。重要なのは、彼が「AI生成物すべて」をslopと呼んでいるわけではない点だ。問題は、考えずに生成され、求めていない相手に押しつけられる未検品のコンテンツである。(Simon Willison’s Weblog)
「長い記事」は価値ではない
AIによる記事生成の悪い使い方は、短いアイデアを長文化することを「価値追加」と誤認するところにある。
実際には、文章の価値は長さでは決まらない。むしろ、考えが小さいなら小さいまま出したほうがよい。短い観察、短いメモ、短い反論、短い引用紹介で済むものは、そのまま出せばよい。そこに「現代社会において」「多くの人にとって」「今後ますます重要になるでしょう」といった汎用の接着剤を流し込むと、読者は要点を探すために余計な時間を払わされる。
AIは、この水増しに非常に向いている。
「背景を説明して」
「具体例を足して」
「SEO向けに見出しを増やして」
「初心者にもわかるようにして」
「3000字にして」
こうした指示は、しばしば文章を良くするのではなく、薄める。濃縮された一文を、味のしないスープに変える。
Googleの検索スパムポリシーにも近い考え方がある。Googleは “scaled content abuse” を、大量のページを主に検索順位操作のために作り、ユーザーを助けない行為として説明している。ポイントは、AIで作ったかどうかではなく、「独自性が乏しく、ユーザーへの価値がほとんどないコンテンツを大量に作ること」が問題だという点である。(Google for Developers)
Googleは生成AIコンテンツについても、AIは調査や構成補助には有用だが、ユーザーへの価値を加えずに大量ページを生成する使い方はスパムポリシー違反になりうる、と説明している。これは検索エンジン対策の話に限らず、個人ブログや技術記事にもそのまま当てはまる。(Google for Developers)
人間なら書かない表現を、そのまま出すな
もうひとつの問題は、AIが出した意味不明な表現を検品せずに公開することだ。
AI生成文には、文法的にはそれらしく見えるが、人間の文章としては不自然な言い回しが混じる。たとえば、妙に抽象的な主語、説明になっていない比喩、関係の薄い一般論、結論のないまとめ、同じ内容の言い換え、存在しない文脈への言及である。
人間が自分で書いていれば、たいてい途中で気づく。
「これは何を言っているんだ?」
「この段落はいらない」
「この表現は自分の言葉ではない」
「この一般論は本題と関係ない」
ところがAI生成文は、最初から「記事の形」をしている。見出しがあり、段落があり、結論がある。だから、書いた人間が読まずに公開してしまう。文章の体裁が、内容の検品をすり抜ける。
これは危険である。明らかな誤情報だけが問題ではない。むしろ、誤りとは言い切れないが、何も言っていない文章が大量に公開されることのほうが厄介である。検索しても、SNSで見ても、記事を開いても、そこには「それっぽいが何もない」ものがある。読者の時間だけが削られる。
AI slopはすでに現実の被害を出している
AI slopの問題は、単に「文章がつまらない」では済まない。
2023年には、AIで書かれた可能性のあるキノコ採集本がAmazonで売られているとして、専門家が注意を促した。キノコや野草の識別は間違えると健康被害につながる分野であり、低品質なAI生成本は単なるノイズではなくリスクになる。(The Guardian)
2024年には、存在しないダブリンのハロウィンパレード情報を載せたサイトを見て、多数の人が実際に街に集まる事件があった。報道では、そのページがAI生成またはAI支援で作られ、広告収益目的のサイト運営と結びついていたことが説明されている。(euronews)
同じく2024年、グラスゴーの “Willy’s Chocolate Experience” は、AI生成風の宣伝画像で幻想的なイベントを期待させたが、実際には粗末な会場で参加者の怒りを招いた。これはテキスト記事ではないが、「生成AIで期待値だけを膨らませ、実体が伴わないものを公開・販売する」という点で同じ構造を持つ。(Business Insider)
CNETのAI生成記事問題も象徴的だ。CNETはAIで金融系記事を生成していたが、後に多数の記事に訂正が必要になったと報じられた。The Vergeは、77本中41本に訂正が入ったと報じている。(The Verge)
これらは極端な例に見えるかもしれない。しかし個人が「ちょっとしたアイデア」をAIで膨らませて公開する行為も、同じスペクトラム上にある。規模が小さいだけで、構造は同じだ。検証していない。編集していない。読者にとって必要かどうかを考えていない。
問題はAIではなく、責任の所在を消すこと
AIを使うな、という話ではない。AIは下書き、調査補助、構成案、反論の洗い出し、表現の比較、翻訳、要約には使える。問題は、出力された文章を自分の責任で引き受けないことだ。
公開される文章には、最低限、書き手の判断が必要である。
何を言いたいのか。
何を削ったのか。
何を確認したのか。
どこからが推測なのか。
どこに根拠があるのか。
読者はこの文章を読むことで何を得るのか。
この判断がない文章は、著者名が人間であっても、実質的には無責任な合成物である。
AIが書いた文章を公開するなら、少なくとも次の工程を通すべきだ。
第一に、要点を一文で言えるか確認する。言えないなら記事にする段階ではない。
第二に、AIが足した段落を疑う。背景説明、一般論、未来展望、まとめは特に削除候補である。
第三に、自分が本当に知っていることと、AIがもっともらしく補ったことを分ける。後者には根拠が必要である。
第四に、自分なら書かない表現を消す。書き手の声ではない文章は、読者にも伝わる。
第五に、長文化ではなく圧縮を目指す。AIで増やすより、AIで削るほうがまともな使い方である。
短いものを短く出せ
「短い記事では物足りない」と思う必要はない。むしろ、短いものを短く出す能力のほうが希少になっている。
思いつきなら、思いつきとして出せばよい。
仮説なら、仮説として出せばよい。
メモなら、メモとして出せばよい。
まだ調べていないなら、調べていないと書けばよい。
読者は、文章が短いことには怒らない。怒るのは、短く済む話を長く読まされたときである。
AI時代に必要なのは、誰でも長文を作れる能力ではない。長文にする必要がないものを、長文にしない判断である。
参考資料
- Merriam-Webster “2025 Word of the Year: Slop”。「slop」をAIによって大量生成される低品質デジタルコンテンツとして説明している。(Merriam-Webster)
- American Dialect Society “2025 Word of the Year Is ‘Slop’”。2025年のWord of the Yearとしてslopを選定。(American Dialect Society)
- Simon Willison “Slop is the new name for unwanted AI-generated content”。slopという語を、望まれていないAI生成コンテンツを指す言葉として整理。(Simon Willison’s Weblog)
- The Guardian “Spam, junk … slop?”。AI slopを「ゾンビ・インターネット」と関連づけて報じた記事。(The Guardian)
- Google Search Central “Spam policies”。scaled content abuseを、検索順位操作目的でユーザー価値の低いページを大量生成する行為として説明。(Google for Developers)
- Google Search Central “Google Search’s guidance on using generative AI content”。生成AIの利用自体ではなく、価値を加えない大量生成が問題であると説明。(Google for Developers)
- The GuardianのAI生成疑いキノコ採集本報道、およびPublic Citizenのキノコ誤情報リスク解説。低品質AI生成物が安全上のリスクを持つ例。(The Guardian)
- Dublin Halloween parade hoax関連報道。存在しないイベント情報が実際の人流を発生させた例。(euronews)
- CNETのAI生成記事訂正問題。AI生成記事の検品不全がメディア品質問題になった例。(The Verge)
おわりに
この記事はChatGPT 5.5 Extended thinkingに以下のプロンプトを与えて一発で生成させた:
「ちょっとしたアイデアをAIに入力して長文の記事を生成して公開するのをやめろ。」という趣旨の記事を書いてください。この記事で問題としたいのは、本質的に重要な部分はわずかなのに自明・関係の薄い文章で水増しすること、人間がやらないような意味不明な表現が使われたものをそのまま公開すること。
記事のスタイル: 関連情報をふんだんに入れた、参考資料の多い記事にする。たとえばAI Slopの定義やその出典について詳しく解説する。
Discussion
AI slopについての問題提起や思いつきを「生成AIで数千字の“記事っぽいもの”に膨らませる」ことで記事にすることそのものが皮肉っぽくて好きです笑
最高に面白いよ。兄弟
オチが秀逸。伏線も秀逸。
そして誰も書かなくなった。
てなことにならないとよいが・・
情報空間の汚染にととまらず、AI利用による大量電力浪費が深刻な問題となる
AIに限らずこれは思う。
私個人で言うと、開発に関しても記事作成に関しても自分でやる割合が増えてきた。
文章とか丸投げすると「何言ってんだ...?」ってなることが多い。
「貼り紙禁止」の貼り紙みたいなね…皮肉が効いていてinterestingではある反面、解釈が難しくなってしまう部分もある。
slopは悪であるが、slopを作る合理性(ある程度は読める記事になってしまうとか、短いと記事にならないとか)があるので結局はslopが溢れる未来は止められない…という諦観を示しているとも取れるし、最近のcodexはポン出しでも良い記事を書くからslop=ゴミとは限らない、とも取れる。
slopやめろという根っこの主張には共感するだけに、「良い」「悪い」どちらで反応しても矛盾になるジレンマがあるのがもどかしいですね。(まぁ記事のオチを付けるためにポン出しっぽく書いただけで、実際はそれなりに手動の推敲したんだとは思いますが)
面白く勉強にもなる漫画を読んだような感じ👀🦊 ナイスアイデア