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【In silico】毒性予測の結果を文献のデータと比較する (3)

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I. はじめに

https://zenn.dev/tk501st/articles/2f80a38531d931

https://zenn.dev/tk501st/articles/12a90b9efe2e20

前回前々回の記事では、化合物の安全性に関するin silicoスクリーニングを行うツールとして、VenomPred 2.0およびSwissADMEの使用例を紹介しました。今回はKATE2025というツールを使用して、化合物の生態毒性を文献データと比較してみました。

II. 方法

II. 1. 比較に用いた文献

予測値との比較には以下の文献2報を用いました。

[1] Kumano, W.; Namakoshi, K.; Araki, M.; Oda, Y.; Ueda, A.; Hirata, Y. Low Toxicity and High Surface Activity of Sophorolipids from Starmerella Bombicola in Aquatic Species: A Preliminary Study. J. Environ. Biol. 2019, 40 (4), 595–600. https://doi.org/10.22438/jeb/40/4/mrn-871

[2] Masud, N.; Cosgrove, C.; Cable, J. Benchmarking the Sub-Lethal Chronic Aquatic Toxicity of an Emerging Biosurfactant (Sophorolipid) to a Traditional Amine Oxide Surfactant in a Freshwater Fish-Pathogen System. Ecotoxicology 2025. https://doi.org/10.1007/s10646-025-02887-8

文献[1]はバイオサーファクタントであるソホロリピッド(SL)と、合成界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸(LAS)、アルコールエトキシレート(AE)の水棲生物(緑藻類、ミナミメダカ、オオミジンコ)に対する毒性を評価した内容、文献[2]ではジメチルアミンオキシド(AO)とSLを比較して水棲生物(グッピー)に対する毒性を評価した内容になります。

どちらの文献でもSLの低い環境負荷が評価されていますが、それぞれ評価項目が異なるため、体系的にSLの環境安全性を論じるには若干のハードルがあります。そこで、in silicoツールを使用してSLと他の界面活性剤の環境毒性を比較できるか試してみました。

II. 2. KATEによる毒性予測(In silicoスクリーニング)

化合物の環境毒性予測にはKATEを使用しました。

KATEとは"KAshinhou Tool for Ecotoxicity"の略で、国立環境衛生研究所によって開発された生態毒性QSARシステムです。化合物の魚類、ミジンコ、藻類に対する半数致死濃度(LC50)および無影響濃度(NOEC)を予測できます。

KATEは2025年3月に最新バージョンKATE2025 v1.0がリリースされました。

KATE2025にアクセスしたのち、[Login]を押します。ログインとありますが、特にユーザー登録などを行う必要はありません。

KATE2025では入力データとして、これまでの記事で紹介したツール(VenomPred 2.0SwissADME)と同様に化合物のSMILESを使用しますが、H原子やNa+イオンを含んではいけないなどの注意事項があるため、いくらか自分でデータを調整します。また、化合物リストのCSVファイルを作成すれば、一度に1000化合物まで評価できるみたいです。

参考:KATEについて

Furuhama, A.; Toida, T.; Nishikawa, N.; Aoki, Y.; Yoshioka, Y.; Shiraishi, H. Development of an Ecotoxicity QSAR Model for the KAshinhou Tool for Ecotoxicity (KATE) System, March 2009 Version. SAR QSAR Environ. Res. 2010, 21 (5–6), 403–413. https://doi.org/10.1080/1062936X.2010.501815

Furuhama, A.; Hasunuma, K.; Aoki, Y.; Yoshioka, Y.; Shiraishi, H. Application of Chemical Reaction Mechanistic Domains to an Ecotoxicity QSAR Model, the KAshinhou Tool for Ecotoxicity (KATE). SAR QSAR Environ. Res. 2011, 22 (5–6), 505–523. https://doi.org/10.1080/1062936X.2011.569944

III. 結果と考察

SL SDS LAS AE AO
Charge -1 -1 -1 0 +1
LogP 2.80 2.42 4.78 2.77 5.85
CMC (mg/L) 1000 2307 - - -
半数影響濃度・実測値 [1]
(EC50 [mg/L])
緑藻類
R. subcapitata
> 473 37 112 7 -
ミナミメダカ
O. latipes
65 NT NT NT -
オオミジンコ
D. magna
48 NT NT NT -
半数影響濃度・予測値
(EC50 [mg/L])
緑藻類
R. subcapitata
74 NA NA 131 NA
ミナミメダカ
O. latipes
150 210 13.7 157 0.12
オオミジンコ
D. magna
71 82 9.7 78 0.03
無影響濃度・予測値
(NOEC [mg/L])
緑藻類
R. subcapitata
29 11 3.2 6.9 NA
ミナミメダカ
O. latipes
0.3 NA NA 0.4 0.01
オオミジンコ
D. magna
11 1.6 1.8 1.7 NA

まず緑藻類への影響について、SLに関しては論文とKATEとでEC50が大きく異なっています。論文では試験していない項目、反対にKATEでは予測できなかった項目もあるので実測値と予測値とを比較できる部分は少ないですが、全体としてSLは水棲環境にも負荷の少ない界面活性剤と述べる論文の結論を裏付ける計算結果ではないでしょうか。一方、AO(アミンオキシド)は算出できたほぼ全ての予測値で高い環境毒性を示すという結果になりましたが、これはKATEでの化合物構造入力の都合上、N原子上の正電荷のみを計算に反映できるのも一因かもしれません。データが揃っていないので断言はできませんが、親水性/疎水性(LogP値)は環境負荷に大きく影響するように見受けられます。

IV. まとめ

今回、KATE2025による生態毒性の予測値と文献の数値を比較してみました。これまでの記事で紹介したツールは界面活性剤の分子集合を考慮していない結果である可能性が高かったですが、今回は部分構造を抽出して評価を行っているので、界面活性による寄与もある程度は反映できているのではないでしょうか。

3回に渡ってフリーで使用できるin silicoツールを紹介してきましたが、まだ「これは!」と思えるような結果を得られていないので、次回はもう少し題材選びにこだわってみようと思います。KATE2025は技術文書なども充実しており、ライフサイエンス分野の製品開発には応用しやすいのではないでしょうか。ぜひ、お試しください。

V. おまけ

今回使用したKATE2025ですが、以下のソフトウェアとライブラリを使用して予測結果を算出しているようです。

Open Babel

化合物のファイルフォーマット変換に使用されるソフトウェアです。最近はブラウザ版も出ています。

O’Boyle, N. M.; Banck, M.; James, C. A.; Morley, C.; Vandermeersch, T.; Hutchison, G. R. Open Babel: An Open Chemical Toolbox. J. Cheminform. 2011, 3 (1), 33. https://doi.org/10.1186/1758-2946-3-33

JSME Molecular Editor

Bienfait, B.; Ertl, P. JSME: A Free Molecule Editor in JavaScript. J. Cheminform. 2013, 5 (1), 24. https://doi.org/10.1186/1758-2946-5-24

CDK (Chemistry Development Kit)

JAVAで書かれた、化合物の物性などを計算できるソフトウェアです。

Steinbeck, C.; Han, Y.; Kuhn, S.; Horlacher, O.; Luttmann, E.; Willighagen, E. The Chemistry Development Kit (CDK): An Open-Source Java Library for Chemo- and Bioinformatics. J. Chem. Inf. Comput. Sci. 2003, 43 (2), 493–500. https://doi.org/10.1021/ci025584y

Steinbeck, C.; Hoppe, C.; Kuhn, S.; Floris, M.; Guha, R.; Willighagen, E. L. Recent Developments of the Chemistry Development Kit (CDK) - an Open-Source Java Library for Chemo- and Bioinformatics. Curr. Pharm. Des. 2006, 12 (17), 2111–2120. https://doi.org/10.2174/138161206777585274

May, J. W.; Steinbeck, C. Efficient Ring Perception for the Chemistry Development Kit. J. Cheminform. 2014, 6 (1), 3. https://doi.org/10.1186/1758-2946-6-3

Willighagen, E. L.; Mayfield, J. W.; Alvarsson, J.; Berg, A.; Carlsson, L.; Jeliazkova, N.; Kuhn, S.; Pluskal, T.; Rojas-Chertó, M.; Spjuth, O.; Torrance, G.; Evelo, C. T.; Guha, R.; Steinbeck, C. The Chemistry Development Kit (CDK) v2.0: Atom Typing, Depiction, Molecular Formulas, and Substructure Searching. J. Cheminform. 2017, 9 (1), 33. https://doi.org/10.1186/s13321-017-0220-4

KOWWIN

化合物の毒性を予測する際に用いるLogP推定モデルです。LogPとはオクタノール/水分配係数のことで、化合物の親水性/疎水性を表す指標として広く使用されています。

https://www.epa.gov/tsca-screening-tools/epi-suitetm-estimation-program-interface

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