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(ポエム)情報技術は人の判別ではなく、システムに貢献することに意味がある

2022/07/27に公開約1,300字

学生の点数至上主義の利点のその弊害

「どうして私たちは勉強しないといけないの?」

日本の学生に「どうして私たちは勉強しないといけないの?」「バイトのほうがよっぽどためになる」といった質問や、発言に対して、私たちはどのように答えるのだろうか? 筆者の回答は、ずばり「自分の可能性、知識の幅を広げるため」と答える。高い点数を取れば、知識を広く、深く理解していると判断され、さらなる専門知識を得ることが可能な、高校、大学(院)へ進学することができる。学校の進路相談で、「やりたいことがみつからない」と嘆く生徒もいると思う[1]が、筆者からしてみれば,そうであれば、進学してより知識を深めると良いとアドバイスするだろう。知識の幅を広げることは、やりたいことをみつける可能性を増やすことにも直結するはずだ。

「この勉強は何の役に立つの?」

学生の中には「この勉強は何の役に立つの?」聞く人がいるだろう。将来役立つかどうかわからない、時間もかかる作業に不安を覚えることはすごく自然であると思う。この問いに関しては、過去の偉人たちが発明、考案してきた知識の根底となる部分が洗練されたものなので、賢くなる近道であることは間違いないと思う[2]
企業の採用には 「学歴フィルター」なるものが存在しており、就職で役に立つという事実 も存在する。これはあまり良い知識の使い方ではないが、うまく世の中を手軽に渡りたい人にとっては(必ずではないが)重宝する考え方であることも事実だ。

知識を得た一部の人は誤った使い方を始める。

点数至上主義の利点は、互いに切磋琢磨することで、知識を深める、広げることにあるが、知識をどのように扱うかは学ぶことをしない。[3] とある知識を持っているか持っていないかで、優越をつけ始める。このような知識の扱い方は、差別または誤った判断基準になりかねないので、注意が必要だ。さすがに聖徳太子が法隆寺を建てた年号でマウントを取ってくる奴がいないことを私は信じたい。[4]

情報技術の価値

プログラミング技術は、学歴や資格からあくまで「最低限の知識」 +「真面目」かどうかしか分からない。

学歴や、基本情報試験といった資格からは、コツコツと知識を身に着けてきたという「真面目さ」があることは分かる。しかしながら、プロダクトの製造やシステムの運用ができる技術にそのまま繋がるわけではない。プログラミングやシステム設計技術の知識を生かし、プロダクトの開発やシステム保守を行うことで、初めてその人の情報技術の価値が生まれる
最近とある記事で「俺は応用技術を持っているのに年収が~~~!」という方がいたが、ぜひこの記事を読んでいただきたい。「近年○○のライブラリが存在していなくって、自分で作って貢献したんだよ~ 技能すごくあるし、御社に貢献してあげるから年収上げて←(分かる)」

脚注
  1. 筆者は教員ではない ↩︎

  2. 大学院までいった筆者のただの感想。勉強をしなかった人にこの質問を投げかけるのは危険だと思う(経験をしていないから) ↩︎

  3. 一応「道徳」とかいう授業または講義はある。 ↩︎

  4. 厩戸豊聡耳皇子自身が建てるわけないという「ツッコミ」はなしで ↩︎

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