PM の育成はなぜ難しいのか? ー「贈与」の視点で考える「見えない仕事」の伝え方ー
人材育成ってむずかしい...。
はじめに
こんにちは!vana4 です。
都内の IT スタートアップで PM(プロジェクトマネージャー)として働いています。
みなさんの会社では、どのような人材育成の施策を実施されていますか?
特に PL(プロジェクトリーダー)や PM といったリーダーの育成はうまくいっているでしょうか?
私は最近 PM の育成について考えるようになったのですが、どのように育成していくのが良いのか、正直まったく見出せていません。
- 「状況に応じて正解が変わるため仕事をマニュアル化できない」
- 「結局、修羅場をくぐった数(経験)がものを言う」
- 「背中を見て覚えろ、と言うしかない」
いろいろと考えてはみるものの、すぐにこのような壁にぶつかってしまうからです。
私自身「PM ってどんな仕事してるの?」と聞かれても、端的に答えられる自信がありません。
やってる本人でさえ明確に自覚していないことを他の人に教えるって難しすぎませんか...。
しかし最近、ある本を読んだことがきっかけで、難しさの正体が少し見えてきた気がしました。
それは 「PM の仕事は目に見えてはいけないから」 という逆説的な理由にあるのではないか、ということです。
この記事では 「贈与」 という一見関係の無さそうなキーワードを切り口にして、PM の育成が難しい真の理由と、私たちがどう向き合えばいいのかについて、私なりの考えを書いてみたいと思います。
少し抽象的な話になりますが、PM のキャリアや育成に悩むみなさんのヒントになれば嬉しいです。
PM は「アンサング・ヒーロー」である
PM の役割とは
PM の役割を一般化して語るのは難しいですが、あえて言えば以下の 3 つに集約できるのではないかと私は考えています。
- 旗振り:プロジェクトの目的とゴールを設定してメンバーに示す
- 秩序の構築:プロジェクトを円滑に進めるための仕組みを整える
- 意思決定:プロジェクトの目的やゴールが変わるような重大事項に対する意思決定を行う
これらは間違いなく PM の重要な役割ですし、これらを遂行するためには「技術知識」「リーダーシップ」「マネジメントスキル」といった能力が求められます。
これらのスキルセットについては、多くの書籍や記事で語られています。
本質的な PM の仕事は「目に見えない」
しかし、PM はこれらだけやっていればいいのかと言われると、少々違和感があります。
何か本質的なことを見落としているように思えてなりません。
そこで、過去に自分がメンバーとして参画したプロジェクトを振り返りながら、「理想的なプロジェクトとはどのようなものか」を考えてみました。
- 大きな手戻りやスケジュール遅延が発生せず、炎上が起きない
- メンバーが気持ちよく働いており、不満が爆発しない
- 顧客との関係が良好で、協力してプロジェクトを進められる
このようなプロジェクトではないでしょうか。
では、上記のようなプロジェクトは「偶然そうなるもの」なのでしょうか?
おそらくそうではないでしょう。
PM(もしくは PM に類するメンバー)が、問題が問題として顕在化する前に人知れずその芽を摘み取り続けた結果 として、理想的なプロジェクトになるのだと思います。
- メンバー間の認識のズレを、雑談の中でさりげなく修正しておく。
- 将来ボトルネックになりそうな技術的課題を、早い段階でエンジニアに相談しておく。
- ステークホルダーの不安を、先回りして解消しておく。
こうした PM の行動は、基本的にメンバーからは見えません。
なぜなら 「問題が起きなかった」という事実は注目されることがないから です。
英語には 「アンサング・ヒーロー(Unsung Hero)」 という言葉があります。直訳すれば「歌われない英雄」。
功績を挙げているにもかかわらず、称賛されない、名の知れない英雄のことです。
世界最大のプロダクトマネジメントコミュニティ兼カンファレンスである Mind the Product の共同創設者 Martin Eriksson 氏は、プロダクトマネージャーの仕事について次のように述べています。
We’re the unsung heroes of the tech world — or at least we’d like to think so…
(私たちはテクノロジー界の陰のヒーローだ — 少なくともそう思いたい…)
最高の PM も、まさにこの 「アンサング・ヒーロー」 なのではないでしょうか。
プロジェクトが「何事もない」かのように回るよう、人知れず障害を取り除き続けること。
これこそが、PM に求められる真の役割であり、PM の仕事の真の価値なのだと思います。
PM の仕事を「贈与」として捉え直す
贈与のパラドックス
ここからは、「アンサング・ヒーロー」としての PM の仕事を 「贈与」 という切り口で深掘りし、解像度を上げてみたいと思います。
参考にしたのは、哲学者・近内悠太さんの著書『世界は贈与でできている』です。
この本の中で、著者は「贈与」の興味深い性質について語っています。
ずっと気づかれることのない贈与はそもそも贈与として存在しません。
だから、贈与はいつかどこかで「気づいてもらう」必要があります。
あれは贈与だったと過去時制によって把握される贈与こそ、贈与の名にふさわしい。
贈与とは送り手側が明示的に「与える」ものではなく、受け手側がそうであったと「気づく」必要があるものなのです。
そして、ここには厄介なパラドックスがあります。
「これはあなたへの贈与(プレゼント)ですよ」と送り手が明示した瞬間に、それは贈与としての純粋性を失い、「交換(取引)」になってしまう ということです。
「私がこれをしてあげたんだから、感謝してね(見返りをちょうだいね)」
そうやって差し出された親切は、もはや親切ではなく取引です。
受け手からすると、それは感謝を強要される「呪い」にすらなり得ます。
PM の仕事も本質的には「贈与」である
これは PM の仕事にもそのまま当てはまります。
もし PM が、自分の仕事を「見える化」しようとして、いちいちアピールしてきたらどうでしょうか?
「私が事前に根回ししておいたおかげで、会議がスムーズに進んだでしょ?」
「あの時私が仕様を確認しておいたから、手戻りがなくて済んだんだよ」
……正直、めちゃくちゃ鬱陶しいですよね。
こんな「恩着せがましい管理」をされたら、メンバーのモチベーションは下がる一方です。
「オレはこれだけやってやったんだから、お前らもちゃんと成果を出せよ」と暗に言われているように感じるからです。
つまり、PM の仕事(サポート、障害の排除、環境整備)は、メンバーに「PM のおかげだ」と意識させてはいけない のです。
メンバーが「自分たちの力でプロジェクトを成功させた!」と思える状態。PM の存在すら忘れて没頭できる状態。
そしてプロジェクトが終わってしばらく経った頃に、「あのプロジェクトがうまくいったのは実は PM のおかげだったんだなぁ」と思い返すような状態。
それを作り出すことが、PM の仕事の本義なのではないでしょうか。
だからこそ育成が難しい
しかしここに 「PM 育成の難しさ」 の真の原因があります。
PM の仕事の本義は「贈与」であるがゆえに、その時点で見えてはいけない。
見えてはいけないから、その凄さが伝わらない。
凄さが伝わらないから、若手 PM は何を真似すればいいのかわからない。
「あの先輩のプロジェクトはいつも平和だけど、一体何をしているんだろう?もしかして暇なのかな?」
外からはそう不思議に思われるだけで、その裏にある膨大な思考と配慮(アンサング・ヒーローとしての振る舞い)は、決して言語化・マニュアル化されて表に出てくることはありません。
これが、「PM の育成=背中を見せるしかない」と言われてしまう所以ではないでしょうか。
「見えない価値」をどう伝承するか
では、私たちはこの絶望的な状況にどう立ち向かえばいいのでしょうか。
「見えない仕事」をどうやって後進に与え、その価値を伝えていけばいいのでしょうか。
私は、教える側の努力と同じくらい、教わる側の「知識」と「想像力」 が必要だと考えています。
共通言語を作って「補助線」を引く
「見えないもの」を見るためには補助線が必要です。その最良のツールが 「学習」 です。
P.F.ドラッカーのマネジメント論や PMBOK などの一般的なマネジメントの知識に加え、今回紹介した『世界は贈与でできている』や、『「利他」とは何か』『はじめての利他学』などの書籍を題材に、輪読会を開いてみるのはいかがでしょうか。
「贈与」「利他」「アンサング・ヒーロー」といった概念を共通言語にすることで、メンバーが互いの「見えない仕事(贈与)」に自ら気づくための下地を作ることができます。
概念という「言葉」を持つことで、今まで見過ごしていた PM の行動の意味や価値に、教えられずとも気付けるようになっていくのです。
ふりかえりで「事後的な気づき」を促す
『世界は贈与でできている』にはこうあります。
贈与は、差出人にとっては受け渡しが未来時制であり、受取人にとっては受け取りが過去時制になる。
贈与は未来にあると同時に過去にある。
PM の仕事(贈与)は、その場では気づかれません。
プロジェクトが終わった後、あるいは何年か経った後に、ふと気づくものです。
この 「あれは贈与だったのだ」と過去形で気づく瞬間 を、意図的に作ってみるのです。
例えば、プロジェクト終了後にふりかえりの場を設け、「なぜ今回は問題が起きなかったのか?」「スムーズに進んだ裏には誰のどんな動きがあったのか?」を意識的に深掘りしてみるのです。
「何事もなかった」という事実の背後にある理由を言語化し、共有することで、初めて PM の「見えなかった仕事」が輪郭を持ち始めます。
「アンサング・ヒーロー」を称賛する文化を作る
そして何より、「何事もなさ」を評価・称賛する文化 を作ることです。
重要機能の開発やトラブルシューティングをした人たちだけでなく、トラブルを未然に防いで「何も起こさなかった人」 をリーダーが率先して見つけ出し、称賛する。
「あなたのおかげでみんなが開発に集中できた。ありがとう。」と伝える。
そうやって「見えない仕事」に光を当て続けることで、PM という「アンサング・ヒーロー」の魂が継承されていくのではないかと思います。
おわりに
最後まで読んでいただきありがとうございました。
総括として、この記事の要点を 3 つにまとめておきます。
- PM の仕事の真価は、トラブルや障害を未然に取り除き、プロジェクトを「何事もなく」進めることにある。
- PM の仕事は「贈与」の性質を持つため、原理的に「見えにくく」「アピールしにくい」ものであり、それが後進の育成を困難にしている。
- 打開策は、学習や共通言語化、ふりかえりを通して、教わる側の「見えない仕事に気づく知識と想像力」を育むことである。
PM という仕事は、因果な商売です。
うまくいって当たり前、失敗すれば責任を問われる。自分の頑張りはなかなか見えにくく、褒められることも少ない。
それでも、メンバーが気持ちよく働けているときや、プロジェクトが無事に終了したときに、自分のことのように嬉しくなる。
そんな 「見返りを求めない贈与」 の精神を持った PM が一人でも増えることが、組織をより良くすることにつながるのだと信じています。
正直、私もまだまだ自信がありません。「自分は本当にチームのためになっているだろうか」と不安になることもしょっちゅうです。
それでも、これまでお世話になった偉大なアンサング・ヒーローたちに少しでも近づけるよう、今日も「見えない仕事」を積み重ねていこうと思います。
ここまでお読みいただき、どうもありがとうございました!
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